アウグスティン・ハーデリヒ 無伴奏ヴァイオリン・リサイタル(2月18日・紀尾井ホール) | ベイのコンサート日記

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音楽評論家、長谷川京介のブログです。クラシックのコンサートやオペラなどの感想をつづっています。

2月15日パブロ・エラス・カサドN響とのプロコフィエフ「ヴァイオリン協奏曲第2番」の新鮮で深い解釈で驚かせたアウグスティン・ハーデリヒの無伴奏リサイタル。

 

超一流のヴァイオリニストならではの独自の世界がある。並みのヴァイオリニストとはオリジナルと複製画くらい格が違う。ボウイングが信じられないほど滑らかで軽やか。ここぞという部分では重厚な響きも自在に出す。音程は完璧。強奏、重音でも音の濁りが皆無。音色やデュナーミクの変化が細やか。

 

バッハ:無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番ホ長調 BWV1006

繊細な音に始まり、良く知られた第3楽章ガヴォットでは複旋律がきれいに浮かび上がる。メヌエット第1は重音も濁らない。高音が鏡のようにきれいに響く。第6楽章ブレーは飛翔し第7楽章ジーグは鮮やか。

 

コールリッジ=テイラー・パーキンソン:ブルー/ズ・フォーム

I. Plain Blue/sはまさにバッハとブルースを足して2で割ったような音楽。ステファン・グラッペリのジャズ・ヴァイオリンを思わせる。弱音器を付けたII. Just Blue/sでのハーデリヒのボウイングはまるで無重力で弾いているよう。フワフワとした柔らかな音を生み出した。III. Jettin’ Blue/sの重音は力強い。

Youtube↓

Augustin Hadelich plays Coleridge-Taylor Perkinson "Blue/s Forms" (youtube.com)

 

デイヴィッド・ラング:ミステリー・ソナタ〜第3曲〈悲しみの前〉

ミニマル・ミュージック的な作品。1小節単位の音楽が拍子の変化と共に演奏され続ける。繰り返されるたびニュアンスが微妙に変化していく。コーダに向かって音程が高くなり悲しみの頂点で突然終わる。アタッカで次のイザイに入った。

 

イザイ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番ニ短調〈バラード〉op.27-3

これは鳥肌が立つほど素晴らしかった。力が最も入るべきところで無駄なく最適な力が入る。無理無駄が皆無。激しい重音が濁らず、美しくしかも迫力がある。ブラヴォが出た。

 

バッハ:無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番ニ短調 BWV1004

今日のメイン曲目。とても温かな世界が広がった。厳しいバッハとは一味違う人間味が感じられた。

第1楽章アルマンドはフレーズが実に滑らか。音符一つずつがまろやか。第2楽章クーラントは急流のように速いが、丁寧できめ細やか。第3楽章サラバンドは丁寧で繊細。第4楽章ジーグの速い動きは完璧で正確。澄み切った音。

 

第5楽章シャコンヌは今日の白眉。

主題は今日初めて厳しさを強調し、短くフレーズを切って強く出した。第1変奏も同様。第2変奏の高音が繊細で表情豊か。第3変奏は落ち着いてゆったり。第4変奏での高低の対比が鮮やか。第5変奏はスムーズ。第6変奏の複旋律が明解に浮かぶ。第7変奏で最初の頂点。第8変奏の16分音符と32分音符が細やか。第9変奏から第14変奏までの32分音符の動きやアルペッジョも滑らかで正確。主題が戻り中間部の頂点をつくる。第16変奏の表情の優しさが印象的。第17変奏の対位法が豊かな響きを生む。第18変奏から第20変奏へと頂上に向け格調高く進む。重音に全く濁りがなく、常に美しく響き渡る。第21変奏は柔らかく温かい。第23変奏の高音が美しい。第24変奏の最後のクライマックスでの重音が豊かに響く。第25変奏で落ち着くと、第29変奏まで重音と32分音符でじわじわと盛り上げ、第30変奏で豊かに最初の主題を回帰させた。

 

ハーデリヒは弾き終わって、しばし動きを止めた。心地よい爽やかな余韻が長く続いた。ゆっくりと弓を下ろし終わると盛大な拍手が起こった。聴衆にはヴァイオリンを学んでいると思われる若い人が多い。

 

アンコールバッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番イ短調 BWV1003より第3楽章アンダンテ。これまで聴いた中で、最も繊細な演奏。旋律と通奏低音を二人の奏者が弾いているように明確にしかも柔らかく弾いていく。遠くからの声が近づくにつれ、だんだんと大きくなってくるようなデュナーミクの変化が実に細やかだった。

 

ハーデリヒには世界中のオーケストラやマネジメントから引きも切らないラブコールが寄せられており、次はいつになるのかわからないが、ぜひ定期的に来日してほしいアーティストだ。

 

紀尾井ホールのアウグスティン・ハーデリヒの紹介文

ヨーロッパとアメリカで旋風を巻き起こし話題沸騰のハーデリヒが16年振りの紀尾井ホールに還ってきます。

2006年インディアナポリス・コンクール優勝および16年グラミー賞受賞。世界のトップ・オーケストラからも常時招待されるほどの人気を誇り、2023年にはザルツブルク音楽祭とウィーン・フィルにも招かれ絶賛されたハーデリヒが、紀尾井ホールに16年振りに還って来ます。自在の技巧はもちろん、その美音も絶品で、共演したベルリン・フィルからは「鐘のように澄んだ音色と正確なイントネーション」と称えられています。使用楽器はシェリングから引き継いだデル・ジェズ“Le Duc”