(10月11日水曜日16時・東京オペラシティ)
鈴木優人プロデュースのヘンデル、オペラシリーズ第3弾。
3年前の《リナルド》では、コロナ禍で海外の歌手が来日できず、日本人歌手での公演となった。その時のレヴュー↓
https://ameblo.jp/baybay22/entry-12635901387.html
今回は海外からの歌手陣も揃い、日本の歌手たちも絶好調で、全体のレベルが非常に高かった。
アリアの宝庫と言われるオペラでもあり、聴かせどころが満載。出演歌手それぞれが最高の技量を聴かせた。
歌手の中ではチェーザレ役のカウンターテナー、ティム・ミードが群を抜いて素晴らしい。堂々とした声量と滑らかで、かつクリアな発声、キレと滑らかさがバランス良く共存している。
第1幕でアキッラ(エジプトの将軍)役の大西宇宙(バリトン)が「国王から」とチェーザレの政敵ポンペイウスの生首(リアルな造り物!)を差し出す場面でのアキッラに対して気分を害して歌う「醜い奴め」“Empio, dirò, tu se”のアジリタ(細かく速い音符の連なりを敏捷に歌うテクニック)の完成度の高さは驚異的。
歌唱例↓
Händel: Giulio Cesare in Egitto, «Empio, dirò, tu sei» — Vistoli, Marcon - YouTube
第2幕で歌う高速の「武器のきらめきを持って」“Al lampo dell'armi”も圧巻で、拍手もこの日最大だった。
歌唱例↓
Händel: Giulio Cesare in Egitto, «Al lampo dell'armi» — Vistoli, Marcon - YouTube
このオペラは、チェーザレ以上に、クレオパトラ(エジプト女王)役の聴かせどころ、見せ(魅せ)どころが満載。
森麻季(ソプラノ)が歌うクレオパトラのアリアはいずれも安定感がある。美徳の女神の姿で歌うリディアに扮したクレオパトラが、チェーザレを誘惑するアリア「焦がれております、優しい眼差しよ」“V’adoro pupille” は天国的な美しさ。チェーザレが望遠鏡でのぞく中、森麻季は2階正面のバルコニーに登場して歌い、バンダの小オーケストラはステージ奥で演奏した。
歌唱例↓
V'adoro pupille Giulio Cesare - Natalie Dessay - YouTube
第3幕でチェーザレが死んだと思い嘆き、中間部では『あの暴君に夜も昼もまとわりつき亡霊となって苦しめてやることでしょう』と檄して歌い、再び嘆きで締める長いアリア「運命に涙し」“Piangerò la sorte mia”は前後のしっとりとした歌唱が素晴らしい。
歌唱例↓
Joyce DiDonato "Piangerò la sorte mia" (Giulio Cesare) Bayreuth 2020 - YouTube
一方で第3幕の海で死んだと思われていたチェーザレが生きていた喜びをクレオパトラが歌い上げる「難破した船が嵐から」“Da tempeste il legno infranto” では、技巧的なアジリタをきちんと歌い切ったが、欲を言えば更なる切れ味や凄みもほしいとも感じた。
歌唱例↓
Giulio Cesare: 'Da tempeste il legno infranto' | Glyndebourne - YouTube
チェーザレの敵役でエジプト王、クレオパトラの弟にして彼女と対立しているトロメーオ(エジプト王。クレオパトラの弟)のアレクサンダー・チャンス(カウンターテナー)も良かった。手に蛇を巻きつけて気味の悪さを演出、第2幕で、コーネリア(ポンペイウスの妻)のマリアンネ・ベアーテ・キーラント(アルト)に迫り、冷たくはねつけられ、怒って歌う「冷たい女め」"Sì,spietata,il tuo rigore"も切れがある。
歌唱例↓
Christophe Dumaux- Sì,spietata,il tuo rigore (Giulio Cesare) - YouTube
コーネリアもこのオペラでは出番が多く重要な役。マリアンネ・ベアーテ・キーラント(アルト)はトロメーオとアキッラ(エジプトの将軍)の大西宇宙(バリトン)の二人から迫られながらも、貞節を守り、セスト(ポンペイウスの息子)の松井亜希(ソプラノ)とともに、トロメーオへの復讐の機会を待つ役を毅然とした歌唱で歌った。
アキッラ(エジプトの将軍)の大西宇宙(バリトン)歌唱も力強く、存在感が抜群。セスト(ポンペイウスの息子)の松井亜希(ソプラノ)も少年にふさわしい、透き通った声で素晴らしかった。ただ後半少し疲れも見えたかもしれない。
ニレーノ(クレオパトラの従者)の藤木大地(カウンターテナー)が、コミカルな演技で笑いを誘った。2020年の《リナルド》役では、オタクのゲーマーという主役を演じていたので、今回のメガネをかけた女装でのニレーノ役も楽しそうに歌い、演技していた。ふだんのシリアスな舞台姿とはイメージが違うので、最初のうち藤木大地とは気づかなかった。
クーリオ(チェーザレの副官)の加藤宏隆(バス・バリトン)も、渡世人風の強面役がはまっており、バス・バリトンの迫力が生かされていた。
ホルンの福川伸陽の存在感が大きかった。
第1幕第9場、チェーザレがトロメーオと面会したさい、トロメーオのたくらみを皮肉って歌うアリア「抜け目のない狩人は」“Va tacito e nascosto”では、舞台奥に福川伸陽が登場、ナチュラル・ホルンのソロのテクニックが圧巻だった。チェーザレのティム・ミード(カウンターテナー)のアジリタにも正確に対応していた。
歌唱例↓
"Va tacito e nascosto", Giulio Cesare (Handel) - Andreas Scholl - YouTube
バッハ・コレギウム・ジャパンの演奏が洗練されて美しい。これまでのセミステージ形式の公演のなかでも、最も緻密な演奏だった気がした。
演出は佐藤美晴。2018年調布国際音楽祭のモーツァルト「歌劇《バスティアンとバスティエンヌ》」、「音楽付き喜劇《劇場支配人》」の演出も行った。
セミステージ形式で、読み替え的な過激さはなかったが、穏当で歌そのものを堪能できた。
東京オペラシティコンサートホールの残響の長さは、ノン・ヴィブラート奏法とベルカントで歌われるバロック・オペラには最適で、このホールを拠点に活動しているバッハ・コレギウム・ジャパンと鈴木優人、歌手陣の演奏と歌唱は、ホールを知悉している安定感があった。
明後日14日(土)15時から、神奈川県立音楽堂でも公演がある。
Bach Collegium Japan ジュリオ・チェーザレ【横浜公演】
公演データ:
ヘンデル 歌劇「ジュリオ・チェーザレ」鈴木優人プロデュース/BCJオペラシリーズ
日時:2023年10月11日(水) 16:00/ 終演 20:20
会場:東京オペラシティ コンサートホール
チェーザレ( ローマの将軍):ティム・ミード(カウンターテナー)
クレオパトラ(エジプト女王):森麻季(ソプラノ)
コーネリア(ポンペイウスの妻):マリアンネ・ベアーテ・キーラント(アルト)
クーリオ(チェーザレの副官):加藤宏隆(バス・バリトン)
セスト(ポンペイウスの息子):松井亜希(ソプラノ)
トロメーオ(エジプト王、クレオパトラの弟):アレクサンダー・チャンス(カウンターテナー)
アキッラ(エジプトの将軍):大西宇宙(バリトン)
ニレーノ(クレオパトラの従者):藤木大地(カウンターテナー)
管弦楽:バッハ・コレギウム・ジャパン
演出:佐藤美晴