思い出のコンサート ケント・ナガノ バイエルン国立管弦楽団 特別演奏会(2011年9月30日) | ベイのコンサート日記

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音楽評論家、長谷川京介のブログです。クラシックのコンサートやオペラなどの感想をつづっています。

2011930日金曜日午後7時 

「バイエルン国立管弦楽団 特別演奏会」

指揮:ケント・ナガノ 

合唱監督:ゼーレン・エックホフ

ソプラノ:アンナ・ウィロフランスキー メゾ・ソプラノ:オッカ・ファオン・デア・ダメラウ

テノール:ロバート・ディーン・スミス バス:スティーヴン・ヒュームズ

合唱:バイエルン国立歌劇場合唱団

東京文化会館大ホール 

ブルックナー:

交響曲第9番 ニ短調 

テ・デウム ハ長調

 

原発事故のため、40名とも80名とも言われる楽団員の来日拒否(無給休暇)が伝えられていたが、主催者からは「テノールがケネス・ロベルソンからロバート・ディーン・スミスに、合唱がアウディ・ユーゲントコーラスアカデミーからバイエルン国立歌劇場合唱団になりました。」の一文がプログラムに記載されたのみ。どこまでが実態のオーケストラ・合唱団かは不明なままコンサートは始まった。コーラス約90名中日本人と思しき女性が12人、男性2人、楽員は女性が2人参加していた。

 

ブルックナーの未完の交響曲第9番は第4楽章が一部書かれたところで作曲家が亡くなったため、通常は第3楽章のアダージョで終わる。今夜はブルックナーが亡くなる前年ウィーン大学で行った最終講義で『フィナーレの第4楽章が完成できないまま自分が世を去ったら旧作の宗教合唱曲「テ・デウム」を代用してほしい』という遺言にのっとって、第3楽章に続いて、「テ・デウム」が演奏された。演奏時間は80分を越す。

一般的には合唱、ソリストの確保という経済的な側面からもこのような機会は極めて珍しい。メンバーが不揃いでも、実際に「テ・デウム」まで聴けたことで、来日を感謝すべきなのかもしれない。

 

(コンサート総評)

臨時の楽員、合唱団員が入っての演奏としては、指揮者ケント・ナガノがよくまとめあげた力演と言っていい。特に、「テ・デウム」が続けて演奏されたときには、交響曲第9番で木管がやや不安定だったオーケストラが突如として雄弁になり、ソリスト、合唱とともにダイナミックに、共感を持って感動的に盛り上げた。

日頃からオペラを通して声との共演に慣れ親しんでいる歌劇場オーケストラならではの自信と説得力にあふれた素晴らしい演奏だった。

 

交響曲第9番では弦と金管がさすがにドイツの伝統を感じさせる深く奥行きのある渋い音色。海外のオーケストラを聴くのは、35日のライプチッヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団以来。これぞドイツの音といった快感を味わった。

一方、木管は「トラ」が多いのか、アンサンブルに難があり、音色もさえない。オーボエは問題ないが、フルートとクラリネットのセクションは名手たちとは言えないのではなかっただろうか。 本来のバイエルン国立管弦楽団ではない状態のなかでナガノの健闘がくいとめたものも多い。ともあれ、立派な出来になりよかったと思う。

 

(詳細レポート)

交響曲第9番

1楽章:荘厳に、神秘的に

冒頭の弦のトレモロはひそやかで奥深く素晴らしい。ホルンによる短い動機と導入主題は深い音色。オーケストラの総奏による第1主題のあとの木管がやや不安定。

 

2主題をナガノはゆったりと歌わせる。オーボエによる第3主題は侘しさがよくでていたが、受けるフルートに深みがない。弦楽器が第3主題を引き継いでいく。ホルンの斉奏はさすがドイツの伝統を思わせる。

展開部のクライマックスは弦と金管の厚みが素晴らしく、いきなりテンポを落として練習番号Oに入るときのタイミングの切り替えはうまくいく。380小節から390小節までのヴァイオリン奏者にとって難しい箇所も引き締まる。練習番号Sからの弦楽器の響きに引き込まれる。500小節前後のクライマックスは感動がいまひとつ。木管に問題か。終結部の金管のハーモニー、弦のハーモニーは素晴らしく、充実したコーダになる。

 

2楽章:スケルツォ、動きをもって、生き生きと

テンポは速め。練習番号Aから重心の低い重みのある響き。トリオ副主題での弦の音色が美しい。フルート、クラリネットにやや難があり、金管は水準を保つ。ただ、全体としてどこか緊張感が欠けたままスケルツォが終わる。

 

3楽章:アダージョ、ゆっくりと、荘厳に

冒頭主題のヴァイオリン、チェロ、コントラバスの音色の深さが印象的。

練習番号Aからのオーケストラの総奏は、これまでのなかで一番凝縮度を感ずる。

練習番号Bのブルックナー自身が「生からの別れ」と名付けたワーグナーテューバのハーモニーが心をえぐるかのように響く。

2主題および変ト長調のあらたな主題のヴァイオリンの美しさも特筆したい。

展開部ではFからの弦の厚みに引かれる。Lでの天からの啓示のような下降音列に感動する。

 

再現部から第2ヴァイオリンが4連音符で伴奏を続けるところの技術は素晴らしい。このレベルは高い。

終楽章のクライマックスが近づく。ナガノの渾身の指揮による206小節の壮絶なブルックナー・ゲネラル・パウゼは今日の白眉。

徐々に音楽が高みに昇っていく。Xからのヴァイオリンの上下降する旋律は神の身元に近づかんとするかのよう。テューバ群のコラール、ホルンの最後の消え入るようなハーモニー、弦のピチカート。魂が浄化されるようなコーダは見事。

 

 

通常はここで終わるが、ナガノはすぐに身構えて「テ・デウム」に入っていった。冒頭の旋律で、先日アーノンクールがブルックナーの第4楽章遺稿を指揮したCDのことを思い出した。ブルックナーは確かに「テ・デウム」からの旋律を第4楽章に書き残している。聴きながら感慨深いものがあった。

「テ・デウム」のあとの拍手のフライングは残念。ナガノは拍手を無視し、しばらく指揮台の上で余韻を保つよう指揮棒を下げなかった。

ケント・ナガノ©Antoine Saito