音楽ファン注目の的 ベルチャ弦楽四重奏団を聴く | ベイのコンサート日記

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音楽評論家、長谷川京介のブログです。クラシックのコンサートやオペラなどの感想をつづっています。

21日、紀尾井ホール)

 巷の音楽ファンの間で熱く語られるベルチャ弦楽四重奏団。今年結成25年を迎える彼らの演奏を初めて聴いた。

 尖った激しい演奏の弦楽四重奏団が多い中、ベルチャ弦楽四重奏団の節度を保った美しい音、4人のバランスの良さ、徹底して作品の様式感を大切にする正統的演奏は貴重に思える。

 

 今日のプログラムはモーツァルト、バルトーク、メンデルスゾーンのそれぞれ最後の弦楽四重奏曲を集めたもの。

最初のモーツァルト「弦楽四重奏曲第22番 変ロ長調K.589《プロシャ王第2番》」はウィーン古典的様式感があるやわらかな響き。この時点ではベルチャ弦楽四重奏団のすごさが分かっていなかった。

 

しかし、2曲目のバルトーク「弦楽四重奏曲第6番Sz.114 BB119」はスケールの大きな演奏でモーツァルトで抱いたイメージが吹き飛んだ。バルトークでも音の美しさ、柔らかさは変わらないが、作品の持つ激しい感情がバランスを保つ中で最大限表現される。

特に「Burletta(小さな皮肉)」と表記された第3楽章の荒々しく強烈なリズムを4人が立ち上がらんばかりに弾くさまは圧巻。驚くべきはどれだけ激しく弾いても音楽の骨格、構造、バランスが崩れないこと。

 

後半のメンデルスゾーン「弦楽四重奏曲第6番ヘ短調Op.80」は、ベルチャ弦楽四重奏団の真価を知らしめる名演。『音楽より先に心を占めるのは果てしない喪失感と虚無感です。』という言葉を残しメンデルスゾーンは作曲の二カ月後に世を去った。

 

第1楽章は幸福なメンデルスゾーンというイメージとは裏腹の焦燥に満ちた音楽。第2楽章は暗い情熱のスケルツォと不気味なトリオで構成される。ベルチャ弦楽四重奏団はこれらを嵐のように激しく大きなスケールで、しかし粗さは皆無、隙間を全く感じさせない緻密な演奏で進める。

 

創立メンバーのひとり、ヴィオラのクシシュトフ・ホジェルスキーが中心となっていることが聴き進むにしたがってわかってくる。時々鋭い視線をほかの奏者に向ける。と言ってメンバーを束縛しているようには見えない。演奏のかじ取り役として方向を示すにとどめているようだ。

 

第3楽章アダージョの寂しげな表情も素晴らしい。第4楽章の展開部フォルティシモの強奏の中から第1ヴァイオリンのコリーナ・ベルチャは大きく第1主題を歌い上げる。

 

再現部からコーダにかけてベルチャが激しく歌い上げるヴァイオリンは心が張り裂けんばかりに歌うメンデルスゾーンの「白鳥の歌」を思わせ、真に感動的だった。

 

アンコールの2曲もベルチャ弦楽四重奏団の特長が出ていた。ベートーヴェン「弦楽四重奏曲第13番より第5楽章《カヴァティーナ》」の重層的で繊細なハーモニー、隅々まで細やかな神経が通うフレーズ、4人の絶妙なハーモニーすべてが美しく深い。

 

これで静かにコンサートを締めるのかと思いきや、最後に異様なショスタコーヴィチ「弦楽四重奏曲第3番より第3楽章」を悪魔が高笑いをぶちまけるような勢いで弾いた。それでもバランスが崩れない。

ベルチャ弦楽四重奏団でならベートーヴェン、ショスタコーヴィチの全曲ツィクルスをぶっ続けで聴いたとしても決して疲れないだろう。
 

NHKによるテレビ収録があり、 3月21日(木・祝) 午前5時からのBSプレミアム「クラシック倶楽部」で放送される予定。


写真:左からコリーナ・ベルチャ(第1ヴァイオリン)、アクセル・シャハー(第2ヴァイオリン)、クシシュトフ・ホジェルスキー(ヴィオラ)、アントワーヌ・レデルラン(チェロ)