アジアユースオーケストラ 「悲愴」のあとの28秒の静寂は感動的! | ベイのコンサート日記

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音楽評論家、長谷川京介のブログです。クラシックのコンサートやオペラなどの感想をつづっています。

829日 東京文化会館)

 毎年夏の終わりの定例行事、アジアユースオーケストラの東京公演が今年も開催された。アジア各地から厳しいオーディションで選ばれた若者達によるコンサートは、いつも心が洗われるような気がする。プロオケとは違うものが彼らの演奏にはある。一言で言えば「純粋さ」。今日も、ドヴォルザークの交響曲第8番の冒頭主題が流れだしたとたん、爽やかな風が舞台から吹き渡るような気がした。そして、その感覚はコンサートが終わるまで、消えることはなかった。

 
 しかし「純粋さ」だけでは、聴き手を感動させられない。やはり、「技術」が伴わなければ説得力はない。今年のメンバーは質が高い。木管がうまい。金管、特にホルンはプロと遜色がない。対抗配置16型の弦セクションも、多少の粗さはあるものの、反応がよく、緊密な一体感が感じられる。
 若い奏者たちの確かな技術と、楽器ごとにつく世界のプロフェッショナルなコーチ陣の指導、そして首席指揮者のジェ-ムズ・ジャッド、芸術監督のリチャード・パンチャスによるトレーニングが総合されて、質の高い演奏が生まれる。

 ドヴォルザークでのジャッドの指揮は、若いオーケストラが弾きやすいようテンポをやや遅めにとり、無理なくひっぱっていく。弦と管のバランスが良く、すっきりしている。旋律を良く歌わせ(第3楽章が典型)、最後のコーダに向かって、緊密に盛り上げる点が見事だった。フルート、クラリネットのソロも優秀


 後半のチャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」は名演奏だった。これもテンポはやや遅め。演奏時間は50分近かったのではないだろうか。オーケストラの規模の大きさを使い、堂々とした存在感を出す。対抗配置の分離の良い弦は、チェロ、ヴィオラも充実していて、内声部の厚みもある。コントラバスは10台で低音をしっかり支える。

 第1楽章ファゴットのp6つの最弱音は、抑え過ぎない。その直後のフォルティシモから始まる展開部は比較的冷静で、再現部の咆哮も安定感がある。特に良かったのは第3楽章の行進曲で、そのコーダは奏者と指揮者が文字通り固くひとつになり、会場に巨大な楔(くさび)を突きさすような衝撃が走った。

 これを聴けただけでも、充分コンサートに満足した。しかし、この日は更に素晴らしい第4楽章が続いた。中間部のホルンがうまい。ジャッドは低弦をはっきりと刻ませ、野太く、緊密な響きを維持する。弱音器をつけたヴァイオリン、ヴィオラも静かになり、最後にチェロとコントラバスだけが残る。ジャッドのタクトが下りても、会場はシーンとしたまま時間が経過する。ついにジャッドはスコアを閉じ、オーケストラに頭を下げる。拍手もなにも起こらない。まるで、時間が止まったように感じられる。コンサートマスターが泣いている。他の多くの奏者も目に涙を浮かべているのが、三列目なのでよくわかる。耐えられず、誰かが小さくブラヴォを叫び拍手をする。そうだ、終わったのだとやっと聴衆も拍手を始める。

 友人によると静寂は28秒続いたとのこと。感覚としては1分くらいに長く感じた。「悲愴」で、これほど新鮮で爽やかで、しかも深い演奏は聴いたことがない。本当に感動的だった。ありがとう、アジアユースオーケストラ!

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