PMFオーケストラ東京公演 指揮:ワレリー・ゲルギエフ ヴァイオリン:レオニダス・カヴァコス | ベイのコンサート日記

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音楽評論家、長谷川京介のブログです。クラシックのコンサートやオペラなどの感想をつづっています。



(89日、サントリーホール)

 ゲルギエフの指揮は、繊細で緻密。メンデルスゾーン交響曲第4番「イタリア」は、身体を終始ヴァイオリン群に向け、繊細なグラデーションを描くようにpとppの変化をつけていく。テンポも普通耳にするよりも遅め。明るいカラッとした「イタリア」ではない。特に、流れるような弦と、トリオに幻想的なホルンの二重奏(見事な演奏!)が登場する第3楽章は、夢の世界のようだった。ゲルギエフの弱音に気を配った指揮は、fffよりも、pppの指示が多いメンデルスゾーンの譜面に忠実だとも言える。

 後で述べるショスタコーヴィチ交響曲第8番も、弱音のコントロールが際立っており、血気にはやりがちなPMFオーケストラを抑えるようなゲルギエフの指揮が印象的だった。


 さて、この夜のハイライトはレオニダス・カヴァコスによるブラームスのヴァイオリン協奏曲だった。4年前ゲルギエフとキーロフ歌劇場管弦楽団との共演によるシベリウスの協奏曲は、いかにもヨーロッパの伝統を感じさせるカヴァコスのヴァイオリンに感銘を受けたが(カヴァコスはギリシャ出身)、今回のブラームスはその時以上の深みがあった。


 カヴァコスのヴァイオリンの特徴とは何か。アンコールに弾かれたバッハの「無伴奏ヴァイオリンソナタ第2番イ短調BMW1003からアンダンテ」を聴いて、はっきりとわかった。それは「音楽に意味を与えること」「音楽の背後にある広大な世界を表現できること」。昨年聴いたエリソ・ヴィルサラーゼのピアノに通じるものがある。彼の弾く、一音一音、ひとつのフレーズ、全体を貫く音楽は、言葉で何かを語るかのように、メッセージが伝わってくる。


 もちろん、カヴァコスのヴァイオリンが持つやわらかく美しい、しかも芯のぶれない、品格を感じさせる響きは最大の魅力ではある。しかし、その響きは何を表現したいのかが明確だからこそ、聴く者に感銘を与える。カヴァコスはブラームスが寄って立つ、ヨーロッパ音楽の重層的な伝統を、聴き手に説いて示すように弾いた。第1楽章のカデンツァの誇り高い演奏、第2楽章アダージョ中間部の詩を詠むようなヴァイオリン、第3楽章の堂々としたスピーチのような表現など、全て説得力があった。ゲルギエフとPMFオーケストラもカヴァコスと一体となっていた。第1楽章カデンツァに入る直前の、オーケストラの弱音は、これまでどの演奏でも体験したことのない戦慄を感じた。


 

弱音に始まり弱音に終わるこの日のコンサートを象徴するようなショスタコーヴィチの交響曲第8番は、室内楽を聴くような精密さと静寂が際立っていた。

 メンデルスゾーンと同じく、ゲルギエフはオーケストラを徹底的にコントロールし、第4楽章ラルゴで深い感銘を与えた。第1楽章最後のイングリシュホルンの長いソロをはじめ、第3楽章行進曲風の部分でのトランペット、第5楽章冒頭のファゴット、チェロとオーボエなど、PMFオーケストラのソロをとる各奏者たちも見事な腕前。ショスタコーヴィチらしい突然のアレグロや、長い上昇を続けるクライマックスもパワフルだったが、それも弱音があればこそ引き立つ。低音弦の静かなピチカートで終わる第5楽章のコーダと、会場内に保たれた二十秒近い静寂は、演奏の感動をより深くした。

#PMFオーケストラ #ゲルギエフ #カヴァコス #ショスタコーヴィチ