中桐 望ピアノ・リサイタル | ベイのコンサート日記

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音楽評論家、長谷川京介のブログです。クラシックのコンサートやオペラなどの感想をつづっています。





87日、尾上邸音楽室)

 音楽ネットワーク「えん」主催のサロン・コンサート。中桐 望(なかぎりのぞみ)は、2012年浜松国際ピアノ・コンクールで歴代日本人最高位第2位。昨年1月にオクタヴィアレコードから「ショパン&ラフマニノフ」を発売している。


 中桐 望のピアノを一言で表すと、「中庸の美」。癖がなく、素直で伸び伸びとしている。表現の振幅は、作為的ではなく、音楽の流れや内から自然に起こる感情により変化していく。昨年末聴いたショパンのピアノ協奏曲第1番は「美しく正確だが、音楽が平板でダイナミックが不足していた。」という印象だったが、今日は長所が発見できて良かった。

 この日のプログラムのテーマは「幻想=ファンタジー」。タイトルに「幻想」がつかなくとも、曲想からイメージされるものも選ばれていた。選曲は中桐本人による。

 モーツァルト「幻想曲」ニ短調K397は冒頭の分散和音の深い響きに、このピアニストはなかなかいいな、と思わせる。続く、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第17番「テンペスト」は、バランスがよい。鍵盤を叩きつけ威嚇することはなく、また神経質な弱音ではなく、ピアノの美しさ(会場のピアノはベーゼンドルファー)を無理なく引き出す。

 ショパン「幻想曲」は変イ長調の主題の表現に広々とした世界と解放感が感じられた。ショパンのバラード第3番はスケルツォの性格を持つ、と言われるが、何を言おうとしているのかよくわからない作品だ。中桐の演奏からも確たるものを感じ取ることができなかった。もっとも中桐はわかっていて、聴き手がわからないだけかもしれないが。


 後半はグリーグ「ペール・ギュント」組曲「朝」から始まり、続いてピアノ・ソナタホ短調作品7が演奏された。グリーグのソナタはコンサートで聴く機会が少ない。生で聴くのは初めて。ロマンティックであり素朴さもある。中桐望にはよく合っている作品だと思った。特に第4楽章の中桐のダイナミックな演奏はノルウェーのフィヨルドの風景や、この作品の3年後に作曲されたピアノ協奏曲イ短調に通じる世界が感じられた。


 中桐にはシューマンもぴったりだと思っていたが、「幻想小曲集」は期待通り。第2曲「飛翔」の自由に空を舞うような表現が爽快だった。また第8曲「歌の終り」も同じく自由で開放感がある。最後の和音が、1曲目モーツァルトの「幻想曲」冒頭の分散和音を思わせ、プログラムがひとつの輪のようにつながっているように思われた。終了後のパーティーで、本人に聞くと、そこまでは意図していなかったとのこと。

リサイタルの前に、プレコンサートもあり、ここでは中桐の妹、中桐かなえが、姉の伴奏で、日本の歌曲(高田三郎「くちなし」、中田喜直「霧と話した」)、レスピーギ「舞踏への招待」、プッチーニ歌劇「ラ・ボエーム」より「私が街を歩けば」、クルティス「忘れな草」を歌った。

 3時間に及ぶ長いコンサートだった。