ハンブルクから空路ミュンヘンへ。空港に向かうタクシーの運転手が「今日はハンブルクでは珍しい晴天で珍しい」と言っていた。
ミュンヘンでは一緒に行ったH君のデトモルト音楽大学時代の友人がバイエルン放送(Baerischer Rundfunk BR)のエンジニアになっていて、彼がスタジオを見せてくれるというので行くことにした。放送局のメインスタジオや調整卓を見学したが、入り口にはラファエル・クーベリックのレリーフが掲げられていた。
H君はデトモルト音楽大学に学び、当時(おそらく今も)日本人で唯一「トーンマイスター」の資格を持っており、ドイツ語も堪能。今回の旅ではずいぶん助かった。現在はマイスターレコード代表として音質にこだわったCDを多数リリースしている。
放送局見学後、今夜のコンサートは何にしようということになったが、バイエルン国立歌劇場では何もやっていないし、オーケストラの演奏会もなかった。H君がキュビリエ劇場で室内楽のリサイタルがあることをチケットオフィスで調べてきてくれ、ではそれにしようということになった。
コンサートまではビアホールでミュンヘン名物のビールとドイツ料理の代表のひとつアイスバインを楽しんだりした。
「キュビリエ劇場」または「アルテレジデンツ劇場」はバイエルン選帝侯の宮殿(レジデンツ)の中にあり、モーツァルトが1780年、バイエルン選帝侯カール・テオドールの依頼で作曲した歌劇「イドメネオ」を初演した劇場として名高い。
ドイツで最も美しいオペラ劇場と言われているが、確かに一歩中に足を踏み入れて、これこそお伽の国の劇場だと思った。バロック風の豪華な装飾が黄金色に輝き、赤と白の座席との組み合わせが豪華であり、照明がまばゆいばかりに輝いている。チケット窓口で一番いい席を頼んだら、なんと二階正面の貴賓席をあてがわれた。しかも我々3人の貸切り状態だ。そこで聴くのはすこし場違いな恥ずかしさを感じた。
当日のプログラムはバイエルン放送交響楽団のチェリストと日本人女性ピアニストによるものでメインはシューベルトの「アルペジオーネ・ソナタ」だった。残念ながら今手元に資料がなく詳しい曲目とアーティストの名前を思い出せない。演奏は可もなく不可もないといった出来映えだったが、音響は素晴らしい。特にチェロからは木の床を通して微妙な振動とともにやわらかく自然な響きが体全体を包み込むように伝わって来て、心地よさはこの上ない。室内楽や声楽のリサイタルには最適かもしれない。
響きすぎるくらい響く音が劇場全体を満たすが、音像にクリアさや鋭さを求める向きには柔らかすぎ優しすぎるように感じるかもしれない。
この美しい劇場で音楽を聴けただけで充分心が満たされ、幸せな気持ちになった。
ひとつだけ誤算だったのは、当日ミュンヘンで大規模なシンポジウムかビジネスフェアのようなものがあり、事前にホテルがとれておらず、結局ミュンヘン駅前の安宿の一室をどうにか確保、エクストラベッドを入れてもらい男三人が一緒に泊まるはめになったこと。行き当たりばったりのコンサートも含めて、今では考えられないアバウトな旅ではあった。