先週のこと、わたし達が佐原旅行に行く数日前に宿泊予約の電話連絡を頂きました。

お相手は福岡からお越しのシニアドラマーのおばあちゃまとその方のレッスンを担当されている打楽器講師の方。

この御仁は御年85歳とのことで、お生まれは戦争前の1940年。

今は貴重な存在の戦中派の方なのです。

ドラムを始めたのが72歳の時で、Youtubeを始めたのが80歳を超えてからと、ますますお元気なおばあちゃまなのです。

楽器を始めたのが今のわたしの10年も後で、オリジナル楽曲の再生回数は何と160万回。

わたしもまだまだやれると元気を頂きました。

今回は二俣川駅でのイベントにご参加とのことで、至近の高校の吹部とのコラボだったようです。

来年2月にはシャンソン歌手のライブにゲストとして参加されるそうです。

その時にまた再会できればと思っています。

因みにこのおばあちゃま、当合奏旅団の秋の挙兵(化け猫とハロウィン)にも出てみたいとのこと。

さすがにご老体故いきなりマーチングスネアでパレード参加は難しいので出発前のセレモニーでドラムセットを組んで、ブラスアンサンブルで伴奏を付けて彼女のオリジナル曲、2曲を演奏できないかと検討中です。

もし可能なら86歳にして神楽坂と表参道・原宿でのデビューを果たすことに。

ますます夢が広がる人生の大先輩戦中派で85歳のChababa様と61歳のわたし。

まだまだ若いもんには負けられないか・・。

  わたしが一昨日中国依存に関する事を書いたその日に、元家電メーカーの技術者の方が記事を載せていました。

中国依存脱却!とネットでワーワー言っているけれどスマホ見ている次点で無理、だそうです。

スマホにパソコンに家電にあらゆる製品に使われている中国製の部品。今さら中国依存脱却は100%無理なんでしょう。

そもそも中国に依存するようになった要因は日本人の根性の悪さによるもの。

とにかく安い製品を求める消費者。安くて高性能で故障しない製品を欲しがる日本の消費者。

結局、その無理な要望に応えるには人件費や部品の安い中国に頼るしかなかった。

そんな時代が延々と継続してくればもはや中国依存脱却なんて言ってられないというのです。

問題は一部のネットユーザーがワーワー言っているだけではない事。

総理大臣が堂々と宣言し、腰巾着の小野田がそれを援護射撃で続く。

中国依存はリスクだ、までは正論だけれど、その後に続くこの際中国依存を止めるべき、は現実を知らないで発言しているという事なのです。

先の技術者殿は依存を止める事はできないが、対抗するカードをもっと増やすべきと提唱。

日本の技術には奴等が欲している化学薬剤や半導体、セラミック、精密機器などがあります。

中国との貿易関係は輸入第一位は中国で輸出第二位も中国。結局お互いに持ちつ持たれつの関係なのです。

ただし現状では日本の方が分が悪く依存度が高い。

中国が本気で全てを止めたら日本の息の根はすぐに止まる仕組みは既に出来上がっている模様。

そんな国と武装して戦争しようという発想自体が時代錯誤。

中国がとにかくイライラしているのは、日本の教育そのもの。

彼らは日本に侵略された歴史をしっかりと教育の場で明らかにしています。(当然のこと)

でも日本では中学でも高校でも、日中戦争の辺りに来ると「時間が無いので後は教科書を読んどいて下さい。」

と完全スルー。その教科書も政府の検定済みだから不都合な事は一切書かれていません。

今日、中国の王毅外相がドイツの外相に「日本は侵略の歴史を全く反省していない」と強く訴えていました。

同じ枢軸国だったドイツはユダヤ人迫害を含めて大いに反省し莫大な賠償金を支払った。

日本はカネも払わなければ、反省もしない。

日本の若者達は日中戦争の事など知る由もないのです。

そこから修正しなけりゃダメかね。

 

 

  新しい観光地と出会う瞬間は唐突にやってきます。

千葉県の成田空港の更に奥地にある小江戸佐原。

Amazonプライムで“ミステリーというなかれ”の劇場版のワンシーンでとても風情のある昔の街並み。

どこなのかロケ地を検索してたら出てきたのが佐原でした。小江戸と言えば川越が有名です。

この佐原も昨今はメディアで取り上げられているらしく有名なんだそうです。わたしは知らなかった。

ところで今回はAirbnbからスーパーホスト継続記念に贈られてきた無料宿泊クーポン(100ドル、15700円相当)を使っての久しぶりの泊りがけ旅行でした。

佐原の街並みは本当に美しく素晴らしかった。でも旅行自体は最悪でした。

当館から123kmの佐原。高速を使って13:00頃に着こうと11:00頃出発しました。

ところが出掛け前から東海ジャンクションでの事故渋滞が酷く空港中央付近も大渋滞中。

そこでお台場まで下道を選択。その後途中経過を確認していたら事故処理は終了したのに今度は故障車が道を塞いで大渋滞継続。

結局、やっと高速に乗れたのは13:00(有明から)。

暫くして佐倉での事故表示。

渋滞は10km以上に及び通過に1時間以上。結局四街道で降りて現地へ。

現地着は15:45と高速代2000円使ってたかが120kmを4時間45分も掛かり現地での観光は僅か40分程度でした。

そして翌日の土曜日も朝から高速は断続的な渋滞で、馬鹿らしくなったのでそのまま下道で帰ってきました。

所要時間は約6時間。

年末に向けた12月の5日(五十日)は車が多くてウンザリでした。

収穫だったのはホステルコエドのホストさんと色々情報交換ができた事。

柏屋の最中が買えた事。

佐原の小江戸を体感できたこと。

まあ、これで良しとするか・・。