ここ最近、交流中の中学校の吹部で指揮をする場面がありました。
普段吹部に行くときわたしは指揮はしません。専属の指導の先生がいるのとわたしの力量を察してかだれも要望しなかったからです。楽器歴はかれこれ45年になるわたし。楽曲のアレンジも相当数やりました。でも和声やらコードの勉強に挫折して音楽理論を本気でやってこなかったからアレンジするときはとても時間が掛かります。コード進行をろくに知らないから1音1音チェックしながらの作業なので出来栄えはおかしくはありません。でもとにかく時間が掛かります。指揮となると、わたしはベートーベンの5番の第4楽章はチャイコフスキーの5番の第4楽章はすぐにでも指揮ができます。でも吹部で練習している楽曲を指揮して、と言われても正直できません。曲の細部を知らないからです。前述の交響曲は金管3重奏用にアレンジするためにオケ用スコア譜を隅から隅まで確認したので振れるのです。でもよく知らない楽曲ならすぐに振るのは無理なのです。で、先週2年生の女子が“指揮をして下さい!”と言ってきたのでやりましたが、メチャクチャ緊張しました。曲の中身をよく理解しないで振る孤独さ。まるで素人がステレオから流れるCDのクラシックに合わせて指揮の真似をしているような感じになってしまいました。指揮法をちゃんと勉強した人でないとフルスコアを見ながら振るのは大変です。実は指導の先生も今まで一般楽団で指揮をしていた演奏仲間達も本当にどこまでスコアを理解して振っているのかは分かりません。で、今週も指導の先生が不在なのでわたしがやろうと珍しくやる気満々で指揮棒を持参して中学に行きました。でも結果的にやらなきゃよかった。指揮をしていても全く手ごたえが無いどころか合ってない。合わせてくれない。という事でだれも見てくれていないという事が良く分かりました。音楽性が極めて中途半端でいい加減なわたしの力量を中学生の子達は見透かしているのです。情けない話、足しげく通っているのですが煙たい存在になっているのかもしれないと察した方が良いかもしれないと感じ始めています。音大出のちゃんと勉強した人が先生と呼ばれて指導するべきなんだと思います。でもそういう人達はいろいろと忙しくて学校の課外活動に顔を出すヒマなど無いのも現実で、わたしのような与太郎音楽家がお邪魔してしまう土壌を生み出しているのでしょう。そろそろ引き際を考えた方がいいかなあ、と思っています。