ココ暫く、ブログアップから遠ざかってしまっている。
何だかエネルギーが枯渇したようで、キーボードを打つ事さえ億劫になっている。
情けない。
そうは言っても、決して死んでいた訳ではないのだ。
実は5月、お隣のイケメン先輩からゴルフのお誘いを受けて出掛けた。
同伴者はイケメン先輩の同級生、もう一方は地元で永きに渡ってイケメン先輩の髪をカットし続けている美容師さん。
この美容師さん、結婚以来楽しみにしていたジュニア誕生を諦めて久しかった頃、ポロンと14年前に誕生したお嬢さんの子育て一本に人生の楽しみを絞る為、それ迄熱心に打ち込んでいたゴルフをキッパリと止めた御仁なのだ。
がしかし、お嬢さんも今ではお年頃になり、常にお父さんとのお付き合いはご勘弁と相成ったと、寂しそうに語って居られた。
そんなことからゴルフ再開となったのだと聞かされた。
一時はとても熱心に打ち込んで居られたゴルフ、最初の集いは氏がメンバーだった千葉のコースとなった。
とてもお上手。
正味14年間のブランクは信じられない程のゴルフをなさっていた。
この日のため、練習場には結構通ったのだと伺った。
帰路、ぜひ最低月イチペースでお付き合い願いたいと、美容師さんから要望された。
町内会お友達月例と云うことで、是非何とか協力をお願いしたいと切望されたのだ。
スケジュールが合えば、私も参加させて戴くと約した。
翌月の6月、お隣のイケメン先輩のホームコースで町内会お友達月例を実施した。
お隣のイケメン先輩に「美容師さんはお幾つなんですか?」と尋ねたところ、
「多分、パワー君よりも5~6歳程若いと思うよ」との返事だった。
私は「何だ、私よりも若いんだ。あのゴルフの情熱を考えれば、私よりも若くて当たり前かな。」などと勝手に判断してしまった。
町内会の先輩・後輩の集いであるから、町内会の話題が必然的に多くなる。
あの飲み屋の女将は今でも美人だとか、
昔から営んでいた魚屋が廃業したのは、前に建ったマンションから生臭いと云うクレームに、ご主人が圧力に負けたからだとか、
あそこのマッサージの○○女史は、必ず10分は余計にサービスしてくれるとか、
橋のたもとのお魚屋さんが作るお惣菜の鯖味噌煮はかなりいけるとか、
あそこの中華屋のタンメンはピカイチだったがご主人の高齢で廃業したとか、
あそこのとんかつ屋は、目黒の○○からのれん分けしてもらった店で結構いけるとか、
まあご近所の話題に事欠かないオジサン達は、とてもかしましいのである。
そんな会話をしていた時、私は美容師さんに「随分と昔からのご近所情報にお詳しいようですが、お幾つなんですか?」と尋ねたところ、
「今67歳。もうすぐ68歳なんですよ。」と返された。
「あれまッ!お隣のイケメン先輩からは私よりも5~6歳程は若いと聞いていたんですよ。」と応えたら、
「そんなに若くは見えないでしょう。」と笑顔で返された。
やはり美容師と云う商売柄、若く見えるのかなと思った。
ましてや美容師は立ち仕事なので、足腰もしっかりして居られるのかも知れない。
これがきっとスウィングに活かされているのだと思った。
この集い、私が最年少だと云う事が判明した。
単純ながらとても嬉しい。
私よりも6歳先輩の美容師さんが、とても情熱を持って再度ゴルフにチャレンジしている姿に、実は私も刺激を受けているのである。
そう、負けてはいられないなと云う気持ちなのだ。
7月8月の酷暑を避ける為にゴルフは休みますと伝えていたのだが、結局6歳先輩の美容師さんのお誘いを断り切れず、ラウンドを行った。
最年少、若輩者、青年、少年、洟垂れ小僧、とても良い響きだ。
いくら歳を重ねても、幼い時代の自分は今でもちょっと前の出来事なのである。
カス倶楽部では最年長。
他の集いでも殆どが最年長者となっている。
カス倶楽部のゴルフの集いでのラウンドで、コースをスキップのステップで走ろうものなら「とんべぇ女王さま」や「ももんじゃ姫」から、
「走っちゃ駄目。転んで怪我したり心臓発作を起こされたら面倒だからさ~ッ」などと、敬老精神には程遠い罵声とも云える言葉を投げかけられているのが常なのである。
カスの面々は、年長者に対する畏敬の念と云う概念が欠如していると云うことを、先日の「ゆう~さん」還暦祝いコンペで嫌と云う程に証明されたのである。
年長者に対しての遠慮会釈の無さは、明らかに人間としての資質に欠けると云わざるを得ない所行なのだ。
そんな仕打ちをカス倶楽部の面々から受け続けてる私は、町内会お友達月例の参加者である諸先輩には、当然の事ながら畏敬の念、敬う気持ち、積極的に手を差し伸べる行動で接している。
人としての当然の道を私は歩んでいるだけなのだ。
そのお蔭なのか、諸先輩からは「パワーくんは人格者だな~、優しいな~」との賛辞のお言葉をいただいている。
カス倶楽部の諸君、少しは私を見習いなさいッ!
私のブログ仲間の「ゆう~」さんが、本日還暦を迎えられた。
美しいシルバーグレイを誇るダンディーな「ゆう~」さんは、とても謙虚な分別を備えた紳士であり、ゴルフの腕前も上級者なのである。
と云うことから、私ととても話が合う御仁なのだ。
80台前半は当たり前、最近のラウンドでは、時たま顔を出していたティーショットのチョロも完璧に克服され、隙の無いゴルフを取り戻されたと私は理解していた。
その我らが「ゆう~」さんの還暦を祝おうと、カス倶楽部員が静岡の三島に先週末の土曜日、三重、名古屋、静岡、東京から集合し、主役の「ゆう~」さんを囲んでの宴会が開かれた。
その翌日、「ゆう~」さんのホームコースで、還暦祝いのゴルフコンペが行われる段取りだ。
私も一昨年の9月、このカス倶楽部メンバーから還暦祝いを受けた。
とても嬉しいサプライズの連続のお祝いだった。
メンバー各自から贈られたプレゼントを一品一品身に纏い、皆の前で全身が徐々に赤に染まって行く姿は、今でも思い返す度に赤面してしまう。
知的なカス倶楽部以外のブログ仲間からは、何故に知的な見本のような私が、あのような姿に変身しなければならなかったのかと、同情の涙を流してしまったとのコメントを戴く程に、凄まじい姿を強要させられた想い出がある。
そう、拷問とも云える皆からの処遇だった。
そのコンペの帰宅後、皆からのプレゼントをチェックした我がカミさんは、絶句していた。
還暦祝いを受ける者は、人生にそうそうにあるものでは無い試練を受ける事だと理解したのだ。
我がカス倶楽部員中、二人目の還暦者が「ゆう~」さんなのである。
今回も、各倶楽部員が各々準備していた祝いの品を、一点一点身に付けて行くと云う、拷問とも云うべき儀式が始まった。
真っ赤な半ズボンを贈られた時など、
「いま履いているズボンを脱いで、皆の前でちゃっちゃと半ズボンに着替えなさい」と叱責されつつ、
頭は赤い帽子に赤いボブスタイルのウィッグ、そしてつま先には赤いソックまで、全身真っ赤に変身したこの日の「ゆう~」さんは、完全にカス倶楽部員のオモチャになっていた。
でも、赤いウィッグを被った「ゆう~」さん、異様に似合って怪しい雰囲気を醸し出していたな~。
定番の赤いちゃんちゃんこに皆で寄せ書きをし、楽しい還暦祝いの宴は終わった。
宴会の解散時、地元である「ゆう~」さんの奥さまが迎えに来られた時、皆で挨拶を交わした。
とても若々しいチャーミングな女性で、私は絶対にお嬢さんだと思った。
それが証拠に、「ふじもりん」さんなどは、
「パワーさんの言う通り、彼女は娘さんかもね。財布から3万円を娘さんに小遣いとして払っていたもん」など、自宅に向かった「ゆう~」さんの話題で盛り上がっていた。
地元の「ゆう~」さん以外のメンバーは、ホテルに一泊して翌日の「還暦祝いコンペ」に備えた。
酷暑の時間帯を避け、早朝のスタートとなる。
まだ日の出を迎えて間の無い早朝、ロビーで集合して会場である「ゆう~」さんのホームコースに向かった。
この日は酷暑となると云う天気予報だったが、曇天で気温も上がらず、とても過ごし易い気温に私は安堵した。
時折吹く風も涼しげで、完走出来るかしらと一抹の不安を抱いていた私にも問題無しの天候だった。
この日の主役である「ゆう~」さんが、この日のコンペの組割りを決めたのだと聞いた。
それを聞いた私は、「ゆう~」さんって本当に甘い人なのだな~と思った。
氏は一組目、同伴者にカス倶楽部でも顔役として君臨している東方の女王さまこと「とんべぇ」さん、そして気に喰わないことには凄まじい形相でホッペを膨らます西方の姫こと「ももんじゃ」さんを選んでしまっていた。
一見か弱い女性とみえるこのお二方、私は秘かに「女性擬き」と理解しているのだ。
知的探究心に勝っている私であればこそ、永年のお二人とのお付き合いで理解した「女性擬き」と云う驚愕的事実に、心優しい「ゆう~」さんが、お二方の真の姿を理解していないのは致し方無しかも知れない。
そうなのだ、還暦を迎えた人生経験豊かな筈である「ゆう~」さんではあるが、まだまだは修行が足りないな~と、心底私はそう思った。
今日の主役は、誰が考えても還暦を迎える「ゆう~」さんなのである。
その「ゆう~」さんが、第一打を放ち、左のラフにボールが飛んで行った。
でも、まあまあのショットで、後続組の皆から「ナイショ~ッ」の声が発せられた。
その後の「ももんじゃ」姫、「とんべぇ」女王は、フェアウウェイど真ん中の遠慮会釈の無いショットを披露し、「ゆう~」さんを軽々とオーバードライブしてしまった。
赤ティーからならまだ許せるが、「女性擬き」のお二人が選んだのは、この日全員が打つホワイトティーを選択したのだ。
恐るべし「女性擬き」。
これ、はっきり言ってこの日の主役の年寄り苛めに近い。
打ち終わった「女性擬き」達は、カートの後部座席にドスンッと鎮座し、主役の年寄りに運転を任せ、第二打地点に向かって行った。
私は正直、この日の主役の年寄りに同情した。
私は第二組で「くぼたろう」組長、三重から参戦者「た~坊」さんとのラウンドだった。
正直に告白すると、前の組の「ゆう~」さんのゴルフが気になって、私は自分のラウンドどころではなかった。
「女性擬き」のお二人のど根性ショットに煽られながら、フェアウェイを息を切らせながら早足で横切ったり、カートの運転手として奉公していたり、「くぼたろう」組長の池ポチャショットに「バンザ~イ、バンザ~イ、バンザ~イ」の三唱に付き合わされたりと、昨晩の宴席同様に、「ゆう~」さんはオモチャと化していた。
当然の事ながら、上級者の「ゆう~」さんらしからぬスコアで試練を享受された一日となっていた。
私は心から同情したが、自ら選んだ同伴者であるから、責任も半分は本人にある筈だ。
と云う事を考慮しても、再度私は、還暦祝いとは試練を受けると云う事なんだな~と理解した。
此れ程の試練があろうかとも云うべき悲惨な目に逢った主役である筈の「ゆう~」さんの試練を除けば、極上とも云うべき楽しい一日はアッと云う間に過ぎ去り、次回のカス倶楽部のイベントが開催される9月のゴルフ場での再会を約して皆は解散した。
私は人類史上これ以上の悲惨な光景は無いと思わせる還暦祝いを受けた「ゆう~」さんに、心から同情の念を抱いた。
がしかし、「女性擬き」のお二人を筆頭に、皆が「ゆう~」さんを心から祝ってあげて良かったな~と、何の疑いも無く心底満足して満面の笑顔でゴルフ場を後にした光景を、私は複雑な気持ちで眺めていた。
帰路、主役の「ゆう~」さんに三島駅まで送っていただいた。
車中、何でカスの人達って遠慮ってことを知らないかな~や、
畏敬の念と云う言葉なんて知らないんだろうね~や、
還暦の意味すら知らないで、ゴルフをやりたいがために、還暦者を主役擬きにしてコンペを開催しているんじゃないか等々、
笑いながら「カス倶楽部式還暦祝い」の経験者翁二人は、次回の還暦祝いには出席できるかどうかなど話しながら駅に向かった。
新幹線に乗車し、ようやくにして一人になり、冷静さを取り戻した私は理解した。
「女性擬き」のお二人の真の姿は、魔女だとの結論を得た。
私も「ゆう~」さん同様、認識の甘さを自覚させられた。
次回還暦の試練を迎える御仁は「喜多八」さん。
5年後、私はクラブを振っているかな~。
「喜多八」さんが赤く激変して行く姿を見たいものでもある。
その時には、決して同伴者に魔女を選択してはなりませんぞッ!
美しいシルバーグレイを誇るダンディーな「ゆう~」さんは、とても謙虚な分別を備えた紳士であり、ゴルフの腕前も上級者なのである。
と云うことから、私ととても話が合う御仁なのだ。
80台前半は当たり前、最近のラウンドでは、時たま顔を出していたティーショットのチョロも完璧に克服され、隙の無いゴルフを取り戻されたと私は理解していた。
その我らが「ゆう~」さんの還暦を祝おうと、カス倶楽部員が静岡の三島に先週末の土曜日、三重、名古屋、静岡、東京から集合し、主役の「ゆう~」さんを囲んでの宴会が開かれた。
その翌日、「ゆう~」さんのホームコースで、還暦祝いのゴルフコンペが行われる段取りだ。
私も一昨年の9月、このカス倶楽部メンバーから還暦祝いを受けた。
とても嬉しいサプライズの連続のお祝いだった。
メンバー各自から贈られたプレゼントを一品一品身に纏い、皆の前で全身が徐々に赤に染まって行く姿は、今でも思い返す度に赤面してしまう。
知的なカス倶楽部以外のブログ仲間からは、何故に知的な見本のような私が、あのような姿に変身しなければならなかったのかと、同情の涙を流してしまったとのコメントを戴く程に、凄まじい姿を強要させられた想い出がある。
そう、拷問とも云える皆からの処遇だった。
そのコンペの帰宅後、皆からのプレゼントをチェックした我がカミさんは、絶句していた。
還暦祝いを受ける者は、人生にそうそうにあるものでは無い試練を受ける事だと理解したのだ。
我がカス倶楽部員中、二人目の還暦者が「ゆう~」さんなのである。
今回も、各倶楽部員が各々準備していた祝いの品を、一点一点身に付けて行くと云う、拷問とも云うべき儀式が始まった。
真っ赤な半ズボンを贈られた時など、
「いま履いているズボンを脱いで、皆の前でちゃっちゃと半ズボンに着替えなさい」と叱責されつつ、
頭は赤い帽子に赤いボブスタイルのウィッグ、そしてつま先には赤いソックまで、全身真っ赤に変身したこの日の「ゆう~」さんは、完全にカス倶楽部員のオモチャになっていた。
でも、赤いウィッグを被った「ゆう~」さん、異様に似合って怪しい雰囲気を醸し出していたな~。
定番の赤いちゃんちゃんこに皆で寄せ書きをし、楽しい還暦祝いの宴は終わった。
宴会の解散時、地元である「ゆう~」さんの奥さまが迎えに来られた時、皆で挨拶を交わした。
とても若々しいチャーミングな女性で、私は絶対にお嬢さんだと思った。
それが証拠に、「ふじもりん」さんなどは、
「パワーさんの言う通り、彼女は娘さんかもね。財布から3万円を娘さんに小遣いとして払っていたもん」など、自宅に向かった「ゆう~」さんの話題で盛り上がっていた。
地元の「ゆう~」さん以外のメンバーは、ホテルに一泊して翌日の「還暦祝いコンペ」に備えた。
酷暑の時間帯を避け、早朝のスタートとなる。
まだ日の出を迎えて間の無い早朝、ロビーで集合して会場である「ゆう~」さんのホームコースに向かった。
この日は酷暑となると云う天気予報だったが、曇天で気温も上がらず、とても過ごし易い気温に私は安堵した。
時折吹く風も涼しげで、完走出来るかしらと一抹の不安を抱いていた私にも問題無しの天候だった。
この日の主役である「ゆう~」さんが、この日のコンペの組割りを決めたのだと聞いた。
それを聞いた私は、「ゆう~」さんって本当に甘い人なのだな~と思った。
氏は一組目、同伴者にカス倶楽部でも顔役として君臨している東方の女王さまこと「とんべぇ」さん、そして気に喰わないことには凄まじい形相でホッペを膨らます西方の姫こと「ももんじゃ」さんを選んでしまっていた。
一見か弱い女性とみえるこのお二方、私は秘かに「女性擬き」と理解しているのだ。
知的探究心に勝っている私であればこそ、永年のお二人とのお付き合いで理解した「女性擬き」と云う驚愕的事実に、心優しい「ゆう~」さんが、お二方の真の姿を理解していないのは致し方無しかも知れない。
そうなのだ、還暦を迎えた人生経験豊かな筈である「ゆう~」さんではあるが、まだまだは修行が足りないな~と、心底私はそう思った。
今日の主役は、誰が考えても還暦を迎える「ゆう~」さんなのである。
その「ゆう~」さんが、第一打を放ち、左のラフにボールが飛んで行った。
でも、まあまあのショットで、後続組の皆から「ナイショ~ッ」の声が発せられた。
その後の「ももんじゃ」姫、「とんべぇ」女王は、フェアウウェイど真ん中の遠慮会釈の無いショットを披露し、「ゆう~」さんを軽々とオーバードライブしてしまった。
赤ティーからならまだ許せるが、「女性擬き」のお二人が選んだのは、この日全員が打つホワイトティーを選択したのだ。
恐るべし「女性擬き」。
これ、はっきり言ってこの日の主役の年寄り苛めに近い。
打ち終わった「女性擬き」達は、カートの後部座席にドスンッと鎮座し、主役の年寄りに運転を任せ、第二打地点に向かって行った。
私は正直、この日の主役の年寄りに同情した。
私は第二組で「くぼたろう」組長、三重から参戦者「た~坊」さんとのラウンドだった。
正直に告白すると、前の組の「ゆう~」さんのゴルフが気になって、私は自分のラウンドどころではなかった。
「女性擬き」のお二人のど根性ショットに煽られながら、フェアウェイを息を切らせながら早足で横切ったり、カートの運転手として奉公していたり、「くぼたろう」組長の池ポチャショットに「バンザ~イ、バンザ~イ、バンザ~イ」の三唱に付き合わされたりと、昨晩の宴席同様に、「ゆう~」さんはオモチャと化していた。
当然の事ながら、上級者の「ゆう~」さんらしからぬスコアで試練を享受された一日となっていた。
私は心から同情したが、自ら選んだ同伴者であるから、責任も半分は本人にある筈だ。
と云う事を考慮しても、再度私は、還暦祝いとは試練を受けると云う事なんだな~と理解した。
此れ程の試練があろうかとも云うべき悲惨な目に逢った主役である筈の「ゆう~」さんの試練を除けば、極上とも云うべき楽しい一日はアッと云う間に過ぎ去り、次回のカス倶楽部のイベントが開催される9月のゴルフ場での再会を約して皆は解散した。
私は人類史上これ以上の悲惨な光景は無いと思わせる還暦祝いを受けた「ゆう~」さんに、心から同情の念を抱いた。
がしかし、「女性擬き」のお二人を筆頭に、皆が「ゆう~」さんを心から祝ってあげて良かったな~と、何の疑いも無く心底満足して満面の笑顔でゴルフ場を後にした光景を、私は複雑な気持ちで眺めていた。
帰路、主役の「ゆう~」さんに三島駅まで送っていただいた。
車中、何でカスの人達って遠慮ってことを知らないかな~や、
畏敬の念と云う言葉なんて知らないんだろうね~や、
還暦の意味すら知らないで、ゴルフをやりたいがために、還暦者を主役擬きにしてコンペを開催しているんじゃないか等々、
笑いながら「カス倶楽部式還暦祝い」の経験者翁二人は、次回の還暦祝いには出席できるかどうかなど話しながら駅に向かった。
新幹線に乗車し、ようやくにして一人になり、冷静さを取り戻した私は理解した。
「女性擬き」のお二人の真の姿は、魔女だとの結論を得た。
私も「ゆう~」さん同様、認識の甘さを自覚させられた。
次回還暦の試練を迎える御仁は「喜多八」さん。
5年後、私はクラブを振っているかな~。
「喜多八」さんが赤く激変して行く姿を見たいものでもある。
その時には、決して同伴者に魔女を選択してはなりませんぞッ!
昨日は久方振りに「わるお」さんに挑戦させていただきました。
「わるお」さんは、三日練荘ゴルフの最終日でした。
心境著しい「わるお」さんが私に胸を貸すなど、ほんの遊び心だったと思います。
しかし、とても素直な私は、忙中閑有りで私とのラウンドの時間を割いてくださった「わるお」さんには感謝の念で一杯でした。
昨日のゴルフ会場を準備してくださったのは、真のアスリートゴルファー「なんえ~」さんでした。
「なんえ~」さんも、ここのところの「わるお」さんのゴルフ上達を自らの目で確かめようと、お父上のご友人がメンバーであらせられる某ゴルフ場を準備してくださいました。
ありがたいことです。
これ、総て「わるお」さんの進化したゴルフを自らの目で確かめようとする、とても猜疑心に長けた人々の成せる業だったと思います。
電車とクラブバスでゴルフ場に辿り着いた私を、「わるお」さんと「なんえ~」さんは玄関前で迎えてくださいました。
「わるお」さんは、真っ白なコスチュームを全身に纏い、それでなくとも膨張気味の身体がとてつもなく大きく見え、威圧されました。
「なんえ~」さんからは、「わるお」さんの進化振りを、一緒にしかと見届けましょうと挨拶代わりのお声をいただきました。
雨が心配だったのですが、スタート時は曇天模様で、何とか雨具のお世話にならない天候をと願い、スタートホールに向かいました。
「なんえ~」さんから「わるお」さんに、
「このコースの距離は、わるおプロには物足りないでしょうから、あなたはバックから打ってください」とのお言葉。
「わるお」さんは返事することなく、私をじっと見つめるので、
「私は白か赤からでご一緒させて戴きます」と、かなり嫌味な程の慇懃な態度で頭をペコペコさせてお応え申し上げました。
その会話を聞いていた進行役のオフィシャルから、
「バックからはマスター室に届けてくださいね」との一言があったこともあり、面倒くさがりの「わるお」さんは、渋々白ティーからのスタートで我慢なさった模様でした。
スタート時、「汗臭いわるおさんの胸を、今日一日お借り致します」との私の儀礼的挨拶に、
笑うべき場ではないと思うのですが、突如「エヘヘッ」といつもの怪しい奇声で返されました。
ちょっと不気味な反応だなと思いつつ、まあいつもの事だと無理矢理私は納得してゴルフモードに切り換えました。
さあ、スタートです。
スタート時の「わるお」さんのショットは、引っ掛け気味のおはようOBでしたが、軽いハンディをくれたんだなと、私は好意的に解釈しました。
「どんまいです、わるおさん」の私の声に、
「あのね~、今のショットのミス、見ていて解った?テイクバックでね~、○△□×-÷※¢÷○△□×-………」と続いたのですが、私も打たねばならないので失礼ながら無視させて戴きました。
「なんえ~」さんはこの日、1W~7W中4本、大枚を叩いて得たニューギアのデビューとのことでした。
ウッドを手にする度にナイスな弾道を放ち、「あ~ッ、思い切って買って良かった…」と、常に冷静な「なんえ~」さんらしくもない吐息に似た発声で、何だかとてもよがっていました。
相変わらず「なんえ~」さんは上手だな~と思う私でしたが、今日の師匠は「わるお」さんなのです。
一方的に見て教えて貰う師匠は「なんえ~」さん、お言葉を交えながらアドバイスを戴く師匠は「わるお」さんと、勝手に区別してご教授いただこうと勝手に決めさせていただき、ラウンドを楽しむ事にしました。
午前中は案の定、私とはレベルが違うスコアを軽々叩き出した観せて戴く師匠の「なんえ~」さんが2オーバー。
本当にニューギアの威力は凄かったの一言でした。
そして今日のラウンドレッスンでいろいろと教えを乞う師匠の「わるお」先生は、とても調子が悪いと嘆いて居られたのですが、その悪いスコアよりも3打後塵を拝していた私でした。
実力通りのスコア順と云う処でしょうか…。
昼食は何とクラブハウス内にある焼肉レストラン。
午前中の9番のグリーンで賭け事に負けた私は、師匠お二方にドリンクを驕らなければならない嵌めになりました。
人格者の「なんえ~」さんは、
「私はウーロン茶をご馳走になります」と、謙虚な姿勢がとても爽やかです。
それに比して「わるお」プロは、
「取り敢えずビール。勘定はこのオジサン持ちだから。」と言ってグビグビ飲み出しました。
アッと云う間にビールを呑み干した後、今度は大ジョッキの酎ハイをグビグビ飲み続けながら、
「アッ、おつまみも沢山あるな~、ヒクッ!頼んじゃおうかな~」とほざき出しましたので、
「頼むんならば自腹で。でもここはゴルフ場ですよ。午後のラウンドもありますよ。」とご注進したら、頼むのを止め、焦がした焼肉をおつまみにして食べていました。
もうお腹一杯だろうなと思っていたのですが、ウェイトレスを呼びどんぶり飯を「わるお」さんは頼んだのです。
「別料金になりますけど…」の言葉に、「わるお」さんは私に目を向けたのですが、
「飯は自腹で」の一言を告げ、私は視線を外しました。
「なんえ~」さんが、「おかず類いも無く、どうやってどんぶり飯を食べるの?」と問いただした処、
「僕ね~、お酒と焼肉のタレがあれば、ご飯モリモリ食べる事ができるの」と、何故か自慢げに満面の笑顔で説明していました。
どんぶり飯が配膳されるや否や、ご飯に焼肉のタレをドボドボと掛け、鼻を鳴らしながらアッと云う間に平らげてしまいました。
若いウェイトレスのお二人が、我々のテーブルを怖いもの見たさで眺めていた事を、「わるお」さんは勿論知らないと思います。
きっと今度伺った時には、タレのボトルはテーブルから除かれ、必要最低限のタレが注がれたお皿が配膳されるように変更となっている筈です。
私は、「わるお」さんってやっぱり凄い人だな~と再認識しました。
「何だか足がフラつくな~、練荘ゴルフの疲れかな~、昨日は神経を研ぎすませたゴルフをしたからな~」と、
「わるお」さんは呑み過ぎた事など眼中に無い言葉を吐きながら午後のラウンドをスタートさせました。
とあるホールで、
「パワーくん、これからのなんえ~さんのバンカーショット、ちゃんと見て勉強しなさい」と、お言葉を戴きました。
ピンまで25ヤード程に位置するガードバンカーからのショットでした。
ナイスなショットを繰り返す「なんえ~」さんでしたが、
このショットに限り、グリーンに辛うじて乗ると云うショットになってしまいました。
その光景を見て「わるお」さんは「あらまッ」と口にし、
「じゃあね~、僕のアプローチショットを観せてあげる。転がして寄せるから敢えてピッチングウェッジを使うのね。その辺りに落としてコロコロ転がせば、自然とOKポジションで止まるから、チカラ加減をちゃんと見ているんだよ。」と、自信に満ちたお言葉をくどく聞かされました。
「カツッ!!!」と云う音と共に、勢い良く叩かれたボールはピンを遥かに超え、奥にこぼれるギリギリで止まりました。
他にも一杯教えて戴きました。
今後の私のゴルフに、極力活かしていきたいと思います。
本当にありがとうございました。
私のスコア結果は、91。
とても楽しい一日でした。
「なんえ~」さんのさりげない冗談は、ゴルフの腕前と同じく一級品です。
連れて行ってくださった「鮮魚料理」も美味しかったですね。
キンメの煮付けは本当に美味でした。
本当にお世話になり、ありがとうございました。
帰路、電車内で鼻ボコ提灯を膨らませていた「わるお」さん。
本当に三練荘ゴルフはお疲れのようでした。
いろいろとゴルフのアドバイスをありがとうございました。
相変わらずの笑いが一杯のゴルフを楽しめた一日となりました。
また教えてください。
でも、できることであれば、師匠は弟子よりも好スコアでラウンドしてください。
弟子が気を遣うラウンドレッスンは神経が疲れます。
ましてや、何打差で弟子が勝ったのか解らないスコアなんてあり得ません。
この日の「わるお」さんの不調は、練荘ゴルフ疲れよりもお酒だったと思います。
頑張れ「わるお」レッスンプロッ!!!
「わるお」さんは、三日練荘ゴルフの最終日でした。
心境著しい「わるお」さんが私に胸を貸すなど、ほんの遊び心だったと思います。
しかし、とても素直な私は、忙中閑有りで私とのラウンドの時間を割いてくださった「わるお」さんには感謝の念で一杯でした。
昨日のゴルフ会場を準備してくださったのは、真のアスリートゴルファー「なんえ~」さんでした。
「なんえ~」さんも、ここのところの「わるお」さんのゴルフ上達を自らの目で確かめようと、お父上のご友人がメンバーであらせられる某ゴルフ場を準備してくださいました。
ありがたいことです。
これ、総て「わるお」さんの進化したゴルフを自らの目で確かめようとする、とても猜疑心に長けた人々の成せる業だったと思います。
電車とクラブバスでゴルフ場に辿り着いた私を、「わるお」さんと「なんえ~」さんは玄関前で迎えてくださいました。
「わるお」さんは、真っ白なコスチュームを全身に纏い、それでなくとも膨張気味の身体がとてつもなく大きく見え、威圧されました。
「なんえ~」さんからは、「わるお」さんの進化振りを、一緒にしかと見届けましょうと挨拶代わりのお声をいただきました。
雨が心配だったのですが、スタート時は曇天模様で、何とか雨具のお世話にならない天候をと願い、スタートホールに向かいました。
「なんえ~」さんから「わるお」さんに、
「このコースの距離は、わるおプロには物足りないでしょうから、あなたはバックから打ってください」とのお言葉。
「わるお」さんは返事することなく、私をじっと見つめるので、
「私は白か赤からでご一緒させて戴きます」と、かなり嫌味な程の慇懃な態度で頭をペコペコさせてお応え申し上げました。
その会話を聞いていた進行役のオフィシャルから、
「バックからはマスター室に届けてくださいね」との一言があったこともあり、面倒くさがりの「わるお」さんは、渋々白ティーからのスタートで我慢なさった模様でした。
スタート時、「汗臭いわるおさんの胸を、今日一日お借り致します」との私の儀礼的挨拶に、
笑うべき場ではないと思うのですが、突如「エヘヘッ」といつもの怪しい奇声で返されました。
ちょっと不気味な反応だなと思いつつ、まあいつもの事だと無理矢理私は納得してゴルフモードに切り換えました。
さあ、スタートです。
スタート時の「わるお」さんのショットは、引っ掛け気味のおはようOBでしたが、軽いハンディをくれたんだなと、私は好意的に解釈しました。
「どんまいです、わるおさん」の私の声に、
「あのね~、今のショットのミス、見ていて解った?テイクバックでね~、○△□×-÷※¢÷○△□×-………」と続いたのですが、私も打たねばならないので失礼ながら無視させて戴きました。
「なんえ~」さんはこの日、1W~7W中4本、大枚を叩いて得たニューギアのデビューとのことでした。
ウッドを手にする度にナイスな弾道を放ち、「あ~ッ、思い切って買って良かった…」と、常に冷静な「なんえ~」さんらしくもない吐息に似た発声で、何だかとてもよがっていました。
相変わらず「なんえ~」さんは上手だな~と思う私でしたが、今日の師匠は「わるお」さんなのです。
一方的に見て教えて貰う師匠は「なんえ~」さん、お言葉を交えながらアドバイスを戴く師匠は「わるお」さんと、勝手に区別してご教授いただこうと勝手に決めさせていただき、ラウンドを楽しむ事にしました。
午前中は案の定、私とはレベルが違うスコアを軽々叩き出した観せて戴く師匠の「なんえ~」さんが2オーバー。
本当にニューギアの威力は凄かったの一言でした。
そして今日のラウンドレッスンでいろいろと教えを乞う師匠の「わるお」先生は、とても調子が悪いと嘆いて居られたのですが、その悪いスコアよりも3打後塵を拝していた私でした。
実力通りのスコア順と云う処でしょうか…。
昼食は何とクラブハウス内にある焼肉レストラン。
午前中の9番のグリーンで賭け事に負けた私は、師匠お二方にドリンクを驕らなければならない嵌めになりました。
人格者の「なんえ~」さんは、
「私はウーロン茶をご馳走になります」と、謙虚な姿勢がとても爽やかです。
それに比して「わるお」プロは、
「取り敢えずビール。勘定はこのオジサン持ちだから。」と言ってグビグビ飲み出しました。
アッと云う間にビールを呑み干した後、今度は大ジョッキの酎ハイをグビグビ飲み続けながら、
「アッ、おつまみも沢山あるな~、ヒクッ!頼んじゃおうかな~」とほざき出しましたので、
「頼むんならば自腹で。でもここはゴルフ場ですよ。午後のラウンドもありますよ。」とご注進したら、頼むのを止め、焦がした焼肉をおつまみにして食べていました。
もうお腹一杯だろうなと思っていたのですが、ウェイトレスを呼びどんぶり飯を「わるお」さんは頼んだのです。
「別料金になりますけど…」の言葉に、「わるお」さんは私に目を向けたのですが、
「飯は自腹で」の一言を告げ、私は視線を外しました。
「なんえ~」さんが、「おかず類いも無く、どうやってどんぶり飯を食べるの?」と問いただした処、
「僕ね~、お酒と焼肉のタレがあれば、ご飯モリモリ食べる事ができるの」と、何故か自慢げに満面の笑顔で説明していました。
どんぶり飯が配膳されるや否や、ご飯に焼肉のタレをドボドボと掛け、鼻を鳴らしながらアッと云う間に平らげてしまいました。
若いウェイトレスのお二人が、我々のテーブルを怖いもの見たさで眺めていた事を、「わるお」さんは勿論知らないと思います。
きっと今度伺った時には、タレのボトルはテーブルから除かれ、必要最低限のタレが注がれたお皿が配膳されるように変更となっている筈です。
私は、「わるお」さんってやっぱり凄い人だな~と再認識しました。
「何だか足がフラつくな~、練荘ゴルフの疲れかな~、昨日は神経を研ぎすませたゴルフをしたからな~」と、
「わるお」さんは呑み過ぎた事など眼中に無い言葉を吐きながら午後のラウンドをスタートさせました。
とあるホールで、
「パワーくん、これからのなんえ~さんのバンカーショット、ちゃんと見て勉強しなさい」と、お言葉を戴きました。
ピンまで25ヤード程に位置するガードバンカーからのショットでした。
ナイスなショットを繰り返す「なんえ~」さんでしたが、
このショットに限り、グリーンに辛うじて乗ると云うショットになってしまいました。
その光景を見て「わるお」さんは「あらまッ」と口にし、
「じゃあね~、僕のアプローチショットを観せてあげる。転がして寄せるから敢えてピッチングウェッジを使うのね。その辺りに落としてコロコロ転がせば、自然とOKポジションで止まるから、チカラ加減をちゃんと見ているんだよ。」と、自信に満ちたお言葉をくどく聞かされました。
「カツッ!!!」と云う音と共に、勢い良く叩かれたボールはピンを遥かに超え、奥にこぼれるギリギリで止まりました。
他にも一杯教えて戴きました。
今後の私のゴルフに、極力活かしていきたいと思います。
本当にありがとうございました。
私のスコア結果は、91。
とても楽しい一日でした。
「なんえ~」さんのさりげない冗談は、ゴルフの腕前と同じく一級品です。
連れて行ってくださった「鮮魚料理」も美味しかったですね。
キンメの煮付けは本当に美味でした。
本当にお世話になり、ありがとうございました。
帰路、電車内で鼻ボコ提灯を膨らませていた「わるお」さん。
本当に三練荘ゴルフはお疲れのようでした。
いろいろとゴルフのアドバイスをありがとうございました。
相変わらずの笑いが一杯のゴルフを楽しめた一日となりました。
また教えてください。
でも、できることであれば、師匠は弟子よりも好スコアでラウンドしてください。
弟子が気を遣うラウンドレッスンは神経が疲れます。
ましてや、何打差で弟子が勝ったのか解らないスコアなんてあり得ません。
この日の「わるお」さんの不調は、練荘ゴルフ疲れよりもお酒だったと思います。
頑張れ「わるお」レッスンプロッ!!!
昨日は、カスのメジャー戦である「カス倶楽部ハンドレッター会長杯争奪戦」のコンペが開催された。
この会長職に就く者は、常にゴルフに対して真摯に取り組み、
ゴルフの上手い下手を飛び越えて倶楽部員全体の懇親に犠牲的精神で寄与し、
好スコアを追求することのみに専念することなく、こんなに叩いてもゴルフは楽しめるんだよと云う真実を、広く世に問い続ける活動を背負わなくてはならないのだ。
これ、とても重責の職なのである。
自分で言うのも少々気恥ずかしいが、まさに私などにピッタリの職なのである。
と云う訳で、丸一年の間、私はこの会長職の重責を果たしてきたのだ。
責任感にかけては、並の人の倍以上を持ち合わせている私は、もう一年の間、会長として継続しても良いかなとさえ思っていた程なのだ。
本当に何と私は責任感に長けているのだろう…。
ココ最近、どんどんカス倶楽部員のゴルフの実力が高くなるに従って、
好スコアのみがゴルフの真髄では無い筈なのだが、
最早三桁を叩くカス倶楽部員は減少の一途を辿っているのだ。
牧歌的雰囲気で意気揚々とラウンドするのもゴルフの楽しさと云う事を知っている私は、正直に告白すると、敢えて三桁ラウンドを実行してしまう癖があるのだ。
以前はゾロゾロと三桁を叩き出すメンバーも多数存在していたが、
ここ最近は90台でも満足出来かねる上級者ゴルファー揃いの集いとなってしまった感がある。
奇人変人の「わるお」くんなど、最近では90台のスコアに憮然とした表情を露にするなど、人間性も激変してしまったのだ。
これは一大事なのである。
人間、錯覚に陥る程に墓穴を掘ってしまうか弱き生き物なのだと云うことを、氏をみていると理解できる。
その事実を「わるお」くんにぜひ知って貰おうと、今回も会長職の重責を果たし、ハンドレッターゴルファーの精神を理解して貰おうと、微力ながら幹事役としてこの日を迎えた。。
そうなのだ、私のゴルフは世のため人の為にあるのである。
昨日の同伴者は、カス倶楽部の高齢者ばかりのオジサン仲間であったが、紅一点の「ももんじゃ」姫が、看護師役を兼ねてお付き合いを請負ってくれた。
オジサン達が息も絶え絶えになったら、カンフル剤の注射を打ってねと、スタート前に土下座して頼んだにもかかわらず、
ももんじゃ姫は我々に注射を打つ事には関心を払わずに、ボールを嫌と云う程ドライバーで打ち、ナイスショットを繰り返していた。
もはやカスの高齢者のオジサン達には、お姫さまの関心を惹く魅力は皆無なのだと自覚させられたのだ。
それでは、オジサン達が徒党を組んで仲良くラウンドしたかと云うとそうではなかった。
大の大人の「ゆう~」さんともなれば、年甲斐も無く連続パーやバーディーを軽々と叩き出し、前半で楽々と30台を出してはいけない。
今日はハンドレッターゴルフの精神を尊ぶ日なのである。
実力を大いに発揮するのは、なにもこの日に充てなくとも良いではないか。
むしろゴルフの奥深い楽しさを満喫し、久方振りに顔を合わす友との会話を最優先にして、ついでにと云ってはなんだが、前にある自らのボールを軽々と打ち、ナイスショットであろうがミスを繰り返そうが、ニッコリと笑顔で過ごす一日がハンドレッターを尊ぶ大人のゴルファーに相応しい姿の筈である。
後半は少々その精神に触れようと、かなり頑張った感もあるが、何せ前半に燃えて出した好スコアが災いし、ハンドレッター精神には遠く及ばないラウンドをされていた。
「ゆう~」さんは、まだまだ修行が足りないな~。
「喜多八」さんもカス倶楽部では年輩者の部類に属している。
若手のチャラチャラした雰囲気など皆無で、どっしりとした大人の雰囲気を醸し出している。
ここ暫く、往年の快打が出ない、飛距離が出ない、好スコアが出ないと、ないないずくしを嘆いて居られたが、昨日はハンドレッター・デー。
氏の実力を存分に発揮するべき日なのであった。
私は秘かに、大人の雰囲気溢れる知的「喜多八」さんならば、重責の会長職を譲っても悔い無しと考えて居たほどの人物なのだ。
前半は私のそうした期待に応えるショットも散見され、午後へ私の期待は引っ張られたのだが、何故か後半はナイスなゴルフを展開してしまい、ほぼ2年振りの80台を出したと、満面の笑顔でこの日のゴルフを振り返って居られた。
「喜多八」さんまでもがこの日のコンペの趣旨を理解していないことに、会長の私は愕然とした。
「喜多八」さんも、まだまだ修行が足りないな~。
この日、下手をすると三桁ラウンドの可能性は私一人だけではないのだろうかと、とても不安に駆られた。
先にも述べたが、私は人一倍の責任感溢れる人物なのだ、自分で言うのもおこがましいが…。
もしも私が二桁ラウンドを敢行し、三桁ラウンドの者が皆無であった場合、ハンドレッター会長は空席になってしまうではないか…。
伝統と歴史を刻んできた「ハンドレッター会長杯」のメジャー戦が無くなってしまうではないか…。
責任感溢れる私は、その可能性を自ら否定するため、意を決して三桁ラウンドに挑戦する事に決めたのだ。
その決意は、誰にも感ずかれることのないように、心の奥底に秘めての参加となった。
結果は、何と「た~坊」さんがジャストの100で、名誉ある会長職をゲットされた。
栄えある会長職を目指した「しましま」さんは、1打及ばずの101打で会長職には届かず、悔し涙を流していた。
私も3パットを5回も繰り返してしまっての104打で、愛すべき会長職はスルリと私の手許から逃げて行った。
来年の「カス倶楽部ハンドレッター会長杯争奪戦」に参加出来れば、必ずや「た~坊」さんから会長職を奪い返してやると決意を新たにした次第だ。
自粛ムード溢れる昨今ではあるが、久方振りにカスの面々と顔を合わせ、楽しい一日を過ごせた事に感謝している。
帰路は、またまた「わるお」さんを助手席に乗せ、東京の新宿駅を目指した。
ココ最近、「わるお」さんは上級者ゴルファーに変身している。
その存在感は、只単にデブと云うことではなく、確かにどっしりとした落ち着きさえ感じられるのだ。
これ以上倒せない程にリクライニングシートを倒して腹を突き出しての見苦しい姿を晒しながら、「安全運転でね~」と宣っていた。
そんな見苦しい「わるお」さんに、私はこの日のゴルフも完敗したのだった。
これこそ悪夢と云わずして何と言うのだろうか…、情けない。
私は、そんな存在感を主張する「わるお」さんに対し、少々緊張しながらもおべんちゃらを含めて
「もうわるおさんには勝てなくなっちゃいました、私…」と、落胆した雰囲気で一言漏らした。
すると心優しい「わるお」さんは、
「おう、そうだ、今月の末、我がホームに来ないか?鍛えてやるよ」と誘われた。
ありがたいお誘いだったが、「わるお」さんに鍛えて欲しいと思わないので堂々と断った。
中央高速の渋滞では「おらッ、渋滞じゃん。降りないの?」と叱責され、
モスバーガーが入っているSA前では「おらッ、小腹が減ったぜ」と休憩を強要され、自分の分だけの小銭を私に差し出して自らは後ろに下がった。
私ならば運転手の労に応えて、ハンバーグ代くらいは驕るのにな~と考えつつ、大人の私は黙って笑顔でお相手をして差し上げた。
こんな気配りのできない「わるお」さんは、ハンドレッター会長職には遠く及ばないと思った。
「わるお」さんも、まだまだ修行が足りないな~。
この会長職に就く者は、常にゴルフに対して真摯に取り組み、
ゴルフの上手い下手を飛び越えて倶楽部員全体の懇親に犠牲的精神で寄与し、
好スコアを追求することのみに専念することなく、こんなに叩いてもゴルフは楽しめるんだよと云う真実を、広く世に問い続ける活動を背負わなくてはならないのだ。
これ、とても重責の職なのである。
自分で言うのも少々気恥ずかしいが、まさに私などにピッタリの職なのである。
と云う訳で、丸一年の間、私はこの会長職の重責を果たしてきたのだ。
責任感にかけては、並の人の倍以上を持ち合わせている私は、もう一年の間、会長として継続しても良いかなとさえ思っていた程なのだ。
本当に何と私は責任感に長けているのだろう…。
ココ最近、どんどんカス倶楽部員のゴルフの実力が高くなるに従って、
好スコアのみがゴルフの真髄では無い筈なのだが、
最早三桁を叩くカス倶楽部員は減少の一途を辿っているのだ。
牧歌的雰囲気で意気揚々とラウンドするのもゴルフの楽しさと云う事を知っている私は、正直に告白すると、敢えて三桁ラウンドを実行してしまう癖があるのだ。
以前はゾロゾロと三桁を叩き出すメンバーも多数存在していたが、
ここ最近は90台でも満足出来かねる上級者ゴルファー揃いの集いとなってしまった感がある。
奇人変人の「わるお」くんなど、最近では90台のスコアに憮然とした表情を露にするなど、人間性も激変してしまったのだ。
これは一大事なのである。
人間、錯覚に陥る程に墓穴を掘ってしまうか弱き生き物なのだと云うことを、氏をみていると理解できる。
その事実を「わるお」くんにぜひ知って貰おうと、今回も会長職の重責を果たし、ハンドレッターゴルファーの精神を理解して貰おうと、微力ながら幹事役としてこの日を迎えた。。
そうなのだ、私のゴルフは世のため人の為にあるのである。
昨日の同伴者は、カス倶楽部の高齢者ばかりのオジサン仲間であったが、紅一点の「ももんじゃ」姫が、看護師役を兼ねてお付き合いを請負ってくれた。
オジサン達が息も絶え絶えになったら、カンフル剤の注射を打ってねと、スタート前に土下座して頼んだにもかかわらず、
ももんじゃ姫は我々に注射を打つ事には関心を払わずに、ボールを嫌と云う程ドライバーで打ち、ナイスショットを繰り返していた。
もはやカスの高齢者のオジサン達には、お姫さまの関心を惹く魅力は皆無なのだと自覚させられたのだ。
それでは、オジサン達が徒党を組んで仲良くラウンドしたかと云うとそうではなかった。
大の大人の「ゆう~」さんともなれば、年甲斐も無く連続パーやバーディーを軽々と叩き出し、前半で楽々と30台を出してはいけない。
今日はハンドレッターゴルフの精神を尊ぶ日なのである。
実力を大いに発揮するのは、なにもこの日に充てなくとも良いではないか。
むしろゴルフの奥深い楽しさを満喫し、久方振りに顔を合わす友との会話を最優先にして、ついでにと云ってはなんだが、前にある自らのボールを軽々と打ち、ナイスショットであろうがミスを繰り返そうが、ニッコリと笑顔で過ごす一日がハンドレッターを尊ぶ大人のゴルファーに相応しい姿の筈である。
後半は少々その精神に触れようと、かなり頑張った感もあるが、何せ前半に燃えて出した好スコアが災いし、ハンドレッター精神には遠く及ばないラウンドをされていた。
「ゆう~」さんは、まだまだ修行が足りないな~。
「喜多八」さんもカス倶楽部では年輩者の部類に属している。
若手のチャラチャラした雰囲気など皆無で、どっしりとした大人の雰囲気を醸し出している。
ここ暫く、往年の快打が出ない、飛距離が出ない、好スコアが出ないと、ないないずくしを嘆いて居られたが、昨日はハンドレッター・デー。
氏の実力を存分に発揮するべき日なのであった。
私は秘かに、大人の雰囲気溢れる知的「喜多八」さんならば、重責の会長職を譲っても悔い無しと考えて居たほどの人物なのだ。
前半は私のそうした期待に応えるショットも散見され、午後へ私の期待は引っ張られたのだが、何故か後半はナイスなゴルフを展開してしまい、ほぼ2年振りの80台を出したと、満面の笑顔でこの日のゴルフを振り返って居られた。
「喜多八」さんまでもがこの日のコンペの趣旨を理解していないことに、会長の私は愕然とした。
「喜多八」さんも、まだまだ修行が足りないな~。
この日、下手をすると三桁ラウンドの可能性は私一人だけではないのだろうかと、とても不安に駆られた。
先にも述べたが、私は人一倍の責任感溢れる人物なのだ、自分で言うのもおこがましいが…。
もしも私が二桁ラウンドを敢行し、三桁ラウンドの者が皆無であった場合、ハンドレッター会長は空席になってしまうではないか…。
伝統と歴史を刻んできた「ハンドレッター会長杯」のメジャー戦が無くなってしまうではないか…。
責任感溢れる私は、その可能性を自ら否定するため、意を決して三桁ラウンドに挑戦する事に決めたのだ。
その決意は、誰にも感ずかれることのないように、心の奥底に秘めての参加となった。
結果は、何と「た~坊」さんがジャストの100で、名誉ある会長職をゲットされた。
栄えある会長職を目指した「しましま」さんは、1打及ばずの101打で会長職には届かず、悔し涙を流していた。
私も3パットを5回も繰り返してしまっての104打で、愛すべき会長職はスルリと私の手許から逃げて行った。
来年の「カス倶楽部ハンドレッター会長杯争奪戦」に参加出来れば、必ずや「た~坊」さんから会長職を奪い返してやると決意を新たにした次第だ。
自粛ムード溢れる昨今ではあるが、久方振りにカスの面々と顔を合わせ、楽しい一日を過ごせた事に感謝している。
帰路は、またまた「わるお」さんを助手席に乗せ、東京の新宿駅を目指した。
ココ最近、「わるお」さんは上級者ゴルファーに変身している。
その存在感は、只単にデブと云うことではなく、確かにどっしりとした落ち着きさえ感じられるのだ。
これ以上倒せない程にリクライニングシートを倒して腹を突き出しての見苦しい姿を晒しながら、「安全運転でね~」と宣っていた。
そんな見苦しい「わるお」さんに、私はこの日のゴルフも完敗したのだった。
これこそ悪夢と云わずして何と言うのだろうか…、情けない。
私は、そんな存在感を主張する「わるお」さんに対し、少々緊張しながらもおべんちゃらを含めて
「もうわるおさんには勝てなくなっちゃいました、私…」と、落胆した雰囲気で一言漏らした。
すると心優しい「わるお」さんは、
「おう、そうだ、今月の末、我がホームに来ないか?鍛えてやるよ」と誘われた。
ありがたいお誘いだったが、「わるお」さんに鍛えて欲しいと思わないので堂々と断った。
中央高速の渋滞では「おらッ、渋滞じゃん。降りないの?」と叱責され、
モスバーガーが入っているSA前では「おらッ、小腹が減ったぜ」と休憩を強要され、自分の分だけの小銭を私に差し出して自らは後ろに下がった。
私ならば運転手の労に応えて、ハンバーグ代くらいは驕るのにな~と考えつつ、大人の私は黙って笑顔でお相手をして差し上げた。
こんな気配りのできない「わるお」さんは、ハンドレッター会長職には遠く及ばないと思った。
「わるお」さんも、まだまだ修行が足りないな~。
大変な事が起きてしまいました。
直接に被災してもいない私ですが、今月11日から落ち込んでいます。
何だかチカラが抜けてしまった状態が続いています。
先日の22日、隣の先輩と前から予定していたゴルフも、どうしようか迷ってしまう始末でした。
その後の相談の結果、茨城の那珂に近いゴルフ場と云うことで、自然とこのラウンド予定は消滅しました。
ゴルフ場も、クラブハウスの安全性に問題が生じ、暫くクローズドとなったようです。
何だかやるせない気持ちに囚われてしまうのは、私自身のエネルギーが枯渇寸前と云う事なのかも知れませが、どうやらそれだけではないような事態です。
それ程に今回の出来事は、想像を遥かに超える事態を呈しています。
がしかし、私の枯渇寸前のエネルギーを何とか喚起しようとする言葉を、サイトからランダムに見付けました。
落ち込んでいる場合ではないぞと云う声も聞こえますが、その声もかすかな声でしかありませんが、何とか伝わってきます。
とは言っても、今はとことん落ち込んでも許される事態とも思えます。
無理して気を張っても、この事実の深刻さには長続きする筈がありません。
でも、一日でも早くみんなで平常心を取り戻す努力は必要なのでしょう。
きっとそれが「生きる」と云うことなのでしょうから…。
今回の元気の源の言葉の出どころは、割愛させてください。
きっと純粋な気持ちでサイトに投稿された方々の価値ある言葉ですから、私のブログからも発信させて戴くことを許してくださるでしょう。
「暗すぎて今までに見たことないくらい星が奇麗だよ。
仙台のみんな、上を向くんだ。」
現地での会話 @smzasmさん
「日本は今まで世界中に援助をしてきた援助大国だ。
今回は国連が全力で日本を援助する。」
国連
「Operation Tomodachi !」
米軍による救援活動作戦名
「がんばれ、日本。がんばれ、東北。」
英紙インディペンデント・オン・サンデー
「我々はあなた方と共にある」
ロシアの独立紙ノーバヤ・ガゼータ
「日本は第2次大戦の荒廃から見事に復興した。
また新たな奇跡を起こしてくれるだろう」
パキスタン英字紙ネーション
「日本以外で(この地震が)起きたらこれだけの対応は見られないだろう」。
インド経済紙ビジネス・ライン
何としてでも、被災者個人の生活を建て直さなければなりません。
焦らずにじっくりと着実にと、ちょっとだけ思えるようになりました。
被災地の方々には未だ余裕はないでしょうが、何とか可能な限りのバックアップを我々国民一人一人が考え始めている筈です。
決して諦めてはいけないのだと言う風に、考えるようにしようと思います。
「国の為に何をすべきか…」などとほざく輩は無視してもかまいません。
一人一人の大切な家族、仲間の為に、何をするべきか、何が出来るのかを考えましょう。
情報はテレビ・新聞・サイトでしか得られません。
福島の懇意にしている友人一家とは、17日にしてようやく連絡が取れました。
明るい声を聞くことができて、本当にホッとしました。
生活拠点をこちらに移す考え、出来うる限り応援しますよ。
仕事でもプライベートでも永きに渡ってお付き合い戴いているいわきのTさん家族、何とか苦境を乗り越えている筈と私は信じています。
連絡が取れないことぐらいで、最悪な事態など想像していませんよ。
きっと、貴方の行動力と決断力で、難局を打開しているのでしょう。
もう暫くして落ち着いたら、みんなで笑いながら再会の日を迎えることができると信じています。
あなた達のことを考えると、とても辛い不安な日々が続いています。
とても理不尽な今回の出来事ですが、あなた達は「大丈夫、こんなことぐらい」と、笑顔で語ってくれると信じています。
落ち着いたらで結構、また皆で笑顔で呑み明かしましょう。
来月の第一日曜日、カスの面々が集ってゴルフに興じます。
聞く処によると、予約していたゴルフをかなりのパーセントでキャンセルしているようです。
気持ちは理解できます。
被災者の方々の気持ち、今後の日本経済の行方、これから忍耐を要する暮らし、今回の出来事を考えると、ゴルフどころではないと考えることは容易に理解できます。
がしかし、日本全国で皆が自粛した生活を送ったらどうなるのでしょうか…。
自粛する行動が、どれ程の悲しみを表すことになるのでしょうか…。
皆が大きな出来事に萎縮してしまうことは、問題の解決とは結びつかない気がするのです。
現実の悲しみを受け入れつつも、非直接被災者は極力通常の暮らしを送ることこそ復興の一歩に貢献できると思うのです。
「通常の暮らし」がキーポイントなのだと思います。
買い溜めは日常ではないので、これはいけません。
我らがリーダーのくぼたろう組長が、
「今回の巨大地震をきっかけに、ラウンド数を減らします」などと宣言すれば、それは日常を逸脱する言葉となります。
我らが理想とするとんべぇ女王さま+kaoご夫妻、ももななご夫妻が。
「こんな社会状況でゴルフなど、差し控えたいと思います」などと宣言すれば、それは明らかに日常を逸脱する言葉となります。
例えとして此れらの例を挙げたことが正しいのかどうか、私の判断外とはなりますが、まあ、これまでの生き方を急転した舵取りを取るとろくなことは無いと云う例としては的確かなと言う気はしています。
そうなのです、今回の出来事にどうすれば最善の対処となるのか…。
私は経済学者ではないので、詳細に語ることはできませんが、
でも、社会に独善的な迷惑をかけない範囲では、
消費行動を粛々と行うことも大切な社会行動だと考えます。
と云う理由から、正々堂々とカス倶楽部ハンドレッターズ・コンペを堂々と開催します。
誉れ高いハンドレッター会長として、精一杯ゴルフを楽しむ企画満載で楽しむつもりです。
カス倶楽部員全員が備えている阿呆な程の明るさが、きっと今の日本社会が必要としている要素なのでしょう。
平均的知的水準を遥かに超えている私にとっては、とても難しい行動となりますが、
奇人変人として一流の水準を誇る「わるお」くん、
想像を絶する天変地異が起ころうとも銀玉相手に冷静に奮闘する「ヤン坊」さん、
仕事場では頭のてっぺんから水蒸気を上げるにもかかわらず、ゴルフとなると冷静に80台をキープしつづける「とんべぇ」女王さま、
道路建設を仕事にしつつも、今回の一大事を迎えても、心の中ではゴルフ一筋の道を貫いている我らが組長の「くぼたろう」等々、
とても平均的市民の価値観では計れ知れない人々が集うカス倶楽部コンペなのである。
典型的な平均的市民である私が、今回のコンペの幹事役なのである。
平均的市民の視線から考えれば、
「今回の大惨事の被災者の気持ちを鑑み、コンペ開催を一考しましょう」と云う、とても正当らしい、がしかし何が当たり前なのか判断が難しい流れに流されそうな判断に呑込まれそうになってしまった。
がしかし、我らがカス倶楽部は、奇人変人を擁しようとも、かなり大人の判断が出来る集いなのだ。
自主的に自粛することが、何かを産むとは思えない。
気持ちが萎縮すれば、社会だって萎縮してしまう。
当たり前の行動が、困難な社会状況を打破できるのだ。
皆が、当たり前、日常の行動と言える当たり前の行いをする事が求められているのだ。
自粛と云う錦の御旗で、ゴルファーが皆ラウンドをキャンセルしたら、ゴルフ事業に従事している方々が困窮を迎えるのは自明の理である。
ゴルフを愛する者としては、辛くともゴルフを振らなくてはならないのだ。
と、ついつい偉そうな事を綴ったが、正直私は今回の幹事役を反故にしたかった。
出来得れば、今回の大きな出来事を大義名分にして、会長職を降りたかった。
でもである。
誰一人として、今回のカス倶楽部会長職争奪コンペ開催の危惧を問う者は皆無だった。
全員が開催を信じて止まない輩なのであった。
恐るべし、カス倶楽部。
直接に被災してもいない私ですが、今月11日から落ち込んでいます。
何だかチカラが抜けてしまった状態が続いています。
先日の22日、隣の先輩と前から予定していたゴルフも、どうしようか迷ってしまう始末でした。
その後の相談の結果、茨城の那珂に近いゴルフ場と云うことで、自然とこのラウンド予定は消滅しました。
ゴルフ場も、クラブハウスの安全性に問題が生じ、暫くクローズドとなったようです。
何だかやるせない気持ちに囚われてしまうのは、私自身のエネルギーが枯渇寸前と云う事なのかも知れませが、どうやらそれだけではないような事態です。
それ程に今回の出来事は、想像を遥かに超える事態を呈しています。
がしかし、私の枯渇寸前のエネルギーを何とか喚起しようとする言葉を、サイトからランダムに見付けました。
落ち込んでいる場合ではないぞと云う声も聞こえますが、その声もかすかな声でしかありませんが、何とか伝わってきます。
とは言っても、今はとことん落ち込んでも許される事態とも思えます。
無理して気を張っても、この事実の深刻さには長続きする筈がありません。
でも、一日でも早くみんなで平常心を取り戻す努力は必要なのでしょう。
きっとそれが「生きる」と云うことなのでしょうから…。
今回の元気の源の言葉の出どころは、割愛させてください。
きっと純粋な気持ちでサイトに投稿された方々の価値ある言葉ですから、私のブログからも発信させて戴くことを許してくださるでしょう。
「暗すぎて今までに見たことないくらい星が奇麗だよ。
仙台のみんな、上を向くんだ。」
現地での会話 @smzasmさん
「日本は今まで世界中に援助をしてきた援助大国だ。
今回は国連が全力で日本を援助する。」
国連
「Operation Tomodachi !」
米軍による救援活動作戦名
「がんばれ、日本。がんばれ、東北。」
英紙インディペンデント・オン・サンデー
「我々はあなた方と共にある」
ロシアの独立紙ノーバヤ・ガゼータ
「日本は第2次大戦の荒廃から見事に復興した。
また新たな奇跡を起こしてくれるだろう」
パキスタン英字紙ネーション
「日本以外で(この地震が)起きたらこれだけの対応は見られないだろう」。
インド経済紙ビジネス・ライン
何としてでも、被災者個人の生活を建て直さなければなりません。
焦らずにじっくりと着実にと、ちょっとだけ思えるようになりました。
被災地の方々には未だ余裕はないでしょうが、何とか可能な限りのバックアップを我々国民一人一人が考え始めている筈です。
決して諦めてはいけないのだと言う風に、考えるようにしようと思います。
「国の為に何をすべきか…」などとほざく輩は無視してもかまいません。
一人一人の大切な家族、仲間の為に、何をするべきか、何が出来るのかを考えましょう。
情報はテレビ・新聞・サイトでしか得られません。
福島の懇意にしている友人一家とは、17日にしてようやく連絡が取れました。
明るい声を聞くことができて、本当にホッとしました。
生活拠点をこちらに移す考え、出来うる限り応援しますよ。
仕事でもプライベートでも永きに渡ってお付き合い戴いているいわきのTさん家族、何とか苦境を乗り越えている筈と私は信じています。
連絡が取れないことぐらいで、最悪な事態など想像していませんよ。
きっと、貴方の行動力と決断力で、難局を打開しているのでしょう。
もう暫くして落ち着いたら、みんなで笑いながら再会の日を迎えることができると信じています。
あなた達のことを考えると、とても辛い不安な日々が続いています。
とても理不尽な今回の出来事ですが、あなた達は「大丈夫、こんなことぐらい」と、笑顔で語ってくれると信じています。
落ち着いたらで結構、また皆で笑顔で呑み明かしましょう。
来月の第一日曜日、カスの面々が集ってゴルフに興じます。
聞く処によると、予約していたゴルフをかなりのパーセントでキャンセルしているようです。
気持ちは理解できます。
被災者の方々の気持ち、今後の日本経済の行方、これから忍耐を要する暮らし、今回の出来事を考えると、ゴルフどころではないと考えることは容易に理解できます。
がしかし、日本全国で皆が自粛した生活を送ったらどうなるのでしょうか…。
自粛する行動が、どれ程の悲しみを表すことになるのでしょうか…。
皆が大きな出来事に萎縮してしまうことは、問題の解決とは結びつかない気がするのです。
現実の悲しみを受け入れつつも、非直接被災者は極力通常の暮らしを送ることこそ復興の一歩に貢献できると思うのです。
「通常の暮らし」がキーポイントなのだと思います。
買い溜めは日常ではないので、これはいけません。
我らがリーダーのくぼたろう組長が、
「今回の巨大地震をきっかけに、ラウンド数を減らします」などと宣言すれば、それは日常を逸脱する言葉となります。
我らが理想とするとんべぇ女王さま+kaoご夫妻、ももななご夫妻が。
「こんな社会状況でゴルフなど、差し控えたいと思います」などと宣言すれば、それは明らかに日常を逸脱する言葉となります。
例えとして此れらの例を挙げたことが正しいのかどうか、私の判断外とはなりますが、まあ、これまでの生き方を急転した舵取りを取るとろくなことは無いと云う例としては的確かなと言う気はしています。
そうなのです、今回の出来事にどうすれば最善の対処となるのか…。
私は経済学者ではないので、詳細に語ることはできませんが、
でも、社会に独善的な迷惑をかけない範囲では、
消費行動を粛々と行うことも大切な社会行動だと考えます。
と云う理由から、正々堂々とカス倶楽部ハンドレッターズ・コンペを堂々と開催します。
誉れ高いハンドレッター会長として、精一杯ゴルフを楽しむ企画満載で楽しむつもりです。
カス倶楽部員全員が備えている阿呆な程の明るさが、きっと今の日本社会が必要としている要素なのでしょう。
平均的知的水準を遥かに超えている私にとっては、とても難しい行動となりますが、
奇人変人として一流の水準を誇る「わるお」くん、
想像を絶する天変地異が起ころうとも銀玉相手に冷静に奮闘する「ヤン坊」さん、
仕事場では頭のてっぺんから水蒸気を上げるにもかかわらず、ゴルフとなると冷静に80台をキープしつづける「とんべぇ」女王さま、
道路建設を仕事にしつつも、今回の一大事を迎えても、心の中ではゴルフ一筋の道を貫いている我らが組長の「くぼたろう」等々、
とても平均的市民の価値観では計れ知れない人々が集うカス倶楽部コンペなのである。
典型的な平均的市民である私が、今回のコンペの幹事役なのである。
平均的市民の視線から考えれば、
「今回の大惨事の被災者の気持ちを鑑み、コンペ開催を一考しましょう」と云う、とても正当らしい、がしかし何が当たり前なのか判断が難しい流れに流されそうな判断に呑込まれそうになってしまった。
がしかし、我らがカス倶楽部は、奇人変人を擁しようとも、かなり大人の判断が出来る集いなのだ。
自主的に自粛することが、何かを産むとは思えない。
気持ちが萎縮すれば、社会だって萎縮してしまう。
当たり前の行動が、困難な社会状況を打破できるのだ。
皆が、当たり前、日常の行動と言える当たり前の行いをする事が求められているのだ。
自粛と云う錦の御旗で、ゴルファーが皆ラウンドをキャンセルしたら、ゴルフ事業に従事している方々が困窮を迎えるのは自明の理である。
ゴルフを愛する者としては、辛くともゴルフを振らなくてはならないのだ。
と、ついつい偉そうな事を綴ったが、正直私は今回の幹事役を反故にしたかった。
出来得れば、今回の大きな出来事を大義名分にして、会長職を降りたかった。
でもである。
誰一人として、今回のカス倶楽部会長職争奪コンペ開催の危惧を問う者は皆無だった。
全員が開催を信じて止まない輩なのであった。
恐るべし、カス倶楽部。