現在に趣味は数独、庭木の剪定、俳句など。
ポイント(23)
8月20日(木)
八月尽何が大切かと思う
活字中毒 -7
朝は顔を洗い歯を磨き配達された新聞を読む。印刷したばかりの新聞の香りも懐かしい。
これは結婚しても子供が生まれても変わらない習慣だ。結婚して一家を構える時、新聞をどうするかは当然、妻と相談した。実家では朝日新聞だった。友人が毎日につとめていたので、単純な理由で毎日にした。毎日に勤めていた友人は地方の記者を経て、定年頃には政治部の部長となった。あるとき友人が編集部を見せてあげるといって、社内へ引き入れてくれた。夕刊の編集の時間といって大きな机に三々五々、人が集まってきた。といって、この記事をどうするかとかとの議論が多々あるわけでなく、上がってきた刷り物をみんなで確認するという感じで、10分もたたずに夕刊の編集会議は終わった。
それでも新聞社の雑然とした雰囲気とこうして新聞が記事が確認されるのだということ知り、それがまた秘密めいたところもなく、あっけないおおらかさを感じた。文字文化の一つの極にある新聞の大元は小説などに述べられているとおりの場所だった。
ポイント(22)
8月18日(火)
朝まだきスポンと蓮の花開き
Joyfit というスポーツジムに入会。運動不足は散歩で補えばよいようなものかもしれないが、あえてジムにはいった。自然とその気になって散歩するよりは自分を駆り立てる力があるとおもったから。早速60カロリーだけウオーキング。目標は当面、200カロリーを毎日。
活字中毒 -6
子供のころから新聞は読んでいた。新聞の隅々まで読むわけではない。むしろ読まない部分のほうが多いだろう。それでも朝、新聞に目を通すというのは習慣化している。活字離れは絶対にしない。ところが、最近は新聞を購読しない人が多い。自分の息子も新聞は購読せず、電話は携帯のみで生活している。生活は可能だが、違う人間が育つような気がする。
ポイント(21)
8月17日(月)
鐘撞き堂石壁の登る蟻の列
ひさしぶりに新宿まで外出。西口の変化に仰天した。小田急デパートのあたりが再開発されると前からアナウンスされていたが、これほどとは思わなかった。西口の地下街が全くわからず、交番やタクシーの止まる広場がなかった。地上へ出ても自分がどちらの方向に行けばよいかわからず、ビックカメラが目印とおもったが、そのはずれは見慣れた光景とは違った。それでもエルタワーとモード学園の間の道を見つけて、やっと息をついた-。
活字中毒 -5
前々回述べた船戸与一氏は故人で、最近故人となった小説家で残念と思う人は笹本稜平、白川道。つい最近この世を去った東野圭吾氏も有名だがあまり読んでいない。最初に読んだ本があまりぴんとこなかったので、横目で見ていたのかもしれない。これから読んでみようと思っている。
船戸与一の書く主人公かそれに随伴する人物が反権力、反体制でそういう生き方を貫きながら滅びるというスタイルがある。或いは、理不尽な世の動きをじっと見つめるという視点がある。世の中はこんなものなのだという気持ちがある。主人公に思い入れながら突き放しているという距離感がこころよい。
ポイント(20)
8月16日(日)
気がつけば鼻毛も白き半夏生
活字中毒 -4
活字中毒の自分は常に何か読む本が手元にないと安心できない。電車に乗るとき読む本がないと落ちつかない気持ちになる。50、60代の頃は1時間ほど通勤時間がかるところに通っていた。その頃は朝の電車の中で読む本がもっともよく頭に入ったので、ケン・ウイルバーの心理学書とか河合隼雄の著作をよく読んだ。電車の中が最も集中できた覚えがある。周りにひとが多勢いてがさつな環境なのに、何故かよく本が理解できるので不思議に思った。
年を経ては本をもってないと安心できないが、必ずしもページを拡げるわけではなくなった。前日の疲れがあったり、睡眠不足ではぼうっとしているのが普通となった。
ポイント(19)
8月15日(土)
炎天に雑草茂るアスファルト
終戦記念日。この時期に東京にいたことがほとんどないので、なんとはなしに新鮮な気分だ。外に出て通るひとをみていると実に多様に散策を楽しんでいる人が多い。土曜の午後で、仕事をしていると、ハローとかコンニチワなどと異国の人に挨拶される。楽しそうにしているのをみるとこちらも楽しくなる。
活字中毒 -3
自分がエンタメ小説フリークであるので、電車野中のスマホ軍団にいうことはばかられる。しかし人はもう少しまともな活字を読むべきだと思う。
ちょっと横道にそれるが 自分は今、「蝦夷地別件、上下巻、船戸与一著(新潮社、1995年5月)」を読んでいる。
上下巻300ページを超すハードカバーで、物語が次々と展開するので活字好きには応えられない。この大部の小説が何故ツンドク状態になって未読のままであったか。それはこれを購入した当時、書評が出てこの本の記述のアイヌ社会の言葉、風習などに関して誤りが多いなどということがあった。読むことをためらっているうちにツンドク状態に埋もれてしまったらしい。最近、船戸与一の「砂のクロニクル」、「新宿・夏の死」、「「龍神町龍神三番地」、「山猫の夏」、「午後の行商人」などを読み返し、そこに「蝦夷地別件」があった。アイヌのことなど自分もふくめて日本人はほとんど知らない。誤りは多いとしてもどんな立場で日本の辺境(当時)にすんでいる人たちをクローズアップした火ということは大事であろう。活字中毒はサクサクとページを繰っている。
ポイント(18)
8月13日(木)
湧き出る緑あふれて飛鳥山
8月のこの時期に東京にいることは何十年ぶりだ。家内の受診日の関係もあって東京在住を余儀なくされている。交通量も少なく台風の余波か大雨警報が千葉に出ている。
世間は静かで休みとなっているが外国人は多い。
活字中毒 -2
高校、大学の頃は詩歌関係、哲学関係などを読むことが多かったが中年以降はもっぱらエンターテインメント中心。一時は純文学とエンターテインメントでは明らかに違い、エンターテインメントは本で自分が成長するものではないから避けようとする気分もあった。悪貨は良貨を駆逐するなどと自己反省したこともあった。しかし、多忙な生活で癒やしの効果はミステリー、警察小説、SF、時代小説、剣豪ものなどのエンタメがまさった。
通勤の電車の中でよく読んだので明らかに近視がすすんだ。最近の電車内は7人が全員スマホを見ている。たまに文庫本を拡げている人を見かけるが2,30人にひとりくらいだろう。これだけ多くの人が共同行動をとっていると、日本はどうなるだろう心配になる。一人一人はニュース、ゲーム、SNS,芸能情報とそれぞれに空間移動の空き時間を利用している。こういう状況では無心にスマホをみているひとをしげしげと観察できる 。これが何でもないときならば、人の顔をじろじろと見て、こいつは何考えてるかなど想像することはなかなかできない。すなわちスマホに夢中のひとは無防備でリスクを負っている。
ポイント(17)
8月12日(水)
伐り過ぎた百日紅や花こぼれ
活字中毒 -1
自分は小さい頃から本を読むのが好きだった。こんな子供はどこにもいるが、少なくとも4人の兄弟姉妹の中では、家にある本をよく読んだ方だろう。といっても戦後にすぐに小学生となったものとしては現在のように様々な子供向きの本がでまわっているわけではなかった。その頃何回も引っ張り出して読んだ本は「赤い鳥(童話が主体の雑誌)」、次郎物語、太閤記などをおもいだす。子供向けのグラビア雑誌で「面白ブック」などというのがあった記憶もある。よくあそびにきた叔父が買ってくれた。自分の家庭では買ってくれることはなかった。
時々は「リーダーズダイジェスト」などもよんだおもいがあるが、なんてつまらない本だろうと思ったが、内容を理解できなかったからだろう。父はアメリカ嫌いで表にはださなかったが、野球なんてアメリカからきたものと嫌っていた。それが不思議とリーダーズダイジェストのような英語で書かれたものが翻訳されてダイジェストされたものをよく買ってきていた。
谷中(2-132)
8月11日(火)
約束に台風接近気もそぞろ
台風15号がなんと茨城県に上陸した。関東、中部を通って日本海に抜ける予定。茨城が今後、沖縄のように台風が頻回に訪れるようになるのか。初上陸ということなので滅多にないこととして記憶されるか、どちらだろう。異常気象には間違いがない。
谷中の風景―29
家の近くの銀杏並木の夕暮れの風景は、電線の地中化、道の出口付近の交通信号の明滅によって、その趣が強調されている。自宅近くの交通信号が2階の窓から見えるとき、テネシーウイリアムスの「焼けたトタン屋根の猫」をおもいおこしたが、場所によって、交通信号の点滅が街の風景を彩ることに気づいた。
谷中からやや離れるが自分が気に入っている街の風景がある。それは上野駅のパンダ橋。ここはJR線の線路にかけられた陸橋であるが、広い空間となっていて、照明がほどよく暗く、4,5個の石のテーブル用のものが並んでいる。おそらく柱を上に出しているのだと思われるが、夕暮れになると何人かのグループでそのテーブルを囲んで飲み会を開いている。立ち飲みで飲み物は持ち寄りだ。
上野の森の外れで、空が広く、夜にも信じられない開放感がある。自分は夕方にゆっくりと通り過ぎるだけであるが、仲間がおれば立ち飲みパーティも悪くないなと思っている。ここを通るたびに「去年マリンバードで」という映画のシーンを思い浮かべる。
谷中(2-131)
8月9日(日)
八月尽何が大切考えて
谷中の風景―28
再び谷中の風景についてまだ述べていないことを。家の周辺で自分の気に入っている風景は街角賞のある土塀のあたり、夕焼けだんだんの坂の上と三崎坂を登り切って平らになって言問通りへカーブして向かうあたりの景色。ここだけ随輪寺の門前のように広くなっていて、両側に17本の銀杏が並木として植えられている。言問通りの方向に向かって手前から夕暮れに眺めると、何の変哲もない街の景色なのだが、銀杏野波かがすぼまってゆくあたりに交通信号がちらちらして、しかもここいらだけ、電線が地中化しているので
懐かしく奥ゆかしい気持ちになる。谷中のほかの地域は電線は地中化されておらず、並木とのバランスで地中化をはかったとおおもわれるが、それが一層、美し句しみじみとした景色にみせる。といってもいつもそう感じられる訳ではなく、夕暮れで交通信号が遠くで赤や青に変わる様が添えられて趣深いものになる。
最近までこの景色の良さに気がつかず、何の気なしに通り過ぎていたが、ある夕暮れにその趣の深さに立ちすくむほど感動した。しかしこうした経験はそれぞれのひとがその良さに気がつかないでいる自分の街の景色なのかもしれない。
番外-7
8月8日(土)
船旅-7
観光船の利益といえば、通販会社が来年4月からの西九州の9日間の旅を募集していた。通販会社が旅行代理店のようなことを行って、クルーズの旅客を集めようというこころみだ。普段、その会社の通販をよく利用しているものにとっては、船旅を身近なものとしてとらえる効果がある。2200室ある外国のクルーズ船を貸し切りで旅が計画されている。料金は同一日数ではほかのセット旅行の3分の一程度 だ。満足度は実際参加しないとわからないが、巨大なおそらく世界一に近い旅客船なので、サービスはわからないまでも設備は問題ないだろう。
通販会社が旅行を売り込むというところに斬新さを感じた。おそらく4000人から集めないと、収支は合わないのではないか。ひとごとながら心配する。
自分が観光船に乗った経験からすると、実に贅沢にエネルギーをつかうということだ。その観光船では留萌というところでLNGガスを積んだ車4台が船にLNG、そのた軽油、ディーゼル油などを供給していた。その一台のLNGを積んだトラックが通常のタンクローリー3台分くらいの長さの円筒を運んでいてそれが4台分なのだ。ちなみに液化天然ガスを零下160度で液体にしてはこぶと、600分の一くらいに体積が縮小するそうだ。このエネルギーで5万トンの船を動かす。通販会社の動かす船の大きさはこの船の3倍以上はあると思われる。船旅は本当にエネルギーを湯水のように使う。