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つれづれなるまゝに、日暮らし、硯に向ひて、心に移り行くよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、怪しうこそ物狂ほしけれ。

日々感じたことを、忘れずに、共有し、共感し、共生したい。

映画ドラえもん のび太と空の理想郷@Amazon Prime Video


毎春恒例の映画ドラえもんシリーズ。

ここ最近は子供と映画館で見ていたのだが、何故か昨年の上映の際には見逃していた。


のび太たちは、ひょんなことから空に浮かぶ不思議な島を発見する。

その島は、三賢人によって統治され、住む人々は皆完璧な生活を送っているという。

のび太たち5人もそこで生活をしていくと、勉強もスポーツもメキメキと上達していく。

ただ1人、のび太を除いて、、、


民衆を画一化させる圧政者と、のび太たちとの戦いを描く。

ドラえもんとのび太との絆、藤子・F・不二雄イズム溢れるSF(すこしふしぎ)。

この二つが不可欠なのが、映画のドラえもんなのだと思う。


ラストは協力者の自己犠牲を伴っての幕引きとなる。

この展開は、今の世の中としてはもう一歩踏み込んだラストを捻り出してほしい気もする。


目標まで、あと85本。

映画 王様戦隊キングオージャー アドベンチャー・ヘブン@U-NEXT


スーパー戦隊第47作、シリーズ恒例の夏の劇場版。


チキューは今、五つの王国によって統治されている。

その中の始まりの国であるシュゴッダムは、新たなる王の戴冠式を控えていた。

この国の王に就く前には、死の国ハーカバーカに赴き、初代国王であるライニオールから国の真の歴史を聞かなければならない、という。


シリーズ初の完全ファンタジーの世界観で描かれた今作は、その完成度への賛辞の声が強い。

夏の劇場版は、同時期の仮面ライダーと同時上映ということもあり、そちらに比べて短尺になる。

正直、見せ場や展開にも物足りなさは否めなかった。

せっかくのゲスト出演者も宝の持ち腐れと言わざるを得ない。


かつてスーパー戦隊は16mmフィルムで撮影されていたが、現在はデジタル機材での収録が当たり前になっている。

テレビシリーズは16mmだが、劇場版は35mmでの撮影であり、その違いを楽しんでいたのが懐かしい。


目標まで、あと86本。

映画ドラえもん のび太の地球交響楽@109シネマズ木場


毎年恒例の映画ドラえもんシリーズの最新作。


リコーダーが苦手なのび太は、音楽の授業を受けなくて済むように、

ひみつ道具『あらかじめ日記』に、「今日わ音楽がなかった。たのしかった」と記入する。

すると、世の中から音楽そのものが消えてしまい、人々はなんだかイライラし始める。

のび太もただ音楽の授業がなくなればいいだけだったので街の様子に驚き、日記のページを破いて世界を元通りにする。

たった半日、音楽が世の中から消えただけ、、、そう思っていたが、その瞬間に世の中は崩壊への道へと向かっていた、、、


映画版には珍しく、明確な悪役がいない物語であった。

無機質な「ノイズ」と呼ばれる宇宙生命体が、星を襲い、破壊していく。

今回は地球がそのノイズに狙われてしまう。

そのきっかけは、のび太がやらかした音楽を無くした瞬間につけ込まれたことによる。

実はノイズは何かを狙うのではなく、ただ音楽が無くなることで莫大に増殖する特性があるだけなので、破壊への理由がないのである。


のび太たちが出会うミッカという少女の故郷である惑星ムシーカは、音楽をエネルギーとする星で、ムシーカ星人は自らが作り出したロボットたちと平和に音楽を奏で暮らしていた。

そのムシーカにもノイズの手が伸び、母星は崩壊し、なんとか救命艇的な「ファーレの殿堂」で地球圏までやってきたのである。

そこまで音楽に溢れた星であれば、どのタイミングでノイズのつけ込む余地があったのかが若干疑問だが、、、


映画としては、悪いものを倒すために音楽を用いるというのが、現代性なのだろうと感じた。

武器ではなく、芸術で戦う、というのもアリなのだろう。

ただ、ピンチになった時にドラえもんがポケットから出したものは、お馴染みの「空気砲」であった。


こういうところも、正直現代とドラえもんの世界の乖離が強くなってきているなによりの証左だろう。

あれほどすぐに暴力を振るうガキ大将がいたら、保護者会で糾弾されるだろう。

0点を連発する小学生がいたら、それは先生の教え方に問題があるのだと思う。

ニックネームは禁止なので、彼は学校では剛田さん(男女問わずさんで呼ぶ)と呼ばれることになる。

藤子・F・不二雄先生の仰る「SF(すこし不思議)」は、生活習慣的には「すごく不思議」な世界になってしまったのだろう。

のび太も、せっかく未来の子孫がもたらしてくれたロボットを騙し、その道具を濫用するなど救いようがない。

そして、結局は自己努力も最小限で済むように画策する。

微笑ましく見れるもの、ではなくなったような気がするのは私だけだろうか。


話は脱線するが、今回はエグゼクティブシートで見たのだが、

到着してみると、中学生くらいの2人組が我々の座席に座っていた。

係員に指摘してもらったのだが、他の一般席と間違えて座っていたようだった。

そもそもそこが他の席とちょっと違うことに気が付かないものだろうか。

こういったことも、映画館という産業からお客さんが離れていっていることの顕れな気がした。


目標まで、あと87本。