若林城 | ルアーマンのブログ

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2月20日、仙台の地下鉄南北線、河原町駅

 

駅から南東方向へ進む。

 

目指すは東北本線、東北新幹線を超えた先にある 若林城

 

戦国時代には国分氏の館があった交通の要衝。

1627年に伊達政宗がここに城を築き、居館とした。

仙台城は山の上にあって、通うのが面倒になったから。

 

1636年、伊達政宗が亡くなった後、第2代藩主からは仙台城ふもとの二の丸へ戻ったため、この若林城は廃城。

明治に入り、警視庁に売却され、その後は宮城刑務所となっている。

 

なお、仙台市若林区の名は若林城からとられたもの。

わしの城じゃ!

 

こんな形の城郭でした。

城周囲の土塁上に塀を造り、刑務所に仕立てたもの。

今は塀の外側に沿うように水路があります。

 

城の西側あたり、小学校名も「古城」

 

バス停も「古城」

仙台市若林区古城という町名です。

 

水路はこの先、城を囲むように流れていきます。

 

先のMAPの地点

このあたりに大手門がありました。

でも刑務所となっていて、入れません。

 

水路は刑務所方向へ進んでいるが、少し先で左に曲がっているはず。

 

城郭の西側

 

城郭の土塁の外側は高い木々で囲まれている。

 

城郭の北側

 

地点

城郭の北西角です。

土塁外側には水路があります。

 

C地点

土塁が折れ曲がっています。

このあたりの木々は伐採されていました。

木にロープを引っかけて脱獄されないようにしているのかな?

 

 

離れてみると、城郭の形状が一層わかりやすい。

 

城郭北側にある城址碑

 

解説パネルに載っていた朝鮮ウメ(臥龍梅)

豊臣秀吉の朝鮮出兵の時、伊達政宗が朝鮮から持ち帰った梅だそうで。

年に1回?の刑務所内公開(というか、城郭公開)の際には見学できそう。

 

このあたりで道路工事をやっていた爺ちゃんに

「おめぇ、何やってんだ?」と聞かれた。

どうやら刑務所方向にカメラを向けているので不審に思ったのかな。

俺「城巡りです」と答えると、

爺「ならば多賀城も行ってみるといいどー」だって。

俺「先週行きました」と言うと、

爺「おー、そうか」

 

会話に仙台城が出てこなかったのは意外。

地元の人も、仙台城はつまらなくて、多賀城の方が面白いみたいです。

 

地点

城郭の北東角

 

地点

水路はここで城から離れていきます。

 

内部はもちろん見れなかったけど、当時の形状がよくわかる城です。

 

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若林城から北へ徒歩30分ほどの場所にある松音寺(しょうおんじ)

 

松音寺の山門

これは若林城廃城の後、若林城の大手門を移築したもの。

伊達政宗の二男が若くして亡くなった時、松音寺に葬ったことが縁なのでしょうか。

 

 

今でも若林城の文字が残っていました。

 

何て書いてあるのかな。

 

裏側から