ルアーマンのブログ

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飲みと釣りの日々。
自分で釣った魚でやる一杯は最高!

8月28日の 名古屋城 のいろんなタイプの石垣を観察&考察。

 

石垣の積み方

野面積(のづらづみ) 自然の石を積み上げる。戦国時代末の1600年くらいまでの主流。

 

打込接(うちこみはぎ)ある程度整形した石を積むが、大きな石の隙間に小さい石を詰める。戦国時代真っただ中の1615年くらいまで。

 

切込接(きりこみはぎ)きちんと削って整形した石を隙間なく積む。

戦国時代が終わって江戸時代に入り世の中が安定したころの積み方。

 

また石を水平に並べるように積む布積、ランダムに積む乱積という分類もあります。

 

急ピッチで積む場合は野面積&乱積、時間に余裕があって丁寧に積む場合は切込接&布積、

といった感じですね。

 

【パソコンで切込接を入力する際は「きりこみはぎ」と入力しても接の字に変換されない。

そこで「きりこみつぎ」と入力するのだが、切込み接ぎと変換される。その後に ぎ を削除するのが面倒なので、自分はいつもブログに「切込み接ぎ」と書き込んでしまっている。でも文献などでは切込接と表示するのが主流のようです。どちらでもいい模様だけど。】

 

 

また石垣の角を補強する方法として、算木積(さんぎづみ)という、角の石の長辺を互い違いにする方法がある。

算木積

赤い石の長辺が互い違い。(実際の石にこの色は付いていませんので)

 

キレイな算木積

 

算木積になっておらず、崩れそうな雰囲気。

 

さて、名古屋城の石垣はどうなっているのかな。

***************

 

二之丸東門跡

左手前の門の石は切込接だが、左奥の堀の石は打込接。

当たり前のことだが、石垣の方が古い時期に造られたのです。

 

二之丸東門の奥の方は、右側の角は算木積だが・・・

 

右側の角は算木積みになっていない。

石垣自体はキレイな切込接なので新しい時期のものと思われるが、角を算木積にしなかったのは単なるミスだったりして。

 

東南隅櫓

 

角は算木積みで、全体は打込み接ぎ。

1600年代初頭に造られた当時の石垣なのでしょう。

(算木積、打込接 と、ひらがなを削除するのが面倒になってきた。笑)

 

表二之門を入って正面突き当りの石垣には、

 

デカい石がある。

 

鏡石と呼ばれるものです。

城主の権力を示すために、城門の目立つ場所にデカい鏡石を置くのが流行でした。

 

鏡石の右の石には円形の刻印がある。

刻印とは、その石が誰(どの大名)のものか、どの大名が提供、積み上げたかを示す印。

 

本丸御殿入口前の石垣には、刻印のオンパレード。

 

 

 

 

 

刻印は打込み接ぎに多く見られ、野面積み、切込み接ぎでは見たこと無いかも。

 

本丸東一門跡と、

 

旧二之丸 東二之門との間の枡形には、

 

デカい石が2つ

 

清正石と呼ばれる巨石。

加藤清正は石垣造りの名手であったので、この石も加藤清正が持ち込んだと思われて清正石と呼ばれたのだが、実はこの石垣は黒田長政が担当したもの。

長政石、黒田石などと通称を変更しないのかな。

 

清正石の斜め向かいの打込み接ぎには、刻印や矢穴が多数。

どこかわかりますか?

 

黄枠が刻印

黒枠が矢穴の跡

矢穴とは大きな石を割る時にくさびを打ち込んだ場所。

 

不明門(あかずのもん)

 

不明門内側の石垣は野面積みに近いが、各石は手前の面が削られている打込み接ぎ。

名古屋城初期のものかな。

 

不明門を出た所も刻印だらけ。

 

だんご三兄弟

 

 

大天守の角は算木積み。

さすがに算木積みになっていなければ危なくて近づけませんね。

 

大天守の石垣

大天守の石垣は加藤清正が担当。

いかにも清正らしく、熊本城と同じく最初は緩やかな勾配が上部に行くと垂直に近くなる「武者返し」という形状。

 

大天守(左)と小天守と繋ぐ部分の石垣は、

 

横に並んだ布積み。(完全に横一直線ではないけど)

 

しかし西南隅櫓石垣は乱積み。

 

正門(旧榎多御門)は大きな石を使った切込み接ぎ。

江戸城に似ている。

 

大手二之門(西鉄門二之門)を外側から見たところ。

 

大手二之門(西鉄門二之門)を出たところにも鏡石があります。

 

この大きな石には、

 

矢穴の跡

 

打込接や切込接、算木積や算木積ではなかったりと、時代の移り変わり中に造られたことがわかります。

また刻印だらけ、矢穴の跡が残っていたりと、結構ドタバタしながら作っていたのかな。

徳川家康に築城を急がされたのでしょう。

 

二之丸東門の内側

じっくりと慌てずに積めば、こんなにキレイに詰めるじゃないの。

 

石垣から築城当時の情勢などを推測するのも楽しいものです。

 

 

8月28日、地下鉄名城線の名古屋城駅へ。

 

城への道案内は充実。

 

2018年に復元された本丸御殿のPRも。

 

簡単なMAPもあり、方向がわからない人でも安心。

地元の名古屋城愛が伝わってきますね。津市も見習うべし。

 

地下鉄の7番出口。

 

7番出口から対角の位置には名古屋市役所。

 

二の丸を囲む堀(中堀と言うのかな)は水無しの空堀。

 

二之丸東門から入城

 

東門改札所

ここから先は有料エリア。

西にある正門からも入城できます。

 

東門改札所を入った場所には日本100名城スタンプ

 

二の丸庭園

 

二の丸御殿があったあたり

 

ここは那古野城の跡

那古野城(なごやじょう)は15世紀頃に今川義元の父・今川氏親が築城。

1538年頃、織田信長の父・織田信秀がここを奪う。

その後織田信長が継いだが、1555年に信長は清州城に移る。

しばらくして那古野城は廃城となり荒れ地のようであったが、

徳川家康が1609年にこの地を大規模に改修し

現在の 名古屋城 を築城。

 

名古屋城を造ったのは誰かと聞くと、

 ・織田信長(前身の那古野城にいただけ)

 ・豊臣秀吉(名古屋の中村出身だが、名古屋城には無関係)

 ・徳川家康(正解)

などと答える人がいますね。

そして名古屋城の最初の城主は家康の九男・徳川義直。

 

また佐賀県には豊臣秀吉が朝鮮出兵のために築いた名護屋城(なごやじょう)という城がありますが、名古屋城とは無関係。

 

近くには加藤清正像。清正公石曳きの像と呼ばれます。

名古屋城の建設に携わったのは加藤清正だけだと思われがちだが、福島正則、黒田長政、池田輝政、前田利光など多くの豊臣家臣だった大名が関わっています。

 

 

清正像の向かいには東南隅櫓。江戸時代から現存する建築物。

 

表二之門から本丸に入ります。江戸時代から現存する建築物。

 

表二之門の西側の堀には鹿が2匹います。

数年前に1匹死んでしまったが、最近2匹に戻ったそうで。

しかしどこかに隠れてしまい、見当たらず。

 

本丸御殿の合間から見える天守閣。

 

本丸御殿の南側を西へ進むと西南隅櫓。江戸時代から現存する建築物。

周辺をスズメバチが飛んでいました。城内どこでも注意が必要。

 

本丸御殿の入口を過ぎると、小天守と大天守。

いずれも空襲で焼失し、1959年に鉄筋コンクリートで再建。

 

天守の方へ行く前に、北東方向の本丸東一門跡へ。

 

本丸東一門跡の先には、旧二之丸 東二之門。江戸時代から現存する建築物。

 

旧二之丸 東二之門を外側から。

 

天守の前に戻ります。

 

黄金の鯱が有名。

 

南側の鯱は口が小さいメス。

 

北側の鯱は口が大きいオス。

体はオスの方が大きく、ウロコはメスの方が多いそうで。

 

天守の近くまで行くと、鯱は見えません。

 

小天守の横にあるのはお土産屋。

 

小天守。

大天守へ入るには、この小天守を経由します。

大天守が耐震不足&木造復元のため2018年から立入禁止。

小天守も一緒に立入禁止になりました。

しかし復元は諸問題のため伸び伸びになっている。

自分は偶然にも2015年に天守へ入ったことがあり、内部は刀などの展示が多かった印象。

 

大天守の横を進むと、不明門(あかずのもん)。戦後に再建。

 

不明門を外側から。

 

北側から見た大天守。

 

本丸の北西、御深井丸にある西北隅櫓。江戸時代から現存する建築物。

 

御深井丸にある乃木倉庫。

明治に入ってから建てられた日本に現存する最古の陸軍弾薬庫。

 

大天守を西側から。

 

大天守(左)と小天守を繋ぐ部分は敵の進入を防ぐために屋根から券が突き出ており、剣塀と呼ばれます。

 

西南隅櫓。江戸時代から現存する建築物。

 

西南隅櫓の下の堀。ここに鹿が2匹いるはずだが見えなかった。

堀の右奥にある小屋が鹿の住み家。

 

西之丸に徳川家康の家臣が。

 

徳川家康公

 

正門(旧榎多御門)の近くにある名古屋市観光文化交流局名古屋城総合事務所も土産物屋。

前日に大甚本店で飲んだ日本酒の純米大吟醸 名古屋城があった。

 

正門(旧榎多御門)から退城。戦後に再建されたもの。

 

 

恩賜元離宮名古屋城

 

本当はこちらが正門なんですね。

 

続く

 

 

8月27日、Beer Pub BRICK LANEへ。

名古屋市内、地下鉄伏見駅から8分ほどの場所にある

Totopia Breweryの直営店。

 

8月27日、名古屋の地下鉄・伏見駅近くの 大甚本店

 

開店の10分前に着くと、予想通り(予定通り)の行列。

 

何か貼ってあるぞ

 

そうか、2号店の大甚はなれが無事にオープンしたんですね。

前回3月の訪問時には「オープン予定」となっていました。

ちなみに近くには大甚中店というのもあります。こちらは親戚が経営していたのだったかな。中店は喫煙可能なので、行くことは無さそうだけど。

 

臨時休業などはInstagramでも確認できます。

訪問前に要チェック!

 

並びます。

猛暑のためか、普段より行列が短い。

 

そして入店。一口近くのテーブルへ。もちろん相席。

 

さーて、どれにしよう。

 

厚焼き玉子、クリームチーズ+クラッカー、さつま揚げ。

結局いつもと同じものになってしまうんだなぁ。

 

冷奴、もつ煮込み

 

お馴染み、賀茂鶴(広島)の樽。

お店オリジナルの徳利で供されます。

よし、次は日本酒にしよう。

 

あれ、徳利じゃないぞ。

 

純米大吟醸 名古屋城 / 金虎酒造(きんとらしゅぞう、名古屋市)

翌日の名古屋城攻略の景気づけとして。

賀茂鶴は飲まなかった。

 

わかさぎ甘露煮

 

ハイボールでフィニッシュ

 

恒例の「大将と記念撮影」

 

吉田類さんにも挨拶。

このサインは酒場放浪記収録時(2010年)ではなく、2023年のもの。

 

次回はいつ行こうかな。

何となく年内に再訪する気がする。

 

 

8月27日、彦根城の後は名古屋へ到着したが、

行く予定の大衆酒場の開店まで1時間もある。

さて、どうする?

 

名古屋駅の地下街に時間稼ぎする場所を求めていたら、

JPタワー名古屋(KITTE名古屋)の地下にあった。

 

CRAFT BEER KOYOEN KITTE名古屋店

サッポロライオングループのお店。

 

 

サッポログループの中でも、銀座ライオンとは別のブランド。

名古屋駅から少し離れた場所の 名古屋ビール園 浩養園

名古屋駅の西口近くの NAGOYA BEER STATION 浩養園

があり、いずれも名古屋らしい料理があるようです。

またビール園浩養園で醸造したクラフトビールが提供されています。

 

クラフトビールは左の3種

 

店内はテーブル席がメイン

 

壁向きカウンターもあるが、寂しい席だし閉鎖空間に感じるので嫌だ。

 

タップが見えるカウンター席がいいねぇ。

 

カウンター上に並ぶグラスは飾りなのでご安心を。

ビールは入っていません。

しかもこのお店ではブーツグラスでの提供は無い。

 

サッポログループ他店と同じくタブレットでのオーダー。

そのタブレットを見ると、各クラフトビールの説明が。

 

 

サッポログループの他ブランドでは提供されていないらしい。

また常に同じ銘柄で、限定のクラフトビールも見たこと無いと若いスタッフさんは言ってました。

 

ゴールデンエール

濃色の背景なのでゴールデンではなく黒っぽく写ってしまった。

 

テーブル面が背景になるようにして撮り直し。

 

柑橘っぽさは無く、ごく普通のエールと言った感じ。

クラフトビールを良く飲む人には物足りないだろうけど、大手ビールしか飲んだことが無い人には新鮮なのでは。

 

IPL

 

同様にテーブル面を背景にして撮り直し。

 

IPAではなく、IPL(ラガー)なんだ。

「エールをラガータイプにして飲みやすさを追求」という説明通りで、苦さは強くなくてクラフトビールファンにはやや物足りないかな。

せっかくだからIPAも造って欲しいですね。

 

 

やはりこれらのビールがいいね。

 

 

8月27日、彦根城の本丸や天守閣を訪問の後は、

彦根駅とは反対側にある黒門へ下りる。

 

黒門跡が玄宮園の入口。

玄宮園(げんきゅうえん)は1677年、

彦根藩4代藩主の井伊直興により造園された彦根城の庭園。

 

黒門跡から入園。

ここからしばらくは無料。

 

黒門跡を内側から。

 

黒門を抜けた場所の黒門橋から見た内堀。

 

内堀

 

1814年、彦根藩16代藩主の井伊直弼(なおすけ)はここで生まれました。

 

井伊直弼が生まれた楽々園。槻御殿とも呼ばれる。

玄宮園に隣接しています。

 

玄宮園の玄宮園西口発券所を過ぎたら有料エリア。

彦根城とのセット券を持っていたら、ここでは券を購入せずにセット券を提示しましょう。

 

 

 

 

橋の真上をよく見ると、

天守閣が!

 

 

 

魚躍沼(ぎょやくしょう ぬま)に沿って進みます。

 

この位置から「逆さ天守」が見えます。

 

 

 

 

 

橋は渡れません。

 

木々などがあるので、玄宮園のどこからでも天守閣が見える訳ではないです。

見逃している人もいるかも。

 

出口も近い。

 

園内に水田がありました。

 

玄宮園東口発券所。ここから入園することもできます。

 

玄宮園東口発券所の近くにある井伊直弼の像。

 

 

横の大きな木にはキツツキがいました。

姿は見えなかったが、木を突く音の間隔からコゲラではなくアカゲラだと思う。

 

彦根城の後は、岐阜駅前の織田信長に挨拶して名古屋へ向かいます。

 

 

8月27日、いよいよ 彦根城 の攻略へ。

 

彦根駅から一番近い中堀の角へ来ました。

 

昔、隅櫓があったであろう石垣。

 

この堀沿いにある松は いろは松(伊呂波松)と呼ばれます。

 

右手には井伊直弼(なおすけ)の歌碑。

 

井伊直弼(1814~1860年)は彦根藩16代藩主。

江戸幕府にて大老を務め、開国派として天皇の許しを得ず勝手に日米修好通商条約に調印し、日本の開国・近代化を推し進めた。そしてこの調印に反対する人を粛清。(安政の大獄)

しかしこれが反発を招き、江戸城桜田門外で暗殺された。(桜田門外の変)

 

佐和口御門跡

 

門の左側の石垣。江戸時代初期の打込み接ぎ。

 

右側は一部が打込み接ぎで、他は切込み接ぎ。少し新しい時代に修復されたのかな。

 

彦根市開国記念館へ。  入場無料

 

彦根藩初代藩主の井伊直政。

まさか現代に ひこにゃんになって蘇るとは思っていなかったでしょう。

 

彦根城の空撮写真。琵琶湖に面しています。彦根駅がすっと手前の方。

 

1957~1960年に天守が修理された際に交換された、先代のしゃちほこ。

 

日本100名城スタンプはここにあります。

 

馬屋  これも江戸時代に建てられた現存の建物。

 

 

ここは内堀

 

内堀にかかる表門橋

この少し先からは有料エリア

 

表門橋を渡ってすぐの場所にある登り石垣。

登り石垣とは、斜面を横方向に移動できないよう、竪堀のように斜面を遮るように築かれた防御施設。

写真上の石垣は、写真下の石垣上を左から右へ進めないように置かれている。

登り石垣がある城は、松山城、洲本城などわずか。

 

券売所には多くの有名人のサイン。

歴史や城郭に詳しい人ばかり。

中には くまもんのサインもあった。

城のキャラでくまもん、ひこにゃんがツートップなのかな。

 

 

有料エリアへ入ると、早速上り坂の試練。

 

横には雨水排水のための側溝がありました。

 

天秤櫓が見えてきた

 

左の鐘の丸と、天秤櫓を繋ぐ廊下橋。

敵が攻めてきたらこの橋を落として侵入を防ぐのです。

実際に落としたことは無かったと思うけど。

 

廊下橋右の石垣は「牛蒡(ごぼう)積み」と呼ばれる築城当初の野面積み。

越前の石工によるもの。

 

廊下橋左の石垣は嘉永7年(1854年)のもの。切込み接ぎですが、石の底辺が水平になった布積みではない。

 

鐘の丸方向へ・・・

 

回り込んで行きます。

 

鐘の丸へ登りきる直前に、

 

足元を見たら、石段の石に矢穴の跡があった。

 

天秤櫓  江戸時代からの現存建物

天守閣と共に、彦根城で最も有名な建築物です。

 

天秤櫓と言われるが、実は左右対称ではない部分も多い。

 

左の櫓と、

 

右の櫓は向きが90度異なっています。

 

櫓の中から何者かに狙われている

 

拙者も天秤櫓に入ってみるでござる

 

 

柱には削った跡が。

 

下にいる曲者を討て!

 

本丸を目指します

 

時報鐘

現在も朝6時から3時間おきに1日5階鳴らされているそうです。

 

太鼓門の手前にある大きな縦長の石。

石垣ではなく、この地の自然石なのでしょう。

右側の石垣の一部と化しています。

 

太鼓門

 

太鼓門を過ぎると、

 

天守閣が見えてきた

 

天守閣。手前の礎石は本丸御殿の跡。

 

太鼓門。江戸時代からの現存建物。中に入れます。

 

本丸の撮影スポット

井伊家と言えば、なぜ赤なのか。それは織田・徳川連合軍が武田軍を滅ぼした後、赤の甲冑の「赤備え」だった武田家臣・山県昌景の部隊を井伊直政が配下に取り込んだからと言われる。

 

本物のひこにゃんは1日に2、3回、予告時刻に登場しますが、この日は予定が合わず。

予告時刻はネットで検索できます。

 

1606年(慶長11年)に井伊直政の嫡男である井伊直継の代に完成した天守閣。

日本に12城だけ残る、江戸時代から続く現存天守の1つ。

また国宝五城の1つでもあります。

 

 

 

 

天守台の石垣、角は算木積みで補強しているが、

 

石垣自体は野面積みで、少し心許無い。

 

天守内は狭くて急。

 

本丸にある着見櫓跡からの眺望。

眼下には彦根城の庭園である玄宮園。

 

石田三成の佐和山城

 

彦根駅方向

 

天守の背後へ。

 

西の丸

木々があって、この先に西の丸三重櫓があるなんて想像もつかない。

 

でもあるんですよ。西の丸三重櫓。これも現存建物。

 

中の階段は急。

 

天守の背後あたりから黒門、玄宮園へ向かいます。

 

天守の背後にある枡形から下って行きます。

 

 

井戸曲輪

 

結構神経使う下り坂を下りきって、玄宮園へ向かいます。

 

 

8月27日の朝、京都を出発。 目的地は彦根

JR東海道線で移動。東海道線のうち京都~米原は琵琶湖線とも呼ばれます。

朝のラッシュ時間帯であり京都から草津までは混雑していたが、大津からは座れた。

 

バイバイ瀬田川。また来るぜぃ。

 

近江八幡を過ぎたあたり。

向こうの山には八幡山城

豊臣秀次の城です。(豊臣秀吉の甥であり、後に秀吉の養子となる)

 

安土駅を過ぎると、

 

安土城があった安土山。織田信長の城。

 

1時間ほどで 彦根 へ着。

 

彦根駅の山側には石田三成佐和山城がありました。

 

駅には ひこどんなる武士がいた。

彦根藩 井伊家の赤備え鉄砲隊キャラクターだそうだが、今や主役の座をひこにゃんに奪われたのかな。

 

そして、ひこにゃんが彦根城へ案内してくれます。

 

駅の柱には井伊家の旗印である「井」のマークが。

 

西口ロータリーにいました。

 

井伊直政

 

 

 

 

静岡県浜松市あたりの出身で、徳川家康の四天王の1人。

1590年、豊臣秀吉の小田原攻めの後、家康の江戸への移封に伴い井伊直政は高崎市の箕輪城へ。

1597年、箕輪城より中山道に近い高崎城を築城して移る。

1600年 、関ヶ原の戦い後、井伊直政は家康の命で佐和山城へ移る。しかし舟運など諸々に理由により、新たに彦根城の築城を開始。

彦根の町の基礎を築いたことで、像が建てられたのでしょう。

 

関ヶ原で受けた傷が元で井伊直政は完成前の1602年に死去。

息子の井伊直継の代となった1606年に彦根城の天守が完成。

 

 

 

 

 

ひこにゃんの兜は井伊直政の兜なのです。

 

近くのマンホールにもひこにゃん

 

駅前から見える彦根城の石垣。

天守閣は建物や木に隠れている。次の信号まで行くと見えるんだけど。

まあ焦らずに行きましょう。

 

 

9月1日、大衆居酒屋 天国 大船駅前店へ。

https://chuoutachibana.jp/tenpo/tenkuni/detail.html?1685950981

天国は てんくに と読みます。

横須賀中央店が本店で、最近は天国以外の店も含めて神奈川県内を中心にチェーン展開する「居酒屋 中央立花グループ」。多くの店舗が昼から飲めます。

 

創業50年以上の横須賀中央店は吉田類の酒場放浪記にも登場した人気店。

こちらの大船駅前店は3年前にオープンしたばかりの新しい店。

 

出張で来た友人と待ち合わせ。

いたいた。

なお2階には人気店の魚福があります。

 

店内はテーブル席のみ。

横須賀中央店のようなカウンターはありません。

なお横須賀の店は横須賀市内で一番長いカウンターとして有名。

 

スタート

 

横須賀店と同じく、豊富なメニュー

鮮魚、肉類。〇〇料理などと何かに特化したのではなく、満遍なくいろいろあります。

 

 

 

 

どうやらパリーグのサワーは無いみたい

 

ニラ玉

 

揚げ出し豆腐

 

いわし塩焼き

 

イカ下足唐揚

 

ブラックニッカハイボール

 

お好み焼き

 

厚焼き玉子

 

ゴーヤチャンプルー

 

梅水晶

 

我ら年齢を考えずにガンガン食ってしもうた

 

ホッピーでラスト

 

入口にいた招き猫に挨拶

 

また飲みましょう

 

 

9月1日、鎌倉市の大船へ。

 

大船駅東口前の通りの1本裏にある商店街。

ありました。

BEER STAND MINATO

 

ビールの注ぎ方によって味の違いを出してくれるお店。

 

注ぎ方の違いと言えば、全国的にはビアスタンド重富(広島)、都内ではビアライゼ'98、Brasserie Beer Blvdなどが有名ですね。

 

ビル1階の横丁のような行き止まりの空間にあります。

 

外から混み具合がわかるこじんまりした店内。

 

4種類のビールそれぞれが8種類の注ぎ方で提供されます。

4×8=32種類の味を楽しめる。

 

店内はスタンディングのL字カウンター。

7人ほどで満杯かな。

 

通常のハンドルとスウィングカランが交互に8本並ぶ。

ビール1銘柄につき2本ずつ配置されています。

 

このような8種類の注ぎ方です。

 

ビール銘柄は、、、あれ、3種類。4種類じゃないの?

 

もう1銘柄はこれでした。

 

サッポロ黒ラベル 一度注ぎ

炭酸バッチリ

 

 

銀座ライオンは今年から多くの店舗でスウィングカランを導入したので、

炭酸バッチリのサッポロ黒ラベルは普段から飲み慣れていました。

なので感動が少なかった。 シマッタ。

次の1杯は 別の銘柄にしよう。。。

 

しかーし、

友人との待ち合わせ時間が迫っていたので、この日は1杯だけ。

別銘柄で試すのは次回訪問に持ち越しに。