11月7日、豊橋市の吉田城攻略の後は、市電で東へ小移動。

東田駅(あずまだ)で下車。

この駅は少し高くなったホームが無い。
車道上に「乗降者」と書かれた場所で乗り降りするのです。
車には停止する義務がありますが、他県から来た場合など事情を知らない車もいるだろから下りる際には十分注意を。

市電乗り場は電柱に表示されている。
時刻表も電柱に。

東田で市電を降りたら、住宅地を真っすぐ北へ。
8分ほど歩き、正面の木々が茂る場所へ。

この一角だけ高い木々。大口公園です。
大正時代に初代豊橋市長の大口氏がこの土地を購入して居住したのが公園名の由来。
公園ができたのは1985年((昭和60年)。

大口公園の入口。

二連木城です。


現在の図
下の図と比べると、現在でも城の多くの部分が残っていることが分かります。

城全体の図
2の部分が老人福祉センターになっています。
城がある町名は「豊橋市仁連木町」で、二連木城は「仁連木城」とも表記されます。

この小さい公園からいろいろ発掘されたんですね。
1493年、戸田宗光が築城。隣の吉田城より少し早い。
その後、今川氏や徳川氏の支配下となり、おのずと吉田城の支城の役割を果たしていた。
1590年、豊臣秀吉の小田原攻めの後に徳川家康が関東移封となり、
池田輝政が吉田城に入ると支城の二連木城は廃城。

大口公園を入ってすぐ左には土の盛り上がり。
本丸を囲む土塁です。

本丸の南西角。土塁は続く。

本丸の西側。

本丸の中心部分。
公園にしては草ぼうぼうで遊んだり散策する人はいない。見かけたのは犬の散歩程度。
出入り口が2ヶ所くらいしか無い小さい公園だから散策する人は少ないのでしょう。

本丸の東側に少し盛り上がった場所。何か建っています。

二連木城址の石碑でした。


石碑の南側のくぼみは本丸と2の曲輪を隔てる空堀の跡かな。

本丸の北側へ出られるかと思ったら、急な切岸になっていて降りられない。
後で知ったのだが、ここは台地の端でした。
北側に朝倉川が流れて防御にも適した場所なのですね。

大口公園入口の右、トイレの先は老人福祉センターがある2の曲輪です。

二連木城の全景。
紫色のポケモンジムが二連木城の石碑。
ポケモンMAPやGoogle MAPを見ただけでは、台地の端だとか、高低差の有無などはわからないですね。

電柱の表示を頼りに、市電の乗り場に戻ります。

乗り場には一段高くなったホームは無い。
乗降者の文字上で待っていたら車にひかれる?
どうすればいいのか迷いそうだったが、地元の先行者がいたのでその人同様に歩道上で待った後、続いて乗車してみることに。

市電が到着。
車かきちんと手前で待っていてくれました。
無事に乗車して、次の目的地へ。