「#若林奮 森のはずれ」トークイベント
詩人・吉増剛造×袴田京太朗!
美術家・若林奮と深い親交があった詩人・吉増剛造さん。
その武蔵野美術大学でのトークイベント、
youtubeでアップされました。
こちら https://youtu.be/T11lmayGd2c
この展示の監修の袴田教授とのお話。
若林さんの「声」も見どころ。これは吉増さんの提案によるとか。
「#若林奮 森のはずれ」トークイベント
詩人・吉増剛造×袴田京太朗!
美術家・若林奮と深い親交があった詩人・吉増剛造さん。
その武蔵野美術大学でのトークイベント、
youtubeでアップされました。
こちら https://youtu.be/T11lmayGd2c
この展示の監修の袴田教授とのお話。
若林さんの「声」も見どころ。これは吉増さんの提案によるとか。
小松健一・新藤健一編
1945年8月9日 午前11時2分
78年前の今日、長崎に原爆が!
その長崎市の式典での「平和宣言」。
被爆2世の長崎市長・鈴木史郎さん、
鋭く、人間の内奥をえぐるような痛みをともなった
その全文を拝読いたしました。
どうぞ、お読みください。
◆長崎平和宣言
『広島原爆写真集』小松健一・新藤健一編
8月6日、78年前の広島がここに。
再掲いたします。
原爆投下直前から、エノラ・ゲイからの広島市街
あのきのこ雲、
直後の生々しい「ひろしま」が
記録されて、いま、ここに写真集となりました。
図書館にも置いてあると思います。
どうぞ、手に取って、ご覧ください。
『広島原爆写真集』
『長崎原爆写真集』 勉誠出版 2015年刊
小松健一・新藤健一編
「75年前、8月6日8時15分、広島―
未公開写真も含めた398点が、
人類史上かつてない惨劇を克明に語り伝える。
決して忘れてはならない恐怖と悲しみの記憶」
本の紹介にある言葉です。
【本書の特色】
1.『決定版 広島原爆写真集』『決定版 長崎原爆写真集』ともに
初公開作品を含み、合計で800点近い写真を収録。
2.配列順は、撮影された年月日順を原則とし、
時間の経過とともにその後の推移をたどることができる。
3.写真キャプションは日本語と英語を併記し、
多くの人に理解できるようにした。
4.巻末に、広島と長崎をともに撮影した林重男と松本栄一の対談
「原爆を撮った男たち」を収めるほか、
撮影者・撮影当時の様子を詳述した解説を付す」。
◆著者について
「反核・写真運動」
核兵器の廃絶と非核三原則の厳守を求め、
ジャンルを超えた写真家、写真評論家、写真業界の代表など
552名の呼びかけにより、1982年に発足。
広島・長崎を撮影した原爆写真の収集、ネガの複製保存、
出版物の刊行、展示などの活動を行っている。
◆ 小松健一(こまつ・けんいち)
1953年岡山県生まれ。
世界の厳しい風土の中で自然と共生する民族を
ライフワークに地球巡礼をしている。
また、日本人の近現代の文学、作家の原風景を切り口にして
日本人の暮らしと風土、沖縄、環境問題など社会的テーマを追い続けている。
公益社団法人日本写真家協会会員、協同組合日本写真家ユニオン会員。
主な著書に、『ヒマラヤ古寺巡礼』
(インデックスコミュニケーションズ、2005年、日本写真協会賞年度賞)、
『雲上の神々―ムスタン・ドルパ』
(冬青社、1999年、第2回藤本四八写真文化賞)など。
◆小松健一オフィシャルサイト
http://
山本掌個人俳誌「月球儀」6号、
特集「探検家 矢島保治郎」の
写真・文のカメラマン小松健一さんの書き下ろしを載せています。
1940年8月5日、
前橋空襲の日。
記憶をつなぐために再掲いたします。
焦土の前橋
<前橋空襲昭和20年8月5日
午後10時30分、市内4ヶ所に投下された
照明弾で空襲が開始され、
米B29爆撃機92機により
焼夷弾 691トン、
破砕弾 17.6トンが投下され、
被災面積は全市の22%、
被災戸数は全市の55%、
被災人口は全市の65%に及んだ>。
と記録にはあります。
ほぼ全市が焼き尽くされ、
「前橋駅から赤城山までまったくなにもなかった・・・」と
母や祖母から聞いています。
家は全焼、
母たちは家の前の水路につかり、
「どうにか、命は助かった・・・」
前橋には水路が縦横に走っています。
その水路で夜をあかした、と。
いまでは暗渠になって。
<この5日の夜半から豪雨になり翌朝まで続いた。
空襲の大火災による気象の変化によるもの>
死者 535人(700名という記録も有る)。