「月球儀」&「芭蕉座」  俳句を書くメゾソプラノ山本 掌のブログ -336ページ目

「月球儀」&「芭蕉座」  俳句を書くメゾソプラノ山本 掌のブログ

第四句集『月球儀』
「月球儀」俳句を支柱とした山本 掌の個人誌。

「芭蕉座」は芭蕉「おくのほそ道」を舞台作品とする
うた・語り・作曲・ピアノのユニット。
    



俳句を金子兜太に師事。「海程」同人・現代俳句協会会員。











  ただよえば二月の背骨軋むかな            掌





















二月銀

                書:小熊廣美










     しろがね
  二月銀わが潮騒のみなぎり             掌














◆二月


初春にあたる。

寒さは厳しいが、

日脚は次第に伸びてくる。


春の季語。





























 
「蝶は還らず」




長崎のグラバー邸に

プリマ・ドンナ<喜波貞子>の

オペラで用いた衣装・小物など数々の品々が

展示されている。


喜波貞子(きわ ていこ)とは

1902-1983 大正-昭和 時代のソプラノ歌手。

明治35年11月20日横浜生まれ。

祖母は山口きわ,祖父は来日 オランダ人薬学者のヘールツ。

17歳で単身ミラノにいき,大正11年「蝶々夫人」でデビュー 。


松永伍一『蝶は還らず プリマ・ドンナ喜波貞子を追って』

をふと手にし、知った。

松永伍一、ほんの糸のような手がかりから、

喜波貞子を追って、迫ってゆくその道程は

奇跡的と言っていいほど。


ブックデータよりひくと

ポーランド・ワルシャワの元監獄で、

著者は一体の手作りの日本人形を見つけた。

誰が誰をモデルに作ったものなのか。


謎を追ううちに1920、30年代のヨーロッパで

圧倒的な人気を集めたプリマ・ドンナの存在を突きとめる。


オランダ人医師と日本女性を祖父母に持つ

彼女の「蝶々夫人」はヨーロッパ中を魅了した。

ポーランド人の夫は抗独レジスタンスの闘士として

彼女の陰で謎めいた行動を示す


―ミラノ、リスボン、パリ、ワルシャワ、ウィーン、

横浜、ニースと6年の歳月をかけた追跡で

ミステリー・ゾーンの中から

華麗な人物像が浮び上った。


第二次大戦前のヨーロッパに一瞬の光芒を放った、

日蘭混血のオペラ歌手。

ヨーロッパ各地を巡って掘り起した会心の

スクープ・ノンフィクション」とある。


蝶々夫人の喜波貞子



喜波貞子、横浜でゆたかに育ち、

母親は宮内庁御用達のオートクチュールを経営し、

数々のコンサートやオペラを見て、

「私はオペラ歌手になる」といったのは3歳のこと。

横浜で声楽をテノール歌手アドルフォ・サルコリに習う。

(余談になりますが、

萩原朔太郎がマンドリンを習ったのはこの人。

このサルコリ、マンドリン工場に働いていて、

その美声を認められてオペラ歌手に)


ミラノに単身留学し、その2年後には

スペインで「蝶々夫人」でデヴュー。

その活動期間は第二次世界大戦あたりまで。

その後はニースに居をかまえ、後進の指導。


その間のドラマティックな生涯、

その足跡を松永が丁重に、熱く、

辿ってゆく道のりは

この『蝶は還らず』をお読みいただきたい。




◆長崎「喜波貞子展」中ほどから画像
   
 http://hiroonechan.fc2web.com/nagasaki/nagasaki10.htm



◆ youtube 喜波貞子「ラ・パロマ」
  https://www.youtube.com/watch?v=ZosFnRa-LsQ




























                 ドッペル・ゲンガー
  白梅やあれはわたしの離魂               掌
































  白梅の失せし夜の香水辺にて           掌



























  梅咲けり暗き蜜の巣まなかいに            掌






























  梅咲けり暗き蜜の巣まなかいに            掌




























  
 月蝕王国紅梅の枝のびやすき             掌













◆梅・紅梅・白梅・野梅(やばい)・枝垂梅(しだれうめ)

 梅が香・老梅(ろうばい)・梅林・盆梅(ぼんばい)

 梅見・観梅


バラ科。中国産。


春の季語。






















朱夏の柩



 山本掌句集『朱夏の柩』
                    
                        山中葛子


   <俳句を歌う>



 戀棄ててシュールレアリスト櫻餅
 

この自画像のごときかんばせの桜餅の耽美的な世界を描く、

山本掌さんの第二句集『朱夏の柩』は、

幻想的な独自な映像を創りあげていて、

個性という少数派ならではの

俳句の新しい領域を見せているようだ。
 

そしてこれは、「俳句を歌う」ということの

視覚から聴覚に展開させたアバンギャルドでもあろうか。


現代詩「はやにえ」同人であり、

オペラ歌手でもある掌さんは、

すでに第一句集『銀(しろがね)の』(一九九二年刊)がある。


そしてこの句集からギタリスト巻幡初實による、

歌曲「酔ふてそろ」などの曲を得て、

目下「俳句を歌う」花唱風弦(しょうふうげん)コンサートを

各地で催すなど、その意欲をみせている。


巻幡氏は、

 「掌さんの俳句は一句一句が

ファンタジー(幻想的短編)の世界である。

それが音によってながれ、妖しく怖く美しい

不思議な映像の世界へいざなってくれる。

イメージが乏しくてはついていけないせかいである。」と、

その出会いを記している。


さて『朱夏の柩』はそれから三年の月日を経て

同じ十一月十八日に発刊されている。

おそらく記念すべき日であるにちがいない。


  ひとやわれ黙濃くたぎつ夏館

  病む馬の冷えしこめかみ星祭

  さざなみそしてさざん花座礁せり

  紅梅の芯の銀泥の荒るるや

  鎖骨美し月光のはりさけん


この密密とした心象。

開けても超現実の扉が現われているような

奇妙な現実感。

唇から季語を吸い、

唇から心の形を響かせる音の世界が、

触発的に蠢いているような、ドラマティックな句境だ。


多分作句に向うときの掌さんの言語感覚は、

無意識的に先天的に音の世界を纏いながら、

限り無く刺激的にメゾ・ソプラノとして謳いあげる

ドラマ性に近付いているのかもしれない。

現実を洞察した仮想のリアリティがある。

  
  皐月朔日地獄太夫とおるわいな

  孤悲しらぬヨハネの馘や杜若


俳句の類型、類似性をはるかに超えている業をみせる句だ。


  渾身のツェツェ蠅の遠近法

  夏椿きゃらきゃら笑う笑い猫

  おんきりきり凩の晝を眠れり



そして発見的とさえ思われるオノマトペも、

ごく自然に生まれたての輝きをもっている。

これはオペラ歌手ならではの語感の豊かさであろうか。
 

しかし二読三読してゆくとき、

いつの間にか傍観者の場に立たされていることに気付く。

つまり作品の真ん中に吸い寄せられてゆく一体感ばかりでなく、

作品の嵐を眺めるという自由な読者感覚がはたらいてくるのだ。

これは〝読者イコール作者〟という俳句性のその皮肉であろう。


 『朱夏の柩』は、「俳句を歌う」側と、「俳界」。

もしくは、現実と超現実を結ぶ沸騰を

立ちあがらせる世界のようである。

                 
                現代俳句 1996年


現代俳句

             (現代俳句協会で毎月発行している俳誌)