萩原朔美さん、
映像作家、エッセイスト、写真、演出、役者と多彩な顔を持つ。
萩原朔太郎記念 前橋文学館の館長となって一年。
いま文学館で「萩原朔美の仕事展」が開催中。
今日の上毛新聞に大きく掲載。
この画像で読めるでしょうか?
7月2日(日)まで。
移築の終えた朔太郎記念館(上毛新聞より)
対談の後は朔太郎さんにご挨拶をして、
朔太郎さん(撮影:小松健一)
ちょっと濁った広瀬川を見ながら、
萩原朔太郎生家の
離れ座敷、書斎、土蔵を訪ねる。
移築で化粧直しされた白壁がうつくしい。
◆その移築のブログはこちら
http://ameblo.jp/bashouza/entry-12263826219.html
広瀬川(撮影:小松健一)
◆毎日新聞
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飯沢耕太郎×萩原朔美「時間を生け捕る」
この対談は「萩原朔美の仕事展 vol1」のイヴェント。
「定点観測写真」、
同じ場所を、同じアングルで観測するように撮影すること。
その定点観測写真を撮り続ける萩原朔美。
写真評論家できのこ文学研究家の飯沢耕太郎が
聞き役で「時間を生け捕るー定点観測写真」、
その<こだわり>、その<楽しさ>に迫るトーク。
飯沢は「見かけはひじょうに単純な構造なのだが、
その数枚の写真のなかに微妙な差異を
発見することを強制される。それらの写真のあいだで、
視線は宙吊りになり、発見された差異は、
また別の差異を生み出す」と書く。(『写真の力』より)
この「差異」と「反復」についての話。
萩原朔美は「朽ち」てくるのが好き、という。
リンゴの朽ちてくる様、
花はしおれ、人は歳をとる。
それは<死>の側からみる視点。
朔太郎の写真は「のすたるぢあー郷愁」で、
幻の舞台装置であって、
意図的に人物はとらない。
ドキュメントとしての写真ではない、と。
写真は「死」すべてのポートレートは「遺影」と。
などなど、興味深い話が次から次へと語られ、
会場は熱い。
「萩原朔美の仕事展」は7月2日(日)まで。
若葉いま噴きあげる想いも錆びて 掌
たぎりたつ馬に鞍おけ谷若葉 掌
背ナを這う嘘むらさきの五月尽 掌
ミュシャ「スラヴ叙事詩」初来日!
この超大作を日本で観ることができる!
数年まえこの連作を知ったものの、
チェコへ行けるか、観ることはできるのか・・・と。
私が行った日、
行列もなくチケットが購入でき、会場へ。
「スラブ叙事詩」、
圧巻、圧倒的な迫力。
およそ6メートル×8メートル、巨大画面から
ミュシャの祖国への篤い想いがほとばしる。
画からの眼差しに射抜かれる。
全20枚から成る「スラヴ叙事詩」は壁画ではなく
テンペラ技法でカンヴァスに描かれているとか。
近景の細部は近寄って、
中景、遠景は距離をとって、と移動しながら、
ひたすら観る。
「ミュシャ展」展覧会の構成はこのように。
1:ミュシャとアール・ヌーヴォー
2:世紀末の祝祭
3:独立のための闘い
4:習作と出版物
http://www.nact.jp/exhibition_special/2016/alfons-mucha/
「アルフォンス・ミュシャ(1860-1939)は
自由と独立を求める闘いを続ける中で、
チェコおよびスラヴ民族の歴史から主題を得た
壮大な絵画の連作を創作することを決意します。
1910年に50歳でチェコに戻ったミュシャは、
翌年、プラハ近郊のズビロフ城にアトリエを構え、
《スラヴ叙事詩》の制作に取り掛かり、
1928年、チェコスロヴァキア独立10周年を祝して、
完成した連作全作品をプラハの見本市宮殿で公開しました」。
『ミュシャ作品集―パリから祖国モラヴィアへ』から引用
6月4日(月)まで。