句集『朱夏の柩』、
俳人・安部完市による評。
金子兜太主宰「海程」に掲載された。
安部完市
鎖骨美し月光のはりさけん
鎖骨――肋骨でも四肢骨でも、まして背骨もないーーを思う。
月光がとどいて、ふと「はりさけるよ」と思う。
思いが散乱して、イメージがばらばらに光って、
乱れて、豊かで、虹彩陸離である。
そして、そのイメージは散って、
きらきらしてまとまってしまわず、
一点に集中しない。
光が散って、
光が一塊一点に集中するその直前のかがやきを見せて、一句。
この作者の好む色はーー黒と銀とのこと、なにか合点できる。
そしてこの作者に、
しなしなとゆびほぐれずやいぬふぐり
眼をのこし衣脱ぐ蛇のかまえ
天幕のおとこの寝息夏はじめ
煮えたぎる水するどくて霧籠
などの、ひどく自然で、直感すぐさまの
一句一句も示し得ている。
いぬふぐり、の一語をよく解きほぐす一感覚。
蛇のかまえ、強さよわさ。
おとこの寝息へのやさしさ。
水への新しい一直線。
佳いと思う。
◆阿部 完市(あべ かんいち、1928年1月25日 - 2009年2月19日)
俳人、精神科医。東京生まれ。
金沢医科大学付属医学専門部(現金沢大学医学部)卒。
1950年より勤務先の病院の俳句グループで作句をはじめる。
1951年、日野草城の「青玄」入会、
1952年西村白雲郷の「未完」入会、
1953年高柳重信の「俳句評論」入会。
1962年、金子兜太の「海程」4号より入会、同人。
1965年第2回海程賞、
1970年第17回現代俳句協会賞。
1974年より「海程」編集長。
現代俳句協会、国際俳句交流協会、日本ペンクラブ会員。
現代俳句協会では1997年から2008年まで副会長を務めた。
句集『無帽』『絵本の空』『純白諸事』『軽のやまめ』
評論『俳句幻形』『俳句心景』など。
少年来る無心に充分に刺すために
ローソクもつてみんなはなれてゆきむほん
栃木にいろいろ雨のたましいもいたり
精神はぽつぺんは言うぞぽつぺん
きつねいてきつねこわれていたりけり
有季定型や客観写生に縛られない独特の韻律で、
内容的に意味の取れないような句もしばしばある。
意味性以前の言葉の無意識性にまで遡ろうとする
前衛的な句風である。
医師であった完市は30代のころ、
LSDを服用してその様子を自己観察し、
その上で俳句を作るという実験も行った。
このときの体験は完市にとって
「無意識」を実感させた一大事件であったという。
このときの句は未刊句集『証』として全句集に収録されている。
(ウキペディア)