神棚のお供え
~疎外感や孤独を感じている人たちへ~
パソコン教室を営んでいる
和田基博と申します
月末も近く、お供えする神棚や村社の榊、神饌、塩などの用意をしておこうと
庭のマサカキとヒサカキを自宅の神棚の分だけ切り取って水に漬けました。
神棚や神社にお供えする日にちというのがあって、29日は縁起が良くないとされ、
31日または月末はその日限りのお供えという意味があるそうで、
28日が8(八)という末広がりの数秘で最適だそうですが、何かと忙しいときには、
やれるときにして構わないと私は思っているのです。
三宝荒神さまに供える庭の黒松、そして玄関入り口の2つの鉢の苗はまだ、
そんなに育っていなくて、村社近くのため池横の大樹があるところに
自生している黒松があって、取りに行こうと思考に浮かんだのでした。
本来は自生していても、誰かの所有地であり、枝といえども勝手に取っては
いけないのですが、ため池の管轄が役場ということで、草刈りに来ていた人に
尋ねたことがありました。
昨年までウォーキングをしていた時期には、10日に一度ほど、ここに立ち寄って、
大樹に祝詞を奏上し法螺貝を吹いていたのでした。
村社にお参りに行って掃除をして帰ってきましたが、夕方、今日は27日で
用意して明日換えておこうと法螺貝を持って、車に乗り込み大樹があるため池に
行ってみました。
久々というか今年になって初めて来て、住所、氏名、年齢、母が亡くなったこともあって
無沙汰の非礼、お参りさせていただくことへの感謝を述べました。
この大樹も、ため池のほとりに、ただ聳え立ち、誰が神木と決めたわけでも
お祀りしているわけでもないのですが、3年前、この場所が気になり来てみて、
この大樹に呼ばれたことを感じ、それから祝詞を奏上するようになったのでした。
二拝二拍手一拝、略拝詞を奏上し、法螺貝を吹き鳴らしました。
大樹の横に自生している黒松の枝が伸びてまだ青い松ぼっくりができ始めていました。
枝を一つ頂戴しますと述べて1本折りました。
2年前まで少し手前にも黒松があったのですが、道に近く生えていて
草刈りの際に除草剤をかけられたのか枯れてなくなってしまいました。
翌日朝目覚めて、十言の神咒を奏上した後、布団をたたんで洗顔し口を漱いで清め、
神棚のお神酒、茶器の水、龍神様の水、榊、盛塩と交換して、ゆっくりと心を静め、
バチを持って二拝、二拍手、一拝のあとバチを持って構え、
ドン・ドン・ドン・ドンと太鼓を打ち鳴らしました。
天津祝詞で禊払い、大祓詞、トホカミ、ひふみ祝詞。アワウタと祝詞が終わるたびに
次の祝詞が思い浮かび、調子よく奏上していきました。
龍神祝詞、大元造化三神報恩祝詞と奏上したとき、警蹕をし、高い音で
天界を意識し光のコードでつながった地球を上から見ている感覚、
そして低い音を出すときガイアのコア、ハートチャクラを意識して
オオオオオォォォォォォとイメージしてビジュアル化し奏上しました。
高い耳鳴りの中冴えわたる意識で、産土神の祓、神棚拝詞と奏上して
太鼓を打ち鳴らしました。
太鼓があると神棚前でもメリハリが効いて締まるのを感じます。
三宝荒神の神棚もヒサカキと松の枝を輪ゴムで止めて榊を入れ替え
お神酒、神饌のコメ、盛塩を入れ替え、般若心経、そしてケンバヤケンバヤと
マントラを唱えてお参りし、竈の神に感謝です。
最後に父と母の遺影に、般若心経を唱えてこの世に生み出してくれた
父と母の子供であることに感謝したのです。
神棚や父と母には朝晩お参りするように一応決めてはいますが、
昨晩は遅い夕食後、睡魔に襲われTVを付けたところでソファーに寝転ぶと、
そのまま気絶するように眠ってしまい、目が覚めると深夜3時過ぎになっていて
夜のお参りはできなかったのですが、それはそれで良いのです。
大切なのは過去ではなく今という、中今です。
続きは次回以降アップしていきたいと
思いますので
少しでも、何か参考になったとか
興味があるとか気が落ち着いたと
思って下さると幸いです。
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