伊野天照皇大神宮参拝 | 希望と光のブログ

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伊野天照皇大神宮

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~疎外感や孤独を感じている人たちへ~

パソコン教室を営んでいる

和田基博と申します

 

 

 

 

 

 

この記事は、母が亡くなる前に書いておいたもので、いろいろなことがあって

 

つい先週のことなのに、随分前の事のような気がします。

 

 

 

 

 

 

SNSで知り合いになった方が、

 

万幡豊秋津師比売命(よろづはたとよあきづしひめのみこと)の神様の事を

 

知っているかというのが上がっているのを見て、栲幡千千姫(たくはたちぢひめ)

 

一書では万幡豊秋津媛命(よろづはたとよあきづひめのみこと)、また日本書紀では

 

万幡姫(よろずはたひめ)、栲幡千千姫万幡姫命(たくはたちぢひめよろづはたひめのみこと)

 

と呼び名がたくさんあって萬幡という神名をどこかで見かけたなというのがありましたが、

 

お参りした神社での祭神を見たことがなかったので、どこに祀られているか尋ねてみました。

 

 

 

それも神宮、伊勢神宮の内宮の相殿に祀られているとのことで驚きましたが、

 

此処の神社はある程度地理的にも複合商業施設の近くに在って

 

時折その近くを通ったことも有り知ってはいたものの、縁が無く

 

まだ参拝したこともなかったのです。

 

 

 

 

 

天照大神が祀られている神社で全国に祀られていてウィキなどにいくつか載っている

 

と別の方からアドバイスがありました。

 

 

 

 

早速見てみると隣町の久山町に伊野天照皇大神宮に祀ってあるのが分かりました。

 

 

伊野天照皇大神宮の祭神はもちろん天照大神ですが、手力雄神、そして万幡豊秋津師比売命は

 

萬幡千々姫命という神名で祀られていました。

 

 

 

ご縁があるといいなと思っていたところ、村社で、久山町の大規模商業施設へ行こうと

 

裏道を通った時、道を間違えて神社のそばを通ったことがあって、

 

そのときのことが思い出され、祝詞の最中に出てきたのです。

 

 

 

 

行って来いというように産土神が言っているような気がしたので

 

翌日の午前中車に乗り込み出かけました。

 

 

 

 

 

八木山峠を通り篠栗町から久山町へ入って、有名な醤油醸造元がある

 

手前の信号まで来たとき角にコンビニがあるのですが、此処を通るとき

 

魂の片割れの事が強く思考に出てきていたのです。

 

 

 

 

 

彼女と出会ったのが自宅からほど近いコンビニで働いていたからなのですが、

 

そこにいるはずもないのに切ない気持ちで胸が締め付けられるのを、

 

当時大規模商業施設内にある大型アクアリウム店に通っていたときに

 

感じていたのです。

 

 

 

 

 

彼女の思考を受け取っているのは間違いないようで、気が付くと信号は青になっていて

 

我に返り、ほどなくして伊野天照皇大神宮の駐車場へとやってきました。

 

 

 

自宅を出て30分そこそこでしょうか、呼ばれたらいつでも来れるなと思い、

 

車を降りるともうそこで神社の境内にいるような神氣を感じました。

 

 

 

 

参拝に来られた方たちが参道の方へ行かれるのを見て、普段から参拝者も多い

 

神社のようです。

 

 

 

駐車場から道を渡って参道へと入っていきました。

 

 

 

神門は一段高い石段の上にあり、入り口の右手にはご神木、その手前に

 

賽銭箱が置いてありました。

 

 

 

とするとこの神木で祓ってから入ると良いののかなと、あとで鳥居前に来た時思いましたが、

 

賽銭を入れて石段を登り鳥居之祓を奏上して境内へと入っていきました。

 

 

 

 

 

拝殿には数組の参拝者がいたので右手の方へ回り、先に禊祓おうと行ってみると

 

左から七所神社、御靈神社、貴船神社、恵比寿神社と四つの境内神社がありました。

 

 

 

七所神社で天津祝詞、神社拝詞を奏上して順に祝詞を奏上しお参りしていきました。

 

 

 

 

 

 

拝殿へ戻ると誰も参拝しておらず、上がってくる参拝者もいなかったので、

 

氏素性を名乗り、初に参拝に来たこと、そして感謝の言葉を述べてから、

 

大祓詞、神社拝詞を奏上しました。

 

 

 

 

 

高い耳鳴りの中、祝詞を奏上する私の声が自分の声ではないような響く感覚と

 

時折後ろから吹いてくる強い風に紙垂のカサカサカサと

 

こすれる音が聞こえていました。

 

 

 

 

祝詞ごとの拍手も谺が聞こえるほど鳴って気持ちも清々しく、どこで参っても願い事は、

 

私の神への願いは一つだけで「世のため人のため、尽くさしめ給え」という意識だけです。

 

 

此の世で生きている限り美味しいものが食べたいとかお金が欲しいとか、

 

悩み事から抜けたい、困りごとから解放されたい、などなど誰にでもあると思いますが、

 

来られた方の願いは言わなくても神は知っていて、神への尊崇の念と

 

繁栄、発展、弥栄だけを祈り、すべてに通じるものは感謝でしかないと、

 

導かれて思うようになった時から、お御籤も引かず、

 

個人的な願い事はしなくなりました。

 

 

 

 

ただ神社や仏閣へ足を運び、お参りすることで癒しや安心、安全な気持ちになれ、

 

神の領域に近づける一つの方法で、なるべくエゴは遠ざけるということだけなのです。

 

 

 

 

10分間くらい祝詞を奏上したでしょうか、お参りを終え上へと続く石段を登って

 

その上にある社へと行ってみました。

 

 

 

どうやら本殿のようで今お参りしたからと一礼して、さらに上へと上がってみました。

 

 

開けた所には古神殿跡と書いてあり、石で囲まれたその場所はどこかで見た、

 

感じた景色に似ているなと思って手前に立った時、宗像大社辺津宮の

 

高宮斎場の光景が浮かんできました。

 

 

 

感じる氣は違うもののこの場所が特別なことを感じ取り、賽銭箱に賽銭を入れ

 

祝詞を奏上しました。

 

 

それから神木でも略拝詞を奏上し拝殿前まで下りてきましたが、

 

境内へ降りる寸前の石で足が滑り転びそうになりましたが

 

手すりをつかんで難を逃れました。

 

 

 

拝殿横で写真を撮っていると後から降りてきた白装束を着た男性も同じように

 

転びそうになっていましたが、私と同じように手すりを掴んで転びませんでした。

 

 

何ということのない石が積んである石段ですが一見見ただけでは他の石と同じです。

 

 

私とその男性だけで上から降りてきた人たちは何ごともなく、何かあるのだろう

 

と思いましたが、それ以上は考えるなという声が思考に浮かんできました。

 

 

 

拝殿で「改めてお礼参りにまいります」と述べて下の入り口まで下りてきたとき、

 

隣にM女史がいるような気がしたのです。

 

 

 

「今度は一緒にこの神社に来たいね、来れるといいね」と

 

いるはずのない彼女につぶやき、独り言を言って参拝を終えました。

 

 

 

 

 

 

 

続きは次回以降アップしていきたいと

思いますので

少しでも、何か参考になったとか

興味があるとか気が落ち着いたと

思って下さると幸いです。

 

 

 

 

 

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