屏風山 鎮国寺へ | 希望と光のブログ

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~疎外感や孤独を感じている人たちへ~

パソコン教室を営んでいる

和田基博と申します

 

 

 

 

 

 

宗像神社を出てすぐ先の信号から鎮國寺へと車を走らせやってきました。

 

 

 

先日子ガエル寺の瑠璃山、正法寺にお参りした際に思考に出て来たため、

 

宗像神社のすぐ近くにあり、何かのご縁を感じていたのです。

 

 

車に積んでいるリュックから念珠を取り出し仁王像の前で一礼し

 

境内へと入っていきました。

 

 

 

本尊は大日如来、釈迦如来、薬師如来の本地三尊です。

 

 

護摩堂には多くの方が上がっておられたので、邪魔になってはいけないと

 

手前の賽銭箱前でお参りし般若心経を上げたのですが、

 

終りくらいにお寺の方がゴーンと鈴(りん)を鳴らしてくださいました。

 

 

 

 

それから右手の本堂で略式の三礼から般若心経、光明真言を上げ、

 

昨年末の前回と同じように、ボケ封じ観音、文殊菩薩堂でお参りしました。

 

 

観音様の像の前では虚空蔵菩薩堂の慈母観音、文殊菩薩堂では小正の文殊菩薩堂で

 

お参りしている時の光景が流れてきたのです。

 

 

 

神事、仏事は何かの体現を再現するという意識が、ぼんやりと出てきたりしますが、

 

何かの意味があるのだろうという事だけで理屈や頭で考えなくても、

 

あるがままにそうだと思うだけで良いと、人には人の、神には神の領域があり

 

人智の及ばない世界であるとハイヤーセルフは答えたことがありました。

 

 

 

 

マントラや祝詞にしても、そうあるべきと書かれた言葉で

 

マントラを繰り返し唱えていて、それは記号であり名前や何かの形容詞と同じで

 

その意味を真に理解するのは難しいだろうなと感じるのです。

 

 

 

 

 

願いは、エゴとなれば、一歩間違えれば呪いとなり呪詛しているという事に

 

気づかないことだって有り得るわけです。

 

 

 

すると波動は落ち、気づかないうちに悪魔の手先となるという

 

諸刃の剣ということになります。

 

 

 

 

これは一般論や何かを納得させるときに用いる、誰かが言ったから、

 

知りもしない誰かを信じられない、それは先人や偉人であっても

 

信用するに値しないと決めつけている論理から来るものでは無く、

 

そうあるべき、感じたものが心に触れる魂に触れるといったものが

 

信ずるに値すると思った方が素直な気持ちになれるといった事だと

 

私は理解したのです。

 

 

 

文字通り、自信は思考や行動を起こす上でその力を発揮するものであり、

 

自分自身を信じるところからきています。

 

 

 

犯罪や、人や何かに迷惑を掛けなければ自信を持ってやれば良いと

 

宇宙は高次の存在を通じて言うのです。

 

 

 

時には恥ずかしい、人には言えないといったこと、例えば、顔出し、

 

またはいかに人が多かろうが法螺貝を吹け、

 

など、やるように言ってくることもあります。

 

 

 

 

内心困惑することもありますが、ライトワーカー、スターシードたちにも

 

似たような経験があるのではないかと思います。

 

 

 

宇宙が言っているからなどと、突拍子もないと思えることを

 

信じられない人たちに対して、恥ずかしいとか、個人情報になって

 

これはまずいんじゃないかとか、人の目を気にしての自分軸ではないときに

 

そういった導きがあり、それに気づかせるためではないかと思うのです。

 

 

 

売店も新しくなりお店に入って鎮国饅頭、護摩を施した不動酒をお土産に買って

 

甘酒を頼みました。

 

 

 

 

出された甘酒を飲みながら売店のお婆ちゃんに、

 

年末はこの売店が工事中で、護摩堂で名物の鎮国饅頭を買った事、

 

それから子ガエル寺の正法寺から導かれて此処へお参りするようになったことを話すと、

 

飯塚市にある子ガエル寺とのご縁はないが小郡市にある親寺の如意輪寺とはご縁があって、

 

前住職が亡くなられたことに悲しいと、法話を聞いた時の事など

 

思い出話をされました。

 

 

現在は子供さんが男の子ばかりで後を継がれているそうで、

 

時折参拝している子ガエル寺でも住職の子供さんは中学生と小学生くらいの

 

男の子二人がのぼりを上げるのを手伝っているのを見かけますと話しました。

 

 

 

そうこう話していると団体さんが入って来られ、お婆ちゃんも一人で

 

忙しくなるといけないからと、お盆をカウンターへ戻し、

 

またお礼参りに来ますと挨拶して鎮国寺を出ました。

 

 

 

 

 

 

 

続きは次回以降アップしていきたいと

思いますので

少しでも、何か参考になったとか

興味があるとか気が落ち着いたと

思って下さると幸いです。

 

 

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