不審者扱い? | 希望と光のブログ

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~疎外感や孤独を感じている人たちへ~

パソコン教室を営んでいる

和田基博と申します。

 

 

 

 

 

午後の空き時間にウォーキングに出かけ、若菜の天満宮を参拝したあと、

 

秋松の龍王神社へゴミを拾いながらテクテクと歩いて行きました。

 

 

 

毎日どこかの神社を参拝していても、この神社へ来ると、竜王山の山の神である

 

龍王神の神の働きを強く感じて楽しくなり、いつも龍神祝詞を奏上するのです。

 

 

 

神社拝詞に続けて龍神祝詞を奏上していると、強い風が吹いてきて

 

鳥たちが共鳴して騒ぎ出しました。

 

 

 

この神社の祭神は水祖神(みおやがみ)で、高龗神(たかおかみのかみ)、

 

闇龗神(くらおかみのかみ)が龍王神さまです。

 

 

 

 

水神、龍神の神で、竜王山の登山道にある同じ名前の神社があり、

 

西方に聳え立つ竜王山の山の神と天空の天之御中主に向けて

 

法螺貝を吹き鳴らすのです。

 

 

 

参拝を終えて参道下の民家まで下りてくると、家から男性と女性の方が出て来られ、

 

少しお話をしましたが、どうやら私を不審者と思ったらしく、

 

近所の男性の方を呼んだらしいのです。

 

 

 

 

おそらく法螺貝の音があたりに響き渡ったからだと思うのですが、

 

私が隣の地区からウォーキングで歩いてきて、あちこちの神社に参拝し、

 

こちらの神社にも週に1度の割合でお参りしていることを伝えると、

 

その女性が「変な人が来る」という言葉を放ったのです。

 

 

 

私に直接向けた訳ではなかったので、昨年30台の男性と50代くらいの女性と

 

上の神社で会った事がありますが、どんな方かはわかりませんが

 

お参りに来ているので、変かどうかは、わからないと話しました。

 

 

 

再び、「変な人が来るからね」、とその女性が言ったので、

 

私に向けて行っているのだなと察し、笑顔で、

 

神は誰でもどんな人でも受け入れます、と私が言うと、

 

何故かはわかりませんが、少し安心した顔をされました。

 

 

 

そして民家の敷地を通らないと神社へは行けないので、

 

通らせてもらっていることに有難うございますと感謝をしました。

 

 

 

 

その男性の方が自宅へ戻られるのか、下の道へ行かれました。

 

 

 

 

その女性に会釈をして私もそのまま帰ろうと道を降りていくと、

 

すぐにその男性に追いつき、笑顔で、竜王山登山道にある

 

同じ名前の神社に参拝して、その後こちらの神社を知ったこと、

 

今日はすぐ近くの若菜天満宮にお参りしてから来たことなど話しました。

 

 

 

もっと具体的にこの神社の神主が椿八幡宮の神主で、

 

私の地元の氏子でもある村社の代理神主でもあることなど

 

話そうかとも思いましたが、その男性の笑顔と眼(まなこ)に

 

私が不審者であるというような考えではないことに気づき、

 

また参拝させてもらいますと挨拶して自宅へと歩いていきました。

 

 

 

天や宇宙からの閃きで法螺貝を吹いているとはいえ、

 

知らない人たちから見れば、法螺貝を吹く意味も知らないだろうし、

 

神社で法螺貝を吹き鳴らすのは確かに不審者と思われても

 

仕方がないなと思って笑ったのです。

 

 

 

 

それでも、この1年間ずっと参拝するたびに法螺貝を吹き鳴らしていたのに、

 

今になってと思いましたが、これも神が守ってくれていたことを

 

示すものだと思ったのです。

 

 

 

これは、そういった人たちから見れば、神社にお参りに時々来る不審者?が、

 

宇宙や神に仕えていることの使命を知らすべき時で、今まで守られ

 

隠されていたものを明らかにし、光を当てることの

 

一つの良い機会でもあると感じたのです。

 

 

 

 

 

まあ、法螺貝も魔を祓うことができる法具の一つで、あちこちの神社や

 

仏閣で出会う神社の神職やその氏子関係者に法螺貝を立てることを

 

話してみても反対されるどころか、どうぞと勧められたりしているので、

 

神の使いとしてやっていることには間違いはないと感じているのです。

 

 

 

 

吹けと閃きや直感で感じたなら吹けばいいし、控えた方が良いと感じたなら

 

何もしなければよいのです。

 

 

 

 

時に法螺貝を吹いていて、自分が吹き鳴らしているのではないような

 

感覚を覚えることがありますが、法螺作法の意味として、

 

不動明王に成り代わり、というのはそういうことかなとも思うのです。

 

 

 

 

 

 

まあ、法螺貝という特別な道具を持たされて、

 

宇宙のラッパを吹き鳴らしていると思えば楽しいし、

 

その役をもらっているのは有り難いことなのです。

 

 

 

 

 

 

私の魂の引き出しの一つにそれが入っていて、

 

要望があれば、いつでも喜んでさせてもらうのです。

 

 

 

 

 

 

 

続きは次回以降アップしていきたいと

思いますので

少しでも、何か参考になったとか

興味があるとか気が落ち着いたと

思って下さると幸いです。

 

 

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