母乳育児中のママたちを応援します!! -10ページ目

韓国の母乳育児事情⑦

今日は韓国の母乳育児事情⑦と題しまして、

“産後太り”について書いてみたいと思います。


産後太りに悩んだり、産後ダイエットを考えるのは

日本人に限ったことではなく、韓国でも同じようです。

「子供を産む前は痩せてたのよ!」

とぼやく韓国人ママが何人もいました。


産後太り(肥満)は、一般的な肥満とは違い特定の時期に、

つまり出産直後から1年以内の短い時期に集中的に発生するようです。

この時期に適切な対処をしていないと、

後々脂肪1キロを落とすのに、出産前よりも大変な努力が必要になり、

一生太った体で憂鬱に過ごすことになってしまうこともむっ


産後太りは、その肥の70%が出産後8週以生し、

20%が離乳期に生します。

特に母親の体重は出産後4週目から100日までの期間、

あるいは卒乳後1ヶ月の間に集中的な管理が必要なのです。


赤ちゃんの生存、成長、健康はお乳を吸い始めた日から始まり、

赤ちゃんが乳首を吸う刺激によりお乳の生産量はえますアップ

ここに産後太り・産後ダイエットの鍵があると思います目


ほとんどのプレママは妊娠中体重が加しますアップ

妊娠中にえた体重はお乳を通して赤ちゃんに達され、

赤ちゃんがお乳を吸い始めた瞬間からママのダイエットが始まるのです音譜


つまり、赤ちゃんがお乳をしっかりんでくれたら、

赤ちゃんはますます健康になりニコニコ

ママは自然に体重が減少していくグッド!グッド!グッド!


授乳中のダイエットは、正しい授乳と食事取法、

時期にあった適切な運動法、そして母乳量をやす工夫。

ではしばしば母乳生産を促す

漢方を利用して、自然に体重が減るようにする方法があるようです宝石紫

どんなものが入っているかになりますねメモ

母乳授乳の方法を少し工夫すれば赤ちゃんは免疫力UPアップ

母親は月自然にDOWNダウン(減量)することが出るのですチョキ

母乳の生産能力を高めることにより、

ママも赤ちゃんも健康になるのです。

ちょっと工夫すればまずあせらずママも赤ちゃんもにんまりにこっ


ママはますます母乳授乳にまざるを得ませんね音譜

でもいつもいつもダイエットばかりをにするのではなく、

コーヒー食べたいものラーメンを食べることも絶必要ですよにひひ

授乳育児中の自由時間

母乳授乳に励むママあじさい、育児に励むママブーケ2

自由時間を楽しめていますか!?

私は妊娠4ヶ月くらいから流産の気があり、

処方された薬を飲みながら安静にしていたにもかかわらず、

妊娠5ヶ月から出産するまで入院しないといけませんでしたダウン

切迫流産・早産と診断されたのですが、

症状が重かったため24時間体制の点滴に、

病室のすぐ近くにあるトイレにも行けないという状態で叫び

ベットの横に簡易トイレトイレトイレが据え付けてあって、

酷いときはそのトイレにも起きてはいけませんでした。

はっきりいうと、ベットに貼り付け状態でしたしょぼん

子供は正期産である37週はなんとかクリアーしましたが、

その次の日に生まれたためか、“低体重”で、

しばらくの間保育器の中に居ました。

他の多くのママたちと違って、わが子を抱くことが出来ず、

遠くから見つめる日が数日続きました。

子供の状態が落ち着いてきてから保育器の横の穴から

消毒をした手で触ることが出来ました。

1度は保育器を出ることが出来たのですが、

黄疸が出たため再び保育器に入れられ

出産から合わせて10日ほどは保育器に居たと思います。

私にとってはその時が体を休められる最初で最後の時期

だったように思います。

入院で弱り果てた体で、出産を迎えたため体力は限界を超え、

その体力を回復するには、10日という時間は短すぎましたが・・・

生後3ヶ月までは息つく間もなかったように思います。

特に最初の1ヶ月は本当に大変でした。

小さくて弱いため、一度に飲める母乳の量は少なく

おっぱいを直接吸う力もない為、哺乳瓶で授乳する毎日。

授乳はだいたい1時間間隔で、

搾乳し、哺乳瓶を準備、それから飲ませる前に母乳を人肌に温めて・・・

実際眠れる時間はほとんどありませんでした。

あまりにも眠たくて、

授乳中子供を抱っこしている状態で“うとっ”としてしまい

子供の上に覆いかぶさりそうになったことも何度かありました。

私の場合、上手に自由時間を作れてなかったと思います。

近くに気軽に子供を頼めるような母親など居なかったため、

子供が寝ている間に家事・食事。

自由時間を楽しむような精神的余裕がなかった気がします。

体力的に回復できないまま育児に突入したのも

原因のひとつにあると思います。



だから思うのですが、子育てしながらも

“自分の時間”をもつことは本当に大切だと思います。

それにより子供にもゆったりした気持ちで向かい合うことが

出来るようになるのではないでしょうか

とても育児に疲れているのに、どうしても子供を頼めるような人が近くに居ない場合、

市の託児所などの一時預かりなどを利用するのも良いと思います。

子供を連れてママ友と過ごす時間も大切だとは思いますが、

“自分だけの時間”はあったほうがいいものです。

日常的には、子供が寝てしまった後に、録画しておいたドラマを見る!!

とか、子供が寝ている早朝に起きてネットを楽しむなどなど。

時にはお気に入りのケーキやで大好きなケーキを買ってきて

贅沢なティータイムを楽しむのも良いと思います。

旦那が居る週末に、子供を旦那に預けてショッピング!!

ってのもありではないでしょうか。

旦那さんに協力してもらうのは勿論重要なポイントですが、

少し工夫すれば自分だけの自由時間を作り、

子供のことを暫し忘れてリラックスする時間を

持つことが出来ます。

そうすることにより、育児ノイローゼに陥ったり、

体調を崩したりするのを避けることが出来るだけでなく、

ストレス発散する時間があることで

育児にも意欲的に取り組めるようになること

間違いなしです。

子供の寝ている間に、はたまた

子供を母親に見てもらっている間に

何がしたいですかはてなマーク

楽しいこといっぱい考えてみてくださいねラブラブ


ミルクを選んでしまう理由は?

以前日本の授乳率について書いたことがありましたが、

私なりにこの授乳率のの低さについて考えてみました目


最近は母乳の大切さを強調する人達が増えてきたように思いますが、

以前・・・多分私たちの母親の時代は

母乳よりもミルクが赤ちゃんには良いと言っていたようです。


母乳が当たり前のものとして赤ちゃんに与えられていた時代は、

多分ミルクなんてものも今のように多様に大量に

生産されていなかったことと思います。

経済的な余裕もなかったはてなマークのでしょうか。

その時は、母乳を飲ませるのが普通で、

母乳が赤ちゃんや母親に与える影響を

あえて考えることもなかったと思います。母乳育児中のママたちを応援します!!

これは私の推測に過ぎませんがあせる

母乳の重要性を知らないまま

人々の生活が豊かになるのと同時に

粉ミルクが入ってきて

粉ミルク製造会社はその販売を促進するために

粉ミルクの良い部分だけを強調したために

徐々に“母乳より粉ミルクのほうが良い”

というイメージが定着していったのではないでしょうか。


ウィキペディアで「粉ミルク」をしらべると

次のように出てきます。


[国際]

  • 1800年代に粉ミルクができるまで、母乳の飲めない状況にある乳児が生き延びることは困難であった。しかし、その後は粉ミルクは母乳が出る母親にまで売り込まれることになっていく。
  • 1970年後半には、発展途上国で、粉ミルクのメーカーが白衣を着た販売員や、粉ミルクが母乳より優れているかのような広告によって粉ミルクを販売することで乳児の死亡率が高まっていることに批判が集まり、粉ミルクの国際的なシェアが49%あったネスレ社の製品の不買運動へと発展した。発展途上国では水や食品保存の衛生状態に問題があることが加わって、粉ミルクが乳児の死亡率を大きく高めた。
  • 1981年、WHOとユニセフによって「母乳代替品の販売促進に関する国際基準」が策定された。母乳代替品を病院で販売することや、宣伝の禁止、粉ミルクを理想化したような表示、サンプルの配布などを禁止している。
  • 1984年、ネスレが病院に粉ミルクを売り込むのをやめ、不買運動は終わる。
  • 1988年、ネスレが病院で粉ミルクを無料配布していることが分かり不買運動が再開する。
  • 2008年、中国の粉ミルクにメラミンが製造過程で混入され、1万人以上の乳児が入院した。
  • 2010年、中国で青島聖元栄養食品製の粉ミルクの原料である牛乳を産出する牛に投与した女性ホルモンが残留したとみられる事件が発生。体内に成人女性並の濃度でホルモンが存在し、乳児の乳房や性器が肥大する等の性早熟が多発した。

  • [日本]

  • 1917年に東京の和光堂薬局(現和光堂・(アサヒビール傘下))が加糖全脂粉乳の「キノミール」を製造したのが最初。

  • 1912年には、日本練乳(現森永乳業)が「森永ドライミルク」を製造開始。

  • 1912年には、極東練乳(後に明治乳業を経て、現在は「株式会社明治」)が「明治コナミルク」を製造開始。

  • 1941年に『牛乳営業取締規則』に調整粉乳の品質規格を設定。普及し始めたのは、1950年代からと言われる。

  • 1951年には、雪印乳業(現雪印メグミルク:育児用製品部門は、後にビーンスターク・スノー(大塚製薬との合弁会社)へ移管)が「雪印ビタミルク」(後の「雪印ネオミルク」)を製造開始。

  • 1955年に粉ミルクにヒ素が混入される森永ヒ素ミルク中毒事件が起きた。

  • 1959年に厚生省令に糖類を加えて母乳組成に近づけた「特殊調製粉乳」の規格を追加。

  • 1962年に日本ワイス(現アイクレオ・(江崎グリコ傘下))が日本で初めて母乳と同様乳糖100%にして、乳児にとって消化吸収の悪い牛乳脂肪を除去した「SMA」を発売。

  • 1980年代からは母乳の成分分析結果をもとにして、各種微量成分が徐々に配合されるようになり、現在のようななるべく母乳に近い成分の製品が作られるようになった。


  • 最近は出来るだけ母乳に近い成分で粉ミルクを作るようになってきてはいますが、

    病気などの理由でどうしても母乳を飲ませられない人を除いては、

    ミルクを飲ませる理由が見つかりません。

    最終的な粉ミルクの売りは、“便利さ”ということに

    なってしまうのでしょうか。

    安全性の面に関しても、母乳育児中のママたちを応援します!!

    いくら充分神経を遣っているといっても、

    上のように不必要な成分が混入したりして

    赤ちゃんは直接影響をうけてしまいますよね。

    母乳の場合にはもちろん母親が食べるものには

    充分気を遣っているでしょうから、

    よっぽどのことがない限り

    母乳を飲んで中毒になったり

    なんてことはないと思います。


    ミルク授乳をしているママたちにもそれぞれ

    事情があることと思いますが、

    少しでも母乳に対する理解を深めてもらい      

    母乳授乳に対する負担が減り、

    より多くの赤ちゃんがママの母乳を
    飲むようになってくれたら最高だと思います。