仕事帰りに、ディスクユニオンでアフリカ音楽を物色。
Le Grand Kalle(ル・グラン・カレ)の日本盤コンピ『コンゴ音楽の父』(ライス・レコード)、
フランコ&TPOKジャズ『Legend』、
ハイライフのCardinal Rex Jim Lawsonのナイジェリア盤『The Classics Vol.1』。

それと、なんとなく買ったTal National(タル・ナシオナル)というバンドの
2013年のアルバム『Kaani』

このTal Nationalというバンド、アフリカ音楽に詳しい人の間では有名(?)みたいです。

様々な民族のメンバーによる13人編成で、
ギター3人、ベース2人、ドラム3人、トーキングドラム1人、ボーカル4人がクレジットされています。
なんでそんなにいるのか。
英文ライナーによると、常に全員一度に演奏してるわけでもなく、ライブの基本は6人編成、
メンバーを2分割して同時に2箇所でライブやったりするそうです。

なぜ1つのバンドが同時に2箇所でライブをやらねばならないのか、
言ってる意味が今イチよくわからないのですが、
要は「ミュージシャン集団によるユニット」みたいな感じなんでしょうか。

演奏はめちゃくちゃ上手く、複雑なキメとかも出てきたりしつつ、
演奏には荒々しいノリがあって、すごくいいです。超モダンなバンドだと思います。

アルバム一曲目のタイトルトラック『Kaani』(enjoyable, happyという意味だそうです)
がすごくて、
ギターとトーキングドラムのイントロで一瞬、油断しますが、
すぐ入ってくるドラムとベースが、なんだか異常にテンションが高く、
明るいペンタトニックの歌がひとしきり終わると、
なんだかドラマティックなインストルメンタルの展開の後、
すべての楽器が強烈にポリリズミックに主張しまくるパートに突入、
後半そのまま大噴火状態で、終わります(笑) かっこいい。

よくわかりませんが、爆発するプログレッシブなアフリカ河内音頭
という印象
です。
http://www.youtube.com/watch?v=F8UOUI4OGGw

YouTubeに41分にわたるライブ映像が
http://www.youtube.com/watch?v=JGnaFtCxvD8


Kaani/Fat Cat
¥1,481
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さいきんラテン系音楽にはまって聞きまくっていたら、
クラーベ」というのがなんとなく、聞き取れるようになりました。
それで、フェラ・クティのアフロビートを聞いてみたら、やっぱりクラーベが基本なんだなあ、と。

アフリカ音楽に詳しい人には、常識なのかもしれないけれど、
ファンクとかラテンとか、アフリカ的な「反復」の音楽が好きになったのは結構最近なので、
おもしろく思った。

クラーベというのはラテン音楽の楽曲が持つ「リズム上の遺伝子」みたいなもので、
クラベス(拍子木みたいの)で明示的に演奏されることもあるけど、
たとえ実際に鳴らされていなくても、歌と全ての楽器はこのリズムパターンに結びつけられている。
クラーベには、3-2クラーベ、2-3クラーベなどがあって。
たとえばリッキー・マーティンの『Livin'  the Vida Loca』は2-3クラーベ。

ある楽曲を3-2、2-3のどっちで演奏すればいいのか?というのは、なんかYouTubeの動画で
キューバの人が、「それは、曲のメロディによるのじゃ!」と教えていました。

スペイン文化にはアラブ、アフリカの影響が強く、それが新大陸でまたアフリカ文化と融合、
さらにそれがアフリカへ帰還して新しい音楽を生み出す、というような、壮大なドラマが
展開していったわけです。

3と2というのは、ヨーロッパとアフリカの間で定型化されたポリリズムの表現
ということですが、
とにかこのく3と2のコンビネーション、対比って、
聞いてて非常に自然で、とても気持ちいい。

そしてナイジェリアのCardinal Rex Lawsonという人のハイライフを聞いてたら
クラーベが鳴っていて。なるほど、これがラテン音楽のアフリカへの影響というやつか、と。

Cardinal Rex Lawson。 クラベスが3-2のクラーベを鳴らしてる。
http://www.youtube.com/watch?v=W2i0A2U3Xj0
http://www.youtube.com/watch?v=TFilIFOlZe8

それで次にフェラ・クティを聞いてみたら、やっぱりクラーベが基本になってることに気づいて、
おー、と思いました。
ハイライフ時代はキューバ音楽の影響モロ出し、そのまんまクラーベが鳴ってますが、
「Onidodo」 3-2クラーベ。この動画の音はテープスピードおかしいが。
http://www.youtube.com/watch?v=1XTvh3Y7gC8

「アフロビート」確立後。
特にベースラインがラテン音楽の影響なんだなー、とわかった。
たとえば『Zombie ゾンビ』は、ギター、ベース、歌を聞くと2-3クラーベ。
『Chop&Quench』なら3-2。
名曲『Water No Get Enemy』は2-3(イントロの後がわかりやすい)。

フェラ・アニクラポ・クティの歌詞は、ナイジェリアン・ピジン Nigerian Pidginの使用に特徴があります。

フェラ・クティは若い頃に英国留学もしているし、もともと幼い頃から厳格な教師のお父さんに英語をたたき込まれていたと語っている。欧米でのインタビューを見ると、ピジンではない英語で答えています。

つまり、フェラの母語であるヨルバ人以外のナイジェリア人にもメッセージを伝えるため、意図的に庶民の共通語として機能するピジンを使っているようです。
それは汎アフリカ主義の表現であると同時に、お父さんに受けた教育に象徴される西洋中心主義への反発でもあるのでしょう。

さて、歌詞の内容はだいたい英語として理解できるけれど、それでもナイジェリアン・ピジン特有の言い回しがわかりにくいところもあるので、ちょっと勉強してみました。

レゲエとかで聴くジャマイカのパトワ語にちょっと似てると思った。
今手元にないけど、『パトワ語ハンドブック―ジャマイカ語を話そう! 』(アップリンク,1998)という本がある。


参考にしたサイト
☆naija lingo 
http://naijalingo.com/searchresults.php
☆Babawilly's Dictionary of Pidgin English Words and Phrases
http://www.ngex.com/personalities/babawilly/dictionary/default.htm
☆Language Varieties/Naija
http://www.hawaii.edu/satocenter/langnet/definitions/naija.html

最初の例は『Zombie ゾンビ』の歌詞から。
Zombie no go go , unless you tell am to go
「ゾンビは行かない、お前が彼に行くように言わなければ」
動詞に人称と数の一致がない。
動詞の活用はなく、時制の表現は、時制マーカー(dey, donなど)を動詞に前置するようです。
否定の助動詞はスペイン語みたいに"no"だけ。
go goと繰り返しているのはリズムに乗せるためだと思う。
☆am himまたはherの意味

『ゾンビ』の有名なフレーズ、
Joro, jara, joro
joro, jara, joroはピジンではなく、ナイジェリアのオンライン新聞 "The Citizen" によると、ナイジェリアのエグバ人(Egba)のチャントだそうです。エグバ人はヨルバ人の一氏族で、フェラの生まれたオグン州アベオクタに古くから住んでいた人々。フェラもエグバの人。
http://thecitizenng.com/other-news/fela-the-iconoclast-15-years-after/

『ゾンビ』の
zombie wey na one way
☆wey who,that 関係代名詞。
☆na "it is"の意味。
「Joro, jara,joro ゾンビは一方通行の奴ら」という意味だと思います。

スゴいタイトルの『You Gimme Shit I Give You Shit』から
Wetin him get?
☆wetinはwhat is
☆getはhave/has、持っている
☆him 主格heとして使われている
彼は何を持っているのか?

『Yellow Fever』から
Malaria fever nko? 「マラリア熱とは、何だ?」
☆nkoはヨルバ語。意味はwhat about~?
よくフェラは「ンコ~!」ってシャウトしてます。「なぜなんだ!」と。

Na him dey bring the matter he dey
☆dey be動詞/be in,at/to be alive/現在進行形を作る など。

It is him (who) is bring(ing) the matter he is inと置き換えられるので、
「それは彼の自業自得だ」というような感じかと思います。

『Yellow Fever』から
Yeye thing
・yeye useless  肌を脱色するのは「無駄なことだ」

Underground systemから。
I don sing song for great African men
「俺は偉大なアフリカの男たちについて歌った」
・don 過去、完了。英語のdon'tと紛らわしい。

Yeye president no fit dey
☆fit 能力がある、できる
yeyeは既出、useless。
「役立たずの大統領にはできやしない/ふさわしくない」だと思う。

You no see Nkurmah dem finish am O
☆dem them, they
☆O! 文の終わりに置かれる感嘆詞。よくコーラスに出てきます。
☆Kwame Nkurmah クワメ・エンクルマ。米CIAに支援された軍によって失脚させられたガーナ初代大統領。。
You don't see that Nkurmah they finish him Oとなるから、
「お前はわかってない、奴らがンクルマを終わらせたことを」でしょうか。

He's di only leader wen e dey
☆di the
☆e it's/he/she
☆wen when
He is the only leader when he isとなり、
「彼が(リーダーになった)とき、彼こそが唯一の(アフリカ全体を導く)リーダーとなるだろう」だと思います。


1976年『イエロー・フィーヴァー』と1972年『ナ・ポイ』の2つのアルバムのカップリング。これもまた傑作。

『イエロー・フィーヴァー』の歌詞は、「病気は自然のものだろ。で人工的な病気ってのがあるんだ。」と始まる。聴き手に何だろう?と思わせておいて、続いて「マラリアは自然な病気、インフルエンザは自然な病気...イエロー・フィーバーは人工的な病気」。
つまり、「イエロー・フィーヴァー」とは、白人の美意識に左右されてアフリカ人が肌を脱色するということへの「不自然な病気」という風刺。病院での診察を模した皮肉な掛け合いも出てきたりして、比喩による謎かけで聴き手を引き込むフェラの作詞の巧みさが表れた曲。

『さあ、アンダーグラウンド・スピリチュアル・ゲームをはじめよう...お前は漂泊される、漂泊されて死ぬ、精神的に』。

曲はJBの『ホット・パンツ』系のアフロビートで、超ファンキーなベースとドラムが気持ちよすぎる。

ヘビーな1曲目から一転して『イエロー・フィーヴァー』のLPB面、2曲目はユーモラスな異色作『ナ・ポイ』
このCDの3曲目、1972年オリジナルバージョンが発禁になったことによる1975年の再録なのだが、発禁の理由はなにか政治的というよりも、恋愛を非常に直接的に描いた曲、だから。

72年バージョンの方が長いパーカッション・ソロがフィーチャーされてたりして荒々しく、75年バージョンは洗練されてトボケた雰囲気。75年バージョンはコーラスが女声中心、72年バージョンは男声で、なんだかおもしろい。ナ・ポイ男の子バージョンとナ・ポイ女の子バージョン、という感じ。

私はオリジナルの方が好きです。

なんだか聴いてるだけで力の抜けるおバカなオルガンの単音とパーカッションのイントロから始まり、フェラ先生が楽しそうに「男と女が出会って...」というスピーチをはじめる。コーラス隊の掛け合いに「どうもありがとう」といちいち丁寧にお礼します。なんかフェラ先生本人がトチったりしてて、いい湯加減。そこからホーンとリズム隊が入ってくると、パワフルなファンクになる。

歌詞は男女が出会って、家の中に消えていく...まあそれからいろいろあって、家に帰る時間だ...という、なんとも大らかなものだけれど。フェラ・クティ先生、ものすごく楽しそうに歌ってます。『バスに乗って家に帰る時間だ...道の真ん中に立ってる電信柱』。

『You No Go Die...Unless』 は田舎からラゴスに出てきた人を応援する曲。『生きたいなら、お前は死にはしないさ。危険が目に入ったら、全力で逃げろ!』つんのめるような性急なノリがかっこいい曲。

Yellow Fever (1976)/Na Poi (1976)/Knitting Factory
¥1,624
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ナイジェリアのブラック・プレジデント、フェラ・アニクラポ・クティ。80年代のアルバム『オリジナル・サファー・ヘッド』と『I.T.T.』をカップリングしたCD。いつも通り、長尺アフロビート全3曲。

1981年の『Original Suffer Head』は、ややメロディアスで抑制された方向を打ち出しているのが印象的。

タイトル曲はオルガンをフィーチャーしたクールな雰囲気で始まる。『Water, lighting, food, housing, Ye Paripa O(それは警報だ)』。
管や鍵盤によるDドリアンのソロを聴くと、マイルス・デイヴィス『So What』の遠いエコーが聞こえてくる。
歌詞は、今もアフリカでは生活のインフラすら奪われ続けている、というもので、『オリジナル・サファー・ヘッド』=「もともと傷つけられた人々」とは、植民地支配の傷跡を背負って生きる人々、の意味のようだ。
クールな雰囲気はブラスのリフとともに高揚していき、『傷つけられた人々から奪われるべきじゃない!』『オリジナル・サファー・ヘッド、立ち上がれ!』という歌詞とともにダイナミックなエンディングに突入する。

2曲目の『Power Show パワー・ショウ』は、意表をついてニューソウル的な曲。「戦闘的な」アフロビートを期待する人には拍子抜けかもしれない。
だが歌詞は、イミグレや郵便局、道ばたなどで小さな権力にしがみつきいばりちらす人々の物語で、そんなエゴの「ショウ」を、ことさらにメロウな演奏に乗せて描いてみせているわけだ。フランク・ザッパやスティーリー・ダンがやるような、音楽と歌詞のギャップで痛烈な笑いを生み出す手法。やがてフェラはキーをはずしてもの悲しいオルガンソロを弾き出し、皮肉に曲のムードをぶちこわしはじめる。その後のフェラのストレートなテナーソロも素晴らしい。

『I.T.T.』は1980年のタイトル曲のみ収録されたアルバム。
『I.T.T.』は文句なしにかっこいい名曲で、『ゾンビ』よりヘビーだけど、同じ路線の曲。

8分ノリのギターリフにフェラとコーラスの力強いコール&レスポンスが入ってくるイントロから、ただごとではない感じ、やがてドラムと4小節サイクルでD A/G A/F A/C Aと動くかっこいいベースラインが入ってきて、曲が走りはじめる。

歌詞は『International Thief Thief』、多国籍企業と彼らに結びついたアフリカの権力による搾取を糾弾するもので、『俺たちは奴らと闘う』と歌われる。ブルージーなギターソロもフィーチャーされている。例によって24分にわたる演奏は次第に熱を帯びていき、凄まじい世界に突入する。

11分19秒、フェラが「わらわらわらわら~」って歌ってるところで、ものすごいブツ切りの編集がありますが、ここがオリジナルLPのpt.1(A面)とpt.2(B面)の境目みたいなので、それはしかたない。オモシロイから良し。後半も、ガヤが入ってきてフェラと掛け合いをしたり、聞き所多し。

Original Suffer Head/I.T.T./Knitting Factory
¥1,588
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誰かに、「あなたは幽霊を見たことがあるか?」と質問されたら、あなたならどう答えますか?

いきなり、「あなたならどう答えますか?」、今、このブログの筆者は、いったい誰に向かって、フランクな口調で質問しようとしているのか、自分で書いてて、全く意味がわからないのだが。

それはともかく、見たことがある、という人も、見たことがない、という人も、いるだろう。しかし「幽霊を見る」とは、いったい、いかなる事態か


人間の幽霊は、一般的に、人間の姿をしていると考えられる。
つまり「幽霊を見る」という事態は、まず、人物の姿を視覚的に認識した、という事態であるはずだ
ベン図に書けば、「人物を見た」という円の中に、「幽霊を見た」という円が内包される。

しかし「人物の姿を見ること」それ自体は、ことさらに変わった体験とはいえない。

社会人なら、家で、道で、コンビニで、会社で、毎日毎日、人物の姿を見ているはずだ。まあ常識的に考えて、それらは大部分、幽霊ではなく、普通の人間だろう。


では、どのようなときに、それら人物の姿を見て、かつ、それが幽霊であった、という判断が成り立つか。これは、一つのアポリア(難問)だ。

まず、顔色が悪いことから、幽霊だと判断される、ということが考えられる。

幽霊の血色は、あまり、良くはないだろう。死者には、血液の循環がないからである。
しかし、それは単に生きた人間で、体調が悪いのかもしれない。従って、このことは決定的な判断根拠となりえない。


夜中に、墓場にいた、とか、廃墟にいた、夜中に枕元に立っていた、従って幽霊である、などということも考えられる。一般化すれば、生きた人間が存在しえない場所に人物像が目撃された、従って幽霊である、という判断である。

しかし、生きた人間が深夜に墓場、廃墟、枕元などに存在することを妨げる根拠は、論理的には、ない。生きた人間は一般的にいって、深夜に墓場に行くことができる。
そもそも、深夜の墓場や廃墟に生きた人間が存在しえないのであれば、幽霊を目撃することも、不可能だったはずである。

しかし、たとえば「A4サイズの封筒の中に幽霊がいた」という事態はどうだろうか。
確かにそれは人間ではありえない。人間はA4サイズの封筒の中に入ることができないからである。
しかし人間と同じ姿であり、大きさも同一であるはずの幽霊が、A4サイズの封筒の中にどうやって入れるのか。おそらく、それは幽霊ではなく、虫の一種だと考えられる。

幽霊が人間と同じ形・大きさをしている以上、幽霊が存在できる場所には、人間もまた存在できるはずであり、人間が存在できない場所には幽霊も存在できないはずである。人間がいるはずのない場所にいたから幽霊である、という判断は、かなり確実性が低いと考えられる。


それでは目撃場所からの判断について、以下のようなケースは、どう考えられるか。

「心霊写真」は広く信じられている現象である。写真をとったときには存在していなかった人間の姿が、現像してみると映り込んでいた、というものである。存在していなかったのであるから、確かにこれは人間ではないといえる。

また、「深海6000mに幽霊がいた」という場合は、水圧と水温の低さから考えて、生きた人間の誤認である可能性はほぼゼロであろう。そんなところで幽霊がいったい何をしようというのかは、謎であるが。

また、目撃された人物が、宙に浮いていた、などということも考えられる。これは結構決定的な根拠であるように思われる。
生きている人間は、空気より比重が重いからである。


だが、ここで判断を焦ってはならない。これらにしても未だ「幽霊を見た」という断定を下すのは性急すぎる。

なぜなら、それらは通常の人間ではないかもしれないが、幽霊ではない何か、であるかもしれないからである。「心霊写真」にうつっているのは、あくまでも「人物の像」であって、それが「幽霊の像」であったかどうか、写真のみからは断定することはできない。宙に浮いていた人物は、風船人形かもしれないからである。
この段階では論理的な厳密さを期して、「人物の像を見た」と述べるべきであろう。

ベン図に書けば、「人物を見た」という円の中に、「生きた人間ではありえない何かを見た」という円があって、その円の中に、「食い倒れ人形を見た」「幽霊を見た」などの円が内包される。
クドいですね。

つまり、幽霊を「見た」だけでは、それが幽霊であるとは論理的に断定できない。
結論を出すためには、視覚情報以外の根拠が必要となるのである。

では、視覚以外にどのような根拠があれば、それが断定できるか。
残念ながら、今日、未だに「幽霊の感触」「幽霊の匂い」「幽霊の味」「幽霊の音」などが科学的に研究されていない以上、これ以上の考察は叶わないのである。


我々の探求はここで終わった...かに見える。

しかし、今一つの可能性が残されている。
それは、その人物を見た人間に霊感がある、ということである。

霊感とは、幽霊を認識できる能力とされる。したがって、「霊感」のある人間が、幽霊として認識したのであれば、それは幽霊である、と論理的に結論できるだろう。

では、その人物を見た人間に霊感が備わっていると、どのように判断できるか。
幽霊を認識することによって
、である。

さて、ここに人物Aがおり、彼は、人物Bを目撃し、幽霊であると認識した。
従って、人物Aには霊感があると判断されうる。

また、人物Aには霊感があり、彼により人物Bは幽霊であると認識された。
従って、人物Bは、幽霊であると判断できる。

Q.E.D. 
休日早朝から出勤、睡眠不足、しかも東京は20年ぶりの大雪。

なんかもう「横殴りの雪」で豪雪地帯になってましたね。

そういう状況に置かれた労働者がカラ元気を出すためにiPodに充填すべきもの...
それは「The Star of the Show! Mr.Dynamite! The Hard-Workin' 」ファンキー大統領、ミソッパおじさん、ミスター・ジェイイイイムス・ブラウン!これしかない。
アルバムはどれでもいいが、もう通勤時に聴くだけで脳がシャキーン!となって一日hard-workin'が可能。ヤバいです。

それでジェイムス・ブラウン1968年ダラスでのライヴ盤"Say It Live And Loud: Live In Dallas 08.26.68"。親密な、割とほのぼのした印象のライヴ。

「俺はスターになったかもしれないが、それでもまだソウル・ブラザーのままなんだ」
てなMCがあり、"If I Ruled the World"では得意のスクリームやシャウトを抑えて、端正にバラードを歌いあげる。

続いて黒人としての誇りを歌ったファンクチューン、"Say it loud-I'm Black and Proud"、たしか、これが観客の前での初披露だったと読んだ記憶がある。
「人は自分がどこから来たのか、わかっているべきだ。会場にいる白人のお客さんにも"I'm Proud!"の部分を歌ってほしい」というようなスピーチ。
ブラック・パワーの象徴的な曲といっても、どこか暖かい雰囲気のファンク。でもJBのシャウトは紳士的なスピーチと打って変わってすさまじい迫力です。

JB作のバラードの佳曲" I Guess I'll Have To Cry, Cry, Cry"などはストリング入りで。この曲好きなのでうれしい。アーチー・ベル&ザ・ドレルズの"Tighten' Up"、YMOのバージョンもそうだったけどこの曲のカバーは、MCを完コピするお約束が楽しい 神ドラマー、クライド・スタブルフィールド先生が暴れまくり。クライド先生を聴くべきです。

さていよいよJB御代がフィーチャーされる「Star Time」。ファンク確立期のナンバーや代表曲がノンストップで繰り出される。一発目"Lickin'Stick"。

ジェームス・ブラウンは常にhard-workin'なので、ハズレのライヴ盤などあるわけがないのだが、このライヴ、前半ちょっとおとなしめ? 
ちょうどメンバー入れ替え期、チャールズ・"スイート"・シュレルスはベースに転向したばっかりで特訓中、間に合わせでギターのジミー・ノーランがベースを弾いてる。だから、ギタリスト一人だけ。
各楽器とボーカル全てがリズム楽器として絡み合うJB音楽では、これは大問題。
なんかアフリカ音楽とかファンクとか、聴きなれてない人には、タイコの野性的な乱れ打ちに聞こえたりするけど、ダンスミュージックのリズムって、むしろ緻密で一種数学的に構成されてるものだから。

必殺の"Cold Sweat"はベースがなんか妙なノリで、途中の長いベースとドラムのデュオ、クライド先生がノーランのベースを助けるシーンも見られる。

しかし、ツインドラムが怖ろしいことになってる"There was a Time"、観客絶叫。そこからは怒濤の演奏。後半はヤバいです。

さあ今から雪かきだ...






Say It Live And Loud: Live In Dallas 08.26.68/Polydor / Umgd
¥1,082
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フェラ・クティの初期のアルバム、1971年の"Open&Close"と1972~73年の"Afrodisiac"、二枚のレコードのカップリングCD。

■まず"Open&Close"一発目のタイトル曲"Open&Close"。
フェラ・クティがお届けするダンスのニュースタイル、それが"Open&Close"、ということで、基本的には直線的な推進力のあるソウル的な1stリフと横ノリの2ndリフが交錯するというコンセプトの曲なんですが、この2ndリフが最初に出て来る瞬間がキタ~!という感じで、たまらないです。
なんてかっこいい曲なんだ。何度も聞いてしまいますわ。

2曲目の"Swegbe and Pako"はメッセージ性のある曲ですが、仕事における有能さとは何か、というテーマについて歌っているようです。超ファンキーな演奏で、絶品です。

3曲目"Gbagada Gbagada Gbogodo Gbogodo"はエグバ人(Egba)によるヨーロッパ植民地支配への抵抗歌だそうです。

エグバ人はヨルバ民族の一氏族、フェラの生まれたアベオクタに古くから住んでいた人々で、フェラもエグバ=ヨルバの人のようです。フェラの歌詞に出て来るナイジェリア・ピジン英語以外の言語の部分はエグバ人のチャントから採られていて、"Zombie"における"Joro,jara,joro"もその一つ。ナイジェリアのオンライン新聞"THE CITIZEN"のサイトのフェラの没後15年記事参照。政治的な曲だけど、悲痛な表情はなく、明るく、誇らしげな雰囲気がある。
http://thecitizenng.com/other-news/fela-the-iconoclast-15-years-after/

■1973年発表、"Afrodisiac"。
1曲目の"Alu Jon Jonki Jon"、ブラック・プレジデント、またのっけから超かっこいい曲をぶちかましてくれます。一種ロック的なスピード感と攻撃性が魅力の曲ですが、ヨルバ人の民話をモチーフにしているそうです。
民話☆アグレッシブ。
むかしむかし、怖ろしい飢饉が世界を襲い、食べるもののなくなった動物たちは生き延びるために相談して、それぞれの母親を大鍋に入れることになった。しかしイヌだけは自分の母親を空に隠してしまい、動物たちはイヌに向かって口々に"Alu Jon Jonki Jon"と囃し立てた。生あるもの、利己的になったらアカン、というメッセージとして歌っている訳ですね。政治的な含みもあるのでしょう。

冒頭キレキレのエレピソロからいきなりフェラの"Alu Jon Jonki Jon"というシャウトが出て来る瞬間が最高すぎる。

2曲目"Jeun Ko Ku(Chop'n Quench)"、食べ過ぎて死んでしまう大食漢の歌だそうです。政治的な隠喩でしょうね。『ゾンビ』もいいけど、1972年のフェラのバンドはトニー・アレンのドラムやパーカッションなんかが、もっと自由に遊んでる感じで好きだ。バンド一丸となってうねるような曲展開が魅力。ギターの音がマイルス・出ヴィス1972年の"On the Corner"と似てる。

3曲目"Eko Ile"。飛び跳ねるようなリズムのファンク。やや歪んだギターのカッティングも印象的。ラゴス賛歌のようです。超アゲアゲに始まり、そのまま最後まで行きます。中間部のコーラスとの掛け合い、タモリ『ソバヤ』(1976)のボーカルの元ネタではないだろうか。

4曲目"Je'Nwi Temi(Don't Gag Me)"。威風堂々と「投獄されても俺の口を閉じることはできない」と宣言。軽く歪んだギターとベースのユニゾンのリフがかっこいい曲。

というわけで最高のCDです。

Open & Close / Afrodisiac/Knitting Factory
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独自のアフリカン・ファンク=「アフロ・ビート」の創始者であり、比喩とかじゃなく、リアルに音楽でナイジェリア軍と闘ってしまった男、フェラ・アニクラポ・クティ。
このアルバムはそんな男が、ブラック・プレジデントとなる前、「クーラ・ロビトス」を率いてナイジェリアのダンス音楽「ハイライフ」とアメリカ音楽の融合を試みていた初期作品のコンピレーション。

あのアフロビート完成前夜、といっても、ここに収められた音楽は決して未完成品という訳ではない。魅力的な作品集。ポップ・サイド・オブ・フェラ・クティ

■Disc-1は、伝統的なハイライフ・スタイルの2曲から始まる。なんとも優雅でキュートな音楽。
ここからジャズやキューバ音楽などの影響が加わり次第にストリート感覚を強めていくのだが、track16とtrack17はなぜか突然ストレート・アヘッドなモダンジャズ(前者はハイライフ的なパーカッションが入ってる)。おもしろすぎる。

英国留学以前から傾倒していたモダンジャズをナイジェリアに普及させようとがんばっていた時期の演奏で、マイルスが好きなのがわかる。後年、逆にアフロビートがマイルスのお気に入りになる訳ですが、ジェームス・ブラウンとマイルスとフェラの、「音の三角貿易」は小学校の音楽の授業で教えられるべき。
フェラのトランペットは本業(?)のサックスよりは上手いのだが、それでもやっぱりヘタウマでした(笑)

結局モダンジャズはナイジェリアではウケず、フェラはパワフルなハイライフ・ジャズを発展させることに。続くtrack24以降はKoola-Lobitos featuring VC7名義で、フェラは演奏に参加していない可能性もあるらしいですが、"Orise"とか超格好いいです。

"V.C.7"はビートルズの"Taxman"と同一のベースライン。後にビートルズでカリプソをやったポール・マッカートニーならこれ聴いてたってこともありそう。

"Band on the Run"のラゴス録音の際にフェラがマッカ氏に「アフリカの音楽を盗みに来たのか!」と怒鳴り込んできて、マッカ氏が「アフリカ音楽は好きだけど、盗んでないです」とテープを聴かせたらフェラが「うん、盗んでない」っつって仲良くなったという有名なエピソードがありますね。

■■Disc-2はクーラ・ロビトスの1st albumを収録。ソウル・ミュージックの影響を取り入れたキラーな曲が目白押し。"Ololufeなどのエレピのクールなリフはちょっと後年のアフロビートを予感させる。

「アフロ・スポット」でのライヴ盤から始まるDisc-3にはハイライフ・ジャズ完成後、新しい音楽を確立するまでの苦闘が刻印されている。西アフリカにJBの強烈な影響が来襲、ポスト・ハイライフを模索せざるを得なくなったのだとか。disc冒頭は66~68年頃の「アフロ・スポット」でのライヴ。他のdiscのスタジオ録音との比較もできる。

それでフェラもJBの影響を取り入れようと腐心するのだけど、後にJBの1970年末ナイジェリア公演のメンバーたちがフェラのライヴのトニー・アレンのドラムをかぶりつきで凝視、マネージャーが五線譜に何か書き取っていた、とかいう伝説が。それで出来たのが71年の"Hot Pants"だという話です。

ライヴ最初の"Everyday I got the blues"では、なんとフェラがブルース・シンガーになりきってる。ブルースからソウルに移行する展開を試みていて創造性は感じるけれど、でもなんだかぎこちない。歌詞が『アイガッザブルース、ウォウウォウ』だけだし。2曲目以降のハイライフ調のナンバーでは一気にバンドのノリが良くなるのがほほえましい。
音楽はまだハイライフとアメリカ音楽のマーブルだけれど、すでに自分達の音楽を「アフロ・ビート」と呼んでいて、"Ako"などは完全に後のアフロビートの原型といえるクールなファンクになってる。"Ololufe"とこの"Ako"は後に再録されている。

コンピの最後は後期シングル集で締めくくられるが、このあたりでも試行錯誤のごたまぜ路線は続く。
伝統的なハイライフに戻った"Onidodo(焼きバナナ売り)"は超キャッチーなメロディをもつ名曲。
"Se E Tun De"ではフェラはJBになりきってる。
"My Baby don love me"も「スタックスっぽいが、何かぜんぜん違う」的な曲だが、なぜか、一抹の悲しさが。だって、またしても歌ってる内容がほぼ『マイベイビー・ドン・ラブ・ミー!オーイェー!』だけだから。なにがオーイェーなのかわからん。

英国や日本でもそうだったように、アメリカ音楽を血肉化したところで『で、このサウンドで何を歌えばいいんだ?』と気づき、それでとりあえず『オー、イェー』と言うしかない、とりあえず言っとけ、という汎二十世紀的な現象が現前しているわけです。
あのフェラ・クティが歌うことに困ってる、という想像しがたい事態は、なかなか必聴といえるものがある。聴けちゃいます、このコンピで。

この後アメリカツアー中にできたブラックパンサー党員のガールフレンドに『マルコムX自伝』を手渡されたときに、政治的な覚醒と軌を一にしてフェラの音楽的な覚醒もはじまったわけですな。

でも、どれも楽しい、素晴らしい音楽だ。

どの曲も作曲やアレンジなどにそれぞれ一工夫あって、一つとして同じではない、創造性あふれる若きミュージシャンたちのイキのいい音楽が堪能できます。

ハイライフジャズ・アンド・アフロソウル(1963-1969)/Pヴァインレコード
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...10年後には、こんなんなりました。

Zombie/Mca
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ナイジェリアの汎アフリカ主義運動家にして独得のアフリカン・ファンク・ミュージック「アフロ・ビート」の創始者、フェラ・アニクラポ・クティFela Aniklapo Kuti(1938-1997)の1992年作、生涯最後のレコード。

一般に、軍隊を「能なしのゾンビ」呼ばわりした痛烈作『ゾンビ Zombie』(1976)が有名ですが、このアルバムは似たような雰囲気がありつつも、更にテンションが高い。曲構成も複雑で練られていて、聴くほどに深いです。

ぶっちゃけ、今まで聴いたフェラの作品中で、一番好きですね。最高傑作だと思います

長尺曲2曲入りですが、どっちも疾走感のある曲。フェラ御大のボーカルも、ヘタウマなサックスやキーボードも、「これを言うまで、死ぬわけにはいかん!」的な凄まじい切迫感がある。『ゾンビ』以上のアルバムですね。

一曲目の"Underground System"は、西アフリカ諸国経済共同体ECOWASの機能不全と汎アフリカ的なリーダーの不在を批判している曲。

「俺が子供の頃から、信じられる政治家なんていなかった。今世界中の若い人が彼らのリーダーを見上げている。だが政治家は彼らに何をしているんだ!?」
というような歌詞を激しく歌っていて、『ゾンビ』の嘲笑的な態度よりも、もっとパーソナルな感情のほとばしりを感じる。

2曲目の"Pansa Pansa"に至っては、過去の曲名を列挙し「俺は『ゾンビ』を歌った。『ギブ・ミー・バナナ』を歌った。だが彼らは何も聴かなかった」という歌詞なのだ。
でもしょぼくれて歌ってるわけではなく、「いいかげんに聴きやがれ!」って感じです(笑)
畳みかけるようなコーラスと荒れ狂うブラスが最高。

この後亡くなるまでの期間、政治やレコード制作に幻滅したフェラは、拠点のクラブ「シュライン」のライブで新曲を演奏しつづけていたそうですが、それらはレコードになっていない。幾つかはYouTubeで聴けますが、正規に音源化してほしい。

A.S.B.O.P.(Akunakuna Senior Brother Of Parabulator)
http://www.youtube.com/watch?v=NagpKz16f98
M.A.S.S. (Movement Against Second Slavery)
http://www.youtube.com/watch?v=o_Ms1QVg_f4
G.O.C.(Goverment of Crooks)
http://www.youtube.com/watch?v=oQgXr7Fv5dI
C.S.A.S.(Condom Stalawagy And Scatter)
http://www.youtube.com/watch?v=4D_IgN_yd5Q
Chop And Clean Mouth Like Nothing Happen
http://www.youtube.com/watch?v=kZR5byINhSI

B.B.C. (Big Blind Country)
http://www.youtube.com/watch?v=k0jPUjTxOL4
この曲のギター、This Heatがライヴの前のSEにフェラ・クティを流していたという話を連想する。
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