stupid girl's peaceful life -4ページ目

胸の痛みと100点。

中学生の時でした。


ご他聞に漏れず私も、近所の塾に通っていました。


その塾は同じ学校の子は少ないのですが、

先生たちが教え方が上手く、とても面白い授業なので

割合と楽しく通っていました。


塾の先生というのは

友達でもなければ

いわゆる町で会う普通の大人でも

学校の先生でもない

私たち子供にとっては

先生よりほかの大人よりずっと近い、頼りになる存在でした。


授業が始まる前には先生の周りに集まり

授業が終わればまた先生の周りに集まり

わいわいわいわい、おしゃべりしていました。


そんなある日です。



いつも頭がくしゃくしゃで汚いシャツをきてお腹の出てるちびのM先生。

見てくれはさえないけど、 教え方がとても面白くて上手な人気者の

先生でした。

バイクで極寒の中、みんなのために合格祈願に行ってくれたのも

この先生です。



私はお調子ものだったので、たいてい、先生たちには

話のオチに使われ、特にこのM先生は口が悪いので

「こんなん○○(私のこと)でもできるぞ~」とか

「男子はこっち女子はこっちはお前はどっちでもOK!!」

などといじられる役でした。


私はいつもそうやっていじられながらも、えへえへと

喜んでいました。


そしていつものように休み時間、M先生の机の周りに

みんなでまとわり付きに行き、いつものように

「なぁー先生、いつになったら結婚するん?」

「先生そんなカッコじゃモテないよ~」などとみんなで

先生をはやし立てたり机のお菓子を「食べていい?」と

言いながら返事も待たずぱくぱく食べたりしていました。


そのとき、私はあることに気がつきました。

「先生、なんか鉛筆の持ち方ヘンやよ。]


私は何気にそう言いいました。

実は私も鉛筆の持ち方に癖があるので、

いつもみんなからからかわれていたので

同じように、えへへ~という感じで何気に口にしてしまいました。


でも、その瞬間、先生は固まってしまいました。


え?と思ってもう一度よく見ると




いつもチョークだったのであまり気づかなかったのですが


先生の手は

指が1本ほとんどありませんでした。






私は、どうしていいかわかりませんでした。


言ってしまった言葉はもう取り戻せません。

私は、なぜ今まで気づかなかったのだろう

なんでよく確認しないでこんなこと言っちゃったんだろう

どうしようどうしよう

ショックでその後、どうしたのか記憶にありません。


塾を休めば余計悪いような気がして

なんとか塾に通い続けてました。

M先生はいつもと同じようにくだらないギャグを言ったり

私をハリセンで叩いたり、前と同じように私をボコボコにしてました。


私は

先生に、「ごめんなさい」という言葉がいえませんでした。

なんだか、「ごめんなさい」という言葉が反対に

申し訳ないような気がしていえなかったのです。



そうして、受験が終わり、塾は卒業しました。


高校に入って、

大学に入って、

社会人になっても私は、ずっとずっと

あの時に戻って、あの言葉を取り消したい。

そう思い続けていました。

何日たっても、

何ヶ月たっても、

何年たっても、

あのときのことを思い出すと胸がきゅうっと痛くなります。



いつか忘れるだろう。そうおもって。

私はなるべく考えないようにしました。

そして、誰にもいえませんでした。





社会人になって、数年後

車で出かけた途中、たまたまその塾の前を通りました。


ふと思い立ち、

私は思い切って塾の扉を開けて中に入りました。




もう10年近くもたっているので

もう誰もいないかと思っていたのですが、

ふと見ると、当時の英語の先生がいました。


先生もう忘れてるよな。

毎年毎年沢山の子供たちがここに来て去っていくのだから

きっともう覚えてないだろうけど・・・

そう思いながらも先生に恐る恐る声をかけてみました。


すると先生はしばらく目をパチパチさせて

「おおおお!!・・・・・・・○○やないか!」

そういって大きな体をゆさゆさ揺らせて笑っていました。


先生に、

私は「M先生は?」

とききました。



まだ働いているということでしたが

今日はお休みだったとのことでした。


それを聞いて、なんだか

ちょっと気が抜けたような

でも、正直いってちょっとほっとしてしまいました。


すると、

「あああ・・・・・そうやそうや・・・。そうやな。思い出したよ。

なんで、ワシがなお前をよう覚えてるかゆうたらな、

M先生がようゆうとったんや。先生、お前が来たこと聞いたら喜ぶでぇー。」


そうしてる間に、学校が終わった子供たちが

わらわらとやってきました。

私は、塾を出ました。



数日後、家に手紙が来ました。

懐かしい文字は・・・・M先生からでした。


そこには

翌日、私が来たことを聞いて本当にびっくりしたこと

そして、あの時のこと。

手のことは小さいころの病気のためになってしまったので、

もうちっとも気にしてなかったのに

どんな病気だったかどうやって説明したらいいのか考えていたら

みるみる私がしょげてしまい、どうしていいのかわからなくて

本当にかわいそうなことをしたとおもってずっと気になってたこと。

ということが書いてありました。


「来てくれて本当にありがとう。

    ○○は数学はいつもアホやったけど

    今日は特別に100点あげましょう。」



 先生の手紙の最後にはそう書いていました。




__________ でもね、


やっぱり今でもあのときの先生の顔思い出すと

きゅうっと胸が痛みます。

手紙にはそう書いていたけれど、

それはきっと先生の優しさだと思うんですよ。

きっと私を心配させないように、考えたんだろうとおもう。

でも憎まれ口で言う。

そういう先生だったから。


そして、何より

結局言えなかった「ごめんなさい。」の一言が

いまだに自分の弱い心の象徴なような気がする。


だから、 せめて無駄にならないように

この胸の痛みといただいた100点。 忘れないでおこう。

探し出せるか、否か?

もし、人から「お前は今幸せか?」

と聞かれたらどう答える?


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縁とは不思議なもんで、
私の場合は、ある時期からかなりピンポイントに
その「縁」を拾える人生になりました。


それは、不思議なほど。


誰もが誰かにつながっている。



なぜだろう?

なんだかあるときから

世界がとても小さくなったような気がする。


もしかしたら、只
今まで気づかんかっただけのことか、


それとも、単に歳をとればそれだけ
世界が広がるから当たり前のことなのか、


いや、それとも、
大して縁でもないものを縁だ縁だと
騒いでいるだけなのか?(笑)




それは10年ほど前から。

最初の偶然はこの道から始まった気がする。









michi







「この写真をあなたにあげます。」


さぁ、

日本中の道の中から、

この道を探してごらん?


といわれたらどうしますか?









いずれにせよ、
私は、この道を見つけれたことで、


たとえこじつけであっても、
それらの事象になんやらの意味付けを
するようにして、前向きになったのかもしれない。




ありがとう。


見つけ出すことのできる偶然に感謝して

今年も大事に過ごしていこうっと。









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たくさんの人に出会えることができて

家族がいて

おなかいっぱいご飯が食べれて

安心して眠ることができて

どこも痛くなくて

さしあたっては、明日もたぶん迎えることができて


普通でいられることを

「幸せ」と感じることのできる

人生をもらえたこと。

私はどうか?


今ならはっきりといえる。

「もちろん幸せ~。」と。

今年最後の日 かつ、新しい年が始まる前の日。

今日は今年最後の日だ。


実家に帰りたかったんですわ。
だって、「今年」最後の日なんやもん。

とはいえ、大掃除やらなんやらで
連日のように帰っていたので
今日も帰りたいとは
なかなか言い出せなかった。
休みの日はたいてい実家に帰っているから
最近、相方も遊びどころか自分の時間も
あまりない上に、今日も仕事で
家に帰ってからもまだ少し仕事が残っている。
疲れているのは無理ない。
しかも自分の家でなないんだもの。
やはりのんびりリラックスはできないだろう。


それに相方には普通のそんじょそこらの相方には
できないほど(笑)いろいろうちのことで
助けてもらっている。

その上、今年は10年ぶりかで
31日の夜中の仕事が無いのだ。
毎年毎年、うちの会社は31日は
カウントダウンのため
朝4時くらいまで仕事だったのだ。
今年、本当に久しぶりにその仕事が無い。
家ですごせる初めての大晦日。
(今年は(笑))これ以上わがままいえん。


しかも、
私たちのこの家も、あれ以来
ぐちゃぐちゃだ。
掃除もほとんど出来ないので
散らかったまんま。
食べ物はテーブルの上に出しっぱなし。
冷蔵庫には、インスタント食品か
いつ買ったか忘れたような化石食品しかない。
年賀状もまだまだ残っている。

さらに私自身、
このところの
なんやらかんやらで寝不足や
家のこと以外でもトラブルが続き、
疲れがたまっていたのか
体調が思わしくない上に
今日の仕事は屋外展示の当番。
寒い吹きさらしの広場で
大量のお客さんの誘導だ。
声も出さなくてはならんので
今年の鉄則「人ごみではマスク」もできん。
これが引き金になったのか
どうも頭がボーっとするし
今朝からののどの痛みや咳が
てきめんにひどくなった。
いつもなら39度くらいまでは
根性で平気なんだからこれくらい
風邪のうちにもはいらん・・・が、

今、私が風邪をひいて
オカンにうつしては大変だ。



何もかも、仕方ないのは

わかっている。

わかってはいるが
家に帰りたかったのだ。

わがままを言ったからといって

それが良いことでないのもわかっている。

だから、 どうしようもなくて

すねて、相方と離れて一人で
ソバをすすっていた。



家でオカンと食いたかった。


実は、もし会社の帰りに
気が向いて「家にいこうか」
となることをほんの少し期待して
昨日買った年越しソバを
かばんに入れて会社に持っていってた。(笑)
実家に急に行くことになっても
自分たちの分のソバ用意できるように。

かばんの底でソバはお団子のようにぺっちゃんこに
なっていた。
結局、散らかった自分の家で団子をほぐしほぐし
調理して食っていた。



するとテレビから

「・・・八ヶ岳・・・原爆詩の朗読です」
と聞こえてきた。




!?




びっくりしてテレビを見ると


見覚えのある白いスーツの女性。
そしてその後ろには
これまた見覚えのある絵。




ああこれは!
あのとき「おとっつぁん」が何度も何度も
「小淵沢にね、アナタや旦那と是非一緒に
 行きたい場所があるんだよ!アナタに
 絶対見せたいんだよ。」
そういわれて見せてもらった絵のある
美術館ではないか。






そして、
テレビのせいでか
すこしテンポは速めでは
あるが
太くハリのある声で
彼女はあの詩を読んでいた。


私の大好きなオルガンの音と一緒に!









紅白なんて、せいぜいサブちゃんくらいしか
見所はないんだろと思っていたのだけど。

いや、実はちょっとゴリエちゃんも
見たかったのだけど・・・


みのもんたも大嫌いなんだけど。


ニクイ。ニクイぞ。このタイミング。
紅白め。こんにゃろめ。
そりゃあ、私にとっては反則じゃねえかよ。











・・・すっかり毒気をぬかれた私。




そうやんな。




明日から
新しい年が始まるんやもんな。





また、明日があるもんな。




みなさん。
 明日からがまた良い一年でありますように(^.^)ノ
     

朗読会。

縁あって、原爆詩朗読会のお手伝いに行きました。


今回の話もまた旅の縁みたいな感じでのつながりで

北海道の宿で偶然、居合わせ、意気投合したおじさんと

そのお仲間たちのかたがたのお仕事を手伝うことになり、

その時の縁の人々に会うがために参加 したもの。

事前勉強もなく行ってしまいました。



そんな超お気楽調子で行ったことに

わがお馬鹿さを つくづく身にしみて感じた日。


私は本を読むことが大好きなので

詩なんて人に読んでもらうものではなく、

自分で 読んでわかることが本筋じゃん。

などとわかったような 思いがありました。


原爆については人から教えてもらうより

自分で見て聞いて読んで

感じるものだと思い込んでいました。


どんな有名な人がやっていようと、

たとえ、一流の女優さんが読んでいようと、

自分が読みたい、と思って読むことのほうが

ずっと心に響くはずだもの

そう思っていました。





実は数年前、私は会社の運営する

小さな二番館の支配人をしていました。


ところが、入社以来、趣味の音楽や

大学での専攻を生かせた仕事に運よく恵まれてた私にとっては

突然、明日から映画館の担当をしなさいといわれても、

どうして?という気持ちで一杯でした。


特に今まで映画が特別好きだったわけでもないし

致命的に映画の知識的なものが欠けている私になぜ?


今までの仕事、一生懸命やってたのに、結局は私は要らないってこと?

というショックで、頭真っ白の状態でした。



映画というものを本当に好きな人がたくさんいるのですから

(もちろん前任者も無類の映画マニアです。)

到底いまさら私がちょっとやそっと勉強したところで付け焼刃にも

なりません。

引き継いだスタッフの子達も、みな心底映画の好きな子たちばかりです。


今までの仕事が自信を持って向かっていけた仕事だっただけに

いまや中身のない私が、肩書きや名前の冠をかぶった仕事を

しなくてはならないことで、

お客さんにもスタッフにも申し訳ないわ、自分自身情けないわで

日々日々自己嫌悪が募っていきました。


更に仕事関係のさまざまな場所につれて行かれるうちに

映画を実際に創る人はすばらしいのだけど、

その配給をする人や 製作会社や・・・

周りの人々の思惑の渦巻く世界と、きらびやかな人々の世界に

どうしてもついていけず、日々悶々。


しかも自分がいいと思った映画は、

ことごとく興行成績のあがらないものばかり(苦笑)。

巨大配給会社から持ってこられた

「そんなアホな~」と突っ込みどころ満載のばりばりハリウッド

ラブストーリーなどをしぶしぶかければ

そういうのに限ってそこそこ売り上げが上がり(笑)

やっぱり私が選ばないほうがいいんだと落ち込んでしまう。


それでもなんとかしようと必死にやっていると会社からは

「映画館の仕事は片手間でいいんだ。

むしろ映画館はさっさと片付けてほしい

そのために君を入れたんだ。」といわれる始末。


心と頭がばらばらにならないと出来ない仕事に

いったい何をやってるんだろ?こんな世界で自分に出来ることもないのに

何をしてるんだろ。そう思い疲れ果てて しまいました。


映画館を閉鎖することが決まったときは、

白状すると ちょっとほっとしていました。


それに輪をかけて私を落ち込ませていたのは、

そんな映画業界での落ちこぼれの私でも

かわいがってくれた人たちもいたり、

こんな私を支えてくれた、弟のように妹のように思ってた

かわいいスタッフの子たちもいたのに、

情けなく尻尾巻いて逃げるように消えるように映画とのかかわりを

断ち切ってしまったことが一番情けなかったのでした。


映画業界にそんなトラウマをもってた私だったために、

よもや北海道の田舎町での偶然の縁が

映画女優さんの活動のお手伝い・・・ということで、

ちょっと(いや、かなり)心のなかで

これはいったいなんでこうなっちゃったのかな・・・?

と少しばかり退いていたものがありました。



何かにつけてはそんな弱音ばかり吐いている

ちっぽけな情けない私にとって

とにかく頭を打たれるような衝撃でした。




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リハーサルが始まりました。

私は、お手伝いのつもりですから

お客さんと同じようにゆっくり聞くつもりはありませんでした。

客入れの準備を手伝っているとその合間に、

かのおじさんに呼ばれ、少し舞台の様子を見ててなさいと言われました。


舞台の袖からそっとのぞいてみました。



音あわせをしながら、普段着のその女優さんが

聞きなれた詩を読み始めました。
その詩は、何度か私も本で読んだりしたもの。

ああ、この詩か。最初そう思いました。



そして、気がつけば私は、

いつの間にか

客席の真ん中で、彼女の朗読に

聞き入ってしまっていました。


誰もいない客席に勝手に私ごときが

進入していっていいものか?

普通ならそう思うとこなのですが・・・


どうしてももっとよく聞きたかったのです。

舞台の袖では音が悪く、うまく聞き取れない。

彼女の声は前に向かっています。

どうしても、その声を受け止めて聞きたいと

思ったような気がします。

本当に、気がついたら勝手に(笑)

客席に降りていってました。


そんな風に正面で聞いているのに、

あろう事か

私は耐え切れずに何度か 外にでてしまいました。

せっかく読んではるのに失礼じゃないの~~~!

そう思ったのですが、どうしようもないのです。

詩の力にとてもじゃないけど、私の精神が持たないのです。


そんなことあるかいな。ただの朗読やないか!と

苦しさのあまり何度も思おうとしたんですが 無理。


それはそれは怖いほどの勢いで詩の世界に引き込まれ

自分の親が、姉妹兄弟が、友達が、知り合いが・・・・

そう思うとぐるんぐるん、ぐるんぐるん恐ろしくなり辛くなり。


気がつくと目からぼろぼろと涙がこぼれているのです。

暗い客席とはいえ、もし誰かに見られたら・・・。

こんな姿を見せるわけにもいきません。

暗闇のなかですが、涙をぬぐうようなそぶりは

周りに気づかれてしまいそうでそれも気まずいし、

何食わぬそぶりで

まさに垂れ流し(汚い表現だなぁ~)のまま、

現実の世界に戻ろうと、幾度かドアの外に出ました。

舞台の上ではその女優さんが リハーサルというのに

ものすごい威力で 詩を朗読し続けるんです。


軽く考えてた私は、この後の客入れまでの短い間に

気持ちを切り替えるのに大変でした。






本番が始まりました。

とにかく気合を入れなおし

もう一度最初から しっかりと聞くことが出来ました。


彼女の朗読はリハーサルより更に力強く

呼吸さえ止まりそうになるほどの凄みを増していました。


胸が、いや心臓が直接握り締められているような

緊迫感です。
終わったときには魂が戻ってこれないのではないか

と錯覚するほど、心拍数が上がっていました。






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リハーサルのとき、マイクを通して鼻をすする音が 聞こえていたんです。

舞台を見ると、女優さんが合間に そっとハンカチで涙をぬぐっているのが見えました。

彼女は、今までに何千回と同じ詩を読んでいるのに。


あれほどの世界を毎回創りだす人というのは

本人はどんなに辛く苦しく悲しい思いをしてるんだろう。

彼女は毎回、何千回もこの詩の経験をわが身に感じて いるんでしょう。


比べるものではないんだけど、

何度も私には絶対できないなぁー・・ と思いました。


とても身が持たない。

聞いているだけで、あれほど苦しく悲しく辛くなるものを

読み続けることなんてできない。

何千回もあの気持ちで詩を読んでいれば

確実に自分の寿命が縮まりそうです。

普通の人の精神力では絶対出来ない。


それほどの力を彼女は詩に吹き込んでいました。

今まで女優さんという仕事が何なのか考えたこともなかったけど。



本物の女優さんてこういうことだったんだ。

これも神様から与えられた仕事なんだろうな。








今まで何も知らず、本当に馬鹿だったなぁ。

映画女優さんだからって、それだけで萎縮しちゃって

朗読会の意味をしっかり受け止めずにいい加減な気持ちで、

何してたんだろ。





おじさんが

なぜ、私をここに連れてきてくれたのか。

考えなくてはいけない。


そして、なぜ、今こんな経験ができたのか。

考えなくてはいけない。



私に足りないもの、必要なもの。

もっとわからなくてはならないな。

今までの人生に本当に感謝しなくては。

もっと世の中に感謝しなくてはいけないな。

美しい音

それはそれは美しい音だった。




音が聞こえるか

声以上の音がちゃんと聞こえるのか

音楽として聞こえるのか


あきらめて行ったのだけど





あら

不思議。







聞こえるじゃないですか。





なんだ?なんだ?


聞こえないと思ってたのは幻か?






はじまるのを待っている間、

目の前を行く人の声

会場の音、

聞こえてるようで聞こえてないようで

今、聞こえてるのかどうか不安で

ずっと人の姿を目で追ってた。

注意を払えば聞こえるようになっているんだけど

もしかして今、本当は聞こえてる音があるのに

聞こえてないのだったらどうしようかと

不安だった。



大きな音が聞こえるんだろか?

音楽が聞こえるんだろうか?

周りの人が聞こえるのに

聞こえなかったらどうしよう。


不安で何度もトイレに行く。







最初は小さな音から。

電子音から。ノイズから。

まだ聞こえる

まだ聞こえる

どうしよう、

もうすぐ聞こえなくなったらどうしよう

そう思ってたけど




聞こえる。




嗚呼

そうそう。

この音だ。


もうあなたと繋がっていないかもしれないけど

だけれど

やはりこの音は美しい。


思い出した。


あなたの音は

美しい。


それはそして

あなた一人で創る音でなく

すべての音があるから美しい。

そこにあるから美しい。




踊る私。

跳ねる私。




そうだそうだ。

私は踊ることが出来たんだ。




良かった。聞こえるじゃん。

聞こえたよ。聞こえた。聞こえた。




ありがとう。

ありがとう  私が塊だったときの兄ちゃん。

大きな魂の欠片だったときの兄ちゃん。


昔から、何かにつけて助けてよ助けてよって

言って困らせてたけど、

誰にも助けてもらえない事が起こってから

やっと、なんてくだらないこと言ってたんだろ。

なんて弱い人間だったんだろう。って身にしみてわかったよ。

今頃わかったってもう遅いけど。

もう直接あなたに伝えることは出来ないけど

本当にありがとう。