昨日はとても美しい人とデートでした。

私はこのお休みの期間に、眠りながらも出来るだけたくさんの人に会い、いろんな人の話を聞こうと思っています。


昨日は断られるのを覚悟し、突然ある人をお誘いしました。
またこの方も休みが少ない中、突然の誘いに会いに来てくれてほんとうにありがたい。


「基本、用がなければ私は人に会わないよ」
と言われて、全く用が無かった私は、申し訳ない気になりましたが、でも快く会いお話ししてくれて本当にステキな時間でした。


人それぞれの考え方や見方に触れるのは、私にとってはとても重要な時間。
学ぶ事がたくさんありました。
どう学んだかは、これから咀嚼します。


書きたいことはたくさんあるけれど、このへんで。


帰り際、彼女がとった無意識の行動に、ドキドキしながら帰りました。
オトコだったら落ちてるし。


強さも弱さもオトコもオンナも同居していて、ステキな女性でした。


ちなみに彼女が全開になったら「きのこ」になるそうです。
きっと色鮮やかで、食べたらおいしくて、食べたらとまらなくなるくらいの毒キノコなんだと思う。

そうであって欲しい。


魅力的な彼女が発揮できる場を。
外見も素晴らしいけど、内側から来る情熱的な感じや冷たさも同居していてなんとも言えない。


また飲みましょうね。
楽しかった。とっても。


神さま
美しい神
ありふれた日常に感謝を
会社はクビにならなくてすみました。

そのかわり「会社の携帯」をもって、メンバーと繋がる事と、私を頼って来る人には私から「お休みの連絡と事情の説明」をする事に。

そのうち充電器が会社から送られてきます(笑)


「とにかく自分を好きになって。会社での籍はそのままで入れさせて」


と言われました。


人事部長や以前の上司、どの上司からも「個性だから」と私を受け入れてくれます。


ありがたいです。



一方で私を受け入れる「術」を教えてくれて、背中を押し手助けをしてくれる人とも会いました。


これは発表できるようになったら、発表しますね。


仕事がかなり忙しいなかで私の話を聞きに駆けつけてくれた、ひろちゃんに感謝です。


今月はたくさん眠って、たくさんいいお話を聞きにまわりたいと思います。


そうそう、あんなにつらかった「うつ」はいま何もないです。
不思議です。
躁状態でなくて「生きる希望」に溢れてます。
ただじゃ転ばないよ!




でもゆっくりします。
眠いし。


神さま
あなたの流れに任せます。


主治医のジョージから言われた今日のことば。


『1ヶ月の出勤停止』


になりました。


いつもと違う、超絶うつ期間。
人の前ではニコニコ普通に出来るのに(娘たちにもぜんぜんわからないようにしてる)だれも知り合いがいなくなると


泣く泣く泣く泣く


いつのまにか「死にたい」とさえ思うように。


あれれ。
普段とおかしいな。


感情と自分が真っ二つにわかれて、急いで病院へ。


たまたま古い知人に連絡をしたのだけど、その時久しぶりなものだから、離婚の事を話してたら、離婚について感情は整理されているのに、元夫に陥れられたときの感情がただただ私を襲い。


とにかく怖くなって、いつものジョージに話したら



「それは感情でなっているのではなくて、脳がそうさせているんだ。とにかく負けるながんばれ」と。


私は通常の人より、いまはセロトニンがかなり不足してるんだとか。
『双極性障害』ってそうなんだって、セロトニンが多いか少ないか。
普通の人の普通の状態ではないみたい。


大きな躁が来た後は、その後必ず大きな鬱がくる。
そこで自殺する人も、双極性障害の場合は少なくない。
通常の鬱よりも自殺率が高いので、先生も私をかなり励ましてくれた。


考えて見れば、私の場合『解離』が躁だけど、7月中旬からずっと解離してた。


今日先生に話したけど「解離する度に、私を否定し始める。それが嫌」って話した。
これをおめでたく「スピリチュアル」と取って、幸せ満載な日々ならいいのだけど、私はそうじゃない。
社会と繋がってなきゃならないから。
普通の人と違う自分が嫌。

『霊』を否定しても必ず、私に入ってくる。
幻聴でフラッシュバックで。
もうどうにもならない。
クライアントがいくら「リアル」と言っても。


それが起こる度に、社会と繋がらなきゃならない私は、まず自分を否定する。
4年経っても、まだ自分を受け入れてない証拠。


と言うわけで、しばらくのんびり過ごします。
先生に「旅に出たい、恐山とか東尋坊とか」って言ったら「ダメ」って言われた。

主治医のジョージは、今の病院を辞め次なる病院に。
臨床は少ししかしなくなるんだって。
限られた時間、じっくりお付き合いすることになります。



お暇な人は声かけて下さい。
お暇なので。


でもって明日は上司と、外でお話です。
私のしんたいはどうなるのかね。

流れに身を任せます。
ウフフ。


でも負けないよ!


神さま
先生とあともう少し
あなたのいたずらですか。これは。



私は強いか弱いかどちらかしか持っていない。


中間がないのだ。


「強い」と「弱い」が同居してる。


以前の上司に「弱い自分と強い自分がひっぱりあって、人格作った」って言ったら「器用だね」って言われた。


器用なのか。


最近ではお酒で睡眠薬と精神安定剤を飲んでることがわかった。
無意識にやってたけど、自殺行為。


とんだカミングアウト。


いまはマイナスが強い。
でも医者からは「君はすこしうつな方がいい」と放置。


「ハイ」な状態になる方が危険みたい。


人格が分裂して「憑依」になるのがね。
変人になるんだってさ。
どんなに薬飲んでも、人格は分裂してるのにね。



私の会社はかなりホワイトな企業だわ。
今日出社したら、上司がすごく嬉しそうだった。
机の上には大量のお土産。

会う度会う度、いろんな人に「大丈夫?」と心配される。
昨日娘には「いくら今までがんばってたって、普通の会社ならクビだよ」と言われた。



正直言うとクビにして欲しい。
でも休んでも何しても、会社からクライアントから連絡が来て仕事せざるおえない。


私って凄く贅沢な事を言ってる。


辞めたからって何したいわけじゃない。
いま何も希望が無いから。


精神が安定した状態で「精神安定剤」飲むってこういう事よ。
いままでがんばって来たことも、すべて否定される。


「うつ」になったら「気分を上げる薬」を飲む。


それだったら、飲まない方が「普通」になれるんじゃないか。
って思うのよね。


休んでる辻褄を合わせるため、仕事でいろんな人に「持病」を持っていると言うと、みんな心配してくれる。
それもどうかと思う。
結局は甘えて言い訳してるに過ぎない。



あともうひとつ。
私に近寄る男性は私の「強さ」が好きで近寄る。
「弱い」部分に触れると、蓋をするか逃げるかね。
それもどうかと思う。


ま、それに何年も付き合ってきたから、どうでもいいことだけど。


今日は弱音で。
そんな日もある。

弱い時って人は集まらない。
「弱ってるんだね、元気つけてやるよ」っていう人なんて、めったにいないからね。

今は娘がいないので、仮面を被ってないから弱いかな。

今日は吐瀉物みたいな記事で「閲覧注意」な感じで。

明るくてハッピーな自分をアピールするより自分らしい。
たまには。


神さま
私は今日は眠ってあなたの所でくだをまきます。
私は人とは違うなと思ったのは、中学の頃。


人がいいよ。と言うのは全く心が動かず、私がいいよ。と言ったのは、友達が全く何も思わなかったのを中学生の頃感じました。


人と違う思考を持って、何かが違うと思いながら青春時代を過ごしました。

気がつけば、一匹狼的な自分を感じていました。

でもそれが苦痛じゃなかった。

ひとりで過ごす時間は凄く、楽しかったし大事な時間だった。
一人で好きな映画を観て、好きな雑貨屋をまわり。


「人とは違う」と言うことを全く意識しなかった青春時代は、私にとってかけがえの無い時間だったと思う。


人を意識しだしたのは23歳くらいから。
「こうであるべき」の官僚の彼と付き合った位からのときかな。
元夫だったけど。

今思えば、好きだったのかもね。
彼と合わせる事で「愛される」と思ってた。

自分の世界を忘れて相手の世界に合わせる。
私にとって貴重な時だった。

いま思えばなんだけど。

官僚の彼と付き合う前は、自分の世界に没頭した。
ファッションやらなにからなにまで。

ヨージヤマモト。コムデギャルソン、ニコル。
あと当時70年代を意識する服をあさったあさった。
(当時は古着をあさるしかなかった)
当時はニコルとかは、守りに入ってたのでベーシックなものしか売ってなかったわ。
今は見ないからわからないけどね。

70年代を意識するファッションや、リアルなコスチュームで当時のクラブに通ったわよ。
芝浦のできたてほやほやのクラブにね。

そこはそこでどんな格好をしても何も言わない、何も思わないところだった。
凄く自由だった。
ハタチそこそこのワタシはそこにはまったっけ。


なつかしいわぁ。


その経験が全て整って「劇団に入ろう」と思った時。
全てのステージの「衣装」をつとめる事になるとは、あとから知ったこと。


劇団の座長に頭を下げられてやった「衣装」
結局妊娠でみっつしか出来なかったけどね。
なぜ私に衣装を選んだかというと「世界観」を持っているからとか。
当時はみんな、自分の役柄しか考えなきゃならないところで、それに合わせて「衣装」が出来たのは、当時は苦しかったけど今では感謝してる。

いま時々観劇するなかで「衣装」は私にとって、結構重要なポイント。
無意識的に凄く観てることがわかる。

いまでは、なんでも着る不器用なおばさんなんだけどね。
でも観る人は、私のこだわりを知っているらしい。
美容師やスタイリストの人は、私を評価する。


みんながおしゃれっていう、ファッションはいくらでもできるの。
自分を表現するおしゃれってなかなかできないと思うのよね。


それって全てに繋がっていて、自分の世界観を「表現」するってなかなかできないこと。
「おしゃれ」に拘ったら、まわりのこと気にしなきゃならないもの。

私はここで「おしゃれ」なんかに気にしていないから、言えるけど。


人間なんて、泥臭くてなんぼよ。
45歳の世界観で言うとそうなの。


綺麗な世界なんて興味無い。
どろどろして這い上がって、それでいて泥沼から綺麗に咲く蓮の花のようになれればいいわね。


私の世界観はそうだわ。
今日もおもいのままに。


神さま
美しいの意味がわかりました。