私は人とは違うなと思ったのは、中学の頃。
人がいいよ。と言うのは全く心が動かず、私がいいよ。と言ったのは、友達が全く何も思わなかったのを中学生の頃感じました。
人と違う思考を持って、何かが違うと思いながら青春時代を過ごしました。
気がつけば、一匹狼的な自分を感じていました。
でもそれが苦痛じゃなかった。
ひとりで過ごす時間は凄く、楽しかったし大事な時間だった。
一人で好きな映画を観て、好きな雑貨屋をまわり。
「人とは違う」と言うことを全く意識しなかった青春時代は、私にとってかけがえの無い時間だったと思う。
人を意識しだしたのは23歳くらいから。
「こうであるべき」の官僚の彼と付き合った位からのときかな。
元夫だったけど。
今思えば、好きだったのかもね。
彼と合わせる事で「愛される」と思ってた。
自分の世界を忘れて相手の世界に合わせる。
私にとって貴重な時だった。
いま思えばなんだけど。
官僚の彼と付き合う前は、自分の世界に没頭した。
ファッションやらなにからなにまで。
ヨージヤマモト。コムデギャルソン、ニコル。
あと当時70年代を意識する服をあさったあさった。
(当時は古着をあさるしかなかった)
当時はニコルとかは、守りに入ってたのでベーシックなものしか売ってなかったわ。
今は見ないからわからないけどね。
70年代を意識するファッションや、リアルなコスチュームで当時のクラブに通ったわよ。
芝浦のできたてほやほやのクラブにね。
そこはそこでどんな格好をしても何も言わない、何も思わないところだった。
凄く自由だった。
ハタチそこそこのワタシはそこにはまったっけ。
なつかしいわぁ。
その経験が全て整って「劇団に入ろう」と思った時。
全てのステージの「衣装」をつとめる事になるとは、あとから知ったこと。
劇団の座長に頭を下げられてやった「衣装」
結局妊娠でみっつしか出来なかったけどね。
なぜ私に衣装を選んだかというと「世界観」を持っているからとか。
当時はみんな、自分の役柄しか考えなきゃならないところで、それに合わせて「衣装」が出来たのは、当時は苦しかったけど今では感謝してる。
いま時々観劇するなかで「衣装」は私にとって、結構重要なポイント。
無意識的に凄く観てることがわかる。
いまでは、なんでも着る不器用なおばさんなんだけどね。
でも観る人は、私のこだわりを知っているらしい。
美容師やスタイリストの人は、私を評価する。
みんながおしゃれっていう、ファッションはいくらでもできるの。
自分を表現するおしゃれってなかなかできないと思うのよね。
それって全てに繋がっていて、自分の世界観を「表現」するってなかなかできないこと。
「おしゃれ」に拘ったら、まわりのこと気にしなきゃならないもの。
私はここで「おしゃれ」なんかに気にしていないから、言えるけど。
人間なんて、泥臭くてなんぼよ。
45歳の世界観で言うとそうなの。
綺麗な世界なんて興味無い。
どろどろして這い上がって、それでいて泥沼から綺麗に咲く蓮の花のようになれればいいわね。
私の世界観はそうだわ。
今日もおもいのままに。
神さま
美しいの意味がわかりました。
人がいいよ。と言うのは全く心が動かず、私がいいよ。と言ったのは、友達が全く何も思わなかったのを中学生の頃感じました。
人と違う思考を持って、何かが違うと思いながら青春時代を過ごしました。
気がつけば、一匹狼的な自分を感じていました。
でもそれが苦痛じゃなかった。
ひとりで過ごす時間は凄く、楽しかったし大事な時間だった。
一人で好きな映画を観て、好きな雑貨屋をまわり。
「人とは違う」と言うことを全く意識しなかった青春時代は、私にとってかけがえの無い時間だったと思う。
人を意識しだしたのは23歳くらいから。
「こうであるべき」の官僚の彼と付き合った位からのときかな。
元夫だったけど。
今思えば、好きだったのかもね。
彼と合わせる事で「愛される」と思ってた。
自分の世界を忘れて相手の世界に合わせる。
私にとって貴重な時だった。
いま思えばなんだけど。
官僚の彼と付き合う前は、自分の世界に没頭した。
ファッションやらなにからなにまで。
ヨージヤマモト。コムデギャルソン、ニコル。
あと当時70年代を意識する服をあさったあさった。
(当時は古着をあさるしかなかった)
当時はニコルとかは、守りに入ってたのでベーシックなものしか売ってなかったわ。
今は見ないからわからないけどね。
70年代を意識するファッションや、リアルなコスチュームで当時のクラブに通ったわよ。
芝浦のできたてほやほやのクラブにね。
そこはそこでどんな格好をしても何も言わない、何も思わないところだった。
凄く自由だった。
ハタチそこそこのワタシはそこにはまったっけ。
なつかしいわぁ。
その経験が全て整って「劇団に入ろう」と思った時。
全てのステージの「衣装」をつとめる事になるとは、あとから知ったこと。
劇団の座長に頭を下げられてやった「衣装」
結局妊娠でみっつしか出来なかったけどね。
なぜ私に衣装を選んだかというと「世界観」を持っているからとか。
当時はみんな、自分の役柄しか考えなきゃならないところで、それに合わせて「衣装」が出来たのは、当時は苦しかったけど今では感謝してる。
いま時々観劇するなかで「衣装」は私にとって、結構重要なポイント。
無意識的に凄く観てることがわかる。
いまでは、なんでも着る不器用なおばさんなんだけどね。
でも観る人は、私のこだわりを知っているらしい。
美容師やスタイリストの人は、私を評価する。
みんながおしゃれっていう、ファッションはいくらでもできるの。
自分を表現するおしゃれってなかなかできないと思うのよね。
それって全てに繋がっていて、自分の世界観を「表現」するってなかなかできないこと。
「おしゃれ」に拘ったら、まわりのこと気にしなきゃならないもの。
私はここで「おしゃれ」なんかに気にしていないから、言えるけど。
人間なんて、泥臭くてなんぼよ。
45歳の世界観で言うとそうなの。
綺麗な世界なんて興味無い。
どろどろして這い上がって、それでいて泥沼から綺麗に咲く蓮の花のようになれればいいわね。
私の世界観はそうだわ。
今日もおもいのままに。
神さま
美しいの意味がわかりました。