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Inner world


内面の世界。
内面世界の奥に精神世界があると思っているの。



妄想も想像もそれらたくさんの事が、自分の中にある。


霊も魂も全て、自分の中に。



目に見えない、自分にしか見えない
それは全て内面世界だと言うこと。




「自分の中のもう一人の自分」は、一生懸命生きて行くことだけを伝えているわ。



私の答えはとてもシンプルだわね。



私の内面世界を精神世界に変えて、その想像力をどう使って行くか。



「霊」と共に。
自分らしく生きるために。



自分の言葉の奥のそのまた奥に、私の知らない世界があるかもしれない。



想像力
創造力


神の言葉も
霊の言葉も


私の内面世界は私の知らない精神世界へと続く。



きっと


これはきちんと出して行かないと行けないんだろうなぁ。



今日は私の内側で思った事、とりとめのない感じで。




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突然だけど、私は業が深い。
そして現世はいつも修行なのかもしれない。





スピリチュアルなのか、単なる人格障害なのか、ただの想像力なのかわからないけれど、私は産まれる前にだれかとどこかで、何かを約束したらしい。


ここで散々書いたけれど、私は言葉を覚えたての頃、産まれる前の記憶を家族に話していたとか。



「業」ついて考えさせられる幼少期の思い出。





いま無意識から来る「声」と声の無い人格「種」と付き合いながら、暮らしているけれど、その他にあともうひとつ、自分の無意識で「書く」と自分の思ってもいない言葉がぞくぞく出てくる。




書いたものを読み返していると、いくつか共通点があって、それが自分の深層心理なのかと考えてみる。




でも、なんか腑に落ちない言葉もたくさんある。




その中で病気になってから、度々出てくる言葉は


「悠久の折に約束したこと」


と「声」でも「書く」でも出てくる。





「悠久」ってなに?
「折に」ってなに?
ニホンゴムズカシイネ。





病気になってから「ゆうきゅう、ゆうきゅう」とずっとずっと言われていて、私はずっと会社の「有給休暇」の事だとばかり思っていたけれど「悠久」にすると、声や書くこと全てが繋がってくる。





書いてみていつも


「なんじゃこりゃ」


と思う。



これは自分でもわからない。

「口癖」みたいになっているのかなぁ。

会社でも「有給」って、よく言ってるしなぁ。





私が前世を信じてるかと言ったら、実はそうあまり信じていない。



でも信じることによって、私の想像力は自分の意識と違うところで、自分の中で起こっているのだから、ぐっと信じれば、自分がもっともっと広がるのかもしれない。



私の想像力は私の中にあり、意識とは違う無意識が溢れ出す。



「前世の記憶と約束」を思い出せば、自分はもっともっと広がるのかもしれない。





と、そんなかっこいい事言っても、一昨日の夕飯でさえも思い出せないのに、前世の記憶なんて、思い出せる訳がない。





でもいつか



「悠久の折の約束」



思い出したい。





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世の中のほとんどの人は「やりたいから」と言った仕事じゃなくて「やれるから」と言った理由で仕事をしていると思うの。




「やれるから、もっとスキルアップして、仕事を増やそう、何でもできるようにしよう」


そう思う人もいるし


「ここまでやれるんだからいいわ」


そんな人もいる。





私も今の仕事は「やれるから」と言う理由でここまで来たけれど、ベストを尽くしても限界があるのよねぇ。




夢中になって、悩んだり張り切ったり。
そんな事を行ったり来たり。




そこで私の仕事がいかに充実しているかを書こうと思ったけれど、気がつけばそれは私自身が興味が無い。




なぜなら「やりたいから」の仕事じゃないから。






「やれるから」の仕事は頑張るほど無理が出てくる。



仕事なんてまじめにやるもんじゃあないね。
楽しんでやるもんだ。




幸いにも、人と関わる仕事。
みんなの面白ネタを聞いて「がはは」と笑う一日を過ごしたわよ。



と言うわけで




仕事夢中強化週間実施中だけど、ぼちぼち終わりそうです。





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仕事の移動中、このショーウインドウを見て、ピタリと足が止まった。


「こんな下着、これから着ることがあるんだろうか」



そう思って、ショーウインドウに映る自分を見て



「こんな下着、似合うんだろうか」



と、とっさに思った瞬間




「こんな下着を着けて、喜ぶのは自分だけなんだろうか、誰かに見せて喜ぶ事が喜んでくれる事があるんだろうか」




と、この一つのショーウインドウで、いろんな事を思ったわ。




42歳。
等身大の自分。



離婚して一年半。
結婚してからもこんな下着を着けたことが無かった。



オンナとして生きたいと思うけれど、その方法もわからずただ夢を描くのみ。



娘を大事にしていこうと思うと、そしたらまず自分を大事にしていかなくちゃと思うのよね。



だからスポーツのような愛の行為だけの、ボーイフレンドはいらない。
でも、そのようなボーイフレンドがいたら、こんな下着を着けてウキウキする事もあるのかもしれない。




こんな下着を着けて、おしゃれしてキレイなネイルをして、指先から足もとまでピッカピカに磨いて、おいしいご飯とお酒を飲み、スポーツをしに行く。



それが出来たら、私はもっともっと自由に楽になれるかもしれない。



でもそれは私の望んでいる事じゃない。



下着をここ何年も買っていなくて、その買った当時とは胸が小さくなった。
もうそろそろ購入して、そうしたら可愛くてキレイな下着を買えば、全てが明るい気持ちになるのかもしれない。



そうも思った。




でも



次にちゃんとした彼が出来るまで、この楽しみはとっておこう。



私らしいオンナであるために。






今日は少し道草を食って、少し仕事を忘れてオンナとしての私を考えた日なのでした。



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