突然だけど、私は業が深い。
そして現世はいつも修行なのかもしれない。
スピリチュアルなのか、単なる人格障害なのか、ただの想像力なのかわからないけれど、私は産まれる前にだれかとどこかで、何かを約束したらしい。
ここで散々書いたけれど、私は言葉を覚えたての頃、産まれる前の記憶を家族に話していたとか。
「業」ついて考えさせられる幼少期の思い出。
いま無意識から来る「声」と声の無い人格「種」と付き合いながら、暮らしているけれど、その他にあともうひとつ、自分の無意識で「書く」と自分の思ってもいない言葉がぞくぞく出てくる。
書いたものを読み返していると、いくつか共通点があって、それが自分の深層心理なのかと考えてみる。
でも、なんか腑に落ちない言葉もたくさんある。
その中で病気になってから、度々出てくる言葉は
「悠久の折に約束したこと」
と「声」でも「書く」でも出てくる。
「悠久」ってなに?
「折に」ってなに?
ニホンゴムズカシイネ。
病気になってから「ゆうきゅう、ゆうきゅう」とずっとずっと言われていて、私はずっと会社の「有給休暇」の事だとばかり思っていたけれど「悠久」にすると、声や書くこと全てが繋がってくる。
書いてみていつも
「なんじゃこりゃ」
と思う。
これは自分でもわからない。
「口癖」みたいになっているのかなぁ。
会社でも「有給」って、よく言ってるしなぁ。
私が前世を信じてるかと言ったら、実はそうあまり信じていない。
でも信じることによって、私の想像力は自分の意識と違うところで、自分の中で起こっているのだから、ぐっと信じれば、自分がもっともっと広がるのかもしれない。
私の想像力は私の中にあり、意識とは違う無意識が溢れ出す。
「前世の記憶と約束」を思い出せば、自分はもっともっと広がるのかもしれない。
と、そんなかっこいい事言っても、一昨日の夕飯でさえも思い出せないのに、前世の記憶なんて、思い出せる訳がない。
でもいつか
「悠久の折の約束」
思い出したい。
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