超絶「鬱」始まりのわたし。
超真っ青な気持ちの私。
もうこうなったら、とことん「鬱」で遊ぼうかと思ってる。
どろーん
どろどろーん
どろどろどろーん
悲しいメロディの音楽を聴いたり
布団に包まったり
「鬱」を満喫。
と言いながら、外に出ればとっても元気。
実は元気なのであります。
苦しい思いを誰かに頼ろうとしない、人のせいにしない。
どんなに身体が重くたっても、どんなに気持ちがブルーでも、人の前で笑っていれば、自然に元気が出るもんだ。
私は私
わたしはわたし
私はわたし
わたしは私
ぱっくり分かれた自分が、自分の中でしっかりとそう思います。
表面的な私も
内面的なわたしも
まるごと受け止めるのは、いま自分自身だけ。
受け止めて受け入れられないと、前を向いて歩けない。
仕事柄、出逢いの多い私は、たくさんの人からたくさんの言葉をもらい、それが直接的であっても、間接的であっても、良い言葉も悪い言葉もたくさんもらいます。
時には誰かの言葉を借りて、自分自身の事に気付いて行く。
互いに高めあえる人の言葉を頼りに生きていく。
それが苦言であっても、自分を高めるのであれば感謝する気持ちを持つ。
問題から逃げない、けどそっと見守って行くことも大事だわ。
あきらめないことと、受け入れること。
あらゆることに感謝すること。
どんな言葉であれ、誰かの前向きな「言葉」に感謝する。
ネガティブな悪い言葉は、どこかゴミ箱に捨ててしまおう。
精神的な病気にかかったら、まず必要なのは、それに相反するメンタルの強さが必要になってくる。
悲しいメロディの音楽を聴いて、布団に包まっての危険な遊びから学んだ。
ここで書くこと。
戒めの意味も込めて「言葉」の大切さを重く重く感じるのでした。
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ねぇ、2月は「鬱」になりやすいんですってよ、奥さん。
医者に止められていると言うことと、他にもいくつか訳があって、現在見ているだけの即興を辞めようかどうしようか悩んでおります。
あきらめないこと
受け入れること
いろんな事を考えていたら
超絶「鬱」はじまりはじまり。
医者に止められていると言うことと、他にもいくつか訳があって、現在見ているだけの即興を辞めようかどうしようか悩んでおります。
あきらめないこと
受け入れること
いろんな事を考えていたら
超絶「鬱」はじまりはじまり。
「Dissociation」
「解離」
「解離」の感覚はこの写真の感じに似てる。
「解離」で悩まされた日々。
そうなった自分とどう向き合って、どう付き合っていくか。
ここでも散々書いたわね。
医者に相談すればまた、効果が無い副作用の強い薬が処方されるだけ。
それでいて、私は霊能者でも無い。
私はメッセージが欲しい人に、霊的なものの見方のメッセージを伝えるだけ。
やれること
やらなきゃならないこと
やってはいけないこと
全て整理して、できる限りの事をする。
誰かに理解してもらえなくても、理解してもらっても。
答えは自分の中に。
自分を信じてゆく。
あらゆることに感謝する。
ただそれだけでも、気分のいい毎日はそう送れない。
全てを上手くやろうとしない。
そう思っても、でももやもやする日もあるもんだ。
何か言いたい人には言わせておこう。
やらねばならないことの大きさや、やりたいことへの難しさを、本当に本当の意味で理解出来るのは自分自身だけ。
勉強中なのだわ。
自分の内面を磨くぞ。
この「解離」で未だに様々な思いをして、また私の中でも「解離」し始めます。
神さま
どうか私に強さとしなやかさを
わたしは
私は
どこからきて、どこへゆくのか。
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