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WeekEnd Bar ブログ

密かに営まれる秘密のWeekEnd Bar のブログ!イベント情報から、秘めたる想いを垂れ流し・・・。

毎度お知らせ失礼致します。
12月10日(土)


ORIGIN


年忘れ & クリスマス & バースデー PARTY!!


PM 8:30 ~Open
Door : ¥1000(1drink付)


今年最後のORIGINパーティー‼
クリスマスソングやDISCOサウンドに身を任せ、テキーラを飲み倒しましょう(^O^)/


有志によるダンスパフォーマンスも、数組予定してます♪( ´θ`)ノ


弾き語りもあるかも~( ^_^)/~~~


何でもアリ?のORIGINは大騒ぎ‼


DJは、当時全盛期の六本木のディスコフロアを揺らしてきた、SOS!
今は八百屋の二代目(笑
そして、DJ hiraiにお任せ下さい♪( ´θ`)ノ


さらに、ORIGINでもお馴染みのブラジル出身アンジェロのパートナー、美江さんの誕生日でもあります(^O^)/


知ってる人も知らない人も、便乗して盛り上がっちゃいましょう♪(´ε` )
そして仲良くなりましょう‼


そんな訳で、来週末の土曜日は、
ORIGIN集合で!待ってますよ(^O^)/

電話の主は、以前働いていた派遣先の産業ロボットの組立てラインで、別の派遣会社所属のチームリーダーからだった。

内容は、こうだ・・・
チームリーダーのお兄さんが働く、同じく産業ロボットの組立て会社の工場長で、人が足りないから、半年だけでもいいから、来てくれないか?という内容。

もう、就職も、サラリーマンも懲り懲りだった。

しかし、電話を切った後、チームリーダーには大変お世話になっていた事を思い出した。
僕がミスをしても、チームリーダーというポストを賭けてまで被ってくれた。
無口な人だったが、いつも冷静で、的確なアドバイスをくれた。
今更ながら、少しだけ後悔してた。

ま、いいか。僕はBarをするのが夢なんだ。ショーケースも売れに売れている。これで資金を作るぞ…

…でも、もし…もう一回電話が掛かってきたら、その時は、運命に身を任せよう。短い期間だったけど、世話になった人だ。恩返しをしよう…。

Bar計画が半年先に延びるだけだ・・・

一週間もしないうちに、また、チームリーダーからの電話。

覚悟を決めた…。

ショーケースのオーダーを打ち切り、注文分の製作完了後、チームリーダーの会社経由で派遣された先は、松山空港近くの産業ロボットを専門に、設計から組立てを請け負う少数精鋭の会社だった。

時給1500円、派遣会社には、2000円が支払われていた。なんと高額な時給…
数億円のロボットが月に数台送り出し、取引き企業はどれも、超大手企業のみだった。


朝の9時から、普通、定時は5時だよね?この会社…定時が夜10時…そこから体力と相談して…夜中の2時、3時は当たり前…もちろん残業代は洩れなく支払われた。

土日もクソもなく、エンドレス…

労働基準局が、社長をお尋ね者として扱う程の会社だった。

でも、社員の士気は高く、責任感に満ち溢れた職場で、技術者同士のプライドがぶつかり合う、本気の職場だった。また、工場には有線が流れ、カルチャーショックを受けた。

さらに、出張も頻繁で、三重県のキャノンの工場へ、複合機を生産するロボットの納品、据え付け、調整を二週間のスケジュールで行ったり、大阪だったり…その度に飛行機で社長に連れられて、日本各地を飛び回った。

社長の小さな背中は、偉大に見えた。
こんな経験値の浅い僕を含めて、何人もの従業員を飛行機に乗せて、出張させるなんて…。
勿論、滞在費もかさむ。小さな町工場から始めた初代社長・・・ビッグなビジネスを展開している。これまで、大変な苦労が伺え、サクセス・ストーリーや、世の中の色んな部分を垣間見れた。

そんなある日の出来事…
工場で、部品のサイズを計測をしている時だった…デジタル•ノギスという機器を使っていた。0点調整をしていると、0点を示す、ORIGINという文字が飛び込んで来た。

なんというデザイン的にもバランスの取れたロゴ…巷に溢れてもいない…日本語の4文字でンを含む名前は成功すると…聞いた事がある…
すぐさま、トイレに掛け込み、携帯でWikipediaで調べた…

コレや…意味にもストーリー性がある…

自分にピッタリや・・・

Barの屋号はORIGINに決めた‼


続く・・・


久々の自分史シリーズ・・・再開です(笑



さて、事件とは・・・

事件とまでいうのは、大袈裟かもしれないが、自分には一大事・・。


派遣社員として、就業6カ月目にして、解雇通知が届く。

繁忙期が過ぎ、大半の派遣社員が契約解除となった。


派遣社員なので当然なのだが、一年という契約期間だったので、話が違う・・・。

次は高知へ行けと言う。聞けば、3交代で、簿給・・・


サーフィンやりたい放題かも!?という下心はあったが、Barの開店資金を貯められるような内容ではなかったので、派遣社員の登録を解除。数か月後、日本ではトップクラスの派遣会社であったが、倒産した・・。


というわけで、失業者に転落、この半年の収入はホームレス時代の借金返済に充て、完済できた・・。


が、しかし、これでもう、自分の中で就職という選択肢は消えた・・・。


もう、自力で資金を作るしかない。恥ずかしい話だが、この時、貯金ゼロ、車はあるが、親に勘当され、ホームレス、信用ゼロ・・・今の自分に何が残っているというのか・・。


もうやけくそ!?になって、封印していたサーフィンをする為、高知県の中村市のとあるビーチに住みついた。


毎日サーフィン・・・あんなに好きだったサーフィンが全然楽しくない・・というか、楽しめない。社会に馴染めない自分に不安が募る。遊んでいても、心を解放出来ずにいるから、楽しくない。


夜は炭で毎晩、1人BBQ・・・と酒。

月が太平洋に写り込み、ロマンチックで綺麗な光景が、逆に虚しさを煽る・・・。

生産性のない毎日・・・。

高知へ来て、2週間が過ぎていた。


何がいけなかったのか、過去の自分を振り返るいい機会だったのかも知れない。

小学生中学年位の時の自分の夢を思い出した・・・。


『カ―・デザイナー・・・』


本来なら、デザイン専門学校へ進み、メーカーへ就職しないと出来ない職業。


そうや!これや!!これなら出来るかも!?ニーズはあるのか!?

やってみないと解らない・・・やってみよう!


という事で、車の模型専門のビルダーを目指す事にした・・。


工房がないので、松山は北条の知人宅へ転がり込んで、一部屋占領し、工房を構えた。

法人登記はしなかったが、個人で、『モデル・プロダクト・アーツ』という名前で名乗りを挙げた。


実は、Barで働いていて、ようやく落ち着いた頃、昼間に趣味で模型を製作するようになっていた。

この時は、海外脱出を計画し、成功して定年したら日本に戻って、とあるコンセプト・カフェを細々と経営しようと思っていた。

車好きが講じて、沢山の自動車模型を製作して、閉店した回転すしの店舗を使って、次々に懐かしい名車が流れて来る。

それを、爺さん達が集まって、ワイワイ懐かしい話やら自慢話を繰り広げる・・・そんな光景を思い浮かべながら、製作していた時期があった。鉄カフェの車版(笑


都会だったら、今でもイケるビジネス・モデルだと思う(笑 し、今でも諦めてはいない。でも、ネタバラシしちゃった(汗


まずは、模型そのものよりも、模型を並べて眺める為のショーケースを商品化する事にした。


今治 WeekEnd Bar ORIGIN ブログ


↑興味がある人は拡大してね(笑


上の写真の2枚は、DDFという日本のジオラマメーカーの商品で、中国で30台だけ生産されたもの。

それを、直径1.6mmの極細冷陰極管という、蛍光灯の超ミニサイズの照明を5本取り付け、A/Cアダプターで駆動させるという改造品を製作。

この貴重なモデルを僕の手によって4台が、照明付きに改造された。今も日本のどこかで、飾られているはずだ。


そして、下の2枚は、MDFボードを使用してゼロから製作した、1/18サイズを3台収容出来るショーケース。

モ―ターショーをイメージして、フロアー下にも照明を仕込んだ。フロア、天井照明、間接照明等も、それぞれ手前左側のボリュームで独立して明るさを調整出来るようにした。

これが、大ヒット!飛ぶように売れた・・・。

何十台作ったか、もう覚えていないけど・・・。


順調だった。だけど、開店資金を造る事など、気が遠くなるような話だった。


そこへ、思いもしない人から、僕の夢を現実へと導く電話が掛かって来ようなどと、考えもしなかった・・・。


『プルルルル・・・』



続く・・・