WeekEnd Bar ブログ -21ページ目

WeekEnd Bar ブログ

密かに営まれる秘密のWeekEnd Bar のブログ!イベント情報から、秘めたる想いを垂れ流し・・・。

半信半疑だったけど、まずは、物件を見に行った。


まずは常盤町・・・裁判所前。立地としては、繁華街から歩いて来られる距離だから申し分ない。


3Fということで、出来れば地下が良かったけど、1Fじゃないから・・いいや。


階段を上がって行くうちに、まるで初恋の彼女と再開した時に似た、胸の高まりを感じた。


何だ!?まるで、松山で働いていた、最高の店にそっくりじゃないか・・・。


3Fまで上がるまでの真っ直ぐな階段、細長い店舗空間、4Fロフト付き・・・。


事務所だったので、カウンターは無いが、全く同じだった。運命の出逢いだった。


松山の店より一回り広い、約100平米超の空間。スタンディングなら100人は収容出来る。


しかも、事務所の前は楽器店のライブ・スペースだったので、窓の一つすらない防音物件!


コレや!!ここしかない!一目惚れだった。


ただ一つ・・・条件を満たしていないのが、低い天井・・・。


この天井の高さを変えられないなら、諦めようと思っていた。


今治にこれ以上の物件は無いだろう・・・だが、この天井の高さではクラブとは言えない・・・


天井裏を覗いてみた。鉄骨からの釣り天井で、屋根裏には2m弱の空間があった。


思い切って、釣り天井を壊してもいいか、交渉した。問題無かった。



後は、家賃交渉と、何よりも大事なのが、退去時の条件だ。


家賃は僕の言い値でいいと言う・・なんちゅう良心的!!家賃は同じ空間を借りても、使用目的や、業態によって金額は変わって来る。


水商売は、夜逃げリスクも高く、社会的にも信用が低いので、保証金6カ月~12カ月、敷金3カ月、仲介手数料1カ月というのが平均的な相場なのだが、なぜか保証金と、仲介手数料は免除された。はっきり言ってありえね~!!


条件良過ぎ!!


そして、何よりも大事なのが、退去時に入居した時のように元通りに内装を戻さないといけないってのが、良くある。

居抜き物件ならともかく、現在は事務所だったので、Barに改装して、退去時に事務所に戻すなんて、戻すだけで数百万はかかる。


退去するってのは、移転か、閉店の時なので、数百万も出せる訳も無く、潰すに潰せず、借金の上塗りを続けるか、夜逃げしかないのである。


ドンドビのNOVAがあったビル・・・基礎丸出しにしなってあるのは、退去時に内装全部撤去せないかんから、賃料安くても、内装費に撤去費・・・回収するのに何年かかるのか・・・長い事誰も借りないのはそういう事。


リスクマネージメントが出来てないと、失敗は成功の元・・・では無くて失敗は再起不能になるのだ。


というわけで、退去時はそのまんま出るという事が条件として認められた。


もう、恐れるものは何も無くなった・・・。


早々に、仮契約は成立、店舗工事に取り掛かった。


このお世話になった、不動産屋社長・・・周りからの評価はボロクソなんですが・・・なんでお前だけ!?と周囲が驚くほど、僕には献身的に応援してくれる。


最初の出会いは、飛込み営業をアルバイトでし始めた23歳の頃、この不動産屋に飛び込んだのが始まりだった。

童顔で、スーツに着せられていた自分に、今は忙しいが、業務が終わったら時間を取るから、話を聞いてくれるというのだ。


普通、飛込みセールスが来たら、うざいですよね?

その夜、熱心にプレゼンテ―ションしたが、契約には至らなかったが、それからご縁の始まり。




さて、店舗工事だが、まだ電気が来ていない。たしか7月から工事を始めたが、店内はサウナのようだった。


真っ暗で、懐中電灯を便りに工事に取り掛かった。


大工さんの知り合いもいない。っていうか、雇う予算など無かった。完全に見切り発車だった。


たまたま、前の産業ロボット組立ての会社の、資材調達担当の社員が、実は夜はスナックを経営していて、しかも元内装工事業の経験があった。


日曜日に来て貰って、釣り天井の分解方法を教えて貰った。


翌日は、先輩で、Bar経営、コンビニ、リサイクルショップ、パソコン教室を県内に数店舗展開する、超ヤリ手社長が無償で手伝ってくれるという。


そんな大社長と2人、上半身裸になってワイワイ夢を語りながら作業をした。楽しかったな~・・・。


今治 WeekEnd Bar ORIGIN ブログ


続く・・・。



そして、親分に辞意を伝えた。
すると、最後に別の派遣先に二週間応援に行く事になった。

産業ロボットの組立てという特殊技術に特化した町工場は横の繋がりが強く、技術者を互いに融通するという知恵を知った。

新たな派遣先の社長はまだ若かった。

こちらの社長さんは、好きで社長をやってるのではないと言っていたので驚いて、聞いてみた。

若い頃、走り屋で…友人を乗せて、誤って崖から転落、死亡させてしまった…らしい。

莫大な慰謝料を請求され、サラリーマンでは一生働いても返せる額ではなかったという…。

お金だけで償える訳ではないけど、仕方なく会社を興し、全ての欲を封印し、インスタントラーメンだけで、数年間死に物狂いで働いたそうだ…。

世の中には、色んな人がいるもんだ…。何が起こるか解らない。

先延ばしにする事なく、今出来る事は今すぐやろう…と。

ORIGINの開業の意思は益々揺るぎない想いに成長し、不安もブレも無くなっていった。
こうした偶然の出会いは、実は必然だったのかもしれない。

バックレる事無く、無事に退社し、今治の実家に帰った。
数年ぶりの実家に緊張した。

Barを開業する事を打ち明けたが、当然反対された。
親父は肝硬変、肝臓がんを患い末期を経験する程、酒が好きで、飲み屋事情にも詳しい。

殆どの店は、ツケが凍り付き、代金回収に何処も四苦八苦している。お前にはムリだ!
と、一点張り・・・。


でも、僕には切り札があった。
キャッシュオン•システムと言われる、外国式の方法で前払い、又はドリンクとの引き換えなので、ツケは発生しない…。




今治ではあまり定着していなかったが、親父は反対する理由が無くなって、言葉を失った・・。



まっ、誰が反対しようが、強行突破。いままでこれでやって来たし、自分が信じてイケると思ったら、これからもそうするつもり。



やらずに後悔するより、やって失敗して後悔する方が諦めつくからね。



まずは、物件探しや!



条件的には、


①立地はどうでもいい。50人~100人収容出来る事。


②天井が高く、防音物件。




コレが僕の理想のCLUB経営の条件。



だけど、不動産屋に知り合いなど、いなかった。



まずは、1軒目・・駅近くの不動産屋・・・。


僕 『店舗物件ないですか?』


主 『・・・・・』



じーっと僕を数秒直視した後、保証人(親)連れて来い・・・と言い放った・・・。


いくら童顔だからって、いきなりソレは無いんじゃないの!?


二度と来るか!ボケ!!とは言えなかったけど、気を取り直して2軒目・・・



店舗物件を専門に扱ってそうな社名の不動産屋・・・


僕 『店舗物件ないですか?』


主 『残念!さっきまであったんだけどね、もうナイよ!』



明らかに、オトトイ来やがれ的な対応・・・ナンボでも空き店舗におたくの看板あるのに!?


物件出てきたら、メールする・・・という事になったが、メールが来る事は一度も無かった。


完全にナメられてる・・・・見た目で判断しやがって・・・






そうだ、思い出した。24歳で購入したマンションを賃貸物件として管理を委託している不動産屋に相談してみよう。住宅専門やから、間違っても店舗物件なんて持っていないだろうけど。


さすがにもう5年も会っていないから覚えていないだろうと、一般客のつもりで、店舗物件ないですか?・・・と、訪ねた。



主 『大○さんですよね?』



僕 『え?覚えてるんですか?』



主 『もちろん、大家さんの顔ぐらいは覚えとかないとね(笑』



僕 『クラブ・・やりたいんですけど・・・』



主 『僕が学生の頃、東京のクラブでアルバイトしてたから、今治でクラブを経営したくて、物件を抑えてあるんです。見て見ますか?』



僕 『!!!!!!』




続く・・・




店の名前が決まって、仕事中にもかかわらず、ものすごく興奮したのを覚えている。

前述したように、ORIGINとは、起源とか、出発点という意味である。

そもそもこの仕事の目的は、恩返しの為で、頼まれたら断れない性格・・・


やりたい仕事ではないのでかなり苦痛だった。


しかし、やってみると、かなりの高給で、店の資金は順調に貯まっていった。

この辛くて苦痛な日々が、自分にとって、輝かしい未来を手に入れる出発点であることを忘れぬよう、自分の為にORIGINという屋号をチョイスした。

この会社でこの仕事をしていなければ、ORIGINでは無く、別の屋号になっていたはず。
そもそも、前の会社で、チームリーダーに出会わなければ…若しくは、この仕事を断わっていても…同じことだ。


さらには、マーケティング的にも申し分なく、日本語では4文字で、忘れられにくくて、省略もされない。

音のバランスも良く、リズム感がある。

『オリジン集合ね…』とか、
『オリジン行こ‼』とか…

お客様のそんな会話が容易に想像で来た。

さて、この仕事を始めて約6カ月・・Barを辞めて、約1年を過ぎようとしていた。


この頃から、急速にカクテルレシピをどんどん忘却していく自分に気がついた。


今までは、いつでも思い出せたのに・・・


ハッとした。お客さんを盛り上げる独特のノリやテンションも忘れそうになっていた。


これはマズイ・・・


もうこれ以上時間がない。


店を出すなら今を逃したら、もう後はないな・・。


仕事のストレスも半端なく、出版社時代のノイローゼ気味の症状も出始め、もはや限界だった。


事業資金としては、目標の半分程度だったが、今ある資金で始める事にしよう。


たった半年で、数百万円貯まっていた。


派遣先の社長にも、Barを今時始めるなんて、お前バカか・・辞めておけ・・・と、愛情たっぷりに引き留めても頂いた。


今までの人生の中で、目標に対して1年も努力し続けた事は無かった。


もう、誰にも止められなかった。


続く・・・