バナナンのブログ -5ページ目

バナナの旅

2008/10/27バナナの旅に続く
それからまたブラブラと歩きます。 次は小学校を見せてもらいました。 その日は休日だったので、学校はお休みでしたが、若い先生一人と生徒が2~3人、学校で出迎えてくれました。 人懐っこい生徒は、そうですね、多分、7歳から10歳の間ぐらい。 高い高いみたいなことをしてあげると喜んでくれました。 校庭はありません。 学校といってもそうですね、20~30畳ぐらいの広さの部屋があって、それだけ。 あとは黒板があって、壁にいろいろな絵とか作品が飾ってあります。 スワヒリ語のほかにやはり英語教育が進んでいます。 黒板にも英語でいろいろと書かれていました。 



実際、ケニア、タンザニアで過ごしているとあまり言葉に不便さを感じません。 かなりの人が英語を話せるんです。 不思議な気持ちになります。 ポルトガル、スペインとか、中国では特に英語が使えなくて困ったことがありましたが、アフリカでは全く困らないんです。 それだけアフリカに対する先入観が強かったのでしょう。現在はインターネットの普及もアフリカに及んでいます。 携帯電話、ブラックベリーなどもどんどんこの地に入り込んでいます。 これから英語の能力をもったアフリカの人々はどのような世界観を持ち、どのような道を選んでいくのか。 ケニアに隣接するスーダンのように今や無政府状態なる国家も、いずれ膨大な世界の情報にさらされ、人々はどのように反応していくのか? 興味もあり、心配でもあります。 いまやアフリカの人々も我々と同様な情報を得ることはできるんです。 アフリカの歴史をさらっと見てみると、欧米列強、例えばイギリス、ドイツ、ポルトガル、そしてアラブと外国の支配下になったり、その影響を受けていろいろな戦争にも巻き込まれたり、そうだよね、奴隷の問題もありましたね。 先進国が与えた様々な影響は大きな影を落としたのかもしれませんが、同時に光も与えるきっかけをつくったのかもしれません。 スワヒリ語などはその産物かもしれませんね。 地域、世界、宇宙、宗教感など様々な視点があると思いますが、もし、それぞれの地域が尊重されて影響がなかったとしてもアフリカ部族間の戦いとか問題はあったはずですし、現在のグローバル化の中、この地球で生き残るためにはたしかにアフリカは連合をくまなければならないでしょう。 ま、ひょっとしたらそのうち地球連合を組まなければならない日は遠くない時期にくるかもしれませんが。 我々のかけがえのない青く輝く美しい地球を残すためにも是非アフリカからのメッセージを期待したいものです。 BBもBGと一緒にこれからもこの地を関心をもって見守って生きたいと思います。 Williamにできるだけ協力してみたいと思います。
 はい、ちびっとセンチメンタルになったところで、そろそろ小学校をあとに、次の場所に移りましょう。




路地に入り込んでいきます。 一家が陽の当たる路地で、食器を洗っています。 そこをちょっと失礼と通りすぎて、ある人の部屋をのぞかせてもらいました。 あれ~、可愛いね~、まだ10ヶ月。 か~わいいね~、BG! BGもこどもが好きみたいで、ここに来る前にも6~10歳ぐらいの子供たちに囲まれて写真とったんだよね。 子供たちがピチャー、ピチャーとか言ってってなんだか分からなかったらWilliamが写真だよって教えてくれました。 



アフリカの人たちにとって写真はまだまだ容易に入手することはできませんから特に子供たちは写真が欲しいみたい。 残念ながら、デジカメで撮った写真を見せるのが精一杯でしたが、それでも子供たちは喜んでた。 お茶目で、シャイな子供たちもいました。 BGと一緒に通り過ぎた後、建物の影から顔だけだして、じっとこちらの様子を窺ってる。 手を振ったり、笑顔を振りまくと、ぱっと出てきて手を振ってくれました。 もちろん満面の笑顔つきです。



ここでもBGはこども抱かせてもらったっけ? BG? 家の中はそれほど暑くはありません。 かすかに覚えていますが、お産のあと1ヶ月だか3ヶ月は母子とも部屋から出ずに、大事にするそうです。
蚊帳がつってあり、風もそれなりに入るような部屋で、髪を短くしているお姉ちゃん、幸せそうな母親、そして10ヶ月の赤ちゃん。 小さな幸せ宇宙を見せてもらいました。 ありがと。



 さて、お次はと歩いていくと、子供たちがなにやら生垣越しに中をのぞいています。 お母さんたちが笑いながら騒いでいます。
なにかなと思ったら、マリワナですね。男たちが奥でやってるんです。 どこでも男は阿呆が多いからね。 痛い目にあわないとわからないんだよね~。 馬鹿。
Williamがおめ~も吸いたい?とか言うんで。 ま、正直に、ん~すいたいけどやっぱりな~、とかいってると、BGに駄目に決まってるでしょって。 そうだよね駄目に決まってるよ。
 それではまだまだ交流は続きます。

バナナの旅

2008/10/24 バナナの旅に続く…
 さ、田んぼ見学を終え、次の場所に向かって歩いていきます。 



このMto Wa Mbuは多部族で構成されています。 120部族っていってたかな、で、20万人の村です。 結構でかい。 ここがすごいのはこの多民族が喧嘩もせずに調和を保ち生活をしているところです。 これはこのタンザニア政府(と、いうか、大統領)が、努力に努力を重ね、スワヒリ共通言語をしっかりと浸透させたりいろいろな努力をしている賜物だということです。
 次の場所に到着しました。 まずはモザンビークから来た部族。彼らは木を扱った工芸品が得意です。 屋根だけの小屋があってそこで5人ほどの男たちが工芸品をつくっていました。 材料はアカシアの木です。 そこではアフリカの人たちをかたどった木彫りの仮面。 人形。 きれいに磨きだした入れ物。 動物の模様だとかが施されている。 動物。 様々な種類のものです。
 Sundayが説明をしてくれます。顔のXXXの模様は結婚をしている印で…..赤の線はXXXの印で….それぞれさりげなく印しているような顔の化粧にもそれぞれ皆意味があるんだね。 感心した割には結構忘れてしまっている自分にあきれておりますが。 ま、若干いたずらに歳も重ねているのでご容赦ください。 ここでBBはちょっとした入れ物を買いました。 少しは村人に貢献できたかなとか思いながら次の場所へ移動しましょう。

 お次は、どんどん村の中に中に。 エチオピアに源をはっする部族の村にきました。 (エチオピアだっけ? BG! 助けてくれ~)。 鶏が庭にあそび、土塀のお世辞にも贅沢とはいえない、質素の3乗ぐらいの小屋。 中を見せてもらいました。 6畳もないようなところにハンモックのような布がつるしてあってここで寝るのかな。 台所は外の小屋ね。 もちろんガスもないし、電熱も無い。 薪の火とか炭が主に使用されています。 インフラとしての電線はあるみたいですが、全ての家にそれが通じてるわけじゃ~ない。 



バナナ畑を通って、普通の畑を見せてもらいました。 バナナ畑で思い出しましたが、タンザニアの初めての朝にそのロッジの庭に生えていたまだ青々とした硬~いバナナを一本採って食べてみました。 どうも地元ではこのぐらい青いやつを収穫するようですが、それを煮て食用にしているみたいだね。 生で食べると硬い硬い、渋い渋い。BBもビックリ。
バナナ畑はこれといった肥料を与えることなく、自身が朽ち果てそれが肥料となって畑が成り立っています。 
 さて、お次はどこから来た部族だか忘れてしまいましたが、アトリエ兼、絵画の販売所です。 印象派的な、象徴的な絵が多いかな。 結構いい感じのものもありますね。 BGが4枚購入。 いくらだったっけ? とりあえず、粘って交渉して、ま~ま~だったかなという感触が残っているんだけど。 あんまりねぎっちゃっても村への貢献も考えるとね…。 このときに前述したマサイの杖をおまけにもらいました。 Web siteのアドレスも書かれてたんだけど、帰りのナイロビ空港で無くしちゃったね、BG。 さて、また、次へ。 
何だこの飲み物は。 バナナビール? 1%アルコール含有量。 まずは説明を聞きました。 バナナを収穫して水を足し、煮込みます。 それになにか酵母を含んだ何かを入れて発酵させ、それを麻のようなズダ袋に入れて絞り出来上がりますが、何、飲め?
BB一瞬ひるみました。 BGは平気だったのかな? 何せ生水はご法度という認識を頭に叩き込み、歯磨きでも、一切、蛇口からの水を口にしてません。 ずっとここまでこのルールを守ってきたのに…. でも村人を前に断るのもとっても悪くてできないしな~。 しかも、またカップがでっかい。 ご丁寧になみなみとついでくれたのでBBもBGも一人500 mlぐらいでしょうか。
しょうがない、飲もう。 幸いまだ超特急ストッパーは手付かずだしね。BBごくごく、全部飲み干しました。 ま、うまくもないけど不味くもないかな。 それでは製造プロセスを見せてもらいましょう。 まずはバナナの皮をむいたものをどさどさと吉野屋の牛丼で使用しているような、で~っかい青のポリバケツにどんどん放り込みます。 それをこんどは煮え湯のはいった火にかけてあるドラム缶のなかへ入れぐらぐらと煮込みます。 よ~っく混ぜなきゃだめよ。 BGも棒を持たされて実地指導をされながらちょいと手伝いました。 何時間か煮込んだあと、こんどはそれらをポリバケツに入れて、発酵をさせるために暗所に数日寝かせます。 それで絞って出来上がり。 飲むときはふ~っと息を表面に吹きかけて、泡とか異物を回りにどけてごくごくやるんだって、ノウハウを教えてもらいました。 なんだか面倒なんで全部飲んじゃいましたが。







 まだまだ、村人たちとの交流は続きますが、次回ね。

そして待望のNgorongoroへ2

それからは会うは会うはで、野生動物のオンパレードでした。















やはりクレーターという閉じ込められた世界だからこそ

4時間ほどの間に、こんなにも多くの野生動物を見ることが

できるのだと実感しました。

やはり、ここはかなり特殊な地形の世界でも特別な場所なんだって

身をもって体験しました。

なるほど、世界自然遺産とはこういうことだったのね。

それにしても、私のイメージしていたアフリカとはまったく異なっていた

こと、それは、気温です。

昼間ですが全く暑さを感じません。

今年の日本、おもに東京ですが、ほんと暑かった!

ここは避暑地です。


すばらしいNgorongoroの体験でした。

ドライバーのWalterが、サイ以外の主な動物に会わせてくれました。

BBとBGには全く見えないのですが、Walterは双眼鏡をさっと使って

「あっちに象の群れがいる」

「ほら、あそこ、ライオンが休んでる」

なんてすばやく見つけるんだよね。

でも、BBが「サイに会えたらよかった」なんて言ったら

「最初の湖のところにサイがいたでしょ。

なんて言ってたけど、「あんな小さくちゃ、サイかどうかわからないでしょ」

なんて突っ込みを入れてたような入れてないような・・・


それから、愛嬌もののノブタが、寝っ転がってたんで、

「あ、ねっころがってる!」ってBGが言ったら、Williamにすごーくうけて、

それから何度も、「なんだっけ、んころがる」

「ねっころがるでしょ」

「そうそう、ほら、ねっころがってる」

なんて言ってたっけ。

なんか、ねっころがるって語感が面白いみたい。

ンゴロンゴロも面白いけどね。


テントに戻り、夕食です。

ここで、コックさんのMusayaが初登場。

ほんとうに工夫して美味しい料理を作ってくれた。

他のテーブルの料理よりもいつも美味しそうだった。

ちゃんと、テーブルクロスも敷いてくれた。

それだけでもとっても豊かな気持ちになった。


そうそう、買ってきたBeer飲んでたけど、すごく寒いんで

BBにテントまで取りに行ってもらって、シュナップス、飲んだんだよね。

強いお酒だけど、チビチビ飲むうちぜーんぶ飲んじゃったよね。

楽しかったね、BB。


テントに戻ってからも仲良くしてたよね。

夜中、あまりにも寒くて眠れなかったら、BBの寝袋に入れてくれて

ぴったりくっついて暖めてくれた。

本当に助かった!

ありがとう、BB。

愛してる!


朝がまたまた、寒かったんだよね。

持ってきた雨具の上下着て、震えながら、早朝の散歩したね。

真ん中に大きなパオパブの木があって二人で写真も撮った。


そして、朝の歯みがきしてたら、急にマサイの若者が現れて、

「ハロー」なんて声かけられて驚いた。

こっちは「ジャンボ」なんていったような気がするんだけど。


すごいたーくさんの思い出のNgorongoroでした。