と、気合を入れて、書き始めました

久方ぶりのブログ。


黄砂のせいで、向うに見える音羽山が霞んでいます。

このところ、日々の仕事が、やや重く、しんどいな~と思うことがしばしばあります。

ま、仕事とはそういうもん、なのでしょう、が。


とくに、時間的拘束と責任、これが重荷。。。


去年11月16日、府立医大入院

19日がオペ日。

もうすぐ1周年が来るんです。


年齢的なことも重なり、

とにかく「しんどいな~」と思うことが増えてます。


でも、逃れるわけにもいかない。


ある方が面白いことを仰っていた。

入院(精神科)して、先生や看護婦さんが

何もしないで休んでいると、褒めてくれる

外泊中、調子がよかったので、あれこれ用事をしたことを告げると

やりすぎは駄目です、と言われ

漸くわかった。


自分はいつも、何かしなければ、

世間の人は、皆、自分よりも頑張っている、

家族にしてもそうだ、

だから、少しでも元気になったら、ちゃんと自分の義務を果たさねばならん、

と思っていた。


でも、入院によって、この考え方が、漸く、変えられた。



頑張ることは、「半分の真実」、でしょうか。

半分正しいけど、全ての正解ではない。

しんどいなあと感じつつ、やるべきことをやる

成るべくいい結果を出したいが、しんどいと言っている自分を犠牲にしすぎてもいけない


このバランス、なかなか難しいけど、とっても大事。


1年間、再発なくやれたこと、感謝です。


このブログにも最近は書くのが少なくなったけど、

その存在は、支えとして、また繋がりとして、依然とても重要なものには違いありません。

これからも宜しくお願いします。

昨日、京都シネマで

ピアフィルムフェスティバルPFFのグランプリ受賞作である

まだ大阪芸大の学生である山川公平監督の

「あんたの家」という作品を見させていただきました。


きっかけは、数週間前のNHK-TVニュースで

本作品の紹介と監督インタビューが放送されたのを

たまたま見ていたから、でした。


テーマと若い監督の人柄にふれ、あっ、これは是非観てみたい

と思った作品であったのです


http://www.tiff-jp.net/ja/lineup/works.php?id=149


作品は、大腸癌術後の人工肛門をつけた夫とその妻の

老老介護の家庭が舞台。

行き詰まりながらも、必死で生きようとする老夫婦、

互いの身から絞り出されてくる言葉が、相手や自分にぶつかっては響き、

そのなかから、覚悟や生き様が立ち現れてくる

そんな様子を、真面目に、かつ愛をもって描写した映画でした。


京都でのPFF受賞作16本の上映初日でもあり、

上映後には若き山川監督自身も挨拶され、対話の時間も少しあったので、

私もつい、よかったと感想を一言。

28歳の山川監督曰く、「お父さんの年代の方から感想をもらえ、

まるでお父さんに褒めてもらったみたいで嬉しい」と応えていただきました。


考えてみれば、我が娘と同い年の青年であり、

なかなか頼もしく、若いのにやるな、と感じ入った次第です。





町内の役が当たって、今期は町内の副会長なので、

先週は、これまで一度も参加したことのない地区の運動会に参加。

応援してきました

紅白玉入れにも参加。

これまで繋がりのなかった町内の人たちとも、少しは知り合いました。


丁度、この歳になり、地域との繋がりの薄い状況に対して、

小さくとも何らかの貢献がしたいと思うようになり、


また、神戸の地震の時のように、

地域で災害が起きたような場合に

隣近所の助け合いが大切だから

普段から付き合いを大事にと思っていた矢先のことでした。


この連休、田舎に帰って、久しぶりに老母に対面。

80歳も半ばを過ぎ、耳も大分遠くなり、呆けは大丈夫なようだけど

大分自分でも加齢を感じているようす。

いつまで元気でいてくれるかなぁ…


母が何とか元気でいてくれているうちはいいのだが、

この田舎、二男である私にとっては、段々と

「遠きにありて想うもの」となりつつある印象は否めない


このようなことで、私の根っこは、今住んでいるこの地こそ

第2の故郷なのだなあと、改めて想っている今日この頃です。

昨日は学区の秋季大運動会。

私は今期、わが町内の副会長を仰せつかっており、初めの運動会への参加です。

町内の参加者もそう多くはないので、紅白の玉入れ、アップダウンリレーに私も参加しました。

玉入れ、超久しぶりでした。でも、結構難しい!!

入ったのは、たった1個だけ、でした。

年齢別リレーや綱引きの応援、等々。

いや~久々に大声出して、楽しかったです。


てきぱきと早めにプログラムも進行され、お天気も何とかもち

午後の早い時間に無事終りました。


そして、本日は仕事を終えた夕方から、再発チェックの定期検査があり、

大学病院近くの放射線科診療所で画像検査を受けました。

久々のMRI。

前のときより、あのトカトントン、バリバリ、ドッドッドッドなどの音、大きくなっていたような感じ。


久々に手術台に乗ったときの気持が再現したように思いました。

もしかして、何か言われるかなぁ~と不安がよぎったり、

でも、肝(きも)が座っていて、どんな結果であろうとも、どうしようと焦る気持にはなりません。

そして、明日が主治医の先生の診察です。


家族の支えに助けられていることを改めて感じています。

皆様にはご無沙汰ですが、このようなことで

何とか無事にやっています。

また、結果など、報告いたします。


ばたばたしていると、光陰矢の如し、で・・・

ブログも随分とご無沙汰になっている。


仕事の方も、そんなに長い時間・・・・


月8h 火11h 水8h 金11h 土8h で、計46h、か。

一般的にみれば、そう長い訳でもないか。。。

それでも、特に、火、金の夜の負担が大きい

この頃、結構愚痴っている。


身体の方は、何とか大丈夫な様子、

特に不調もないが・・・


この頃のトピック、といっても特別なことはないが、


1.町内会

 国勢調査の調査員を仰せつかっている。

学生の時は、国勢調査に反対していたんだが・・・

普段出会わないいろいろな方と出会えるのは貴重な機会だ。

今の時代はふれ合い、支えあう機会が余りにも少なすぎるから。


2.月、木星、星団の観察

 天体望遠鏡は、小さい頃からの夢。

ネットでそのキットがあることを発見。

さっそく買って組み立て、夜な夜な名月や木星等を観察して喜んでいる。

お月さんのアップ、しかもライブの映像、よいですぞ~。神々しい・・・

木星、400年前にガリレオが見つけた4つの月(衛星)も見える。

この望遠鏡、お値段は超安価で、何と3500円。

皆様も如何か?


久々の更新でした。

皆様のお達者、ご無事を祈っています。

我が家のきなこ、只今暑さでぐったりです

いやはや、残暑厳しいですね~~

とくに京都の暑さは、格別でしょうか

いや、全国的に、かな・・・


皆さん、くれぐれもご自愛のほどを


軟部肉腫(がん)で闘病中の方、仲間入りさせて下さい

夏休み最後の日、家族と花背の松上げ祭を観てきました。

素朴な、夏の終わりの京都の山村に伝わる火祭。

川向うのグランドがその舞台で

その火祭は延々2時間に亘って繰り広げられました。


祭の開始を待つ間は、空の星々の観察です。こんなにゆっくり星を見る機会は普段はまずありません。

だいぶ待ち草臥れた頃に、松明を持った地元の男衆の登場です。

グランド、川岸一面の松明に火がつけられました。

そして、クライマックスは、男衆が次々と縄の付いた松明(たいまつ)をグルグル回しては放り上げ

優に地上高20mはある大松明に火をつけるのを競い合うところです。


命中しそうになると、観衆からどよめきがおこり、

とうとう命中すると拍手が巻き起こります

こうして、祭をするもの、観るものが一体となり

最後、大松明が焼け落ちそうになったときに

大松明を支える支柱を固定している縄が切られ、

支柱は大松明とともにグランドに向かってドーンと倒れていきました。

最後の火柱が大きく燃え上がり、そしていよいよ消えていくのでした。


火と闇、生の昂揚と死の静寂、皆が共に今を生きていることといつしか孤独に死んでいく

憐れさとが同居している様を、しみじみと感じさせられた、山村の夏の火祭でした。

明日からは、また日常が戻ってきます。

猛暑の中、町内会の日役(ひやく)がありました

たしか5月には小川の掃除でしたが、

今回は町内からほど近い公園の草引きです


今年は役が当たっているので、率先して参加するようにしています

蝉がワンワン鳴くなか、やってまいりましたよ

といっても、凡そ1時間の短時間労働奉仕ですが

それにしても暑いので、普段室内の仕事ゆえ、炎天下の作業はキツイです


でも、こうしてご近所の人々同士の助け合い、協働、つながりは貴重です

終った後、ご苦労さんと言い合って、ジュースのご褒美をいただいて、連れ立って帰ってきました

汗でズクズクになったので、風呂に入り、着替えてさっぱりしたところです。


皆様、ご苦労様でした。。。といっても、ここは町内会のブログではないんですが…

入院して、ちょうど丸1週間が過ぎた。

本日は勤労感謝の日で、病院も昨日、日曜日に引き続き、外来方面は静か。

病棟も休日体制で、何となく閑散としている。

今のところ天気は、曇天。

予報では晴れ、日中の気温は昨日より5℃位高く、16℃まで上がると言っている。


入院予定では30日までなので、本日がちょうど中日。

TVでやっている大相撲も、丁度昨日が中日を迎えているはずで、単調になりがちな入院生活に少々色を添えてくれている。

因みに、今場所は両横綱が安定した相撲を見せ、両者相譲らず全勝の状況にある。


昨日はようやくといってよいか、怖い夢は見なかった。但し、肉腫の再発を懸念しているような内容の夢を見たように思う。

パジャマの上着の裾のミシン目の所が連珠状に小さく、時に大きく膨らんでおり、それを見つけたオレは、この大きな物は(5cm以上位なので)切除すべきかなあと思って、思案しているような夢だった。とくに大きな恐怖は伴わない夢であった。


先に、がんのありようは「軍事的である」と書いた。昨今の世界情勢でいうならば、北朝鮮のようなものである。かつての軍国主義日本のありようとフラクタルかもしれない。さて、このがん(肉腫)の“軍事性”について考察。


「戦争は政治の継続である」という言葉がある。軍事は政治的二者関係が軍事方向に発展したものである。すなわち、がんとオレ(生体の主体)の関係が政治交渉の折り合いがつかなくなり、もはや軍事(力)によってしか、その対立の解決がつかなくなったという事態である。

昨日、日記でオレはそのようになった相手(がん)のありようの特徴をMr.Exclusive(排外的孤立主義)と名付けた。

今、考えたいと思っている論点は、Mr.Exc.についてではなく、そうさせたオレの側の要因について、だ。

以前、オレは右足の痛風で苦しんだとき体験したことがあった。

(関連記事 http://ameblo.jp/bambo/entry-10452675463.html

すなわち、オレは相手(患部)をオレの一部と素朴に思い込んでいたが、相手はオレに対してそうは思えていなくて、オレ(主人)からねぎらいがない、と言われてしまった。


がんも、軍事化する前は、オレに対してある種のねぎらいを期待していた時期があったが、ある時期からもはや、期待することを止め、孤立・排外化(すなわち、がん化)していたのかもしれない。

とくにがん化する位の独自性を持っているから、元々「オレという態勢」の重要な一部であったものである可能性が高い(オレの中から生じたもの)。


いずれにしても、オレは今後どのようにオレを操縦していったらよいか、これが問題だ。

『がんががんになることで、身を通してオレに伝えようとしたことを受け止めていきたい』、そう思う。