今年の11月が来たら、オペ後丸5年が過ぎる。

今のところ、再発の兆候は、幸い無い。

昨年の11月、糖尿病の増悪はあったが。

5年たったから、絶対安心と言う訳ではないが、それでも警報が注意報位には緩むということか?


当初はこのブログや仲間の皆さんには、本当にお世話になった。

であるのに、今はこうして時折訪れるに過ぎない…

こんなでいいのか、世話になっておいて…

そう思う。


時どきでもこうして登場しますので、皆様お忘れなく。

気にはなっているのです。

皆様がどうしておられるか、無事か、そうしたことが。



久しぶりにいい本との出会いがあった。

というか、本を読んだこと自体が久しぶりであった訳だが。


この連休、旅行に出かける時に携えて行った本、

「シッダールタ」 ヘルマン・ヘッセ著 (新潮文庫、高橋健二訳、¥400)、

初版は昭和46年に出版されています。


ヘルマン・ヘッセの名前を知らない人は、今の若い人は知りませんが、いないと思う。

が、その作品を読んだ人は、そう多くないのではないかいな?

僕もその一人ですが。


たまたま、僕の郷里の地元紙のコラム欄にヘッセのことが載っていたんです。

その記事によれば、彼曰く、「運命は心の中にある」と。

ヘッセは、「意識が行動をつくり、行動が習慣をつくり、習慣が体質をつくり、体質が運命をつくる」と考えたというのです。

なるほど、流石うまいこと言うなあと思い、彼の著作に興味を持ち、そしてこの作品と出会ったんです。


ヘルマン・ヘッセ Hermann Hesse (1877-1962)、ドイツの抒情詩人・小説家。南独ヴュルテンベルグ州カルフの牧師の家庭に生まれる。少年期から社会や人生に折合をつけることが苦手で、挫折を繰返し、度々自殺願望やうつ状態にとらわれた体験を持つ。1946年ノーベル文学賞受賞。代表作に「郷愁」、「車輪の下」、「シッダールタ」等、ヘッセ名言集としてフォルカー・ミヒェルス編による「地獄は克服できる」等々がある。


本の裏表紙の紹介文を引用します。

「シッダールタとは、釈尊の出家以前の名である。生に苦しみ出離を求めたシッダールタは、苦行に苦行を重ねたあげく、川の流れから時間を超越することによってのみ幸福が得られることを学び、ついに一切をあるがままに愛する悟りの境地に達する。~成道後の仏陀を賛美するのではなく、悟りに至るまでの求道者の体験の奥義を探ろうとしたこの作品は、ヘッセ芸術のひとつの頂点である。


この作品、心が動かされ、涙なしには読めない箇所がいくつかありました。

ヘッセ探究、今後の課題だなあ。

皆様にもお薦めの作品です。

本日の京都、雨のち曇り、のち晴れ。一日家に居て、ごそごそ貯まっていた用事したり、だらだら過ごしました。

私の田舎に厄神さんという神社があって、2月に祭礼が開かれます。

最近知った興味深いこと。

その祭礼のメインエベントに、その夜の真夜中に

電気を消して真っ暗な中で、とある神事が行われると。

一つは、当然よい神様がご降臨される。

もう一つ、悪い神様がご降臨されるというのです。

よい神様とは、もちろん厄除けの福の神でしょう。

で、もう一方はというと、それは疫病神?!


で、丁重に両方の神様に対して、祀られ平安が祈られるのです。


福の神だけでなく、災いをもたらす神様にも畏敬の念をもち、ちゃんとお願いする、お世話をするということは、古くから、たぶんあちこちで行われており、アニミスティックな?古来からの信仰にもルーツがあるように思いますが…。


とかく都合のよいことだけを望み、嫌なことは避けがちな私たちですが、

嫌なことこそ、無視せずに、放っておかずに向き合うことをしないと駄目ですね。

こういう機会は私たちが、自身の「影」に向き合っていくまたとない貴重なチャンスだと思います。


この度、糖尿病が悪化したことからも、教えられたことでした。

何年振りか、と言うくらい

久方ぶりの

この場所へやって来た


相変わらず、毎日

診療所で

働かさせてもらっています


62歳になりました


肉腫の方は

お蔭様で

再発なく


この11月で

丸5年が経過します


その代り

昨年11月以来

糖尿病が悪化しました


現在、炭水化物制限に

大変前向きに取り組んでいます


きょうはここまで。

また、ね。

いやあ~お久しぶり!!

何とか元気でやっています。

先日も大学病院に定期健診で行ってきました。

今回は先週とった胸部CTの結果。

お陰様で異常なし、でした。

オペ後11月で丸3年になります。

やはり、5年が大きな壁らしいので、

あと2年無事にと願っています。


あんまりブログは見ないけれど、

繋がっていることの安心というか、

病気の自分にちゃんと向き合える感じが

こうしていると感じられます。

有難いことです。


きょうの京都はとてもいい天気で、

掘りごたつの中を1年ぶりに掃除しました。

もうすぐこたつ布団が必要になりそうな気配です。


僕の好きな言葉に

Think globally, act locally.

というのがあります。

草1本引くときも、

自分家の庭ではなく、母なる大地、地球上のこの場所を

綺麗にするのだと思って、やっています。


自分という生き物の世話も同じような意味がありますね。


また、近いうち?に 顔を出したいと思います。

皆さんの無事を祈っています。

極めて久々にブログを覗いてみると、いろいろな変化に出会う。

亡くなった方もおられた。



昨日あたりから、ここ京都では、夜、秋の虫の音色が聞こえてきたりして、

小さな秋の風情が 漸く感じられるようになってきている。


・・・・・・・


悲しみを抱えながら、

自分も含めてだが、私たちみんなの幸せを祈りたい。


謹んで、ご冥福をお祈り致します。

恐る恐るブログを書いてみる


極めて久方ぶりで


ペタもめっきり減った


こんな勝手な奴のブログなど


誰も気にしていないと思うけど


へそ曲りのオレは、こうして気の抜けたビールみたいなブログ書きを

何を思ったか、今急に始めた



60歳の誕生日を過ぎ


随分、疲れやすくなった


朝が早いのは一向に構わないが

夜はトップリ疲れる


80歳を過ぎたお婆さんが、歳をとることが

こんなに過酷なものだとは 想像もしていなかった

と仰った言葉が 印象的だ


あと10年は元気で働かないといけない

借金返済の責務と、仕事上の責務が許さない


強制力がないと、ぐうたらするに決まっている


閑話休題


2月に中学の同窓会があった


懐かしかった



またいつか、気が向いたときに登場します


読んでくれた人、ありがとう!!

何とか元気にしています。


今日は日曜日、今の時刻は朝7時前

東の空はまだ、お陽さん出てないけど

明るく照らされている

今日は、晴れる かな


さて、まんじゅうの一つ買いのお話です


仕事中、ションベンしていた時のこと

もちろん、トイレで


ふと気づいたことがある

俺って、相当な 寂しがり屋さん なのだ、ということに


そう気づけたことによって

普段、自分自身の中に、嫌な感覚、拘り、時には異常な行動が起きてくるときに

その寂しがり屋さんである自分が、一杯いっぱいになって煮詰まってしまっていた時でもあったんだ

ということにも 思いが至りました。


後で考えたこと。

今頃になって、こんなことに気付いた大きな理由として

自分が、「母親との離別」という事態に 今直面しているということが大きく関係しているのだなあ と思います。

歳をとっていても、それなりに元気で丹波の田舎で生きてくれていた俺の母ちゃん、

その存在があるということ、これは無意識のうちにも、大きな俺の心の支え、土台となっていたということに

改めて、気づかされている、ということなんです。

失う危機に瀕して初めて、そのものの有難味を知るんですね…



さて、ともかくこういうことで

その晩、たまたま俺は一人でした

家族が、それぞれの用事で留守であった夜でした。

晩飯のネタを買いに出かけた夕方の駅前のデパートの地下で

ネタを仕入れた後のことでした


食後の楽しみに、一つ スウィーツを買ってやろうと思い立ったんです

それは、他でもない寂しがり屋のオレのために。


お菓子の三つ買いや四つ買いは、普段からしていることですが、

一つ買いは滅多にしません

もしかすると したことないかもしれないくらい レアな行為でした。


本来なら気恥ずかしいと感じて、行わないような行動を

敢えて 寂しがり屋さんの自分のために したというのが

この 饅頭の一つ買い ということだったんです



晩飯を一人食した後

美味しく このお饅頭 戴きました。


長らくのご無沙汰です。

しかも、いま書いていたヤツが操作ミスで消えました…トホホ。。。


要は、術後2年がもうすぐというこの時期になって、

漸く心身ともに元気が戻ってきた感じがする、というお話でした。

手術というのは、ずいぶんな負荷がかかるんですね~、それを実感しました


昨日、地域の運動会があり、行って楽しんで来ました

あまり負荷のかからないプログラムにも参加させていただきました。

というか、人数の関係で、出てくれと言われるので、ですが。


話は変わって、けさいいニュースを聞きました。

皆さんは「イサバのカッチャ」ってご存知ですか?? 

僕は知らなかったんですが、こんなローカルな話題はいいですね。

Enjoy this page: http://www3.nhk.or.jp/news/html/20111003/t10015991561000.html

久しぶりにグルッペの皆さんの近況を覗いてみると、

再発の文字が多く目に留まりました


私の場合、オペ後1年と9か月目で、今のところ再発の兆候は見られてはいませんが、

術後3年という期間は最も注意すべき、謂わば「警戒警報」中の期間だそうです


再発、これは全く他人事では無いわけで、関係者の皆様、どうか気を落とさず、あのナデシコJAPANのように、

とことん粘り強く取り組んで行きたいものですよね。心より応援しています。


忘れもしません。手術台に乗せられたとき、全身麻酔が今始まろうという、その瞬間、

「Bambo(自分の名前)、頑張れ!」と、脳裏に響いた自らを励ます自身の声を。


あの体験は、今思っても不思議な体験でした

オレは俺であっても、俺が自覚していないオレも、確かにあること。

俺(自我といってもいいか)の狭い了見で、病気と闘おうというのは

10年早い。

ガンとの「戦い」は、スーパーな、俺を超えたオレに一任すべきだ。


俺の力だけでは、ガンに打ち勝つことはできないだろう。でも、俺を超えたオレなら、ガンの無謀な進展を止め、程よくコントロールする力を発揮してくれるに相違ない。

そのようなオレの守護を信じ、俺は気持ちにおいて厭世感や敗北主義に陥らないように注意して、粘りと希望を忘れないようにしよう。。。


閑話休題


療養病棟に入院中の88歳の母ちゃん


ベッドに寝たきりで、茫漠とした精神状態にあっても、時に

母は、こちらを見やって、漸く動かせる右手を挙げ


長年よく使ってきたその腕で

私や妻を、抱き寄せてくれます


そうして、細くなったその腕で、私らの背中を

トントンと、打ってくれるんです


ようこそ、元気で…との思いを伝えたいかのように。


意思表示が相当困難になり、寝たきりになっていても、その母ちゃんから、

たくさん温かなものが戴けた、そんな思いになりました。