「空を見上げて笑ってみた」
空を見るとき、私の眼差しは何を見ているのだろう
昨日、「この生き物はけな気だ」 と詠んだが
この生き物の眼差しが、だ
不安なのだろうか、あるいは、親を探しているのだろうか
そうだ、不安ということは
何か迫害、苦痛を与えるものがありはせぬか、と気配を探るために
あるいは守ってくれる親の気配を求めて・・・
とにかく空を見上げていたら
何とはなくしみじみした気持ちが湧き出てくるんだ
この生き物自身の眼差しと
この生き物をけな気と思う眼差しと
その二つの眼差しが、「私」だ
「五大のありがたさを忘れている」
日々の過ぎるのは早いもので
光陰矢の如し
とか言うように
気がついてみればもう11月がそこに
歳だって55歳なんて、自分でびっくりしてしまうよ
昨日も仕事で気の張る状況があった
けどこれも分からないからいいんだよ
もしきょう一日に何が待ってるか
予知できたらしんどいやろなぁ
分からないから
目の前に立ち現われてくる物事に対して
懸命になれる
句
苦しいのか苦しくないのかどうなん
いやなのか好きなのかどうなん
はっきりせんけどすっきりしてるんか
晴れた朝空を見上げて笑顔してみる
とりあえず独り笑ってみる
この生き物がけな気だ
この生き物なりに懸命に生きている
なんでだろーはちと古いがこの疲れ ┐( ̄ヘ ̄)┌
新作です
急に訳も分からずに
自由律俳句始めた
いきなりの筋トレで腰曲がる (・・。)ゞ
自由を求めて囚われている (x_x;)
今後がんばってつくろー
読者の皆さん!といっても誰が読んでくれるのか、心もとないことだが・・・・
まあ、いい。ほとんどmonologであることを承知でやっているんだから
気にしない!
そうそう、1つ面白い写真が撮れたので
公開しよう
ちょっと分かりにくいけど、我が家のキナちゃんは
なななんと、あのチャングムの誓いをこうして
鑑賞しているのです!
ビックリニュースでした![]()
またまた我が家のきなちゃん登場
朝ごはんをやる前のおねだりの折の一瞬のポーズ
きょうは何となく俺はセンチメンタルな?感じ
嫌な感じじゃないが、胸に感動ではなく、こみ上げそうな感覚がある
それは悲しみや懐かしみの感じに似ている
最近例の「深い河」のビデオ版を見たことも
その一因かも知れないが・・・
見ている主体は誰か
何が(誰が)見ているのか
ギラギラした生の本能が、か
私なのか
より深い私を超えた何者、なのか
私は誰なのかとという命題に言い換えることもできるだろう
僕は、今は周作先生の感性が好きだ
先生は確か、「眼差し」という言葉を使われていたと思う
私の眼差しに、いろいろなものの眼差しが重なってイメージされるのだ
悲しみと情けを湛えた鳥の、犬の、手を取り合う二人の
そして踏み絵のキリストの、それらの眼差しの重なり合い、だ
秋の爽やかな風に乗って
きょうもおんなじ調子で
それがどうしたと唄う
山鳩の鳴声が
聞こえているなあ
昨晩NHKでなかなか興味深いドキュメンタリー番組をたまたまみた
60年目の恋文ってなタイトルだった
昭和19年、奈良の国民学校4年生のA君の
四男(ヨンダン)と呼ばれたクラスに
教育実習生の女性がやってきて1ヶ月半の教育実習がなされるのである
そしてA君は、この実習生の女性先生に初恋をするのである
いろいろな経緯で70歳位のA氏が、この先生と思わしき人物を
偶然見たTVの戦争関連のドキュメンタリー番組の中に発見し
遂にその先生宛に手紙を書くというのがこの度の話の発端であった
とても印象的であったのは、この文通を通してお二人の心に出現したものは
当時そのままの子どもの、そして娘の自分自身であったことだった
それが覚醒し、はげしく懐かしく彼、彼女の身体や感情を揺さぶるかのような体験に
当事者のお二人も、びっくりされていた
二人が出会われた昭和19年の夏という時代背景も一層このお二人の出会いを
際立たせたものにしていたのであろうと思う
考えてみれば、このような出会いと時間の隔たりは
同窓生、親子、夫婦などでも共通の要素がありそうだ
ただ家族の場合は、今も日常的に出会っているという違いがあるが・・・
過去の自分自身に出会うその眼は、もはやそれを
「嫌悪するのではなく、憎むのではなく、
それを忍び、それを悲しみながら愛している光のために
このように、(その眼は)うるんでいる」(遠藤周作、満潮の時刻p197)のだ、と思う
先輩にあたるS氏が亡くなられ
昨晩お通夜があった
われわれの一回り上の世代の先輩方が
丁度大きな節目を迎えている時期のようだ
次の番は、われわれ、ということになる
このところI氏、H氏と身近な先輩方を
そういえば次々に失っている
自分たちが次の番で
あの世に向かって矢面の位置に
自分らが立っているということになるので
当然、何と言ったらよいか
不安と言うか、頼るものがない感じになる
でも僕はあの世からの
死者による祈りを
信じているので
少なからず救われている
と思う
死は永遠?の
解放であるから自然にそれを迎えられたならば
新たな旅立ちだ、と思う
のだが・・・
空は爽やかに晴れ
秋のうす雲がフワリと浮かび
何だか呼吸 が楽な感じだ

