昨晩NHKでなかなか興味深いドキュメンタリー番組をたまたまみた

60年目の恋文ってなタイトルだった

昭和19年、奈良の国民学校4年生のA君の

四男(ヨンダン)と呼ばれたクラスに

教育実習生の女性がやってきて1ヶ月半の教育実習がなされるのである

そしてA君は、この実習生の女性先生に初恋をするのである


いろいろな経緯で70歳位のA氏が、この先生と思わしき人物を

偶然見たTVの戦争関連のドキュメンタリー番組の中に発見し

遂にその先生宛に手紙を書くというのがこの度の話の発端であった


とても印象的であったのは、この文通を通してお二人の心に出現したものは

当時そのままの子どもの、そして娘の自分自身であったことだった

それが覚醒し、はげしく懐かしく彼、彼女の身体や感情を揺さぶるかのような体験に

当事者のお二人も、びっくりされていた


二人が出会われた昭和19年の夏という時代背景も一層このお二人の出会いを

際立たせたものにしていたのであろうと思う

考えてみれば、このような出会いと時間の隔たりは

同窓生、親子、夫婦などでも共通の要素がありそうだ

ただ家族の場合は、今も日常的に出会っているという違いがあるが・・・


過去の自分自身に出会うその眼は、もはやそれを

「嫌悪するのではなく、憎むのではなく、

それを忍び、それを悲しみながら愛している光のために

このように、(その眼は)うるんでいる」(遠藤周作、満潮の時刻p197)のだ、と思う