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30年目のバリクバヤン 

「バリクバヤン」とは、フリィピンの言葉で「里帰り」の意味。
1978年にフリィピン人と結婚。今年2月にサラリーマンを卒業。
4月下旬から3週間の里帰りを予定しています。
出会い~結婚~現在までの38年間と里帰りの顛末を綴ります。

毎朝、妻と娘の帰宅時間を確認する私。

それは、帰宅時間に合わせて暖かい料理を食べさせたいからです。

昨日は、妻は友人との会合で外食。娘は予定なし。(大体21:00頃帰宅予定)


それに合わせてご飯は1合炊く。(健康志向で、そんなにお米は食べません)


20:00から味噌汁作り、その後白菜と豚肉炒めの準備をして

21:00に完成。なんとなく遅くなる予感がしたので、先に一人で食べ。食器を洗い、ソファーで横になりながらTVを見ているといつの間にかウトウト。


いきなり、妻と娘に起こされる。時間は23:30.

娘は仕事が忙しく、残業・外食したそうで止むを得ません。


いつも旦那さんの帰りを待つ、世の中の奥さんの気持ちが

チョット判った気がした昨晩でした。


毎日、家族で夕飯が食べられますように!!

今朝、妻が通勤するので8:40に駅まで送って行った。

家に戻り朝食を摂っていると、妻から携帯に連絡。

地下鉄銀座線がダイヤが乱れ、妻の乗った電車が「上野広小路」で止まっていて、運転再開の見込みが判らないとのこと。どうすればいいのと聞かれたので、歩いて御徒町へ行き、山手線で神田へ行ける。と教えると、歩きたくないので、

電車の中で待つと言う。


不思議である、電話の質問の趣旨が判らない。

私には、停止している地下鉄を動かせるパワーは無い。


頼れるのは、私だけ。これは判る。私なら上野から三越前まで歩く。それが確実だから。



昨日は、夜半から強風しかも北風で体感温度は低く感じた。


昼は、娘が知人から頂いた「讃岐うどん(乾麺)」を鶏肉・ほうれん草を加えて食した。しかも料理は娘がやったので楽が

できた。(最近、娘は料理・食材に興味を持ち始めたようだ)


食後、うどんのスープがかなり余ったので、夜もこれを利用

したいとの提案があり、「寒いから、初の鍋にしよう」と話がまとまり、鍋に決定した。ちなみに本日妻は仕事と、その後

パート仲間と会食をするそうで遅い帰宅になるらしい。


白菜・シメジ・長ネギ・豆腐などを加え、味付けをして美味しい鍋を頂きましたがここでまた問題が。

調理した量が多くて余ってしまったので、今夜は味噌味で

また鍋を食すようです。我が家では、こういうケースは良くあります。


昨晩、ベランダから十三夜のお月様が綺麗でした。

そういえば、昔「十三夜」という唄がありましたね。

昨日、妻は13:00頃から近くのショッピングセンターへお出かけ、

行きは私が車で送って行った。帰りはバスで帰る約束。


娘は、16:30に外出で夕食は外で食べ、バスで帰宅とのこと。


これらの情報から夕食当番の私は、夕食プランを次の様に考えた。

1.ご飯は昨日の残りが2人分あるから直前にレンジで暖める。

2.味噌汁は、私が作る。豆腐と大根。

3.おかずは、19:00頃のスーパーの値引きに併せて買い物。


そこで、19:00にスーパーへ行く。

刺身が398円の30%引き。

アジの大葉フライ 210円の30%引きを購入し帰宅。


その後、21:00に妻と二人で夕食。私はソファーでうたた寝していると娘が帰宅。


何か食べる物があるかと妻と会話。妻が冷凍庫をチェックして何か作って食べさせる。


娘よ、急に言われても困ります。途中でコンビニで買うように

後で言うつもりです。

昨日、妻が休みだったので、二人で神田の画廊へ出かけた。


10日程前に我が家に1枚の葉書が来た。

旧知の知人(版画家)からの個展のご案内である。

この方は、我々が所帯を持ったときに我が家の隣に暮らしていた方で、英語が堪能なため、妻が来日直後3ヶ月、日本語を教えてくれた方である。


約27年ぶりの再会を果たす。画廊に入った瞬間に向こうの方も妻を思い出し、思わず駆け寄り懐かしんでくれた。

その後のお互いの経緯を語り合い、あっという間に時間は

過ぎた。またの再会を約して辞する。


人との出会いは大切である。そんな思いを改めて感じた。