30年目のバリクバヤン  -20ページ目

30年目のバリクバヤン 

「バリクバヤン」とは、フリィピンの言葉で「里帰り」の意味。
1978年にフリィピン人と結婚。今年2月にサラリーマンを卒業。
4月下旬から3週間の里帰りを予定しています。
出会い~結婚~現在までの38年間と里帰りの顛末を綴ります。

先週の木曜日に行った新宿での面接(マンション管理員)の結果については、1週間後までに連絡がないので落ちたようです。自信があったので残念ですが、こればかりは縁がなかったと思い、気持ちを切り替えます。


現職時、私は面接する側にいたので、今回面接される立場は、20年ぶりでしたがその心理も判り良い経験になりました。


日本橋の派遣面接は、自宅へ戻りいろいろ考えた末、こちらからお断りしました。


働きたい気持ちは変わらないので、別に進めていた求人案件に応募し、昨日派遣面接に赤坂まで行って来ました。


今までの勤務先は、品川・浅草でした。赤坂などの都心は初めてだったので気分的にはウキウキでした。


1,000人弱の企業の年末調整と雑用で期間は12月末までの短期です。


結果は、11/10までに返事がくるそうです。

私もfacebookに登録して時々書いている。何故ならばフリィピンでは圧倒的にfacebookの利用者が多いから、親族との連絡用に使っている。親戚の誰かが誕生日だと50通くらいのお祝いの言葉がやりとりされている。


姪の娘(19歳の大学生)は、中毒に近く。1日に何回も他人やTVの映像をコピーして載せている。


面白い映像を他人に見せたい・見てもらいたいというサービス精神は、フリィピン人独特のものだろうが、実際の映像は

大したことはなく、日本だと大体TVのニュースや番組で放映された程度のもの。


先日は、この9月上旬の大雨で東京の地下鉄の連絡道が水没したニュース画像が載っていた。コンクリートの床とタイル調の壁、水深1M程度の水溜りにごみ一つ無く、書き込まれたコメントは、「きれい、わが国のプールより清潔に見える、なんで泳がないの」と書かれていた。


facebookには、いろいろなグループがあり、親戚同士がグループを組んでいるところもある。


私の親戚も○○Familyというグループで登録者60名ほどで、親族の集まりのお知らせなどが載っている。


私が里帰りした時も、動画・写真が多数掲載されその反応が面白かった。

フリィピン人が日本で暮らすようになって、いろいろ戸惑うことがあるが食事もそのひとつだろう。


まずは、食事のスタイル。フリィピンでは手で食べるかフォークとスプーンで食べる。我が家も37年経つと普通に箸を使うが(器用に左利き)、一人で食事するときは、黙ってみていると大きな皿にご飯を盛り、そこにおかずを入れてフォークと

スプーンで食べている。


日本人から見ると、安全で何でも美味しいから問題は無いと考えるが、不慣れな食感や味付けが問題になることがある。我が家でも来日直後は、納豆・梅干は苦手だった。


ところが、いつの間にか二つとも好きになり、仕事に行くときは、ご飯と納豆というパターンが多い。


私も納豆好きであるが、最近は私より食べる頻度が多い。

長男が小さいときは酷い偏食で納豆ご飯しか食べなかった。


刺身も最初は苦手で、初めて〆鯖を食べて全身に蕁麻疹が出て夜中に病院に行ったこともあるが、そのうち刺身や寿司が好きになり、トロ・いくら・うに等の高級なネタが好きで困ってしまう。私は玉子や赤身などの安い物を食べてバランスを図っています。

最近、フリィピン関係ブログの皆様が「趣味は奥様」と書かれているのを微笑ましく感じています。


私も同じです。今年2月にリタイアするまでは、仕事と妻が半々の比重でしたが、リタイア後は100%妻です。


妻との馴れ初めは、このブログの初めの方に記してありますが、結婚した時、妻が日本にきた時(寒い成田にトランク一つで)、私が誓ったのは、妻を必ず幸せにするということです。


幸せの形は、人それぞれで平凡な人生でありますが、毎日食事が摂れて一緒にいられる。こんな幸せはありません。

そういう意味では大満足です。あと15年は健康でいられるつもりなのでこれからも楽しく過ごしたいと思います。


毎日、ハラハラ・ドキドキさせてくれて有難うと妻に言ってみます。

本日、11月3日は文化の日で祝日。晴れの特異日として有名。


戦前は、「明治節」といって、明治天皇の誕生日で祝日であった。


11月03日 明治天皇の誕生日(名称:文化の日)

04月29日 昭和天皇の誕生日(名称:昭和の日)

12月23日 今上天皇誕生日


やはり、皇室は日本人にとって特別のものですね。


また、私の記憶が間違っていなければ、昭和47年のこの日に日中国交正常化がなされたと思います。

中国は随分変わりましたが、世界の水準と比べると随分

遅いのと何か違うような気がします。