歴史と科学が交差するとき、物語は始まる・・! | 高校日本史テーマ別人物伝 時々amayadori

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高校日本史レベルの人物を少し詳しく紹介する。なるべく入試にメインで出なさそうな人を中心に。誰もが知る有名人物は、誰もが知っているので省く。 たまに「amazarashiの歌詞、私考」を挟む。


○歴史と科学が交差するとき、物語は始まる・・!

 と、『とある魔術の禁書目録(インデックス)』のキャッチコピーをもじって言ってみましたが。
 文系の歴史学と理系の科学、これを2つに峻別するのはあくまで学校教育において専攻・進路を選択する際の便宜上の分類。リベラルアーツとしては両者は密接に関係している。
 歴史の文物は最新の科学技術によって新たな一面を発見され、また最先端科学の成果はその位置づけと社会的運用において歴史家の評価を受ける。

 ・・ってなことを以下の雑誌を読んで考えてました。

◇科学雑誌『Newton(ニュ-トン)』
 2024年5月号

◇『Newton』2024年5月号
 「FOCUS」(p.7)より

人類学:
〖 炭化した巻物の文章をAIで解読 〗
「CTとAIを駆使して、火山噴火で炭化した巻物を破壊せずに解読できた」

 紀元79年に現在のイタリア、ナポリの東にあるベスビオ山が噴火した。この噴火により古代ローマ時代のポンペイやヘルクラネウムなどの都市が埋没した。とくにヘルクラネウムでは、多数のパピルス(古代に使われた紙)の巻物が黒焦げになった。
 巻物は炭化してもろく、文字のインクと炭化したパピルスが同程度の黒さだったために、文字の視認がむずかしかった。近年、コンピューター断層撮影(CT)と人工知能(AI)を駆使して、炭化した巻物を破壊せずに、巻物の文字列を可視化する技術が開発された。

 アメリカ、ケンタッキー大学のシールズ博士らは、独自に開発したCTのソフトウェアを用いて巻物を解読するために、炭化したパピルスとインクの識別をAIに学習させることにした。ただ、その作業には膨大な時間がかかるため、博士らは懸賞コンテスト「ベスビオ・チャレンジ」を開催して、AIを使って巻物の解読に挑む研究者を公募した。
 応募者のうち、3名の学生らが懸賞課題の文章を解読し、古代ギリシャ語が書かれていることを突き止めた。巻物にはギリシャ哲学者の言葉がしるされていた。CTとAIによる文字解読の先駆的な技術は、エジプトのミイラなどに隠された文字の解読にも応用できるようだ。

(写真:今回、解読に挑戦された巻物の画像。開こうとすると形がくずれるために、従来は解読が不可能だった。)

 (引用終わり)



 CTでの内部撮影やAIを用いた解析などを駆使して、これまで難航していた古記録の解読が飛躍的に前進しているという。
 文化財として保管されてはいるものの、ちょっと触ると崩れちゃうような脆い書物巻物、欠損と風化が進んで判読が難しい碑文や刻字、今までは損傷の恐れや経年劣化などで判読どころか中身を調べることすら難しかった文物たち。その解読が進めば、まだまだ新しい発見が出てくる可能性は十分にある。

 文献学なんかでも現在ではデータベース化が進み、実物の写真をネット上で公開して誰でも閲覧できるようにしている例もありますが。更に保存したデータを解読できるプログラムを組み、古文献の保存からその内容の解析・検討までほとんどテクノロジー任せで網羅・集積する。そんな取り組みももうだいぶ進んでいるようです。
 アナログで同じことをやろうとすると、どうしても人手と経費と膨大な時間が必要になる。テクノロジーを活用してその手間を省けば、人間はその解析結果の精査と考証とにより注力できる。加えてマンパワーでは到達できないような超困難な解析をも機械の力を借りれば実現でき、考古学調査は飛躍的な進展を遂げるだろう。

 いやいや考古学・文献学に限らず、今後に先端技術を用いて究明されていく歴史上の新発見も多いのではないだろうか。
 で、その記事の後に今話題の映画『オッペンハイマー』日本公開(3/29封切)に連動してこんな企画も↓。


◇『Newton』同号
 「FOCUS Plus」(p.10~11)
〖 オッペンハイマーの物理学 〗
 ・・(執筆:小谷太郎)

【見出し】

 原子爆弾の開発者は、たぐいまれな頭脳をもつ科学者でもあった。

 2024年3月、アメリカの物理学者J・ロバート・オッペンハイマーを題材にした映画『オッペンハイマー』が日本で公開される。オッペンハイマーは「原子爆弾の父」として知られる一方で、原子の構造を計算する手法の発明や、ブラックホールができる過程の解明など、ミクロの世界から天体にいたるさまざまな分野の研究にたずさわった。彼の物理学者としての功績を紹介しよう。

( 見出しの引用終わり、本文内容は本誌でお楽しみ下さい。たいていの図書館には近刊バックナンバーがあると思います。)



 さすが科学専門誌! 簡潔な記事ではあるものの、オッペンハイマーの物理学者としての功績の全体像を余さずまとめている。
 で、更に詳しいオッペンハイマー物理学の記述があるのがこちら↓。中々のページ数を当ててオッペンハイマーの生涯と物理学者としての経歴、原子爆弾開発後の足跡にまで言及する。

◇科学情報誌『日経サイエンス』
 2024年5月号
〖 特集 オッペンハイマー その知られざる素顔 〗(p.78~87)
(著者:青木慎一、日経新聞記者)

【Digest】(p.6)

 第二次世界大戦中に米国の原子爆弾の開発プロジェクトを率い、成功に導いたオッペンハイマーは、その生涯を通して多くの日本人研究者と親交を結び、ときに支援した。戦後は所長を務めたプリンストン高等研究所に湯川秀樹、朝永振一郎(ともながしんいちろう)、南部陽一郎、内山龍雄、西島和彦ら、戦後日本の物理学を牽引した研究者らを多数招いた。周囲から「複雑な性格」と言われたオッペンハイマーは、原爆開発についても多くを語らなかったが、科学者でキリスト教司祭の柳瀬睦男(やなせむつお)には心の内を吐露していたようだ。2024年のアカデミー賞で作品賞など7部門を獲得した映画『オッペンハイマー』の日本公開を機に、「原爆の父」の知られざる一面を浮き彫りにする。

(記事ダイジェスト引用終わり。内容は本誌で以下略、図書館には置いてない所もある。)



 映画『オッペンハイマー』についての考察、映画情報誌と科学専門誌とでは重複もあるものの、それぞれのアプローチに明確な角度差があって面白い。映画誌では主にアメリカ史の中での太平洋戦争の歴史状況と、世界初の原子爆弾開発者の人物像を描く歴史的色彩。またその成果がもたらした惨禍に苦しむ、時代に翻弄される一人の人間の姿を描くヒューマンドラマの面を取り上げる。
 一方の科学誌においては、20世紀の類い希なる物理学者・オッペンハイマーの生い立ち・研究歴と科学史上の業績にフォーカスして詳述している。

 映画の描写以外での科学的業績をちょっくらまとめてみましょうか。

・理論物理学者として創成期の量子力学、原子(核)物理学、天体物理学において多大な功績を残す。
・天体物理学では過重な中性子星が超重力崩壊を起こしブラックホールとなる生成過程を予想。のちにこの理論が証明される。
・第二次大戦後は自身の科学的業績には乏しいが、長く務めた研究所所長時代には後進への指導と助力を熱心に行い20世紀後半の偉大な科学者たちを養成し、日本人研究者も多数受け入れた。

 なんかその軌跡が、初期コンピューターの発明者の一人で同じく映画にもなった数学者、アラン・チューリングの生涯とダブるんですよね。

◇『イミテーション・ゲーム
 エニグマと天才数学者の秘密』
 イギリスの数学者アラン・チューリング(1922~54年)は第二次大戦中、ドイツ軍の暗号機エニグマの解読に成功して戦争を勝利へと導く。その際に用いた電子機械はコンピューターの原型と目され、コンピューターの開発と理論構築の功績からチューリングは「人工知能の父」とも考えられている。
 しかしその戦時中の開発成果と功績は極秘とされ、研究の道を閉ざされた彼は失意の内に世を去る・・。


◇角川まんが学習シリーズ まんが人物伝『アラン・チューリング AIの礎を築いた天才数学者』

 アラン・チューリングは、コンピュータの父であり、人工知能の父でもある。
 コンピュータの計算可能性を考える上で重要な概念であるチューリングマシン、そしてコンピュータが知性を持つかという問いから作り出されたチューリングテストなど、現代の人工知能の基礎を作り出した天才である。

 (引用終わり)



 オッペンハイマーが開発した核兵器と、チューリングが初期理論を構築したAI。この2つはその後も多くの科学者たちの手によって進化を続け、人間社会や地球環境まで一気に変容させ得る巨大な力へと成長してきた。
 そして現在。


◇ BS-TBS『報道1930』
 2024.3.27(水)放送回
〖『オッペンハイマー』から考える AIが核兵器を凌ぐ日 〗


【小見出し集】

・「核」+「AI」の時代
・「第3の軍事革命」 核の次に来るAI兵器
・科学者たちに広がる、AI規制求める声
・核発射の意志決定をAIにまかせるのか?



 19世紀に科学者ノーベルが爆薬ダイナマイトを発明し土木工事技術は飛躍的に前進したが、その爆薬を武器として戦場に投入するのにそう時間はかからなかった。
 1938年、ドイツでウランの核分裂現象が確認され、それからわずか7年後に日本に2発の原子爆弾が投下された。オッペンハイマーの研究を経て、大戦後には米ソ間で熾烈な核開発競争が繰り広げられる。

 そして核兵器がそうであるように、AI開発も暴走すればそれ単体で人類社会と地球環境に破滅的な被害をもたらす力を持ち得る存在である。現在ではその二つ、核とAIの運用が交わる事態にも備えなければならない。
 核兵器とAI、原子力とAI。一見すると何の相関も為さなそうな2つの事項には、実は奇妙で緊密な関係がある、あるいはこれから、その関係性が密接になっていく可能性が示唆されている。


◇日経新聞 2024.4.28(日)朝刊
 1面 特集「チャートは語る」

〖 AI投資熱「原発」に波及 〗
〖 ウラン、1年で7割高 電力需要増当て込む 〗

〖 ウラン価格と原発株が半導体株に追随し始めた 〗
〖 データセンターの電力需要はインドネシア1国分増える見込み 〗
〖 世界の原子力発電量は再び増加傾向に 〗

 生成AI(人工知能)ブームで半導体株に群がったマネーが原子力ルネサンスの再来を先回り買いし始めた。原子力発電の燃料ウランの取引価格は直近1年間で7割高となり、同期間では米半導体株指数の上昇率を上回る。AI普及で電力需要が爆発的に伸びるとみられ、原発が恩恵を受けるとの見立てだが、期待先行の面もある。

 (~中略~)

 ウラン価格は長らく低迷していた。11年の東日本大震災後に原発活用の機運がしぼんだためだ。ところが生成AIブームが起きると状況は一変。AI向けチップ需要の増大が見込めるとしてフィラデルフィア半導体株指数(SOX)が急騰し、追随する形でウラン価格や米原発事業者の株価も上昇した。原油の値動きとの乖離から、ウランをエネルギー資源ではなくAI関連銘柄と認識し始めているようにみえる。

 なぜ「原発」が買われるのか。投資家が注目するのは大手テック企業の動向だ。
 生成AIは画像処理半導体(GPU)で膨大なデータを学習する。大容量サーバーを備えたデータセンターも必要になる。米モルガン・スタンレーの試算を基に世界のデータセンター向け電力需要を試算すると、24年から27年までに318テラワット時増える見通しだ。インドネシア1国分の年間電力消費量に相当する。
 テック企業はデータセンター向け電力の確保と脱炭素に向けて、再生可能エネルギーへの投資を強化している。太陽光や風力では24時間稼働できず、温暖化ガス排出が少ない原発を「基幹電源として活用しようとしている」。


◇日経新聞 上の特集続き
 2面「直言」より、
 スイスのビジネススクールIMDの教授でデジタルトランスフォーメーション(DX)の権威として知られるマイケル・ウェイドの提言

 国際エネルギー機関(IEA)によると、生成AIの利用拡大を背景に世界のデータセンターの電力消費量は2026年に22年の2.2倍に膨らむ。

マイケル・ウェイド:
 「ただ、どんなテクノロジーにも負の側面がある。AIにおける課題の一つが大量の電力消費だ。米オープンAIは無数の画像処理半導体(GPU)を使ってAIを学習させている。GPUは計算時に大量の熱を放出するため、設備の冷却にも膨大なエネルギーが必要になる」
 「ユーザーが『ChatGPT』に質問を投げかけるたびに、データセンターではコップ一杯分の冷却水が必要になる。同様に生成AIに1回画像を描かせるには、携帯電話を充電するのとほぼ同じ量の電力が必要だ。AIなどのデジタル技術は世界の温暖化ガスの排出量全体の6%を占める」
 (引用終わり)



○科学の進歩は止まらない。暴走列車に飛び乗ってコントロールを取り戻す覚悟で、環境的・倫理的規制もどうにか追いつかせなければ


◇『日経サイエンス』同号より

・「サイエンス考古学」(p.2)
 100年前の「SCIENTIFIC AMERICAN」誌から記事を抜粋、
〖 1924年 水素爆弾の可能性 〗

・「ADVANCES」
(p.21)考古学:
〖 日干し煉瓦に古代DNA 〗
 メソポタミアの王宮の煉瓦から植物のDNAを取り出して解析

(p.22)古生物学:
〖 古生物の色 〗
 化石から色を明らかにする新手法


◇『日経サイエンス』2024年6月号

大特集「知能ってなんだ? AIから探る人間の知性 」

特集記事内(p.40~49)
〖 黒焦げ古文書解読レース ヴェスヴィオチャレンジ 〗
(ライター:T.ウェイバー)

私注:
 記事内の写真では、くだんの炭化したパピルスの巻物は使いきった木炭とか消し炭にしか見えない。すごく黒くてパッサパサな黒糖ふ菓子と言えば伝わるだろうか? 開こうとちょっとでも力を入れようものなら空中分解しそうな脆さ。
 しかし解読行程の解説(p.46)によると、「スキャニング」「電子的にバーチャルで開く」「インクの検出」「AIで解釈」と、CTとAIを駆使した超ハイテクな解析が行われたとある。

 (抜粋終わり)



 今からちょうど100年前。原子物理学は長足の進歩を遂げ、かねて理論構築から実用段階へと移りつつあった原子力利用の一環として、原子爆弾より遥かに威力の高い水素爆弾の可能性が示唆された。
 それから21年後、オッペンハイマーらが開発に成功した原子爆弾は広島・長崎に投下され、その被害規模を知った開発者の苦悩をよそに原水爆開発と実証実験はエスカレートしていく。

 そして現在。今なお核の脅威は世界中に潜在し、軍事技術の向上と人工知能の制御も相まって核兵器の性能はより高度に洗練され続けている。
 他方、資源としての原子力エネルギーの利用は長引く議論の渦中にあり、化石燃料の枯渇予測と代替エネルギー開発の遅れから未だにこれに頼らざるをえないジレンマがある。

 学術的な面だけを見れば、科学の進歩は人間の社会文化を明るく前進させる希望に溢れたものである。しかしその実地の運用には陰惨な血生臭さが後から付きまとってくる。
 私も以前の記事で「科学の進歩は後戻りできない。人間がその手綱をしっかり握り、心の中の倫理に照らしてよくよく注意して扱っていかなければ」、なんてェ甘っちょろい事を言ってましたがね。
 もしかしたら既に今、人類は科学進歩の速度にずいぶん追い越されて、コントロールを失っているんじゃありませんかね?

 前掲『報道1930』放送内で紹介されたオッペンハイマーの回想録にはこうあった。

オッペンハイマー:
 「 技術的にすばらしいものを見たらまず試してみて、成功させた後に初めてそれで何を成すかを話し合う、そういうものだと思います。原子爆弾がまさにそうでした。」

 落とした後に考え始めるんじゃ遅過ぎるでしょ、と言いたい。全面降伏のカウントダウン中に21万人を超える犠牲者を一気に加算した側の国民としては。
 もう作り始めちゃったらどんな難しい課題でもじきにクリアして、トントン拍子に開発を進められるのが人間の偉大な叡知。作り出した以上はどこでもどんな理由でもいいから使いたくなるのが、人間の底無しの愚かさ。

 科学者としてのオッペンハイマーの不朽の功績とは裏腹の、人間存在の悪意への洞察力の不足と、科学技術の軍事利用への危機感の欠如。彼が遺した語録には原爆投下への慚愧と、それでもなお自分の行動の正当性を保とうとする欺迷の自負心がある。
 この一人の科学者の、ひいては科学全般が抱える光と闇を、よくよく見詰めなければならない。

◇『オッペンハイマー』PV