ウロウロ、ムロムロ、民主主義 | 高校日本史テーマ別人物伝 時々amayadori

高校日本史テーマ別人物伝 時々amayadori

高校日本史レベルの人物を少し詳しく紹介する。なるべく入試にメインで出なさそうな人を中心に。誰もが知る有名人物は、誰もが知っているので省く。 たまに「amazarashiの歌詞、私考」を挟む。



◇日経新聞 2024.3.2(土)朝刊
 32.読書面「活字の海で」より

〖 国際政治学者・高坂正堯の講演録 「思考の免疫」高める知恵 〗

 リアリズムを軸に、政治から歴史や文化まで幅広く研究と評論活動を繰り広げた国際政治学者・高坂正堯(こうさかまさたか/1934~96年)の講演録『歴史としての二十世紀』(新潮社)が話題を呼んでいる。
 新潮選書の一冊として2023年11月に刊行され、約3ヵ月で4刷1万3000部。ロシアのウクライナ侵攻を筆頭に混迷を深める世界情勢の行方を、歴史の知恵を借りつつ見極めたい。そんな向きが同書を手に取る動機になっている。

 (~中略~)

 ページを繰りつつ高坂のソフトな語り口を再現した文章を追うと、歴史に法則性を見いだしたり歴史をモデル化したりすることの安易さに警鐘を鳴らす言葉の数々が目に飛び込んでくる。歴史を形作る要因として、人間の恣意的な欲望や偶然の積み重ねが果たす役割にもっと注目しようと高坂は促す。

 真骨頂は講演当時、東欧で体制転換が続いていた共産主義についての観察に表れる。高坂は民主主義や資本主義を「くだらない目論見とくだらない動機から案外いいことが起こ」る仕組み、つまり偶然が時によい方向に作用しうる仕組みだと説いた。一方の共産主義体制では少数のエリートが「人間は進歩すべきで、必ずその方法はある」という信念のもと強引に政治を進めてしまい、引っ込みがつかなくなったと指摘する。
 「理念は社会を方向づけるために大事なものですが、それにより恐ろしいことも起こる」。理想主義と適切な距離を取る「思考の免疫」力を高めようと高坂は呼びかける。

 この免疫力は例えば「市場経済が無批判にいい仕組みなのだという甘い考えは捨てたほうがいい」という主張にも表れている。偶然は、悪い方向に作用する場合もあるからだ。「資本主義と大衆民主主義の組み合わせは共産主義と同じくらい問題が多い」。

 (抜粋終わり)

◇『歴史としての二十世紀』
 高坂正堯 新潮選書 2023年





◇毎日小学生新聞 2020.12.21
 「名ぜりふ劇場」より引用


「民主主義は最悪の政治形態といわれてきた。他に試みられたあらゆる形態を除けば」
・・イギリスの元首相、チャーチルの名言

 チャーチルは勇猛な政治家でしたが、戦争の回顧録でノーベル文学賞を与えられるほど表現の才に恵まれた人でもありました。民主主義はいろいろ厄介な問題があるが、これに勝る政治のかたちはない、というこの言葉。なるほどと思わせます。
 公平な議論を進める手順の面倒さ。少数派の意見を大切にする心くばり。多数派が何ごとも数の力で押し通す危険。皆さんのクラスの話し合いや討論でも意見をまとめきれず、議長役は大変でしょう。でもそうした「苦労」が民主主義の土台をつくるのです。
 (引用終わり)



◇読売新聞 2024.3.7(木)朝刊
 17.文化面より

〖 ベルリンのジレンマ 〗
〖「政治」に揺れた映画祭 〗
 (執筆:谷田部吉彦)

 国際映画祭が世界情勢の影響を受けることは多いが、2月25日に閉幕したベルリン国際映画祭は特段に濃い政治色で覆われることになった。イスラエルによるガザ攻撃の中止を求める表現者の声に対し、ナチの暗い歴史を持つドイツとしては反イスラエルの姿勢は打ち出せず、リベラルな姿勢を自任するベルリン映画祭はジレンマに陥ったのだった。
 ガザ攻撃に加え、移民排斥を訴える極右政党所属議員への招待取り消しで注目されたオープニング・セレモニーは、人道問題や民主主義の堅持を巡るスピーチが飛び交い、世と共にある映画の重要性を深く実感させられる場となった。

 (~中略~)

 イスラエルとパレスチナの監督たちが合同で作った『ノー・アザー・ランド』がドキュメンタリー賞を受賞し、イスラエルの監督が受賞スピーチで停戦を訴えたのだが、それが「反ユダヤ的」であるとの指摘を受けて監督が脅迫を受ける事態となり、さらに「偏った」スピーチを止めさせるべく政治家が動いていることが報道されるなど、今年のベルリンが無事に終わったとはとても言えない。世界が全く無事ではないのと同じように。

 (抜粋終わり)



○成熟した民主主義の苦境

 ダイナミックに変動しつつある世界経済、その中で白熱を見せる現下の日本経済再興、の話はいったん置いといて。
 チャーチルが英国首相として悪戦苦闘した第2次世界大戦期、その後の戦後復興、東西冷戦、雪解け、1990年代の国際新秩序の形成を経、20世紀の後半をかけて営々と築き上げてきた民主主義の自信が、今や大きく揺らごうとしている。

 「民主主義はいろいろ厄介な問題がある」「公平な議論を進める手順の面倒さ」「少数派の意見を大切にする心くばり」「多数派が何ごとも数の力で押し通す危険」「話し合いや討論でも意見をまとめきれず」

 これらは確かに民主主義の課題であるが、反面この諸問題を克服できれば、民主主義はチャーチルが言うように優れた政治形態である。
 しかし現今、30年前に民主主義の精神にもとづき形成された国際秩序は機能不全に陥っている。

 国連会合での「満場(全会)一致の原則」は一部の大国による拒否権の乱発で機能停止し、「グローバル・サウス」など新興国の台頭は要望・思惑の多様性を増大させて旧い枠組みでは受け止めきれていないかに見える。
 地球規模の課題に対しても各国の利害が対立して議論は紛糾し、地域紛争や貧困問題に対してはそこまで関心の目も支援の手も届かない状態。

 何より、急性的に発生する人道上の緊急事態に際して対応・介入の動き、スピードが目に見えて鈍くなっている。
 80年前の第2次世界大戦の時に比べて情報伝達の速度は飛躍的に向上し、フェイクを除けば懸案の土地の詳報がリアルタイムで入手できるようになった現代。しかしそれに対するアクションは鈍い。

 要因は幾つもあろうが、複雑な情勢と情報過多による選択可能性の増大、リーダーシップの欠如による指針の喪失、また熟慮と熟議による対処速度の鈍化は大きな理由として挙げられると思う。
 冷静な思慮と集団での討議、そこで多くの人が納得できる最善策を追求することは民主主義の王道であるが、これは急発的な喫緊の課題に対してはどうしても当たりが弱くなる。

 欧州で第2次世界大戦が勃発する少し前、躍進するナチス・ドイツとヒトラーに対し、チャーチルの前任の英首相チェンバレンら各国首脳は融和的態度でもって接し、あからさまに不穏な動きを見せるドイツの挙動を黙認した。世界はこの時の宥和政策の失敗のツケを、その後の多大な犠牲と莫大な戦費によって支払わなければならなくなった。
 そして欧州の戦禍がもたらした混乱はソ連スターリンの東欧進出を招き、またナチスの大虐殺と第1次・第2次大戦期の密約は戦後パレスチナの地でのイスラエル建国にも遠く繋がっている。

 明らかな火種が見えているのにそれを他所の国、遠くの土地のことだからと見て見ぬふりをしていると、暴発した炎は飛び火して思わぬ所で遠隔地の人々の生活を脅かすかもしれない。グローバル化の時代、良くも悪くも世界は緊密に連動しているのだ。


◇日経新聞 2024.3.1(金)朝刊
 7.オピニオン面「FINANCIAL TIMES」より

〖 西側弱腰でプーチン氏暴走 〗
〖 今や軍事・経済のコスト膨大 〗

〖 西側諸国が早い段階で「慎重に」考えたことがウクライナの苦しみを長引かせ、プーチン氏を増長させた事実を教訓にすべきだと筆者は指摘する 〗
(執筆:マーティン・サンブー/ヨーロピアン・エコノミクス・コメンテーター)

 ウクライナの西側の友好諸国が、この点をしっかりと理解して消化すれば、自分たちがこれまで提供してきた支援や貢献がいかに不十分であったかを自覚し、もはや臆病な対応を続けることは許されないことに気づくだろう。
 この臆病な姿勢は、武器の提供に最も顕著に表れている。ウクライナは武器弾薬が不足し、前線での戦いを続けるのに苦労している。反転攻勢がうまくいかなかった要因の一つは、上空での戦闘能力が足りなかったことにある。
 そうした問題が生じたのは、西側指導者らが当初、ウクライナからの戦闘機提供の要請に応じなかったことや、武器弾薬を供与する約束を履行すべく必要な生産増強にすぐに踏み切らなかったからだ。
 西側諸国は今でも、ロシア本土を攻撃できる兵器の提供を渋っている。

 (~中略~)

 つまり、これらすべてについて2年前にもっと断固とした行動をとっていれば、ウクライナも西側諸国も現在、はるかに有利な立場にあったに違いないということだ。
 経済的措置についても同じことがいえる。西側による制裁には、あまりに多くの欠陥、抜け穴があり、強制力に欠ける。その結果、欧州連合(EU)はウクライナが全面戦争に突入した最初の1年間に、同国にこの2年間で提供した額よりもはるかに多くの石油・ガスの購入代金をロシアに支払った。しかも制裁を回避する様々なビジネスも潤っている始末だ。
 制裁はこの1年でより効果的にはなったが、もっと早い段階から実効性を高められていればよかった。

 (~中略~)

 ロシアの外貨準備の凍結を決めた西側の指導者らが2年前にもっと踏み込み、凍結だけでなく接収までしていれば事態は違っていたはずだ。ウクライナにとって将来的に必要となる復興資金として保管されるか、あるいは復興のための資金に既に使われていたとすればウクライナのロシアに対する抵抗力はもっと強化されていたに違いない。

 軍事面、経済面における今回の教訓は、実際には手遅れになりかねない局面で、慎重に検討し、行動することが大事だと考えることの危険性だ。
 西側諸国が早い段階で「慎重」に行動したがために、ウクライナの苦しみを長引かせることになった。そして自らの粘り強さをもってすれば西側諸国に支援疲れを感じさせられると考えたプーチン氏を増長させ、同氏を押し戻すために必要となるコストも膨らむことになった。

 早い段階であれば達成できたはずの様々なことも、今の状況下で実現させようとすると、どれもはるかに多くの時間とコストが必要となる。
 ナワリヌイ氏が20年8月に毒殺されそうになり、ドイツでその治療を受けて同年10月、最後にロシアに戻る前に伝えたメッセージは「悪が勝つのは、ひとえに善人が何もしないからだ」というものだった。
 善良な人々が慎重になりすぎれば、悪人も利益を得てしまう。この過ちを犯し続けてはならない。

 (抜粋終わり)



○とりあえず、ザル

◇『知識ゼロからの禅入門』
 ひろさちや 幻冬舎 2011年


◇(p94、95)より

〖 見返りを意識しないで行動できたら最高 〗

 何かと引き換えにいいことをしようとする・・・こんな行為を仏教では「有漏(うろ)の善」と呼びます。「有漏」は煩悩があること。煩悩とは、智慧を妨げる、こだわり、悩み苦しみといった精神的な働きを指します。こうすればこうなるだろうという戦略や損得勘定は、仏教的には煩悩だということです。

 (~中略~)

 一方、煩悩のないことを「無漏(むろ)」と呼びます。




◇(p96、97)より

〖 禅を理解したいなら、まず、あっけらかんと行動する。考えず行動してみる 〗

 達磨(だるま)は、損得勘定で「有漏」で行動するのではなく、「無漏」で行動することが禅だと考えていました。無漏で行動するためにはどうしたらいいか? あっけらかんと実行することが大事です。

 関山慧玄(かんざんえげん)という禅僧が、田舎の寺で弟子たちと暮らしていました。ある日、大雨が降って雨漏りに・・・。慧玄は弟子たちに「雨漏りじゃ、何か受ける物を持ってこい」と命じます。ボロ寺なのでたらいなどはありません。弟子たちは、何がよいのか、うろうろ、きょろきょろ。

 ひとりの小僧が台所からざるを持ってきて、慧玄に渡したのです。
 もちろんざるに雨などたまりませんから、何の役にも立ちません。
 ところが慧玄は、小僧を褒め、ほかの弟子に「お前たちは修行が足らん。あの小僧を見習え」と言ったそうです。なぜだと思いますか?

 ほかの僧は有漏で行動しましたが、小僧は無漏で行動したからです。弟子たちは、何が役に立つだろうか、何を持っていけば師匠に褒められるだろうか、と探しまわっただけ。そんな無駄なことより、あっけらかんとざるを渡すほうがはるかにすばらしいと、慧玄は判断したのでしょう。


□関山慧玄(1277~1360年)・・
 鎌倉時代末期から南北朝時代にかけて活躍した禅僧。ざるの話は慧玄が美濃の禅堂にいた頃のエピソードと言われる。花園上皇に迎えられて京都妙心寺の開山(寺を開いた僧)となったが、世俗にまみれず禅修行につとめ、弟子の指導にも厳しくあたったと伝えられる。

 (抜粋終わり)



○民主主義を捨てないなら捨てないで、今起こっている緊急性が高い事案に対して、どうするか?

 熟慮も熟議もともに大事なこと、何が善でどうすれば有効かを時間をかけてじっくり考え議論していくことは多くの場合重要である。また外交においては国際協調と同時に自国の利益も考慮し、自らの立ち位置を確保して清濁のバランスをとっていくのが要諦であることも承知している。
 だけれど、それでは間に合わない課題が出てきた時。

 民意を束ねる長がリーダーシップを発揮して専断的に決められるようにするのか?
 緊急性が高い事案に関しては全会一致の原則を緩め、意見調整を待たず拙速でも介入できるようにするのか?

 とりあえずでも間に合わせでも、応急処置でもやっつけ仕事でも何でも良いから、今、何をするのか?

 もちろん並行して、大きな方向性を巡る議論も必要である。迅速に介入したことで事態を悪化させるような悪手はなるべく避けたい、また偏向的な信念にもとづく加勢はむしろ悲劇を引き起こすことも十分にあり得る。それは紛糾してでも徹底的に討議すべきだろう。
 だが同時に、一時的な措置でも途切れ途切れの働きかけでも、事態の悪い方への進行を食い止めて悪意の増殖と悲痛の蔓延を遅らせるような、即効性・即応力のある強手も打たれなければならない。

 2020年~、新型コロナウィルス・パンデミック。2022年~、ロシアによるウクライナ侵攻。この2つの出来事を中心に世界の政治・経済・文化は大きな変貌を遂げてきた。そして2024年、おそらくはここから更に変化が加速するように思われる。米・露・中・印・EU諸国、そこかしこで政権交代や組織改編、経済変動が予測され、善悪どちらの方向に転がっていくのか予断を許さない。
 民主主義と国際秩序は今、重大な岐路に立っていると思う。



◇日経新聞 2024.3.5(火)朝刊
1面 シリーズ連載「テクノ新世:理想を求めて②」より

〖 数理で導く「納得の1票」〗

 スイスの大都市バーゼルとチューリヒの中間に位置するアーラウ市。人口2万人のこの街で2023年、民主主義の根幹である投票制度を見直す実験があった。使ったのは「イコールシェア」と呼ぶ新手法だ。
 まずは住民から実現したい政策を募って必要な予算総額をはじき出す。それを有権者に均等に割り当て、小分けにした予算枠を1票ごとにひも付ける。電子投票の結果、必要な予算額を満たす票数を集めた政策を実行に移す仕組みだ。

〖 投票で予算分配 〗

 体育館の開放や農園整備など、集まった政策のアイデアは100件を超えた。このうち33件が投票にかけられ、17件が選ばれた。その一つが24年1月に市内に設けられた「オープンワードローブ」だ。着なくなった洋服を誰でも自由に預けたり、交換したりできる。
 日本では国政選挙のたびに1票の格差訴訟が起きる。米大統領選でも大半の州が採用する「勝者総取り方式」が社会の分断を深めている。公平な1票のあり方は、世界の民主国家を悩ませるテーマだ。
 イコールシェアの手法は、従来の投票制度が抱える不公平感を分析するフランスやポーランドの研究者らが考案した。提唱者の一人、パリ・ドーフィン大学のドミニク・ピーターズ博士は「少数派の声を反映しやすい。若者の政治への関心も高まる」と強調する。

 (抜粋終わり)



 古代ギリシャでの成立から二千年を経る民主主義も今なお、漸進的な改良の途上にある。絶対的に正しい完璧な理想形が先にあるのではなく、世につれ場所につれ柔軟に形を変えることでその時々の社会を支え文化を育んできた。今後はAIなどデジタルツールの活用を織り込んだ革新的な変化も予想され、現在進行形で大きく変容しているそのさ中にあるか。
 であるならば現在の激変する世界の要請に応えて、これから新しく変わっていく、新しい秩序を形作っていくことも可能だろう。少なくともそれは、世界の人々が悲しみを減じてより穏やかに生きられるような、軽やかで相補的な形であって欲しい。