恋はつづくよどこまでも二次創作小説【あをによし:第12話.忘却のジェラシー】 | 風月庵~着物でランチとワインと物語

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毎日着物で、ランチと色々なワインを楽しんでいます。イタリアワイン、サッカー、時代劇、武侠アクションが大好きです。佐藤健さんのファンで、恋はつづくよどこまでもの二次創作小説制作中。ペ・ヨンジュンさんの韓国ドラマ二次創作小説多々有り。お気軽にどうぞ。

【あをによし:第12話.忘却のジェラシー】


その日、天堂浬は殊(こと)の外、不機嫌だった。結婚して以来、初めてといっていいほど、とんでもなく顔をしかめていた。珍しくも如実に、七瀬に向かって、あからさまに悪態を付いた。
「お前、また変なガキに好かれやがって」
「先生、それ上条さんが入院したときの事、言ってるの」
「そんな事、いちいち覚えているな」
上条周志(ちかし)の名前が出た途端、浬は『なんだ、専属って』と、ブツブツと呟(つぶや)いた。
「そんなに気にしなくても」
七瀬の言葉に浬はジロリと視線を向けると、無造作にソファーに凭(もた)れ掛かった。
「とても気にくわない。以上」
浬はふてくされたように口を尖(とが)らすと目を瞑(つぶ)った。困り果てた七瀬は、一つため息を付いた。傍(かたわ)らで二人を見ていた息子の颯(はやて)は、物珍しそうに二人を見比べた。
「パパとママ、喧嘩してるの?」
「違うのよ」
「喧嘩でしょ。パパ、怒ってるよ」
それを聞いていた浬は目を閉じたまま宣(のたま)った。
「そうだ、パパは怒っているんだ」
「とても気にくわないって何が?」
「何でもないのよ」
「お前が言うな」
「先生」
「とにかく、気にくわない」
颯は袋からクリスマスのオーナメントを幾つか取り出した。
「これ、新しいのママと買ってきた。パパとクリスマスツリーに飾ろうと思ったんだけど」
項垂(うなだ)れる颯を七瀬は慰(なぐさ)めた。
「ママとやろうか」
颯はクリスマスツリーを見上げた。
「一番綺麗なの高い所に付ける。パパじゃなきゃ届かないよ」
浬は目を閉じたまま答えた。
「七瀬、踏み台には上がるなよ。後で俺がやる」
「パパがやってくれるって」
颯はコクリと頷(うなず)くと、残りのオーナメントを七瀬とクリスマスツリーに飾り付けた。

一週間前のこと、幼稚園でクリスマス会が行われたので、浬と七瀬も出席した。そこにいたのが大学生のアルバイト、花垣碧(はながき あお)だった。担当だった大道具を準備していた碧は、舞台袖で躓(つまず)いて足を強く打ち付けただけでなく、腕を木片に引っ掛けて、長い傷を負ってしまった。開演前に大道具も一部壊れて、修理もしなければならない。その上、怪我をしたとなると傷の手当てがあるので、開演時刻を遅らせるしかない。それを見ていた颯は、客席にいた浬と七瀬の元へ、息せき切ってやってきた。
「パパ、ママ、一大事だ」
「どうした」
「碧先生が、転んで怪我した。腕がいっぱい切れて血が出てる」
浬と七瀬は直ぐに碧の元へ駆けつけた。花垣碧は顔を引きつらせて叫んでいた。
「うわぁ、血だ」
「碧先生、もう大丈夫だよ。僕のパパはお医者さん、ママは看護師さんだから」
「傷を見ましょうね」
「看護師さん、痛くしないで」
「あら、おでこも擦りむいてる」
「ひぇ~」
碧は手に付いた血を見ると悲鳴をあげ、七瀬にすがりついた。
「血だらけだ」
「碧先生、そんなじゃないよ」
「すぐに済みますからね」
涙ぐむ碧の背中を、七瀬は優しく擦(さす)った。
「治療をしますから、少し離れてくれますか」
側にいた浬は不機嫌そうに咳払いをした。
「妻は妊娠中なんです。即刻 離れてもらえますか」
「すみません」
代わりに颯が碧の背中に手を添えた。
「碧先生は凄く怖がりで、僕たちがイタズラすると飛び上がるんだ。アニメの、強いけど怖がりの剣士によく似てる」
碧は涙ながらに頷(うなず)いた。
「子供たちは大好きなんです。でも怖がりなんで」
浬は腕をグイと引き寄せた。
「出血はしていますが、深くは切れていません」
「消毒しますね」
七瀬は速(すみ)やかに処置を行った。
「もう、大丈夫ですよ」
「あ、ありがとうございます」
「足は打撲。この後少し腫れるかもしれませんので、その時は湿布を貼って下さい。顔は擦り傷、腕は明日 消毒して、ガーゼと包帯を取り替えてください」
浬に続いて七瀬はにこやかに声を掛けた。
「明日は、幼稚園に来られますか」
「はい」
「では明日の朝、颯を連れてきた時、私が消毒して、ガーゼと包帯を取り替えましょう」
「おい、七瀬」
「いいんです、私がやります。一人じゃ出来ないでしょうから」
「僕、独り暮らしなんで。よろしくお願いします」
「じゃあ、明日また」
七瀬は浬の腕を取ると、客席に戻って行った。

ほどなくしてクリスマス会が始まった。劇が演じられた中で、負傷者役の子供たちに混じって、花垣碧がリアルに包帯姿で出てきたので、客席も園児たちも、大盛り上がりだった。拓磨は颯に問い掛けた。
「碧先生、ホントに怪我したんだろう」
「うん、パパとママが治療した」
「怖がってたんじゃないのか」
「僕らが転んで膝小僧から血が出た時より泣いてた」
「やっぱりな。碧先生、怖がりだから」
「明日、ママが幼稚園で包帯取り替えるって」
「ふぅん、でも良かったな」
碧の怪我を知っている子供も知らない子供も、その父兄たちを交えて、包帯姿の碧は、注目の的だった。

翌日、七瀬は颯と共に幼稚園を訪れた。何故か浬も一緒に付いてきた。
「おはようございます。花垣碧先生はいらっしゃいますか」
「おはようございます。もう来ていますよ」
「では、昨日の怪我の治療と、包帯を取り替えるので、お部屋を貸していただけますか」
「どうぞ、こちらへ」
花垣碧は、昨日とは打って代わり、にこやかな笑顔で出迎えた。
「おはようございます。昨日はありがとうございました」
直ぐに颯が飛び付いた。
「碧先生、おはよう!」
「おはよう、颯くん」
颯を受け止めた碧は後ずさると、僅(わず)かに顔をしかめた。それを見た浬は碧に近寄ると、身体を屈(かが)めた。
「打撲した足が痛いのかな」
「はい、少し」
「湿布はどうした」
「家に無くて。薬屋にも行けなかったので」
浬は幼稚園の教諭に湿布の有無を問うた。どうやら簡単な救急セットだけで、あいにく湿布は入っていないという。
「大丈夫です。歩けます」
明るく言う碧に七瀬は言った。
「午後、颯をお迎えに来る時、家の湿布を持ってきますね」
「そんな、申し訳ないです」
「碧先生は勤務時間内で買いに行けないでしょう」
「そうですが」
颯はすかさず言った。
「ママが持ってくるって。碧先生、僕の家の湿布使って」
「分かった、ありがとう」
七瀬は微笑むと、腕の包帯と額(ひたい)の絆創膏を取り去り、薬を塗った。
「昨日より痛くない」
「よかった」
颯は碧に言った。
「ママもパパも上手なんだよ。前に大きな犬が来て幼稚園の皆が怪我をしたとき、痛くないように、早く上手に手当てしてくれた」
入り口から見ていた拓磨が言った。
「僕も颯のパパから助けて貰った」
「そうなんだ」
「昨日は碧先生、一人で専属だったよね」
「ホントだ、専属だ」
颯と拓磨は、ふざけてそれを連呼した。
「専属、専属~!」
「そんな言葉、何処で覚えた」
「ママは専属~♪」
「やめなさい、颯」
「はぁい、パパ」
碧は申し訳なさそうに頭を下げた。
「すみません、僕の専属とか嫌ですよね」
「そんなことはありません。気にしないでください」
「でも、ちょっと嬉しいかな」
「碧先生ったら、からかわないでくださいよぅ」
七瀬はそう言って笑ったが、浬は表情を固くしたままだった。
「俺はもう行く」
「あっ、先生。気をつけて」
「パパ、行ってらっしゃい」
颯にはぎこちない笑顔を返したが、浬は七瀬に、無愛想なまま言葉を返した。
「足元、気をつけて帰れよ」

大学病院へ向かった浬の気持ちは頑(かたく)ななままだった。花垣碧は若く繊細で、何処か七瀬が放っておけないタイプだった。上条周志の時には強引な手段ではあったが、七瀬は無下には出来ず、一時期 上条の専属看護師のようになっていた。同じ専属看護師でも、スェーデンからニューヨークに留学先を変え、世界的な企業セウングループ本社の会長イ・テワンの専属看護師になった時とは全く違っていた。若い頃からハンサムでダンディーなイ・テワン会長は、年を重ねても、紳士的で好感が持て、七瀬に対しても全く不安はなかった。しかし今回、颯の幼稚園にアルバイトに入った大学生の花垣碧は、純粋な上に危なっかしく、七瀬が必要以上に献身的になるように思えて、とても危険な香りがした。浬の自分自身のレーダーが、要注意人物と警告を発していた。

外来の診察は何とか平常心で終える事が出来た。浬は早々に帰り支度を始めた。今頃はもう、七瀬は颯の幼稚園のお迎えに行って、花垣碧に湿布を渡し終わっているはずだ。その時、痛みがあったら足に湿布を貼るくらいはしただろう。それで終わりだ。ただ、七瀬のことは信じているものの、あの怖がりの花垣碧の、屈託のない純粋無垢な笑顔と眼差しが七瀬を惹き付け、どうにも不愉快でならない。七瀬の視線は、自分と颯に向いている以外、認めることは出来ないのだ。苛立つ気持ちを押さえきれぬまま、浬は家路を急いだ。

帰宅すると七瀬はいつにも増して、にこやかな笑顔で浬を出迎えた。それが今日は素直に受け取れない。 
「お帰りなさい、先生」
「おかえり、パパ」
「あぁ、うん」
無愛想な受け答えに、颯は透(す)かさず反応した。
「ただいまは?」
「ただいま」
「抱っこは?」
気を使った七瀬は颯の手を取った。
「パパはお仕事で疲れているから、今日の抱っこはお休みにしようか」
「大丈夫だ」
浬は直ぐ様、颯を抱き上げた。
「パパ、どうしたの?」
「考え事をしていただけだ。気にするな」
颯は甘えるように浬の首に腕を回した。
「パパ、大好き」
「パパも颯が大好きだよ」
「良かったね、颯」
「さぁ、ご飯だ。パパは手を洗ってくるから」
「うん、わかった」
素直に降りた颯は、ダイニングキッチンへ小走りに向かって行った。浬は七瀬に視線を移した。
「渡したのか」
「何を?」
「湿布だ」
「碧先生の足に貼ってきました」
「そんなことは分かっている」
「先生が聞いたんじゃないですか」
途端に浬は口を噤(つぐ)むと、ボソリと言い返した。
「名前で呼ぶな」
「えっ?」
「何が碧先生だ。お前まで、名前で呼ぶなと言っているんだ」
「だって、子供たちは皆、碧先生って呼んでいますよ」
「花垣でいいだろう」
「呼び捨てという訳にはいかないでしょう」
「花垣で十分だ」
「先生」
「俺の前で、あいつの名前を呼ぶな」
浬は素っ気なくそう言うと、七瀬の前から立ち去った。

今夜の夕食は鍋物だった。たっぷりの野菜と鶏肉が入っている。温かな湯気が上がる鍋に、浬は舌鼓を打った。
「旨いな」
「良かった」
「それより、こんなにたくさんの具材、持って帰るのが大変だったろう」
七瀬は笑いながら答えた。
「実はね、スーパーで碧先生とお会いして、家まで運んでもらったの」
途端に浬は食事の手を止めた。
「あいつが、家まで来たのか」
「親切にキッチンまで運んでくださって、凄く助かったわ」
浬は不機嫌そうに言い返した。
「あいつを家の中に入れるなんて、どういうつもりだ」
「外は寒いし荷物も多いから、送りましょうって、そう言って」
「不愉快だ」
「親切に送ってくださったのよ」
「何が親切だ」
「昨日の治療のお礼と言っていたわ」
「当然のことをしたまでだ。親切など、いらん」
すかさず颯が反応した。
「パパはいつも親切にしなさいって言ってるじゃないか」
「それとこれとは違う。あいつは何か魂胆があるんだ」
「先生、言い過ぎ」
颯はプゥと頬を膨らませた。
「碧先生は悪くない。僕は大好きだ」
「颯、大人の話に口を挟むな」
「パパの嘘つき!」
とうとう泣き出した颯は七瀬にしがみついた。
「颯、ごめんね。パパもママも碧先生のことは大好きだから」
「俺は好かん」
「先生!」
「子供に嘘はつくな」
「うわ~ん」
泣きじゃくる颯を尻目に、浬は無言で残りの鍋を食べ進めた。

七瀬は呆れ顔のまま颯をあやしていた。滅多に駄々をこねない颯が、今日は愚図っている。
「泣かないで」
「ママ~」
「颯は悪くないよ、悪いのはパパだからね」
「俺は悪くない」
「いいえ、悪いのは先生です」
七瀬は浬に言い渡した。
「焼きもちなんか焼いて、どうするんです」
「気に入らないだけだ」
「それが焼きもちだって言ってるんです」
「言い寄ったりするからだ」
「されてません」
「親切に見せかけて」
「妊婦さんに、親切にしてくれる人はたくさんいます。先生はその人たちに焼きもち焼くんですか」
言葉に詰まった浬は口を尖らせたまま下を向いた。
「今日は颯の部屋で寝ます」
「勝手にしろ」
「先生は一人で頭を冷やして下さい」
「ママ~」
「行こう、颯」
七瀬はわざと聞こえるように言った。
「ジェラシーなんて、カッコ悪いです」
それでも幼稚園が冬休みに入ると、浬の気持ちも収まり、穏やかな日が続いていた。

そしてクリスマスイブの日がやって来た。浬の不機嫌の元は収まったに見えたが、颯が幼稚園で花垣碧と一緒に作ったというクリスマスのオーナメントがツリーや部屋に飾ってあって、それを目にすると、些(いささ)か機嫌が悪くなる。それでも楽しそうな颯を見ると、いつまでも無愛想な訳には行かないはずだった。ところがクリスマスイブの朝、チャイムが鳴った。颯は真っ先に立ち上がった。
「誰だろう、サンタさんかな。僕のところに一番に来たんじゃない?」
「颯ったら」
インターフォンに映ったのは、花垣碧の姿だった。
「おはようございます。花垣碧です。クリスマスのお届け物があるので伺いました」
「碧先生だ!」
颯は喜び勇んでドアを開けた。碧は赤いリボンが付いた袋を持っていた。
「実は幼稚園が冬休みなので、ケーキ屋さんでアルバイトをしていまして、これからバイトに行きます。その前にクリスマスクッキーを渡そうと思って。これ、僕が作りました」
「わぁ~ママ、クッキーだって」
「ありがとうございます」
「碧先生、開けていい?」
「いいよ」
颯は楽しそうに赤いリボンを解(と)いた。
「凄い、クリスマスオーナメントと同じだ」
「これは可愛いですね」
碧は照れながら答えた。
「子供の頃、母がクリスマスクッキーを作るのを手伝っていたので、結構得意なんです」
「今日はケーキ屋さんは書き入れ時でしょう。そんな忙しい時にすみません」
「どうしても渡したくて」
「先生、ありがとう」
「それじゃあ、行きます」
碧は軽く片手を上げて挨拶した。
「颯くん、メリークリスマス」
「碧先生、メリークリスマス」
碧は奥にいる浬にも声を掛けた。
「天堂先生、ありがとうございました」
浬は無言で片手を上げた。

「ママ、このクッキー、可愛すぎて食べられないね」
「そうね」
はしゃぐ颯の横で、浬はまた不機嫌の虫が騒ぎ出した。
「パパ、また怒ってる」
颯も七瀬も、もう慣れっこで上手くあしらっている。颯は一言、言い足した。
「クッキーのクリスマスプレゼント、嬉しいな」
「きっと、碧先生のお母さんの味がするのね」
「碧先生は、お母さんが大好きなんだね」
そして颯は言った。
「僕はパパもママも大好きだよ」
その言葉が聞こえたように、七瀬のお腹が動いた。
「赤ちゃんも、大好きだって」
七瀬はまだ不機嫌そうな浬に微笑みかけた。
「先生、もうたくさん焼きもち焼いた?」
「そんなこと、どうだっていい」
「今日はクリスマスイブだから楽しく過ごしましょう」
「わかっている」
颯は浬に近づくと、甘えるように抱きついた。
「僕、知ってるよ。パパはママが大好きだから焼きもち焼いたんだよね」
「あぁ、パパはママが大好きだ。颯のことも大好きだ」
「僕もパパが大好き。ママも大好き」
そして、颯は言った。
「パパ、いつまでも怒っていると、赤ちゃんみたいだよ」
絶句する浬の頭を颯は優しく撫(な)でた。
「ママが言うんだ。いつまでも泣いてると赤ちゃんよって」
さすがの浬もクスリと口元を緩めた。
「僕はこれからお兄ちゃんになるから、パパの気持ちも少しは分かる」
「どうすればいいかな」
「もう忘れて、クリスマスを楽しくしよう」
七瀬はクリスマスクッキーを颯に手渡した。
「パパに先にあげる。一緒に食べよう」
サックリと割れたクッキーは、甘く優しい味がした。
「美味しいね」
「あぁ、美味しいな」
浬は半分に割った片方を七瀬に渡した。
「先生、私を大切に思ってくれてありがとう」
「いつも俺の気持ちは同じだ」
「焼きもちはもう忘れていいかも」
そして浬は七瀬も抱き寄せると呟(つぶや)くように言った。
「なんだ、そんなこと。俺はもうとっくに忘れてる」
浬の忘却のジェラシーは、甘いクリスマスクッキーと共に、何処かへ消えて行った。


続く…






風月☆雪音