今回、僕のニューヨーク滞在は4泊で、

都合さえ付けば、アメリカで会おう、と予定していた留学中の友達がいた。


恒例となっている僕の帰国後の大学友達との飲み会出欠メールへの返信で、

「米国ならいつもでOK、日本なら無理」

と、「米国かよっ!」と思いっきり突っ込みたくなった友達が、

現在ボストンに留学しているのだ。「普通はアメリカって言うでしょ~」


「帰国前の経由地として、4泊ニューヨークでのんびりと滞在するよ」

と旅人がメールを送れば、普通は、「じゃ~、ニューヨークまで行くよ!」

となるのが、大人なコミュニケーションだと思う。


ましてや、世界の首都ニューヨークと留学先の学園都市ボストンを比較すれば、

待ち合わせ場所としては、明らかにニューヨークだ!


世界一周的人生記~素晴らしきこの地球~


「ボストンへよ~こそ!」


別に松坂も見れないこの時期、ましてやNYよりも寒いと言われるボストン・・・ガーン


彼もUS!な人物に変化しており、どうやら、

自分の意思を明確に伝えることができるようになったようだ・・・にひひ


と、ま~冗談はさておき、NYか?ボストンか?の若干の綱引きはあったものの、

彼の予定と僕が初ボストンってことで、ボストンの地を踏むことにした。


そんな米国君には、シーフードランチを初めてご馳走になったり、

留学しているあのハーバード大学の構内を案内してもらったり、


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そして、大学院のマクロ経済学の授業までちゃっかり出席してきたり、

はたまた、大学から徒歩圏内の自宅までおじゃまさせてもらったりと、

数時間のハーバード留学をしばし体験させてもらった。


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ハーバードのグッズは世界一豊富?であり、僕もしっかりとしたTシャツを

1枚購入。日本で「東京大学」と書かれたTシャツはいやらしいが、

「HARVARD」なら、全然OKだグッド!


英語の方も堪能になられており、僕は全く理解できなかった授業の

解説を後から教えてもらうなど、「くそ~羨ましいぜ!」という気分に。


それに加えて、「金髪ギャルの彼女もいるよ!」

なんて、言われれば、僕も米国留学をすぐに決めたが、

「日本人男性は全くモテナイ君」という話を聞いて、

「それなら、やっぱりバンコックだな!」

と、こんな話では、「羨ましいぃ~ぜ!」とはならんかった。


ただ、英語をしゃべりたい!と願望だけは昔からあるものの、全く進化しない・・・。

世界一周後はいっそのこと、気合い入れて半年くらいも語学留学もありかな。


そして僕は、夜の便でニューヨークのラガーディア国際空港へとんぼ返り。


「どうせなら、ナイアガラの滝に空路日帰り旅行したほうがよかったかな?」

とは全く思わなかったがにひひ、たった6時間程度の再会であっても、

異国の地での再会というのは、そうはない機会だし、本当に貴重な思い出だ。


今後も一つ一つの再会の機会を大切にしたいものだ。

アメリカ人は「Where are you from?」と聞かれると、「US!」と答える。

日本人はアメリカって言うけど、アメリカ人は、「アメ~リカ!」って答えないんだよね・・・。

オバマ大統領は、声高らかに、「アメ~リカ~!」って何度も言うのにねぇ。


以前は、「US!とか言って、かっこつけやがって・・・」と嫉妬をしていたのだが、

中米と南米を旅した後に感じるのは、アメリカというのは大陸名だということ。

アメリカ合衆国民が「我らがアメリカ!」みたいなことを名乗ることこそ、生意気ぃ~パンチ!

と思ったので、今ではUS!という返事で目くじらを立てず、オッケーということにしている。


しかし、「United States」って言えばいいのに、US!と訳されると、これまたムカ~プンプン

これは略しても通じるってことで、カッコいいと思っている僕の嫉妬なのだが、

そう言えば、自らの名前を、「TKと呼んでくれ!」と言っていた有名音楽家がいたっけな。

きっと彼もUS!に嫉妬していたんだと思う。


なので、僕も最近の出入国書類の出身国欄には、

JPNとだけ書いている。JPで通じるか?まだ試してはいないが、

JPNであれば、とやかく言われることはない。


もう一つ、入国審査で外国人は「NON US CITIZEN」という列に並ぶことになるのだが、

これって訳すと、「非アメリカ人」ってことでしょ?

日本の入国審査場では、「外国人」と書いてあって、

「非日本人」とは書いていないと思うが・・・。


「こんにゃろめ~パンチ!とアメリカって国の傲慢ぶりを垣間見るのだった。


とは言っても、なんだかんだで僕は久しぶりに「US!のNY!」に戻ってきたクラッカー

僕にとっては、4年半ぶりのNYだ。


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やっぱり、いいっすね~NYは。

LA!もよかったけど、やっぱりNYっすよ!


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今日もちゃんとタイムズ・スクエアは存在していたし、

電光掲示版の数も周辺を巻き込んで増えていた気がする。

宿からこんな景色を見るのにかかる時間は、徒歩5分!


世界の首都に住んでいる実感を得ながら、にやけっぱなしです。

「あぁ~、日本に帰りたくな~い」

とうとう、今日が南米最終日。


昨晩もカラオケ居酒屋で2時間くらいブラジル人とガブ飲みし、

僕までカラオケを歌ってきた。

ほんとみんなフレンドリーだし、日本人の僕を一人にさせてくれないのが、

南米の人たちの気質なんだろうと思う。


僕にはブラジル人のように陽気に楽しく生きることはできない気がするけど、

正直、チリやブラジルといった国に、「このままはまってしまってもいいかな?」

とさえ、思えたほど、この2カ国は好きになった気がする。


もちろん全員が、そして全てがいいわけではないけど、少なからず、

人間らしい感情の現れや本能的な行動、壁を作らず、

そこにいる人みんなで楽しもう的な前向きさ、

そして、良く言われることかもしれないけど、

束縛なく?細かいこと抜きにして、人間的に心地よく生活できる世界・・・。

これらは素晴らしいと思えた。


アジア各国で見た、ちょっと恥ずかしがり屋で、控えめで、そして

時折見せるはにかんだ笑顔も僕は大好きだが、

その逆の南米も大好きになった。


「ブラジルのナイトライフをもっと楽しみたい!」と思った矢先、

これからサンパウロの国際空港へ行き、

「ホワイトハウス経由、自由の女神行き」に搭乗予定なのは、本当に残念!


チリ、ブラジルでは、もっと現地に突っ込んでもよかったかな?

と今になって少々後悔している・・・。


懐かしのペルーのクスコに降り立ってからちょうど2ヶ月。

アジア編でも思ったけど、2度とこんな旅はできん!って思ってる。

「たった2ヶ月?半年くらいたってんじゃないの?」って思う。


やっぱり、最初だからやれることって人生多いと思うんですよね。

2回目となると新鮮さも薄れるってこともあるし、味わった苦労もあるだろうし。


でも南米という地での旅。とにかく1日1日が素晴らしかった。

アジア編から僕のブログを見ていただいている読者の方の中にも、

アジア編を越える興奮状態の僕を感じている方が多くいると思う。


そして、南米にはまだまだ未知なる土地がある。


行けなかったブラジル北部のレンソイス国立公園。

今回は途中方針転換をして訪れなかったイースター島。

人生、1度は行ってみたいガラパゴス諸島。

自分のウンコを持ち帰らないといけないらしいギアナ高地。

そして、ウシュアイアで開眼した南極大陸。


いつかまた、自分の人生という時間を使って行こうと思う。


南米で一番、素晴らしいと感じたのは、先述したとおり、

人の陽気なところであり、遠く日本から来た僕にあらゆるところで

何度となく声をかけてくれたことだったと思う。

特に、チリ、アルゼンチン、そして今いるブラジル・・・。


「南米大陸、グラッシャス!」


【近況】

上記の記事はアメブロメンテナンスにつき、更新し損ねたもので、

現在は、無事に自由の女神に着いております。

店が閉まる日曜日のサンパウロをふらついてみる。


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「サンパウロという都市の特徴は・・・?」と言われると難しい。

地球の歩き方には、「様々な国からの移民が作りだした混沌とした人種のるつぼ」

と書いてあり、プロである地球の歩き方さんでも、苦し紛れの表現だと思う。


ただ、サンパウロを歩いていて、一番多く見かける人種は、

間違いなく、こんな人たちだ。


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ん?ん??

この人たちは・・・。


サンパウロには路上生活者が多い。

日本では、公園や河川敷などに集団で寝泊まりしていたりするが、

サンパウロでは、道端のどこにでも、人がごろっと昼から寝ている。

もしくは挙動不審にぶらぶらと徘徊している・・・。


写真のように観光地でもある市民劇場の正面階段にでさえ、

日曜ということもあってか?、いついているわけだから・・・。


ゴミを漁る人もいるし、ローカル食堂の入口に立って、店主に食べ物をくれ、

みたいなことを言っている人もいる。もちろん、物乞いもいるし、

僕のホテルの目の前の交差点には、赤信号の度に車ガラスを磨く人がいる。


さすがにインドのように、ホテル前でごろごろ寝ている人はいないが、

南米を旅している中で、ブラジルほど路上生活者を多く見る国はないと思う。


いつでも写真は撮れるのだけど、何かあってはまずいので、撮っていない。


リオでは、ファベーラというスラム街へのツアーが催行されていた。

僕はそれには参加しなかったけど、参加した人が言うには、

ブラジルの約60%がフェベーラに住んでいるという・・・。

ガイドが言っていたであろう60%という数字はちょっと大げさのようにも思ったが、

今だスラムに住む人が非常に多いことだけは納得ができる。

(リオには人口の20%がファベーラに住んでおり300の地区があるという)


ブラジルは今後、経済の発展が見込まれる国であるものの、

全ての人が豊かになるというよりは、貧富の差がさらに拡大する発展だろう。

新興国にありがちな、この富の偏在ってのは、なんともならんもんか・・・。


朝からランドリーサービス探しに大苦戦!

値段がありえないくらいに高過ぎて、イライラ。


「あのNYだって、こんなに高くないよ!」

とNYのランドリー料金を知らずに悪態を付いたが、間違いなくNY以上だ。


他を探すものの、あれよあれよと、ビニール袋を引っ提げて、地下鉄に乗り、
サンパウロ最大の目玉であるカテドラルまで来てしもうた!


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少し不謹慎ではあったものの、僕の汚れを詰め込んだビニール袋と一緒に
サンパウロの最大見所カテドラルを写真に収める。


近くの噴水をシャワー代わりにしている臭いオジサンたちが多くいるので、

最大見所と言っても、

別になんら違和感なく洗濯物を持ち歩くことができた。


その後は、日本人移民が作りだしたリベルダージ地区へ。
これほどまでに日本の雰囲気を作り出しているとは・・・。
写真には全てを撮りきれないほど、ここは日本であった。


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せっかくなので、「あすか」という有名なラーメン専門店で昼飯。


行列が出来ているのも日本らしいが、日本語での会話は聞かれない。

スペイン語、ポルトガル語、そして最近増えているという中国語。
日系人か?中国系なのか?それ以外か?もうごちゃごちゃだ。


両隣のカップルが小ラーメンに餃子という古典的日式スタイルだったので、

僕は、「ラーメン、半ライス!」と注文。


「ラーメンにライス??!!」、「なんて斬新な!」

とは驚かれなかったけど、久しぶりのラーメン、おいしく頂いた。


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そして、ブラジル移民というものに興味を持っていた僕は
日系ブラジル人移民史料館へ足を運んだ。


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やはり、昨年2008年はブラジル移民100周年の年だった。

去年のコーヒーのCMで大々的にブラジル移民を扱っていた記憶がある。


史料館は非常に残念なことに、写真禁止。
僕としてはブラジル移民について、写真を混ぜながら
紹介したかったのだけど、それはかなわず・・・。
著作権?などでお金の問題で・・・」とあやふやにダメな理由を答えていたが、
多くの人に知ってもらいたい史料館であるのであれば、やり方を変えてほしい。


全ての日本語解説文とビデオを鑑賞させてもらい、ふむふむなるほど、と学ぶ。

日本語で展示は分かりやすい!


日本人移民がブラジルという未知なる土地で一生懸命、努力していたこと。

日本の農業技術を生かして、ブラジルに合った農耕を確立していったこと。

農業にとどまらず、卸業や加工業など幅広い分野に進出したこと。

過去から現在に渡って、ブラジルで果たしている役割の大きさを実感した。


正直、改めて、日本人って我慢強く、コツコツ努力ができて、

そして、優秀なんだな~、というのが1つの単純な感想。


最後に、1つ、移民の人の国籍について、個人的に疑問があったので、
わざわざ事務所まで言って、質問をさせてもらった。


日本語ペラペラ、色白の若い日本人女性が対応してくれたのだが、
実はその彼女、国籍はブラジルだという。


帰り際、受付にいたおじさんと会話をすると、
おじさんの両親は移民1世同士で知り合い、共に日本人。

けど、ブラジルで生まれたご自身はブラジル人。
「日本に行ったことがありますけど、私は外人ですよ、あはは」、と・・・。

現在は、ブラジル人の奥様と生活しているとのことだった。


たまたま立ち読みした現地の日経新聞のコラムにて。
24歳の日系ブラジル3世の女性についての記事だった。

おじいちゃん、おばあちゃんは日本人、2世である両親はブラジル人、自分はブラジル人。

5歳の時から両親と日本で生活をしている中で、ブラジル人であることに違和感を・・・。

24歳にして、彼女は周りに反対されることなく、日本国籍を取得。


この3人の例は僕が日本国籍を有しているということよりも

複雑な事情ではあると思ったもの、これについては深くは考える気がしなかったし、

なんとなく、あまり考えてもしかたのないこと、と思えた。


とは言っても、今まで、単語で移民としか理解できていなかったのだが、

リアルに色々と感じることができた。

ちょっとしたもやもやが消えたという点において、僕にとってはよかったと思う。


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