「伊織ちゃん、今日は楽しみだね。」
「そうね。二人で旅なんて初めてだもの。」

雲一つない晴れた空、旅をするには最適の日だ。
やよいと伊織はオフの日を利用して旅行する計画を立てていた。
少しでも会えたときはその時間を利用してまで、計画していたのだ。

「目的地まで結構時間かかるみたいね。」
「でも、伊織ちゃんと一緒ならあっという間についちゃうと思うよ。」

保護者なしでの旅にいささか不安は覚えるものの、不安より楽しみの方が大きい。
電車に長く乗るのは一人だと疲れてしまうかもしれない。
しかし、二人で乗れば話で盛り上がり景色を楽しむ。
そして、長時間停車する駅の弁当を購入して食べる。
楽しみ方は色々膨らむ。

「あ、電車動いたよ!」
「やよいったらはしゃいじゃって。」

そういう伊織もそわそわと落ち着かない様子だ。
とても微笑ましい光景である。
目的地に行くまで鈍行でゆっくり景色を楽しみながら普段の話題に花を咲かせるのだった。
これを読む前に
with春香
with雪歩
上記二つをお読みください。
ここの話は上記二つを前提として書いています。




雪歩をプロデュースしてから2ヶ月ほど経過した。
担当を開始してから1ヶ月は壁を壊せずにいた雪歩。
しかし、ある日を境に急激に成長し始める。
伸び始めてからわずか一ヶ月でトップアイドルの誰もが通過するオーディション参加まで登りつめた。
そして、ついに……

「プロデューサー。」
「雪歩、よく頑張ったな。」
「はい、プロデューサーのおかげです。」

そう、雪歩はこのオーディションを勝ち抜いた。
春香と同じトップアイドルとしての道を歩き始めることになったのだ。

「俺は何もしていない。全部雪歩が頑張ったからだよ。」
「そんなことないです。プロデューサーが色々してくれたおかげです。」

確かに色々なことをしたな。
でも、結局は雪歩の頑張りがあってこその結果だ。
俺がどうこうしてもダメな子もいるだろう。
本人の努力、この一言に尽きる。

「春香の時と一緒でみんながお祝いしてくれるだろうな。」
「そうだといいですね。でも、その前に……」
「全く、雪歩もすっかりはまっちゃって。」

いつものあれだろうな。
春香も雪歩も色を知ってから、そのために頑張ったといっても間違いじゃないかもしれない。

「よし、今日もいつものところでな。」
「はい。」

いつものところ、春香とは違う場所であるが二人の秘密の場所。
今夜もここで繰り広げられる行為にときめきすら感じていた。

「雪歩。おめでとう!」
「あ、春香ちゃん。ありがとう。」
「これで雪歩と一緒に仕事できるね。」

急に春香が控え室にやってきた。
どうやらオーディションを見学に来ていたらしい。
笑顔で雪歩を祝福している。
だが、その笑みはどこか不気味に感じる。

「プロデューサーさん。」
「春……」
「いつものところって何ですか?」

さっきまでの笑みとは一転して憎しみのこもった声、表情をこちらに向けてくる。
俺が言い切る前に春香が問いただしてくる。

「雪歩でもいいんだよ。いつものところってどこなの?」
「は、春香ちゃん?」
「どうしたの二人とも?答えられないの?」

まずい……まずい、まずい!
どうすればこの状況を切り抜けれるんだ。
まさか聞かれているなんて、とんだ失態を犯した。

「答えられないなら、私から言うね。」
「え?え?」
「雪歩。プロデューサーと体の関係なんでしょ?」

戸惑う雪歩に春香が追い討ちをかけた。
いや、戸惑うのは雪歩だけではない。
俺も、そして春香もだろう。

「ねぇ雪歩。私もプロデューサーとそういう関係なの。」
「え!?」

春香が怒りと憎しみ、そして悲しみを含んだ声で言い放った。

「プ、プロデューサー!本当ですか……?」
「そ、それは……」

雪歩がこちらを見つめる。
信じたい、でも本当なの?そういった悲しみの目で……
俺は返す言葉がなかった。
事実である、言い訳すら出来ない。
この状況を打破する言葉など咄嗟に思いつくはずもなかった。

「ふ、二人とも……は、話す。全部話すからどこか人の少ないところへ行こう。」

無言のままうなずく春香と雪歩。
終わったんだ。何もかも、失ってしまうだろう。
今更後悔しても遅かった。
俺がやってきたことは許されることではないのだから。



人気のない広い公園。
公園のベンチに二人を座らせて俺は話を始めた。
関係を黙っていたこと、二人とも本気だったこと。

「本当にすまない。」

額を地面にこするほど頭を下げて土下座している。
もう、こうなってしまった以上覚悟するしかなかった。
雪歩は言葉も出せないくらいただ泣きじゃくっていた。

「プロデューサーさん。」
「春香……」
「私、うすうす気づいてたんです。」

気づいていた……?俺と雪歩の関係にか?
それはきっと女の勘というやつなのだろうか。

「それで、今日はオーディションを見るだけでなくそれも確かめに来たんです。」
「そしたら、案の定ってわけか……」
「はい……」

ははっ……そうか、そうだったのか。
間抜けな自分に笑いすらこみ上げてくる。
ひざを突いたまま俺はうな垂れていた。
自然と出てきた涙が重力で地面に落ちる。

「こうなったときのことも考えていたんです。」
「そっか、俺はどうs……」

顔を上げて春香を見ようとしたそのときだった。
胸を貫く鋭い痛み。
春香が……俺にナイフを突き立ててきたのだった。

「は……r」
「さようなら、プロデューサーさん……」

痛みが俺を支配する。呼吸も心臓の鼓動も痛みを増幅させるものでしかなかった。
必死に声を出そうとしたが、それも叶わず俺は息を引き取った。
最後に見えた春香の顔は、とても悲しそうな顔だった……



DeadEnd
今日は雪歩のダンスレッスンの日だな。
内気であまり自分を出し切れていない雪歩。
それでも元々の力があった分、春香より伸び始めるのは早かった。
しかし、担当プロデューサーの力不足が露見し始め伸び悩む。

「プロデューサー。おはようございます。」
「雪歩、おはよう。」

挨拶はコミュニケーションに欠かせない重要なものだ。
まずは挨拶、基本をしっかりとすることが大事だからな。

「よし、今日のダンスレッスンは自分を表現してみよう。」
「自分を表現……ですか?」
「難しく考えなくていい。自分らしさを出してみようってことだからな。」

普段は教えてもらったとおりに振り付けを踊っていたのかもしれない。
どことなく機械的な踊りを踊っているように見えた。

「わ、わかりました。やってみます。」

曲に合わせて雪歩が踊る。
やはり、どことなく踊らされている感じがする。

「雪歩、このダンスを踊るとき何を考えている?」
「えっと、とにかく失敗しないようにって。」
「そうか、それじゃ次からは失敗してもいい。その代わり無心で踊ってみてくれ。」
「よ、よくわからないですけどやってみます。」

雪歩には常に不安がつきまとっている。
それが踊らされているように感じる原因だったようだ。
失敗してもいい、伸び伸び踊ることが自信に繋がってくれるはず。

「ど、どうでしたか?」
「うん、さっきよりいいよ。雪歩はもっと自信を持とう。」
「で、でも……」
「誰にでも失敗はある。どんなに上手い人でもミスはする。」

そうさ、この世に最初から完璧な人間などいない。
誰もがミスをして、それでも繰り返し練習して上手くなるんだ。

「プロデューサー……」
「春香はそうやってあそこまで登っていったんだ。」
「わ、私頑張ります!」

春香、この単語を出すと雪歩のやる気が上がり始める。
ライバルとして意識しているのか、はたまた別の考えがあるのか。
それは雪歩しかわからない。



「お疲れ様。少しは自信が出てきたんじゃないか?」
「はい、プロデューサーのおかげです。」
「そんなことないさ、雪歩が頑張ったからだよ。」
「そ、それですね……プロデューサーあれを……」

練習した後だというのに、疲れ知らずか雪歩。

「よし、じゃあいつものところ行こうか。」
「は、はい。」

元々男性恐怖症だった雪歩はどこに行ってしまったのか。
今ではそんな面影は影も形も残されていない。
俺はそんな雪歩とも関係を持ってしまっていた。
そう、スキャンダルと同じさ。
バレなければいい。



「い、いつものしますね。」
「雪歩はいい子だね。」

春香とはまた違う刺激。
どことなくたどたどしい感じがより一層俺の気持ちを掻き立てる。
秘密の関係、これがどれだけ素晴らしいものか。
経験しなければわからなかっただろう。

「雪歩。」
「プロデューサー。」

見つめ合い二人はそのまま落ちていく。
深い深い終わりのない世界へ……



「それじゃ、気をつけてな。」
「はい、明日もよろしくお願いします。」
「ああ、雪歩も必ずトップアイドルになれる。だから頑張ろうな。」



俺はばれない。俺なら上手くやれる。
浮気じゃない。両方本気なんだ。
このときの俺は、後に身を滅ぼすことになろうとは微塵にも思っていたなかった。


with雪歩 Fin