僕は東京に住んでいますが、
最近ミノ虫が大量発生しています。

いつだったか、この前の春?は
ハネのはえた油虫の一種が大量発生して

もう髪や服や顔にいっぱいついてしまって大変でしたが、

今度はミノ虫だってよ・・・。


最近虫が元気だね。

この現象は「自然が豊かになってる」ってとっていいのかな・・・。


もう家の周りにたくさんぶら下がっていて恐いです。

ミノ虫は、彼は一体何者なんでしょうか。
幼虫の一種であることは知っていますが、何の幼虫なのでしょうか。


枯れ葉につつまれているので、中はどうなっているのかわかりません。
想像するとなんだか恐いのです。
ピクピクと震えながら移動する姿も恐いです。
さっき出かける時に自転車に二匹ぐらいぶら下がっていて、
!!っと、驚いて振り落とそうとしたら、あの糸、
ネバネバしてそうな蜘蛛みたいな糸・・・あぁ(鬱)

知りたいので調べてみます。

いや~図鑑の写真だけで身震いが・・・

チョウ目のミノガ、蛾です。


その幼虫がミノムシだそうですが、

ミノムシにも色んな種類があって、

僕が子供の頃から見ていた細長いタイプの奴が

なんてゆう種類なのかはわかりませんでした。

この種類は東京に多いんでしょうね。


なんでミノを被る習性があるんでしょう、

図鑑によると彼等は冬を越すそうなので・・・

やっぱり寒いから?


子供の頃にみたいに、あのGさえも恐れないような虫好きになれたら、
自然に優しい人になれるんですけどね。

フォントさえカッコよければなんだってカッコよく見えるよな、

・・・ふぉんとそうだよ。


でた、でたよ。
たま~にいった言葉が素でシャレちゃうんだよ・・・。

てーかこの前とかマジでふとんがふっとんだからねwww
シャレでいう分には何てことはないけど、
アレは目の前で起こったらビビるよ。


( ゚Д゚)は、・・・はぁぁあ!!
ふとんがっ、ふっとんでる、ふっとんでいく、
あぁ大変だ、神様はなんて酷いことを・・・。


あなたのふとんはふっとんでしまいましたが、
どうか、悲しまないでください。

力強くふっとんでいったあなたのふとんは、

とても勇敢でした。

夢、したいこと。

さぁ、どう生きる。何をして生きよう。

みんなはそれぞれ色んな事をしているけど、

僕はあんまり興味ないな。


僕の欲しい物はわかってる。

CD、楽譜、本、楽器?DSか、

行きたい所なら海や山とか、LIVEやコンサートも行きたい。

DVDも欲しいな、借りようか・・・。


物質に恵まれている。

それなのに、僕はまだ欲しいと言っている。

そんなに貪ってよいものかと、

お金の使い方のわからない子供だ。


だから罪を覚えてしまう、

けれど良いのだ、答えはおのずと与えられる。

実際にたくさんの物がここにあるという事は、

神様がそこに在れとしてくださったという事なのだから。

罪など感じる必要はない。

ただふと、感謝します。

僕はよく罪の意識に苛まれ、

自分に地獄がおとづれる事を願ってしまったりします。

しかし、人には人を裁く権利などないのです。

ですから、相手がたとえ人々に憎まれ、悪人と呼ばれる人だろうと、

自分自身であろうと、人には人を裁く一切の権利はないのです。


人の幸せを祈って生きる事は良い事だと言います。

そして人の不幸を願う事は悪い事だと言われます。

ならばそれは自らに対しても同じ事なはずです。

自らを自らの所有物とせず、裁かず、幸せになる事を祈るべきです。


人によって神様の姿は異なりますが、

その神と呼ばれるべき存在が私を罰してくれます。

罪は必ず償わせてもらえます。

だから自らを裁く必要などないのです。


ソクラテスの言葉ですが、

「 悪に対する悪でも、それは悪 」

正義になどならないのです。


幸せを願って生きればいいんです。

答えはおのずと見えてくるでしょう。

自ら苦しみを追わずとも、それはやがて訪れますから。

JAM最高です、ありがとう神様。

久しぶりにJUDY AND MARYを聞いてます。

いや~、過去の良曲は色あせねぇ・・・色あせねぇwww


とりあえず歌声は神物だね、アレは先天的なものだからね。

恩田ベースも五十嵐ドラムも全部の音が好きなんだけど、

特にタクギターが好きなんです。

自分もギターやるんで、


大好きなヒデと似た味がするんです。

チョロチョロとテクニカルに遊びまわる感じのギタープレイ、

誠ありがたき事に「over drive」の楽譜は手元にあるので、

てゆーか五年前に手に入れた奴なんだけど、

その頃は今よりも断然ヘタクソだったんで、

全コピする前に明らめたままだったんだけど、

やっぱり5年もダラダラと練習しててよかったよ。

けっこう成長してるよ俺・・・


最近ふじこヘミングばっかり聞いてたから、

久しぶりにPOPロック聞くと元気になるよ。

テンション上がるってゆーか、

本当に音の力ってのをすごく感じます。



以上、駄文失礼でした。

なんでもいいから気持ちを書きたくなったり、

誰かに話たくなったりするのは、

イライラした時に物を殴りたくなるのと同じ「衝動」です。



理屈は矛盾している。


突き詰めれば突き詰めるほどに矛盾を帯びてくる。


カントのいう「純粋理性批判」

簡単に言えば理屈には限界があるということ。


それは紀元前のソクラテスの時代から、

哲学者の知っていた事だ。


受験の時にお世話になった塾の先生が言っていた。

「わかっている所と、わからない所を明確に把握しなさい」 と、

ならば明らかにしよう、それは「わからない」という事を。


最近ようやく全体が見えてきた。

結局、理屈だけではなにも知ることはできない。

いくら洗練された理屈をこねても、

心で感じなければ無意味だ。


人は理屈で物事を把握しているんじゃない。

理屈をこねた後、それを心で感じて、それではじめてそれを知るんだ。


だから、知るという事は大変なことです。


結局、言葉それ自体にはなんの意味もないのです。


プラトンの哲学にはよく「想起する」という言葉が使われます。

理屈によって心は想起されているんです。


そうだった、なんで気づかなかったんだろう。

僕はいつも言っていたのに、

目に見えているものはただの電磁波で、

肉体やもろもろの物質はたびたび真実を濁すって。


言語も数学も物質だったんだ。

そう、それは確かに「カタチあるもの」だ。

脳の中にあって、なかなかそれを把握しにくいが、

脳は物質なのだから、脳で把握しているものだって物質であるに決まっている。


人は脳で言語などを把握した時、瞬間的に心で想起する。

物質的な事象が瞬時に精神的なものとして把握されてしまうから、

まるで言葉それ自体も精神的なもののように思ってしまっていた。


実に精神的なものとは、人の心のみである。

感情や想いなどは、瞬時に脳の中で言語として表れるので、

感覚的に誤解しやすいが、心の中に言語があるわけではない。



ここまで書いた文章を読み返してみると、

やはりまだ足りない部分がある。

一体「こころ」とはなんなのか。


脳で把握しているもの、それが全て物質的なものと決め付けるのなら、

この理屈では「心は物質」となってしまうかもしれない。



外見のわかりやすさは大事だ。

大事というよりも、何だってできるだけわかりやすい方がベターだと思うのです。

小泉首相なんかもそうです。

話がわかりやすい、明確に意志を表示しているという点では、

「政治家」としてとても良い点だと思います。


僕は理屈好きなので、

感情的で意味のわかりづらい話ばかりの人などが苦手で、

ついつい反射的に批判する心が出できてしまう事があります。

あなたは「人に伝えよう」という気持ちが足らないんじゃないか。とか

自分からわかりやすく伝えようとする心がけもしない癖に、

相手にわかってもらおうとしているというのは無理のある話で、

1つ伝えただけで 「10わかってよ!!」

というのは子供のわがままだと僕は思うのです。


しかし、どんなに理路整然とわかりやすい説明を心がけたって、

所詮、人々の情報伝達というのは「伝言ゲーム」に過ぎません。

言葉はそれぞれの人間によって解釈に少しづつ「誤差」が出て来ます。


外見をわかりやすく工夫しようという気持ちは捨ててはならないと思いますが、

言葉や態度だけでその人の心まで理解する事はとても難しい事です。



今、僕達が目にしている物はただの電磁波です。

反射的にそれを真実だと思い込んでしまうのは自然な事ですが、

そんなものは肉のための幻にすぎません。


僕は人見知りというか、硬くなってしまいがちで、

気持ちを態度で示す事が苦手でよく誤解されます。

僕が言葉が好きなのはそのせいかもしれません。

態度や外見で示せない分を何とか伝えようとしているからです。


人はよく外見ばかりに騙された事をよく口にしますが、

黙ってそっぽを向いている二人も、実は仲良しなんです。

世の中には実に色々な人がいますので、

外見ではなかなか真実が見えてこないものです。

右翼とか左翼とか・・・

アレはどこまで本気で言っているんでしょう、嘘でも気持ち悪いです。

最近2chなど、ネット上では右翼色、左翼色がよく見受けられます。

僕は最近のこの動きには驚いていて、


僕の世代ではもう「右翼」も「左翼」も死語だったからです。

たま~に右翼のバスが大音量で軍歌を流して走っているぐらいでした。


やっぱり僕は「2つのチームに分かれて、いがみ合いましょう。」

みたいなこの雰囲気はイヤです。


「政党」というのも同じような雰囲気があります。

政治理念どうこうよりも、自分の好きな政党を応援しては 「勝ったぁ」「負けたぁ」と、

僕にはまるでスポーツチームの応援でもしてるかのように見えます。


「政党」というのは少し新興宗教のような雰囲気もあります。

選挙の時には集会などを開きますが、真剣な語り合いが行われるのではなく、

「ガンバルぞー!」 「オォー!」

といって熱くこぶしを挙げてみんなでエキサイトします。


人はみんな、どこの国の人でも「戦う」 「争う」と言った事が大好きなんですね。

戦争が無くならないのも納得できます。


いったいみなさんはどうしたいんでしょうか、

世界征服でもしたいんですか?

その考え方じゃ魔王じゃん。



「均衡」

いつでも誰かが争っているから、

この世界のバランスは保たれる。

そういうこと?



「勝ち」 「負け」


「負けたくない」 その気持ちが生きるエネルギー

勝つ安心感、優越感、 負けてる不安、劣等感。


僕はこの社会で気持ちの整理ができないでいます。

僕は毛深くはないのですが、

まわりの同世代のみんなと比べてヒゲがこいです。

ひげのうすい兄とは関係なく、高校生の頃から、

一人暮らしの大学生的なヒゲがありました。

クラスメイトからよく 「大人っぽいね。」

と言われたのはそのせいかもしれません。


僕の友達は童顔美形のイケメンが多いので、

僕もちょっとそんなのに憧れたりしましたが、

今は潔くあきらめています。


今日はひげをそりました。

ここのところずっと伸びっぱなしだったのですが、

さっきふと鏡を見たら、アゴの辺りが妙につるつるしているのが、

少し気持ち悪かったです。


ある国ではひげは男性の象徴で、

立派に伸ばしておくのが正しい身だしなみであって、

アゴがつるつるしちゃっている男性はオカマぐらいだ、という話もききますね。


久しぶりに「つるつる」の自分をみて、「気持ち悪い」

と思ったのは、それが女みたいだったからです。



一つ前の記事で、周りの人におだてられると自信を持って勢い良く仕事ができる。

とか言った。


僕がイメージしている「おだてる」ってゆうのは、

色んな形の物で、


何気ない挨拶も、目線も、

イヤな感じの物と、いい感じの物があって、


いい感じの物ってゆうのは、

ある意味、自分が大事にされてるって事になるんですよ。

それは僕にとって「おだて」なんです。


人をおだてるって、上手にやれれば結構いいこと。


「あなたは大事な人」

一言そういっただけで、その人は自分の事も大事にしてくれるようになる。

まるで呪文のような、心にも思っていない場合は言い難いが。

嘘がつけない性格なので、


これは理屈だけで言ってしまえば言うまでもなく簡単な話で、

自分が嫌いな人に向かって、「嫌いだ」という意思表示をしてしまえば、

相手も自分の事を良く思ってくれなくなるだろう。

それでますます関係は悪くなる。


これは恋愛話にも応用効くんかね?

おもいきって「好きだ」と相手に伝えることで、

相手も自分に好意を持つようになる。ってこと、

これは気づかないうちに結構あることだよね。