小学校の授業に、家庭科というのがある。
ある時、皆でスキヤキを作る授業になった。
それぞれが家から持ってくる分担があり、俺はスキヤキ鍋になった。
「今まで、スキヤキなんて食べた事が無い」
「大体、スキヤキって何だ」
家ではお母さんが肉は嫌いで、殆どが魚か野菜だ。
友達にも何も聞けず、どうしていいのか困った。
「家には、スキヤキ鍋なんか無いし」
お母さんに「家庭科の授業でスキヤキを作るんだ」
「俺は、スキヤキ鍋を持って行く係りになった」
「スキヤキ、スキヤキ鍋!」母親は二度言った。
「困ったね、家にはそんな鍋はないし、久ちゃんの所で借りようか」
「だめだよ、久ちゃんも一緒なんだから」
「しょうがいないから、この鍋でもいいか」
それはアルマイトで鍋底の真黒く、良く煮魚をする鍋だ。
「いやだよ、汚し、それに魚の匂いする」
「しょうがないじゃないか、家にはそんな鍋はないんだから」
「じゃ、俺は明日は学校を休む」
「馬鹿、そんな事を言うと父さんに言うよ」
母親はすぐに父親に言う。
父親はすぐ怒り頭を叩く、時にはホウキの柄でも叩く。
そんな父親が怖かった。
俺は黙って家を出て、近所の古道具に行った。そこで要らないようなスキヤキ鍋を捜した。
「おじさん、スキヤキ鍋ある」「あるよ」
それは、丸い鉄のお盆似たいだ。
「これがスキヤキ鍋」赤く錆びていた。
「そうだよ。長いこと事置いてあるから汚れているけどな」
「これは使えるの」「ああ、磨けば使えるさ」
「いくら」「そうだな、鉄くずみたいな物だから300円でいいよ」
「これが300円もするの」
「300円もあれば、ピカピカの鍋が虎の門の金比羅様で売ってるよ」
「スキヤキ鍋だぞ。まあ250円でもいいけど、それ以上はだめだ」
「わかった。家に帰ってお母さんに相談する。これは置いといてね」
家に戻り母親に言うと「そう、でも父さんに相談する」
いやな予感がした。でも、意外にも父親はいいと言ってくれた。
父親は今日は機嫌が良かったらしい。
母親と一緒に、古道具にスキヤキ鍋を買いに行った。
母親は店のおじさんに、「このスキヤキ鍋を買うけどもっと綺麗にして、もう少しまけて」
「230円になった」10分もするとスキヤキ鍋も綺麗になり、油が塗ってあった。
「これで、今日でもスキヤキできるよ」
店のおじさんは言う。嬉しくて母親に「ありがとう」と言った。
次の日、俺は自慢気にスキヤキ鍋を皆に見せた。
すると質屋の難田が、スキヤキ鍋を入れて持ってきた紙袋を指して「これ、俺んちの袋だ」
俺はとっさに「この袋は、家のお客さんの物だよ」母親を恨んだ。
「もうちょっと、気を使ってくれないかな」
この鍋で、家では一度もスキヤキは食べて事はない。