こんな格言がある。

「人の行く裏に道あり、花の山」

野村證券の証券用語解説集にこんな言葉が掲載されていた。

それは真実でもあり、また異なるものである。


「人の行く道に花あり、共に山を登ろう。」

私ならこう思う。


花は今咲いている。

人生とは短い出来事に過ぎない。

人の行く裏に道があろうとも、共に山を登ろう。

そう思って生きていく事が、私にとって大輪の花と同じ事だと思う。


REITが不良債権処理に利用されたように、年金を株式投資に使う事で、誰が一番儲かるのだろう。

テクニカル的な根拠が無い状況で、莫大な年金財源で株価を吊り上げたら、空売りを仕掛けることで証券会社が儲かることは市場原理だと言える。

金融危機は日本の株式市場へ空売りを仕掛ける事もシナリオの一つだったのかもしれない。

さて、

年金という国民の老後を保護する重要な資金を、ハイリスクな投資に振り当てる事は、常識では考えられない暴挙だ。

なぜ、そこまでしたのだろうか。

インサイダー取引と言えば犯罪だ。

しかし、こういったシナリオに加担した人間はインサイダーとして法的規制がかけられていない立場だ。

また、年金運用会社も、本業は別としているので、何をしようと咎められる事はない。


新渡戸稲造は、既に日本が金権主義に国家が揺らぎ始めていた事を把握していた。

国民を守る事よりも、私利私欲がこの国を動かしている。

いつより志ある人間がいない国となってしまったのだろう。

残念な事だ。

年功序列から成果主義に移行した20年前。

同時に給与のベアが下がり、日本全体が不景気になった。

人が成果を計る事の不条理さによって所得格差が横行し、富の再配分が非効率化していく。

会社の経営目標を下回った場合に、責任を取って降格した経営者なんて聞いたことが無い。

それぐらい、経営者にとって都合の良い運用しかしないのだ。

全ては競争という名の下に正当化しようとしているが現実は、格差社会という差別社会への回帰だ。

日本には元々士農工商という身分制度があったが、こういった差別を最も必要とするのが権力者だ。

自分の身を確固たるものにするには、他人のキャリアパスを閉ざしてしまえばいいのだ。

元々人間に個体差なんて、それ程無い。

人をまとめる立場の人間になれば、自分の立場がどれほど危ういものか思い知らされる。

だからこそ、政治の根源が宗教だったように、人間を治めるには厳しい戒律と階級を定める事が必要だ。

そして、格差社会という文化が根付いてしまうと、その文化を消し去る事は殆どできない。

平成という時代になっても、未だに士農工商という格差で、国から保護を受けているのを見れば判る。

格差社会という非効率な社会は、権力者にとっていわゆる麻薬のように一度始めると止められない物です。


10年泥のように働いて、リストラされた大勢のSE。

成果主義の日本では10年泥のように働いても、何も得られるものは無い。


高度成長期と年功序列の古き良き時代に育て上げられた権力者達。

自分達が育った土壌を自らの手によってコンクリートで覆ってしまった事を、知らない素振りでいるのを止めてもらいたい。

時間と偏差


ショートレンジで移動平均から乖離が発生したとしても、ロングレンジの移動平均へ収まっていく。

マンデンブロ集合が飛び地のようになりながらも必ず連結しているように、あらゆるトレンドも必ず1つのトレンドとなる。


ショートレンジで確認できる偏差の伸縮は、ロングレンジにとって影響は殆ど無いはず。

ショートレンジの移動平均2σを超えたとき、ロングレンジでは移動平均2σ内だったとする。

この時点で、ショートレンジのトレンドが変わり、ロングレンジの影響下にあるといえるだろう。

ロングレンジを軸にポジションを形成するトレーダーにとって望ましいトレンドといえる。

ショートレンジは応答性能が高い為、トレンドの乖離は早い段階で修正される。

結果、無限のレンジを持つロングレンジは全てのレンジのトレンドを共有しているとい言えるのではないだろうか。

このことから、ロングレンジが無限であれば、どのようなトレンドであってもショートレンジはあらゆるトレンドを保持する事が可能だといえる。


時間的な制約がトレンドを有限なものにする。



ソリトン

トレンドは、多くの波がぶつかり合いながらも保持し続けている。

FM音源などの変調合成なども、この原理といえるのではないだろうか。

FM(t) = A~\sin(2\pi C t+\beta~\sin(2\pi M t))

※Wikipediaより出典


フラクタルの自己相似性は、チャートの波形パターン(高安)にも現れる。

マンデンブロのように少しずつ形を変えながら出現している。