自転車に家族を殺されるということ -29ページ目

自転車に家族を殺されるということ

交通犯罪犠牲者の命が紙クズ扱いされる司法を変えていきます。フェイスブック・Twitterも発信中。
http://www.facebook.com/azumin827
https://twitter.com/azumin827
2014年1月28日に判決が出て裁判は終わりましたが、私の交通犯罪遺族活動は続いています。

法務省法制審議会ヒアリングの議事録が公開されました。関東交通犯罪遺族の会(あいの会)は、2日目の10月26日に参加してきました。その公開箇所を共有させていただきます。


【法務省掲載サイト】
http://www.moj.go.jp/shingi1/shingi06100035.html
1日6団体、2日間で計12団体も法務省に次々来たのだな・・・とあらためて感慨深い思いになります。


【議事録】
http://www.moj.go.jp/content/000105299.pdf
6団体分が1つのデータにぎっしりなので、かなりの分量です。当日2番手の私達あいの会のやり取りは、7ページ(表紙を入れて8枚目)~11ページ(同12枚目)に掲載されています。


【要望書】
http://www.moj.go.jp/content/000104754.pdf
事前に提出した意見書が掲載されています。あいの会としてのものから始まり、小沢家、東家、中村家の順番になっています。


他の被害者団体の方の箇所も読みました。特に私の場合、古巣である「全国交通事故遺族の会」の箇所は、じっくり、繰り返し、読まずにはいられませんでした。また初日最後だった「亀岡無免許暴走事件の会・名古屋飲酒運転ひき逃げ死亡事故の会」の皆さんのやり取りは、議事録を読んでいるだけで、その熱く激しい熱情が伝わってきました。


各被害者団体の主張はさまざまです。しかし一通り読んで感じることは、その底にある思いはみな一つであるということです。被害者や被害者遺族が泣かずに済む司法を実現して欲しい。その一言に尽きると思っています。


よくよく考えれば(よくよく考えなくても)全部当たり前の話です。しかし、その本来当たり前であるべき話がまだ現実のものにはなっていません。司法は早く現実に追いついて欲しい。そして当たり前の司法になって欲しい。


その当たり前の司法の実現までには、まだまだ長い道のりになるのかもしれません。しかしあきらめるつもりなんてありません。今回参加した各被害者団体の誰一人たりとも、あきらめないと思います。道のりが長ければ、ただひたすら一歩一歩進んでいくだけです。


自転車に家族を殺されるということ







クリスマスイブの夕方ではありますが(笑)、書きたいことがあったのに、なかなか更新できずにいたので、体裁無視で、一気に書き込もうと思います。このクリスマス連休初日の土曜日(12/22)、司法書士会主催のシンポジウムに行ってきました。


『聴こえますか?私たちの声が』

~犯罪被害者、その魂からのメッセージ~

http://www.shiho-shoshi.or.jp/activity/event/20121222/index.html


当事者として、生命のメッセージ展代表の鈴木共子さんと、性犯罪被害者の小林美佳さんがお話をされていました。


鈴木さんは私と同じ交通犯罪被害者遺族で、これまでもお話を伺ってきた方。鈴木さんから入会書類だけいただいていて、まだ手続きを進められていない私は、言ってみれば仮会員一歩手前のような存在でしょうか(^-^;)。これからも鈴木さんには色々とお世話になってしまうと思います。


そして小林さんは、12年前(2000年)、24歳の時に、見ず知らずの男2人組に車に引きずり込まれて被害にあった方です。その体験とその後について、『性犯罪被害にあうということ』『性犯罪被害とたたかうということ』という2冊の本を出しています。当時は実名と顔を出しての出版に大きな反響があったことを覚えています。どんなつらい話をされる時も、生きることへの強さと希望を失わおうとしない小林さんの姿勢は、私が遺族として人に何かを伝えようとする時に模範にしたいとずっと思っていた姿勢でもあります。どこまで実践できているか自信はありませんが・・・。私自身、小林さんの出されていた本は2冊とも読んでいましたが、直接お話を聞くのは今回が初めての機会でした。


交通犯罪と性犯罪は、被害者(遺族)としてみた場合、ある意味、両極端の傾向のある犯罪だと思います。交通犯罪の被害者(遺族)は(沈黙する人もたくさんいますし、逆にそういう人が大多数ではありますが・・・)、どちらかというと「こんな目に遭った!」「苦しい!」「助けて!」「もっと被害者に優しい社会にしてほしい!」「こんなおかしな法律は変えてほしい!」と被害やその問題点を公に訴え出ようとする傾向が強いと思います。しかし、その対極が性犯罪です。性犯罪被害者のほとんどは、今でも沈黙を強いられてしまっている現実があります。小林さんも約5000人の性犯罪被害者のお話を聞いてきたそうですが、そのうち8割がそれまで誰にも話せずにきていた人だったそうです。「言えない」という壁が被害者にはつきまといます。


ここで聞いた話で、書いたいことは山ほどあります。でも際限がなくなってしまうので、ここでは小林さんの話で2つだけ触れておきたいと思います。


小林さんはシンポジウムの中の対談で、「今後何をしたいか?」と聞かれて、「全部やめて休みたい」と笑って答えていました。これまでの活動は家族全員から反対されている。そして家族を全て失っている。だから来年は家族と向き合っていきたい。そう話していました。そうだろうと思ってはいましたが、「家族を全て失っている」という小林さんの口から出た言葉は、やはりあらためて聞くと、とても重たいものでした。


交通犯罪ですらそうです。何も悪くないなか、突然家族を殺されて、残された中で結束しなければならないのに、私が知っているだけでも、関係が崩壊してしまった家族があまりにも多すぎます。離婚や親子断絶もめずらしくありません。ヒビが入っている状態でなんとか持ちこたえている家族に至ってはどれだけいることか・・・。ましてや言い出しにくい性犯罪、「言えない」という壁のある性犯罪・・・例え言い出しにくくても被害に遭ってしまったことは、決して責められることでも恥ずかしいことでもないはずです。しかしそれを受け止められない社会というものがまだ厳然として存在します。


しかし、どうしても思わずにいられないことは、犯罪の種類を問わず、被害者や遺族は、なぜここまでずっと後々まで苦しまなければならないのだろう、家族を崩壊させられる二次被害まで受けることになるのだろうということです。今回もそう痛感しました。そうならない世の中、そうならない社会にしていかなければならないし、当然そうあってしかるべきだとあらためて思いました。


次に性犯罪被害者が何を求めているかという話で、小林さんは「理解」という言葉を出して、次のエピソードを話していました。


事件の2日後、現場検証に行かなければならなくて、女性刑事と男性刑事に前後をはさまれて徒歩で犯行現場に向かったそうです。その時、前を歩いていた男性刑事がふと振り返って、「そういえば自己紹介していませんでしたよね。私こういう者です」と警察手帳を目の前につきつけてきたそうです。これは本でも書かれているエピソードですが、そこには館ひろしの写真が貼ってあって、小林さんはそれを見て、思わずプッと笑ってしまったとのことです。小林さんの中ではこの出来事・・・事件の2日後に笑うことができたということ、自分を笑わせるために何かをしようとしてくれる人がいたということが、今でも強くはっきりと刻みつけられているとのことでした。


それから月日が経って、最近、その男性刑事のお話を聞く機会があったそうです。女性刑事10名ほどに囲まれて「あんた、なんであんなことをしたの?警察手帳を偽造したなんて2週間は謹慎だったでしょ」などと冗談交じりにいじられながらの場だったらしいのですが、その男性刑事はこう話してくれたそうです。


「だって悔しかったんだもの。小林さんはずっと思い詰めた顔をしていて、目も合わせてくれなくて、でもきっと被害に遭う前はもっと普通に友達とも笑っていたに違いない。それが悔しかった。だからなんとしても笑ってほしかったんだ」


理解とはそういうものだと思っていますと、しめくくられていました。そんな理解がもっと当たり前に広がっていく社会になっていってほしいと願っています。


また補足ですが、このシンポジウム当日、会場の司法書士会館で、ミニ・生命のメッセージ展が開催されました。京都亀岡の交通犯罪犠牲者も含め、13命がメッセンジャーとして参加。地道な活動かもしれませんが、この活動を通じて、命の尊さ、かけがえのなさについての認識が、より着実に、より広く、伝わっていくことを願っています。



自転車に家族を殺されるということ

自転車に家族を殺されるということ

先週末(12月1日・2日)、ハートバンド(全国犯罪被害者週間全国大会)に行ってきました。昨年に続いて2回目。今回は泊まり参加。気合い入りまくりです。遅すぎる総括かもしれませんが、私なりに今回のハートバンドを振り返ってみます。本アメブロ始まって以来の長文記事となるでしょう(笑)


土曜日、13時開場のところ、渋滞に巻き込まれながらなんとか12時半に会場の晴海グランドホテルに到着。着くや否や、早速1階ロビーであいの会のメンバーと合流。あいの会の我らが小沢代表(※一郎ではない。性別も女性)から、ぎりぎり作成が間に合ったあいの会の名刺を受け取って、即座に手裏剣のごとく、名刺交換ラッシュとなりました(笑)


自転車に家族を殺されるということ


自転車に家族を殺されるということ


思えば昨年初めて参加したハートバンドは全くの飛び入り参加でした。そこで他の遺族の方の話を聞き、自分でも知らないうちに涙を流していました。自分の頬が濡れていることに気づき、初めて自分が泣いていることにびっくり。「ただのもらい泣きでしょ」・・・そう言われたらそれまでの話かもしれません。しかし母の事件でも一粒の涙も出なかった自分にとって、そして小学生以来泣いた記憶のない涙腺が強い(というかない?)自分にとって、それはまぎれもない「神秘体験」でした。それから私にとって、ハートバンドは年1回の神聖な儀式となり、そこに行く行為は聖地巡礼となりました。


その後このアメブロを立ち上げ、他の遺族の方とのやり取りも広がり、全国交通事故遺族の会の活動に参加したり、その遺族の会の解散の報にびっくりしたり、新しい遺族会(あいの会)を立ち上げたり、バンジージャンプ、スカイダイビングと合わせ、これだけは生涯やるまいと心に誓っていたはずのフェイスブックにまで手を染めたりしているうちに迎えたのが、今回のハートバンド10周年大会でした。だからリアルでは初めてお会いする人や、あるいは再開を果たした遺族仲間との交流に忙しかったのが最初の状況。そして人と人の出会いの縁の素晴らしさを噛みしめた瞬間でもありました。みんな、本当はこんな出会いなどないほうが幸せだったはずの経験をした者同士ですが、でもこの出会いには感謝の気持ちしか起こらないのが不思議と言えば不思議です。


まずはご遺族3人の話がありました。


旦那様を拉致され、テープでぐるぐる巻きにされて放置されて殺害された殺人遺族の近藤さえ子さん。中野区議をやっていらっしゃる方で、私も最近勉強会にもまぜてもらっている方です。家族そろって当たり前に過ごすクリスマスなどのイベントがどんなにありがたいものか。家族を奪われてから、そうしたイベントがいかにつらいものに変わり果てるか。そしてそんなつらいなかで、加害者ばかり大事にする法律に苦しみながら、そんな法律を変えようと頑張っている人たちとの出会いがいかにありがたかったか。話は知っていても、感情を抑えつつ、自分と家族の身に起きた悲劇を語り続ける近藤さんの姿をみていると、こんなに辛い思いをしたのかと涙が止まりませんでした。


2人目は京都亀岡で、無免許少年の暴走車に、娘さんとその胎内の赤ちゃんを殺された遺族の中江美則さん。マスコミで強面なイメージを流されて有名になってしまった方です。192cmであまりにダンディな中江さん。不器用ながら、京都弁で訥々と語られる悲痛な経験。なぜ一家のこんなささやかな幸せが、一瞬にして無惨に奪い取られなければならなかったのか。その後も次々に襲いかかる理不尽な出来事も含め、その悲しみと悔しさは会場全体に沁み込み、あちこちからすすり泣きの声が途絶えませんでした。


3人目はブラジル人の飲酒ひき逃げ事件で息子様を殺された名古屋の眞野哲さん。なぜ遺族がこうして集まってがんばらなければならないのか。なぜ遺族がその後もこんなに苦しい思いをしなければならないのか。国がもっと助けてくれてもいいはずだ。そう参加者全員に訴え、遺族間の団結を力強く呼びかけられました。

実は眞野さん、この前日に衆院選立候補を表明しています。しかしこの場では「清き一票を」という類の発言は一切せず。その身綺麗さは、さすがだと思いました。


それから2時間半以上の車座トーク。色々な話が出ました。あいの会からも、小沢と中村が発言。私は発言の機会を逃してしまいました(泣)だって司会者があまりにてきぱき進行させるものだから・・・。「じゃあ次は遠方から来ている方(うっ、遠方じゃないし・・・)」「じゃあ次は初めて参加された方(うっ、2回目だし・・・)」・・・そしてタイムアウト(泣)。もっとグダグダに進んで欲しかったと思う私はひねくれていますね(笑)


自転車に家族を殺されるということ
小沢さんの発言シーン


自転車に家族を殺されるということ
中村さんの発言シーン


話の内容まで触れるとエンドレスになるので泣く泣く省略します。


ただ一つ聞いていてどうしても許せない加害者の話があります。加害者の親から「あなたが近所に住んでいると子供の教育に悪影響を与えるから引っ越して欲しい」と言われた被害者の方がいました。ありえない話です。でも現実の話なのです。


それから慌ててチェックイン手続きをしてすぐ会場に戻って、、7時から食事会。10グループほどに分かれて円卓を囲んでの会話。各テーブルから初参加者の自己紹介などがありましたが、あらためて京都亀岡の中江さんご一家の美男美女揃いぶりにびっくり。「芸能人一家みたい・・・」と会場中の(特に女性陣の)注目を奪っていました。


途中で挨拶をした実行委員のTさんの言葉を紹介させて下さい。

今回は10周年ということですが、その歳月を振り返ってこんな話をしていました。下手なコメントは付けません。ただ感じ取ってほしいと思います。

「ある遺族の方の言葉が忘れられません。3人の子供の命を奪われたけど、3人の命なんかじゃない。ハートバンドに来ていると、お腹の大きかった方がその次の年には赤ちゃんを抱えてきて、次に会った時にはその子が元気に走り回っていて、また次に会った時には自分に近い背丈になっている。そんな風に命は繋がっている。決して3人だけの命じゃない。もっともっと繋がっていくはずだった命なんだって」



それから、既に「伝説」になっているらしいですが、夜9時から明け方までの懇親会。これは今回初参加。引っ込み思案の私は壁の花と消えるのではないかとビクビク参加しましたが、始まってみれば時間を気にせず、他の家族と存分に話し合える貴重な場でした。特に京都亀岡のご遺族の方々とは深く話し合えました。

みんなの前でお話をされた中江美則さんとも色々お話しましたが、本当に優しい方で、なんでこんな方がマスコミのバッシングに遭ったりするんだろうとつくづく感じました。私も嫌な思いをしていますが、テレビの報道は本当に一面的だから・・・。


自転車に家族を殺されるということ


自転車に家族を殺されるということ




余談。心霊現象が発生した部屋があり、一部で騒動が起きていました。私のアメブロ読者のどなたかも関わっています。なお私は怪談マニアです。なぜ自分の部屋でそういう楽しい現象が起きなかったのかと・・・。あ、でも一度バスルームの水が勢いよく出っぱなしになっていました。その時は閉め忘れと思っていましたが、蛇口を閉め忘れなんてあまり考えられないし、実は・・・あれも・・・(わくわく)


話を元に戻します・・・。


そんなこんなでしたが、私も睡魔には勝てず、深夜2時に部屋に戻りました。そのあとも残った面々は4時まで語り合っていたそうです。でも語り足りなかったと・・・。そうですよね。やはり尽きない思いはあり、一晩で語り尽くせる話ではありません。


そして私は見事に二日酔い。連れて来ていた妻はハートバンドの濃度に当てられてかずっとダウン(「いきなりフルコースの大盛りを食べさせたようなものでしょ!」と何人かからお叱りを受けました・・・)。朝10時ギリギリまで部屋で唸ってから、交流の場で設けられたハートカフェで他の方と話しながら少しだけゆるゆるして、これまでの仲間や、新しく知り合った仲間とお別れして、途中で帰途に着きました。名残り惜しかったです。


「来てよかった」「また来年も来たい」今回もそう感じて帰ってきました。以上が私の聖地巡礼報告です。1年に1回の大切な時間。1年に1回のかけがえのない集まり。当然あいの会メンバーは来年も全員参加します。


そして報告を怠っていましたが、明日(というか今日)は第6回弁論です。感動モードから戦闘モードへギアチェンジです。全力で闘ってきます。現在、非公開の弁論準備手続きなので傍聴はできませんが、また結果は報告します。


今日は待ちに待ったハートバンド(犯罪被害者週間全国大会)10周年大会・・・これから行ってきます。思えば昨年のハートバンド参加が私の被害者遺族活動の出発点。飛び込み同然だったのに、温かく迎え入れて、たくさんの人と知り合えたハートバンド。今年はどんな方と知り合えるのだろうと楽しみです。車座会では何を発言しよう・・・。そもそも数百人の前で、引っ込み思案の自分が何か発言なんてできるだろうか?つい勢いで手を挙げて、ついその場の思いをそのまま口走ってしまうんだろうな・・・。


http://www.heart-band.com/index.html


今日は、全国交通事故遺族の会のお別れ懇親会でした。


それこそ全国から250人以上が集まりました。


あらためて思いました・・・

全国交通事故遺族の会は本当に大きな存在だったんだなと。


3時間の立食パーティーでしたが、あっという間の3時間でした。ずっと立ちっぱなしだったのに、普段、電車では一駅でも座ろうと血眼になる非力文化系ヘタレなのに、座りたいなんて一度も考えることのない、1秒1秒が過ぎ去りがたい時間でした。帰ってきてから初めて足がパンパンになっていることに気付き、我ながらビックリです。気持ちの高揚に、非力文化系の体力が悲鳴を上げていたようです。


時折、会長や会長夫人や会員が壇上で挨拶しながらの進行でした。最後の方で会長夫人が、涙声をふり絞って「本日をもって全国交通事故遺族の会は解散します」と壇上で言った瞬間、あちこちですすり泣きが起きました。それを見て、全国交通事故遺族の会というこの会が、どれだけ多くの被害者遺族の力強い支えになっていたのか・・・昨年入会したての末席若輩の身ながら、そのことを痛感しないわけにはいきませんでした。


一つだけ後悔がありました。


もっと知らない人、特に若い人に声をかけていくべきだったなと・・・たまにポチポチ初めて見る人もいたのに、そして一人でポツンとしてしまっていた人もいたのに、そしてこの人はどういう人で、どういう悲劇を経て会員になったんだろうと思わずにはいられない人もいたのに、結局そうした声がけができず・・・親譲りの引っ込み思案の遺伝子が心底憎いです。特に女性だとナンパみたいに思われて不快にさせても申し訳ないと思ってしまってつい・・・最後の最後の集まりだっただけに、もっと遺族間連携の「これから」を作っていくことができたかもしれないのに・・・と思うと、それだけがただただ残念です。


下の写真は、1枚目が井出会長の挨拶シーン。

2枚目が最後に皆で花でアーチを作って、

会長夫妻を見送ろうというシーン。

3枚目はその時の花。

「感謝」は井出会長から会員に向けた言葉だそうです。



自転車に家族を殺されるということ


自転車に家族を殺されるということ


自転車に家族を殺されるということ

今日1118日(毎年11月第三日曜日)は、

「世界道路交通犠牲者の日(ワールドデイ)」でした。


昨年は、全国交通事故遺族の会で、

イブとなる土曜日のキャンドルサービスと、

当日日曜日の大会が行われていました。

しかし今年は、同会解散決定後でもあり、

色々な人が、色々な所で、色々な催しをされたようです。

亀岡でも生命のメッセージ展がこの一環として開催され、

東京でも昨夜キャンドル集会と今日トーク集会がありました。


亀岡の記事(生命のメッセージ展:暴走犠牲者らの等身大のパネル あす亀岡で展示/京都)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121117-00000187-mailo-l26


東京の記事(交通犠牲者 なくそう 18日はワールドデイ)

http://www.chunichi.co.jp/article/living/life/CK2012111502000129.html


個人的な話題。


ここ数年、この時期は泊まりで高尾山に行っていました。

毎年恒例の行事と化しつつあります。

今年も今週末の予定でしたが、風邪をこじらせてしまい、

今回は参加を断念・・・この土日はずっと寝込んでいて、

高尾山もキャンセル、ワールドデーの催しにも参加できず、

今日まで聖蹟桜ヶ丘で開催されていたミニ生命のメッセージ展も行ける体力はなく・・・

23日にある全国交通事故遺族の会のお別れ会までには風邪を治さないと・・・とジタバタしています。




自転車に家族を殺されるということ

亀岡の生命のメッセージ展の様子です。


自転車に家族を殺されるということ

昨年行った高尾山(早朝の薬王院境内)

今週金曜日、亀岡未成年暴走死傷の事件で、

同乗者に対する判決が京都地裁で出ました。

懲役6月、執行猶予3年・・・まあ茶番判決です。


毎日新聞

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121117-00000184-mailo-l26&1353133227


記事の中の一文。

「幸姫さんの夫晶史(まさひと)さん(29)は「釈然としない。普通の人間なら3年間くらい犯罪を起こすことは無く、結局無罪と同じではないか」と唇をかんだ」


旦那さんのこの言葉に全面的に共感です。


そうです。その通りです。

こんなのは実質的に無罪判決に他なりません。

「これからは気を付けなさいね。はい!解散!」

それ以上の意味はなし。

全くもってばかばかしいとしか言えない判決。


私としては、問題は2つあると考えています。


道交法違反幇助罪で、懲役6月の求刑だったこと。

同罪の法定刑ギリギリの求刑だったそうですが、

であれば、最初から別の罪状が起訴できなかったか。

懲役6月求刑では、最初から実刑は想像できません。

これは検事の側の問題。


次に、求刑に形だけ執行猶予を付けて終わらせた裁判官。

出されたメニューとなる求刑が懲役6月であっても、

執行猶予をつけなければならない決まりはどこにもない。

にも関わらず、命の重さよりも、事件の重大さよりも、

「慣例」を重視し、または裁判官としての保身を優先して、

奪われた命と、遺族の心情を踏みにじったという問題。


つまり検事と裁判官で演じられた茶番だったわけです。


今回も、予定調和の判決だったかもしれません。

しかし広く納得される判決かと言えば、明らかにNOです。


「こんな判決はおかしい!」と言い続けなければ、

結局何も変わっていきません。

そしてその仕事は、政治でも、司法でも、行政でもなく、

今までも、今も、遺族の仕事になってしまっています。

今日は、「あいの会」の定例会第5回目でした。

いつもの仲間と、いつもの場所で、月1回の大切な時間です。


東京都稲城市住まいの私には、決して近くはない場所ですが、

もはや会合場所の定番となった川越に今月も集まり、

「小江戸蔵里」という郷土施設内の和食レストラン八州亭で、

和食を楽しみながらの会合となりました。

(料理的に、韓国、インド、ハワイと来て日本に戻りました)

http://www.machikawa.co.jp/


今日も午前11時に集まって、解散したのが16時半でした。

またしても長丁場の会合でしたが、いつまでも話が尽きず、

いつも別れ際が名残惜しい集まりになっています。

しかし終わってみれば疲れも感じず、ただ高揚感あるのみで、

本当に充電して、帰ってこられる集まりになっています。


仲間同士で助け合い、励まし合い、知恵を出し合い、

前に進むエネルギーを与え合う、月1回の大切な集まりです。


お互いの現状報告から、行政への不満やその改善策のこと、

来るべきビッグイベントであるハートバンド参加のこと、

お互い現在進行形で抱える裁判の問題点とその相互アドバイス、

そして忘年会の企画も含めて、話題はさまざまでした。


いつもメールや電話で連絡を取り合っている仲間同士ですが、

やはり顔を合わせてこそ深められる内容は確かにあります。


被害者遺族になると、他の人の話を知っているかどうか・・・

「あれ?こういう事例があるはずですよ」と言えるかどうか、

単にそれだけで大きく運命を変えられることがありすぎます。


そして孤独の中で、必要な情報からも助けからも断絶され、

後に取り返しのつかない後悔だけを残す遺族が多すぎます。


そんな二重に悲しむ被害者遺族を一人でも減らしたい。

そのためにすべき宿題はあまりに多いと痛感しています。


一歩一歩歩んでいきたいですし、歩んでいる実感があります。

その実感、その手ごたえを、今ハッキリと感じ取っています。


自転車に家族を殺されるということ

自転車に家族を殺されるということ

今日は全国交通事故遺族の会ワーキンググループのご苦労さま会でした。


遺族の会の中で、行政や立法に働きかけてきたワーキンググループの定例会も9月で最後となり、そのご苦労さま会を新宿住友ビルのザワインバーで行いました。


昨年入会した私は、10回ほど会合に出ただけで終わってしまいましたが、法務省ヒアリングや、法相面会、国家公安委員長面会・・・と貴重な機会もいただきました。そこで知り合えた方々との縁は、大切な財産になったと思っています。


会が解散するからと言って、人と人の縁が終わるわけではありません。これからも同窓会的に年2回くらいは集まり続ける話になり、寂しくならずに済みました。



自転車に家族を殺されるということ