先週末(12月1日・2日)、ハートバンド(全国犯罪被害者週間全国大会)に行ってきました。昨年に続いて2回目。今回は泊まり参加。気合い入りまくりです。遅すぎる総括かもしれませんが、私なりに今回のハートバンドを振り返ってみます。本アメブロ始まって以来の長文記事となるでしょう(笑)
土曜日、13時開場のところ、渋滞に巻き込まれながらなんとか12時半に会場の晴海グランドホテルに到着。着くや否や、早速1階ロビーであいの会のメンバーと合流。あいの会の我らが小沢代表(※一郎ではない。性別も女性)から、ぎりぎり作成が間に合ったあいの会の名刺を受け取って、即座に手裏剣のごとく、名刺交換ラッシュとなりました(笑)
思えば昨年初めて参加したハートバンドは全くの飛び入り参加でした。そこで他の遺族の方の話を聞き、自分でも知らないうちに涙を流していました。自分の頬が濡れていることに気づき、初めて自分が泣いていることにびっくり。「ただのもらい泣きでしょ」・・・そう言われたらそれまでの話かもしれません。しかし母の事件でも一粒の涙も出なかった自分にとって、そして小学生以来泣いた記憶のない涙腺が強い(というかない?)自分にとって、それはまぎれもない「神秘体験」でした。それから私にとって、ハートバンドは年1回の神聖な儀式となり、そこに行く行為は聖地巡礼となりました。
その後このアメブロを立ち上げ、他の遺族の方とのやり取りも広がり、全国交通事故遺族の会の活動に参加したり、その遺族の会の解散の報にびっくりしたり、新しい遺族会(あいの会)を立ち上げたり、バンジージャンプ、スカイダイビングと合わせ、これだけは生涯やるまいと心に誓っていたはずのフェイスブックにまで手を染めたりしているうちに迎えたのが、今回のハートバンド10周年大会でした。だからリアルでは初めてお会いする人や、あるいは再開を果たした遺族仲間との交流に忙しかったのが最初の状況。そして人と人の出会いの縁の素晴らしさを噛みしめた瞬間でもありました。みんな、本当はこんな出会いなどないほうが幸せだったはずの経験をした者同士ですが、でもこの出会いには感謝の気持ちしか起こらないのが不思議と言えば不思議です。
まずはご遺族3人の話がありました。
旦那様を拉致され、テープでぐるぐる巻きにされて放置されて殺害された殺人遺族の近藤さえ子さん。中野区議をやっていらっしゃる方で、私も最近勉強会にもまぜてもらっている方です。家族そろって当たり前に過ごすクリスマスなどのイベントがどんなにありがたいものか。家族を奪われてから、そうしたイベントがいかにつらいものに変わり果てるか。そしてそんなつらいなかで、加害者ばかり大事にする法律に苦しみながら、そんな法律を変えようと頑張っている人たちとの出会いがいかにありがたかったか。話は知っていても、感情を抑えつつ、自分と家族の身に起きた悲劇を語り続ける近藤さんの姿をみていると、こんなに辛い思いをしたのかと涙が止まりませんでした。
2人目は京都亀岡で、無免許少年の暴走車に、娘さんとその胎内の赤ちゃんを殺された遺族の中江美則さん。マスコミで強面なイメージを流されて有名になってしまった方です。192cmであまりにダンディな中江さん。不器用ながら、京都弁で訥々と語られる悲痛な経験。なぜ一家のこんなささやかな幸せが、一瞬にして無惨に奪い取られなければならなかったのか。その後も次々に襲いかかる理不尽な出来事も含め、その悲しみと悔しさは会場全体に沁み込み、あちこちからすすり泣きの声が途絶えませんでした。
3人目はブラジル人の飲酒ひき逃げ事件で息子様を殺された名古屋の眞野哲さん。なぜ遺族がこうして集まってがんばらなければならないのか。なぜ遺族がその後もこんなに苦しい思いをしなければならないのか。国がもっと助けてくれてもいいはずだ。そう参加者全員に訴え、遺族間の団結を力強く呼びかけられました。
実は眞野さん、この前日に衆院選立候補を表明しています。しかしこの場では「清き一票を」という類の発言は一切せず。その身綺麗さは、さすがだと思いました。
それから2時間半以上の車座トーク。色々な話が出ました。あいの会からも、小沢と中村が発言。私は発言の機会を逃してしまいました(泣)だって司会者があまりにてきぱき進行させるものだから・・・。「じゃあ次は遠方から来ている方(うっ、遠方じゃないし・・・)」「じゃあ次は初めて参加された方(うっ、2回目だし・・・)」・・・そしてタイムアウト(泣)。もっとグダグダに進んで欲しかったと思う私はひねくれていますね(笑)
小沢さんの発言シーン
中村さんの発言シーン
話の内容まで触れるとエンドレスになるので泣く泣く省略します。
ただ一つ聞いていてどうしても許せない加害者の話があります。加害者の親から「あなたが近所に住んでいると子供の教育に悪影響を与えるから引っ越して欲しい」と言われた被害者の方がいました。ありえない話です。でも現実の話なのです。
それから慌ててチェックイン手続きをしてすぐ会場に戻って、、7時から食事会。10グループほどに分かれて円卓を囲んでの会話。各テーブルから初参加者の自己紹介などがありましたが、あらためて京都亀岡の中江さんご一家の美男美女揃いぶりにびっくり。「芸能人一家みたい・・・」と会場中の(特に女性陣の)注目を奪っていました。
途中で挨拶をした実行委員のTさんの言葉を紹介させて下さい。
今回は10周年ということですが、その歳月を振り返ってこんな話をしていました。下手なコメントは付けません。ただ感じ取ってほしいと思います。
「ある遺族の方の言葉が忘れられません。3人の子供の命を奪われたけど、3人の命なんかじゃない。ハートバンドに来ていると、お腹の大きかった方がその次の年には赤ちゃんを抱えてきて、次に会った時にはその子が元気に走り回っていて、また次に会った時には自分に近い背丈になっている。そんな風に命は繋がっている。決して3人だけの命じゃない。もっともっと繋がっていくはずだった命なんだって」
それから、既に「伝説」になっているらしいですが、夜9時から明け方までの懇親会。これは今回初参加。引っ込み思案の私は壁の花と消えるのではないかとビクビク参加しましたが、始まってみれば時間を気にせず、他の家族と存分に話し合える貴重な場でした。特に京都亀岡のご遺族の方々とは深く話し合えました。
みんなの前でお話をされた中江美則さんとも色々お話しましたが、本当に優しい方で、なんでこんな方がマスコミのバッシングに遭ったりするんだろうとつくづく感じました。私も嫌な思いをしていますが、テレビの報道は本当に一面的だから・・・。
余談。心霊現象が発生した部屋があり、一部で騒動が起きていました。私のアメブロ読者のどなたかも関わっています。なお私は怪談マニアです。なぜ自分の部屋でそういう楽しい現象が起きなかったのかと・・・。あ、でも一度バスルームの水が勢いよく出っぱなしになっていました。その時は閉め忘れと思っていましたが、蛇口を閉め忘れなんてあまり考えられないし、実は・・・あれも・・・(わくわく)
話を元に戻します・・・。
そんなこんなでしたが、私も睡魔には勝てず、深夜2時に部屋に戻りました。そのあとも残った面々は4時まで語り合っていたそうです。でも語り足りなかったと・・・。そうですよね。やはり尽きない思いはあり、一晩で語り尽くせる話ではありません。
そして私は見事に二日酔い。連れて来ていた妻はハートバンドの濃度に当てられてかずっとダウン(「いきなりフルコースの大盛りを食べさせたようなものでしょ!」と何人かからお叱りを受けました・・・)。朝10時ギリギリまで部屋で唸ってから、交流の場で設けられたハートカフェで他の方と話しながら少しだけゆるゆるして、これまでの仲間や、新しく知り合った仲間とお別れして、途中で帰途に着きました。名残り惜しかったです。
「来てよかった」「また来年も来たい」今回もそう感じて帰ってきました。以上が私の聖地巡礼報告です。1年に1回の大切な時間。1年に1回のかけがえのない集まり。当然あいの会メンバーは来年も全員参加します。
そして報告を怠っていましたが、明日(というか今日)は第6回弁論です。感動モードから戦闘モードへギアチェンジです。全力で闘ってきます。現在、非公開の弁論準備手続きなので傍聴はできませんが、また結果は報告します。